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第一部 第四章 隠された世界の真実

『幕間 不穏の影⑧ 時は満ちた』

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 いわく、この世には七つの罪源ざいげんが存在すると言う。

 <傲慢オルグイユ>、<強欲アヴァリス>、<嫉妬アンヴィ>、<憤怒コレール>、<色欲リュグズュール>、<暴食グルマンディーズ>、<怠惰パレス>。

 人間を罪に導く可能性がある欲望や感情。
 これらは誰しもが少なからず持っているものだ。

 ならば何故〝大罪〟と位置付けられているのか?

 そのいわれは、教団に蔓延はびこ俗物ぞくぶつどもを見ていれば納得出来た。





 聖歴二十五にじゅうご年 パール月二十九にじゅうく日。
 アルカディア神聖国・聖都せいとフェレティ。

 聖都へ戻ったノエルはオーラム神殿の地下祭壇で祭儀を済ませると、教団に巣食う病巣、枢機卿団カーディナルと言う〝悪〟を断罪するため行動を起こした。

 ——時は満ちた。粛清しゅくせいの始まりだ。

 歴史ある教団本部、ディラ・フェイユ教皇庁きょうこうちょう荘厳そうごんな白塗りの宮殿は、女神の使徒アポストロスを中心とした教皇派の勢力によって、枢機卿すうききょう派の教徒の血で染まった。

 教団軍部の頂点は名目上、聖騎士長のアイゼンとなっているが、実権は枢機卿団カーディナルが握っている。

 こちらの動きを察知した枢機卿すうききょうは、軍事力をもちいて抵抗した。

 だが、一介の聖騎士せいきし魔術師兵まじゅつしへいが、神秘アルカナさずかった使徒しとかなうはずもない。

 結果、無駄な抵抗に、無駄な血を流す事となった。

 けれど、予想の範疇はんちゅうである。


(何事にも犠牲はつきものだ。痛みなくして変革はない)


 ノエルは苦しみにもだえる教徒へ脇目を振らず、枢機卿すうききょうの居城と化した宮殿の、鮮血にまみれた廊下ろうかを、護衛にいたアイゼンと共に進み——〝枢機卿会議の間カーディナル・レユニオン〟へと足を踏み入れた。

 ここは会議や決議をおこなう場。

 部屋の中央・最奥に、先行した三人の女神の使徒アポストロスによって、八人の枢機卿すうききょうが捕らえられていた。

 彼らがいるのは、一際大きな女神像が置かれた祭壇さいだんの前。

 ノエルは数百すうひゃく人は優に着席可能な、おうぎ状にもうけられた席の合間をうように歩んだ。

 広い室内に靴音が木霊こだまする。

 視界に入った壁には、女神に関連した絵画や彫像がかざられていた。
 
 絵画は著名ちょめいな画家がえがいたもので、彫像は金や宝石が至るところに使われている。
 見るからに値が張るであろう品々だ。

 見上げる事はしないが天井も意匠のらされた造りとなっている事を、ノエルは知っていた。


(惜しみなく財力を投じたとわかる内装の意図は、女神への忠誠と敬愛を表すためだと言うけど……苦しい言い訳だ)


