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23.沈む月③

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「…………」

 完全に言葉を失ってしまった幼馴染を見て、ブルームは懸命に思い出そうとした。
 ソルフィオーラとの婚姻に関係しているのならこの三ヶ月以内のことだろう。自分が記憶している限りのことを振り返り、ノクスの言っている手紙を探す。

(……手紙……手紙……────ああ、そういえば)

 ノクスのお節介により起きた奇跡。
 使者が婚姻の承諾の返事を持って帰って来てから一月後程経った頃のことだ。
 結婚式の日取りについて了承の旨と、娘をよろしく頼みますと父親の言葉が綴られた手紙が届いた。
 父親とはもちろんソルフィオーラの────。

「……伯爵からの手紙には、ちゃんと目を通し返事も出したはずだが」
「……本当に?」
「…………」

 正直あの頃はソルフィオーラとの結婚に浮かれていた自覚はある。それを表に出すまいと必死に耐えたが。
 ブルームは腕を組み、指をとんとんとリズミカルに動かす。目を閉じたところに、手紙が届いた日の記憶が蘇る。

 その日は役所で仕事をして、夕方過ぎに帰宅した。
 いつも通り恭しく出迎えたノクスを伴い私室へ、そこで手紙を受け取った。
 封蝋はフランベルグ家の紋章だった。その場で開封し読んで──綴られた愛娘への愛情にじーんと胸を打たれたのを覚えている。
 それから、感動的な一枚の手紙に────見せびらかすなど本当はよくないが、ノクスにお前も読むと良いなんて言って、渡して。

「────待って。手紙は、二枚……だったよ?」

 復習のために思い出した記憶を言葉にしていたブルームだったが、我に返ったノクスから不意に遮られてしまった。
 言葉を取り戻したノクスにブルームは眉を寄せる。────二枚?

「…………は?」
「…………二枚、重ねられていたでしょう……?」
「重ねられ……?」
「…………」
「…………」

 今度は二人して言葉を失った。
 確かに、思い返してみると、一枚にしては厚めの紙だとは思っていた。
 だが、フランベルグ家は商家であるし、自分の知らない上質な紙をお持ちなのだろうと特に疑問に思わなかったのだ。
 手紙を読んだノクスとの会話も特にすれ違っていなかった────。

『これは……本当に心温まる手紙だね。当主サニーズ様のお人柄の良さをとても感じる』
『ああ……そうだな』
『そんなサニーズ様のご家族なのだから、さぞ素晴らしい人なのでしょう。僕も早く会ってみたいよ』

 いや、すれ違っていた。すれ違っていたのだ。
 ノクスが言う家族とは、当然ソルフィオーラの事だとブルームは思っていた。一枚目の手紙には太陽だと表される美しい愛娘の素晴らしさを大いに語っていたから。
 だが、ブルームが読んでいない二枚目にエルの事情が書かれていたのだとしたら、あの時ノクスが言っていた家族はエルを指していたのかもしれない。
 手紙を読んだノクスが家族と形容したということは、サニーズにとってエルは娘同等の存在であるということになる。

「教えてくれないか、ノクス……。あの手紙の続きには、……何て、書いてあったのだ……?」

 そしてブルームはようやく知った。
 エルの事情を。ソルフィオーラと彼女・・の絆を。
 ────手紙をちゃんと読んでいなかったがために自分がしていた誤解を。 
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