魔法狂騒譚

冠つらら

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二部

33/美しきあなたへ

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 夕方になり、ダンスパーティーの時間が近づいてきた。生徒たちは、各自パーティーの準備に取り掛かった。この日は、みな思い思いのドレスや燕尾服といった華やかな服を身に纏い、着飾るのが恒例だ。ドレスコードは用意していないため、どんなテイストの服でも問題はないが、大体が、舞踏会に参加するかのような服装をしてきていた。

 メーナは、ダンスパーティーには参加しないが、メイズのドレス姿を見たくて、メイズの部屋を訪ねた。

「メイズ!準備できた?」

 メーナが顔を出すと、メイズは照れくさそうに笑った。

「うん。できたよ」
「うわぁ!すっごく綺麗…!メイズ、本当によく似合ってる!」
「…ふふ。ありがとう」

 メイズは、ボートネックの、落ち着いたピンクがかったアイボリー色のロングドレスを着ている。スカートはチュール素材で、風になびくと美しく広がった。スクープネックの胸元は、生地が上品にきらきらとしている。ウエストから下に流れるように垂れるレースが、まるでそこに妖精の粉を落としたようにドレスを優雅に演出していた。

「いいなぁ!とっても素敵…!」

 うっとりとした瞳でメイズを見るメーナは、思わず両手の指を組んだ。

「自信になるわ。メーナ」
「えへへ。今日は、特別な日ですもんね!」
「…そうね」

 メイズは、遠くを見るような目をした。エルテがダンスに誘ったことを、メーナは知っている。だから、メイズのことが気になってこちらまで来たのだ。

「メーナが来ないのは、残念」
「ごめんなさい。だけど、ちょっと用事もあって…」
「そうなの?」
「うん」
「そしたら、しょうがないね…」
「私も残念だけど、こうしてドレス姿を見れただけでも満足だよ!」

 メーナは、胸の前で拍手をした。

「映画では、ダンスのシーンって、いつもドラマがあるの!二人も、そんな素敵な映画に出てくる人たちみたい!」
「メーナ、映画は映画だよ?私たちは、もうこれでなにもないんだから」
「…そんなぁ」
「メーナがそんな悲しそうな顔しないでよ。ドラマみたいな出来事なんて、そうそうないんだよ?」
「分かってるけど…」

 メーナは、寂しそうに下を向いた。

「メイズには、ヒロインになってほしかったから…」
「メーナ…」

 メイズは、メーナに近寄り、そっと肩に触れる。

「私はもう十分、幸せだよ」

 メーナは、顔を上げてメイズを見る。メイズは、優しく微笑んでいた。

「こんなに素敵な後輩がいるんだもん。こんな幸せ者、なかなかいないよ?」
「メイズ…」

 メイズの笑顔に、メーナは瞳を潤ませた。

「メイズ、大好き!」

 そう言ってメイズに抱き着くと、メーナはすぐにぱっと離れる。

「崩れちゃうね!ごめん!」
「大丈夫だって」
「あ、そうだ!」

 メーナは、ポケットから杖翼を取り出した。そしてくるっとメイズに向かって円を描くと、メイズの頭上から、きらきらと小さな星の欠片のようなものが降り注いだ。

「これで完璧!」

 するとメイズの、サイドバングと、バレルカールにしたポニーテールの髪の毛のところどころで、きらきらとした粒子が輝いた。

「…ありがとう、メーナ。素敵な魔法にかかったみたい」

 メイズは、メーナの太陽のような笑顔に、そっと微笑みかけた。



 メイズを見送ったメーナは、すぐさま自室へと戻った。パーティー会場へと向かう生徒達とすれ違いながら、大急ぎで中寮まで駆け抜け、部屋の扉を思い切り開ける。

「ごめんなさい!待たせてしまって…!」

 メーナがそう声をかけた部屋の中には、ティティが大人しく座って待っていた。

「おかえりなさい。大丈夫ですよ…!」

 ティティは、とんでもない、と勢い良く立ち上がった。

「今日は、みなさん賑やかなんですね」
「え?あ、…はい!」

 メーナは、息を整えながら扉を閉め、ティティの隣に座った。

「今日は、イベントがあるから…」
「そうなんですね!私、何も知らないで…」
「それはしょうがないんじゃないですかね」

 メーナは、ティティが暴走する前に、そう言って微笑んだ。

「この学校の皆さんは、とても活気があるんですね」
「元気がありすぎても困りものですよ?」
「ふふふ。メーナさんは、面白いですね」

 ティティは、くすっと笑った。笑うと、素朴なその笑顔が、とても可愛らしかった。

「あの、メーナさんは、エルテのこと、よく知っていますか?」

 ティティが、少し遠慮がちに聞いてきた。

「よく、は知らないとは思うんですけど…まぁまぁ」
「そうなんですね……」
「どうかしましたか?」

 メーナは、黙ってしまったティティの顔を窺った。

「突然こんなこと話すのも、どうかな、とは思うんですが、メーナさん…いい人だから、少し甘えてもいいかしら?」
「…?いいですよ!」

 メーナは、ティティの方をしっかりと向いて、にっこりと笑った。

「私…、エルテの婚約者候補なんです。候補っていうのは、本当は、婚約者なんだけど、まだ正式にロッド家の方…エルテ…、から、言葉を頂いていないからなの。そういうのは、高等部を卒業してからだから。だからそれまでに、私、もっと彼に相応しい人にならなきゃって。…私、エルテの一つ年上で、小さなころから婚約者としてエルテと対等に並べるようにって、いろいろ研究してきたのだけれど、なかなか、エルテの隣には並べなくて…」

