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第一部 第五章 女神のゆりかご

番外編 何を想い、何を願うか ≪後編≫

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 かくして、再び訪れた沈黙の時間。
 今度の沈黙に終止符を打ったのは、嵐のように到来した、シェリルのよく知る人物だった。


「——シェリル!!」


 禁書庫の重厚感ある扉を蹴破る勢いで「バンッ」と開け放ち、読書の妨げとならないよう「静粛せいしゅくに」が暗黙の了解となっている図書館で、あろう事か大声で発声して入室したのは、姉シャノンだ。

 淑女しゅくじょらしからぬ姉の振る舞いには慣れているが、最低限の礼節は守って欲しいものだと、シェリルは痛む頭を押さえた。


「騒々しいな、【恋人ザイン】。頼むから壊してくれるなよ」


 ベートが眉をひそめて扉を差し示すと、シャノンは腕を組んでふんぞり返った。


「この程度で壊れる柔な造りじゃないでしょう?
 というか、使徒名は慣れないから、普通に名前で呼んで欲しいわ」
「呼んでいれば慣れるだろうさ。
 そもそも、使徒名というのは名前から個人及び家族や友人を特定させない、情報保護・危険防止措置の観点からもうけられた慣例であって——。
 ……まあ、お前達のバックボーンを考えれば、滅多な事は起こらんだろうが、予防線は張っておいてしかるべきだ」
「ふぅん。特別感を印象付ける演出じゃないのね。単にカッコつけているのだと思っていたわ」
「お姉様……神学しんがくの講義で習いましたよね?」
「そうだっけ?」


 確実に習った内容なのだが、記憶にないらしい。
 「今初めて知ったわ」と感心してうなずくシャノンに、シェリルは頭の痛みが増した。


「見た目はそっくりな癖に、中身は真逆だな。お前達姉妹は」
「……ええ。よく言われます」


 呆れを隠そうともせず眉間のしわを深めたベートにシェリルはうなずいた。


「それで、ご用向きは? お姉様」


 シャノンがこのように飛び込んで来る時は、大抵何かある。
 シェリルは手元の本を机の上へ戻して、シャノンと向き合った。


星願祭レーヴ・ス・レアリーズよ!
 もうすぐ、聖炎せいえんで願いのき上げが始まるわ。
 その前にこれに願いを書いて、参加しないと!」


 シャノンがこれと言ってポケットから取り出したのは、五色の短冊。

 青、赤、黄、白、紫。

 星願祭レーヴ・ス・レアリーズで使用されるもので、色によって叶い易い願い事が異なるのだとか。


「早く書いて行くわよ、シェリル。ついでにベートも。
 せっかくのお祭りなのに、こんなところで一日を終えるなんて勿体ないでしょ」


 シャノンが机の上へ短冊とペンを置いたが、正直シェリルは気乗りしなかった。


(今は一分一秒が惜しいです。
 風情がないと思われそうですが、確実性のないたわむれに割ける時間はありません)


 それはベートも同様だったらしく、あからさまにしかめっ面だ。
 断ろう、とシェリルは口を開きかけた。


「お姉様、」
「ザイン、悪いが——」
「二人ともストップ! 言いたい事はわかるけど、拒否権はなしよ。
 時間を割くだけ無駄、バカみたいだと思ってるんでしょ?
 でも、こういうのは心の持ちようよ。
 書き出すことで目標が明確になるし、頑張ろうって思えない?
 ついでに女神様が叶えてくれたら願ったり叶ったりよ!
 ……さすがに子供じゃないから、女神様がどうにかしてくれるとは本気で思ってないけど、大変な時にこそ、ちょっとした息抜きは必要だと思うの。
 あんまり根を詰めすぎると倒れちゃうわよ。
 それに、気分転換して視点を変えれば、見えるものもあるかもでしょう?」