 意図を考慮こうりょしたとしても、この部屋に限らず、宮殿の内部は過度に贅沢ぜいたくな品であふれている。

 傲慢ごうまんでプライドが高く、見栄っ張りで強欲ごうよくな奴らの独断と偏見へんけん——権力を誇示こじしているに過ぎない。

 ノエルとアイゼンが祭壇の前へ辿り着くと使徒の一人、アイゼンと同じ聖騎士の証である白銀のよろいまとったラメドが、頭を低くして礼の姿勢を取った。

 彼女の頭頂部でたばねられた長い蜂蜜のような金髪ハニーブロンドが、重力に従って揺れ落ちる。


聖下せいか閣下かっか、お待ちしておりました」
「ご苦労様、ラメド。それに〝ヌン〟と〝テッド〟もよくやってくれたね」


 ノエルはヌンとテットと呼んだ使徒へ視線を向ける。

 するとヌン——教団のシンボルカラーである白を基調とした、女性用の軍服を身にまとった、中世的な顔立ちの使徒が、こくりと頷いた。

 彼女は【死神】の神秘アルカナを宿す使徒。

 その手には、女性の平均より少し高めの身長よりも丈のある、黒塗りの大鎌が握られている。

 雪のように白い肌に、目尻めじりの上がった夕焼けを思わせる紅玉髄カーネリアンの瞳。

 あごのラインで切り揃えられた髪は、得物と同じく黒色で、毛先は色が抜けたのか灰色のグラデーションが特徴的だった。

 そしてもう一人。


「ノエルサマ、こんなたぬきと豚どもじゃ、準備運動にもなんねェよ。
 招待客の到着はまだか?」


 軍服の前面をオープンにして着崩し、筋肉質で粗野な印象の男性が首の骨を鳴らしてぼやいた。

 彼は【剛毅ごうき】の神秘アルカナを宿した使徒、テット。

 獅子ししのたてがみのように逆立った、金色のハイライトが入る紅鳶色レディッシュブラウンの髪と、獰猛どうもうな獣を思わせるするど榛色シンハライトの瞳がギラリと光った。

 テットは使徒の中でも好戦的な性格で、拳を武器に戦う事を生き甲斐としている。
 所謂いわゆる、戦闘狂というヤツだ。

 聖地巡礼ペレグリヌスには同行させず、枢機卿すうききょうを監視するため本部へ残した事で、退屈な日々を過ごしたのだろう。


「アインが昨日の内に招待状を届けているから、じきに来るだろうさ。そう心配しなくとも、君の気に入る獲物がいるはずだよ」
「なら、一番槍はオレだ! いいだろ?」


 テットが手甲を組み合わせて関節を鳴らし、犬歯をのぞかせて笑った。


「好きにするといい」


 反対する理由はない。

 うなずいて了承の意を示せば、テットが「うっし!」とガッツポーズを決めて喜ぶ姿が見られた。





 ノエルは足元に転がる、枢機卿すうききょう達を見下ろした。

 手足をしばられて拘束こうそくされているが、五体満足で傷一つない綺麗な状態だ。

 「歯向かう者は容赦なく排除しろ」と使徒達に伝えたが、こいつらは別だ。
 この手で直々じきじきさばきを下すため、生け捕りを命じた。

 枢機卿すうききょう達はおびえた表情を浮かべて、しきりに口を動かしている。
 だが、発せられるはずの音は一切聞こえない。

 使徒達と会話をわす間、やけに静かだと思ったが、ヌンの魔術〝静寂なる刻スィランス・ルタン〟——声を一定時間、封じる術を掛けられたのだろう。

 ノエルは彼らを見渡して、そこに見つけた一人の枢機卿すうききょうの元へと歩みを進める。

 自分より才ある者に嫉妬しっと心を向けては憤怒ふんぬし、策を巡らせて現在の地位にいた醜悪しゅうあくな豚。

 権力に物を言わせて色欲しきよく暴食ぼうしょくの限りを尽くし、長らく続いた歪んだ体制を、正すどころか後がないと知っても変革をこばんで、怠惰たいだにもすがりりつこうとした大罪人。