 ティティは、しょんぼりと肩を落とした。

「私、エルテに初めてあった時、すぐに恋に落ちたわ。この人が婚約者だなんて、本当に幸運だって、恵まれすぎているって。不器用なところもあったけれど、とても優しくて、温かいの。だけど、私は彼に比べて内面も、外見も、能力も、どれも足りなくて…。エルテは、何もそういうことは言わないけれど、いつか見限られるんじゃないかって思ってる。それが怖いの。昔から、会った時にはいつもエルテに気を遣わせちゃって、全然、私はだめだなって思ってしまうの。エルテのお荷物になってしまうわ」

 メーナは、じっと話を聞いている。ティティの自尊心が低いのはなんとなくわかるが、エルテは、一体どういう人なのだろうか。メーナは、自分の知らないエルテについて思いを馳せた。

「それでね、外見や内面は、努力すれば必ず結果が目に見えて返ってくるって思って、このリモンシェット校にいるエルテのご友人を参考にしようと思ったの。それで、この前こちらに…」
「ご友人?」
「ええ。エルテが持っていた写真に写っていた女性よ。前に、エルテが学校の写真を机の上に出していたから、思わず見てしまって…。あんまり、学校のことは話さない人だから…。盗み見なんてよくないわよね?」
「いえ、いいと思います」

 メーナは話の続きが聞きたくて、何も考えずに返事をした。

「その写真に、何人か写っていたのだけれど、その中に、一人、気になる女性がいたの」
「ふむ…」
「名前を聞いても、教えてはくれなかったけど、彼女の友達が撮った写真だって言ってた。不意に撮られたんだって言って、はぐらかしてたけど、なんだか嬉しそうだったわ」
「その写真って…」

 メーナはイチかバチか、自分の引き出しから一枚の写真を取り出した。

「これじゃないですか?」
「…ええ!これよ!この写真」

 ティティは写真を見て、嬉しそうに笑った。なんて無垢な人なのだろう。メーナはティティの笑顔を見て、自分の考えに少し胸を痛めた。

「これ、私が撮ったんです。エルテに怒られたけど…送りつけて…」
「そうなのね!これ、とても素敵な写真だと思うわ!エルテ、学校の思い出を作ろうとしないから、少し心配だったの。あなたに感謝しなくっちゃ」
「…そんな、ありがとう」

 ティティのきらきらと輝く瞳が、メーナには眩しかった。

「このご友人、とても素敵な人だなって、私、思ったの。それで、この人みたいになりたいって思って…それで、こっそりこちらに来てしまったの。前は会えなくて、今日、会えたらいいなって…」
「…………」

 メーナは手に持っている写真を見下ろした。そこでは、メイズがエルテの隣で笑っている。

「エルテが写真を大事に持っているくらいだもの。きっと素敵な女性なのよね」
「……はい。とても、良い人ですよ…本当に、素敵なの…」

 メーナは、また胸が痛んだ。目の前にいるティティも、もちろん素敵な女性だ。メーナはそう思っていた。エルテのために自分を磨いて、努力をしている。婚約者という立場に甘えずに、彼の隣にいられる人になろうと必死なのだ。

「私も、エルテのこと、もっと安心させてあげられる人にならないとね」

 ティティは、そう言ってはにかんだ。メーナは、そのティティの表情に心が揺すぶられた。メイズも、ティティも、どちらも素晴らしい女性だ。比較するべきことでもない。そんな比較は、エルテにだって許さない。

 メーナは、ティティの両手をガシッと握った。

「ティティ!あなたは今のままでも素敵です!誰かになんてならなくてもいい!ティティはティティにしかなれないの。だけど、それはとっても羨ましいよ?他人は、だれしもどこか羨ましいところがあるものなの。どうしようもないって分かってるから、余計に…。だけど、そう思うあなたも、誰かにとっては憧れなのよ。だって、自分以外の人間には、魔法を使ったってなれないんだから!」

 ティティは、目をぱちぱちとさせてメーナを見る。

「エルテが何か変なこと言ってきたら、私がガツンと言ってあげるから!」

 メーナの熱のこもった声援に、ティティは次第に頬が緩んでいった。

「ええ…!ありがとう、メーナさん」

 二人は、そのまま笑い合うと、ふと、部屋の隅に積まれた映画のデータの数々に目をやった。

「今日は、たくさん映画を見て、エルテのことは一旦忘れよう?」
「ふふ、楽しそう…!」

 メーナはいそいそと部屋の隅まで駆けて行った。最初、ティティを部屋に呼んだのは、ダンスパーティーにエルテが来なくなってしまうのではないかという懸念からだった。適当なことを言って、部屋に来てもらったのだ。しかし、今となっては、メーナはすっかりティティと打ち解けていた。

 今日はダンスパーティーにはいかない予定だったけれど、思いがけず、楽しい女子会ができそうだ。
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