 シャノンの言い分に、シェリルはつむぎかけた言葉を飲み込んだ。


(能天気に見えて、意外と考えているのですよね……お姉様って。
 時々こうして、深いところを突いて来ます。
 感情に素直で明るく、周囲に元気を分け与え、思いやる優しさがある。
 だからこそ、多くの人に好かれるのでしょう。
 〝ジュテーム〟という能力を開花させるのも、納得です。
 ……少し、うらやましいですね)


 自分が姉におとっているとは思わないが、たまに引け目を感じることはある。


(口にすればお姉様は「何言ってるのよ」と笑い飛ばして、あれもこれもとわたくしの長所を挙げるのでしょうね。
 ……聞いてるこちらが恥ずかしさで居たいたたまれなくなるまで)


 そんな様子を想像して、シェリルは口元に笑みを浮かべた。


「敵いませんね、お姉様には。
 ベートさん、諦めましょう。
 お姉様は言い出したら聞かないので、ここは大人しく従うのが吉です」


 シェリルは青い短冊とペンを手に取って、ベートに目配せる。


「……仕方ないな」


 ベートも観念したようで、肩をすくめた後に短冊へ手を伸ばした。

 色は——やはり青。
 〝成長〟に関する願い事が叶い易いと言われている色だ。

 きっと自分と似たような願い事を書くんだろうな、とシェリルは思った。


「うんうん、二人とも素直でよろしい!
 一応、聖下にも声を掛けたけど「構うな」って冷たくあしらわれたのよね」


 姉の行動力の高さは知っていたが、まさかノエル聖下の所へまで行っていたとは、とシェリルは瞠目どうもくする。

 手酷い裏切りと何より救いたかった大切な人の喪失そうしつ
 シンとツァディーの件もあって、すぐに立ち直れと言うのは酷だ。


「当然でしょう。
 姿を消したお兄様と同じで、前を向く為には時間が必要なんですよ」
「勿論わかってるわよ。
 正直、聖下のした事は許せないけど〝昨日の敵は今日の友〟って言うでしょ。
 余計なお世話だって言われても、気に掛ける事にしたの」

(確かに、辛い時に気にかけてくれる相手がいるのは心強い事です。
 アインの件で、既存の使徒達には疑心暗鬼になっているでしょうし……)

「そういう訳だから、シェリルもよろしくね」


 シャノンが茶目っ気たっぷりに、片目を閉じて見せた。
 どうやら自分も関わるのは、姉の中で決定事項らしい。


(せめて事前に相談くらいして欲しいものです)


 シェリルは大きな溜息を付いて、「わかりました」と返答した。

 しかして、手早く青い短冊に願いを書き終えると、シェリルはもう一枚、今度は黄色の短冊へと手を伸ばした。

 その行動にシャノンが目を丸くしたが——。


「願い事は一人につき一つまで。
 なんて決まり事はないでしょう?
 ですから、楽しんだもの勝ちですよ、お姉様」


 短冊を口元に添えて、シェリルは挑戦的な微笑みを浮かべた。
 
 姉には振り回されてばかりなので、一種の意趣返しだ。
 こう言えば、負けん気の強い姉は必ずのってくる。


「シェリル、ずるい! なら、私だって沢山お願い事するわよ!
 ベート、書き終わったならちょっと貸して!」
「あ、ああ」


 シャノンがベートからペンを奪い取り、負けじと短冊に願いを書き込んでいく。


「ふふ。どっちがより多く、願い事を書けるか勝負ですね」
「望むところよ!」


 ——そうして、どちらが願い事をより多くひねり出せるか、の勝負へと発展した星願祭レーヴ・ス・レアリーズ

 願いを天へ届ける聖炎には、双子の姉妹の沢山の願いがくべられ立ち昇った。

 その願いの多くは、彼女達の努力で実る事になるのだが、今は知るよしもない。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 拝読ありがとうございます!
 こちら一応、七夕の書き下ろしエピソードです。
 しかし、大変遺憾いかんながら、七夕要素は入りと終わりだけです。

 本編で書き切れていない諸々の設定と、あの戦いの後どうなったか、を主人公ルーカスではなくシェリルの視点でお送りしました。

 驚きの一万字近くです。
 最後までお読み頂き、ありがとうございます!
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