 高価な装身具を身に着け、純白の祭服をまとってはいるが、聖職者には似つかわしくない、えて見苦しい肉体の老害——。

 ジョセフ・ライネス主席枢機卿すうききょうの元へと。


「これまで受けた屈辱を返しに来たよ、ジョセフ」


 ノエルはそのかたわららに立つと、皮肉を込めて笑顔を浮かべた。
 
 腹ばいとなったジョセフは、毛が生えずつるりと光る頭とひたいから、脂汗あぶらあせを大量に噴出ふんしゅつさせていた。

 休みなく口を動かして、申し訳なさそうな表情を作りながら、音とならない言葉で必死に語りかけて来る。

 大方、我が身可愛さに弁明べんめいでもしているのだろう。

 ノエルからすればジョセフのそんな姿は、滑稽こっけい愉快ゆかいだった。


「くくっははは! 立場が逆転したね? 今度は僕がお前に痛みを与え、尊厳そんげんを踏みにじるんだ。
 弱者の側に回った気分はどうだい?」


 ノエルはジョセフの顔が良く見えるようにしゃがんで、のぞき込んだ。

 頬の肉塊に押されて見辛かった茶色の瞳がノエルを、親のかたきを見るような目でにらみつけた。

 そうしたあと、ジョセフはノエルの後ろへ立つアイゼンへと視線を向けると、怒り狂ったように顔を赤くして、まくし立てた。

 依然、魔術の効果が続いているので、声は音として聞こえない。

 一体何をわめき散らしているのやら——と、ノエルがアイゼンへ視線を動かすと、さげすむように冷たくにぶ瑠璃色ラピスラズリの瞳が、ジョセフをながめている。

 うったえが終わるとジョセフは息が切れたのか、たんが絡まり不快感のある呼吸音をしょうじさせた。

 アイゼンはというとまぶたを伏せて、やれやれと言った風に首を横に振っている。

 唇の動きで言葉を読み取る事など、アイゼンにとっては造作もない事だろう。


「ジョセフ枢機卿すうききょう、そのご命令は承諾しょうだくしかねます。何か勘違いされているようですが、私は教皇聖下のつるぎです。
 取引におうじ、これまで枢機卿団カーディナルへ従って来たのは、聖下の御身おんみあんじたがため。
 呪詛じゅその心配がなくなった以上、人をたばかり食い物とする下劣げれつな豚——罪人に付き従う理由はありません。
 ……仮にも女神様に仕える者なら、最期くらいいさぎよい姿を見せて下さい」

 
 アイゼンの返答にジョセフが目を見開いた。

 呪詛というかせの消失もそうだが、こいつらはアイゼンを懐柔かいじゅうしたつもりでいたはずだ。
 驚くのも無理はない。


「残念だったね? アイゼンは僕の忠臣ちゅうしん。お前らのこまではないよ。それと悪魔アインていよく利用していたようだけど、彼女も僕のしもべものだ」


 アイン——ディアナがこいつらと繋がっていて、度々たびたび、別件で動いている事は知っていた。

 知っていて捨て置いた。
 こちらが察知していることを彼女自身も悟っていたし、害にはならなかったからだ。
 
 ノエルはおろかな罪人を鼻で笑って立ち上がると、これ見よがしに片手のひらを向け、告げる。


「罪人を磔刑たっけいしょす。現身うつしみは神槍でつらぬかれ、けがれた魂は聖なる炎で浄化されたのち、マナとなり惑星ほしかえるだろう」


 ジョセフが青ざめてカタカタと震えている。
 他の枢機卿すうききょうも似たようなものだ。

 中には封じられた声の代わりに、表情で「自分は悪くない」と、慈悲を懇願こんがんする者も見えるが、ここにいる八人の所業は語るにもおぞましいもの。

 同情の余地はない。


「君達の罪は、惑星命術式女神のゆりかごを維持するための糧となる事で、あがなわれる。
 だから、僕に感謝するといい。
 搾取さくしゅする事しか能のない無能な君達に、死をって大事な役割を与えてあげるんだからね」
 

 溜めこんだ怒りをふくませて淡々と伝えた言葉に、声なき罪人の叫びが聞こえて来るかのようだった。

 ノエルは、〝死〟を目前にして、見っともなく表情を変えて取り乱す彼らを横目にきびすを返すと、来た道を戻った。


「アイゼン、女神の使徒アポストロスを招集し、罪人を宮殿前の広場へ。
 準備が整い次第、うたげを始めよう」
「イリア様の到着を待たなくてよろしいのですか?」
粛清しゅくせいは決定事項だ。さばきの瞬間に、間に合えばいいよ」
「は。御心みこころのままに」


 そうして、宴の準備は着々と進められて行き、舞台は幕を開ける。





 腐敗ふはいに終止符を打つのだ。
 枢機卿団カーディナルきずいた偽りの栄光は終焉しゅうえんむかえ、同時に復讐ふくしゅうも果たされる。





 ——姉さんが騎士ナイトを連れてやって来たのは翌日よくじつうたげが始まって間もなく。

 僕の神力が創り出す神の槍——〝天罰の神槍ネメシス・ディ・リラディオ〟が、罪人に裁きを下す時の訪れだ。
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