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第一部 第三章 動き出す歯車

第十七話 憩いの酒宴

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 聖地巡礼ペレグリヌスへ向かう巡礼団がラツィエルへと旅立ったその日の夜。
 特務部隊の一班は、王都内の酒場で酒の席をもうけていた。

 発端はハーシェルだ。
 執務室に戻るなり「たまにはみんなでパーッとみに行きましょう! 勿論行くっすよね? ね?」とルーカスに涙目で食い下がった。

 確かにこの一ヶ月余りを振り返ってみると——。

 度重なる魔獣討伐任務に、女神の使徒アポストロスアインによる王都襲撃事件の後始末と、聖地巡礼ペレグリヌス開始に合わせた教皇聖下の歓迎祝典における護衛、そして合間には書類仕事に追われ——休む間がほとんどなかった。

 長期の休みなど持っての他で、たまにはガス抜きも必要だろうと思い許可した。

 ——そんな訳で、区切りのいいところで仕事を切り上げた団員たちと、ハーシェルの行きつけだと言う酒場をルーカスは訪れていた。

 酒場は吹き抜け構造の二階建てで、一階は数多くのテーブル席とカウンター席も用意されており見た目にも規模の大きな店だ。

 二階の広さは一階の三分の一ほどのスペースで、吹き抜け構造のため下から上の様子がうかがえるオープンな状態だったが、テーブル数は少なく席の間隔かんかくも広く取られている。

 更に席の仕切りにはパーテーションがもちいられているため、雑多な一階と比べて幾分か落ち着いた雰囲気だ。

 ルーカス達はその二階の角の席へ通され、丸いテーブルをぐるっと囲む様に椅子へ着席した。
 メンバーは席順にルーカス、アイシャ、ロベルト、アーネスト、ハーシェルの五名だ。

 テーブルの上には肉、魚、野菜などのおかずや、酒のつまみになりそうな品が並び、ジョッキグラスに入ったも先ほど運ばれ、それぞれの席の前へ置かれた。

 エールが到着してうきうきとした様子のハーシェルが、ジョッキグラスを片手に持ち上げる。
 そして嬉々ききとしてグラスをテーブル中央にかかげて見せた。


「おつかれっしたー!」


 乾杯の音頭おんどのつもりだろう、大きな声が客で賑わう店内に響き渡る。

 それを合図にみながグラスを手に取って——ハーシェルのかかげたグラスに合わせるように一か所に集まり、カチンと高い音を立てて軽くぶつかった。

 ささやかな酒宴しゅえんの始まりだ。
 ルーカスは乾杯を交わしたグラスを手元に戻した。

 隣を見ればグラスに口をつけ、黄金色こがねいろのエールを嬉しそうに流し込むハーシェルの姿がある。
 アイシャ、ロベルト、アーネストも迷うことなく黄金色こがねいろのエールを口に含んでいた。

 彼らのグラスの液体は総じて黄金色こがねだが、ルーカスのグラスはと言うと、赤茶色の液体で満たされている。

 実はエールではなく、お茶を頼んでいたのだ。


「あれ? だんちょー、エールじゃないんすか?」


 みなの様子を観察していると、グラスの中身の違いに気付いたハーシェルがのぞき込んで来た。


「ああ、エールはちょっと。俺は遠慮しておく」
「せっかくの酒の場なんすから、そう言わずに! あ、そうだエールが苦手ならいいものが。ちょっと待ってて下さいね」
「あ、いや、俺は——」


 理由があって飲酒は控えているのだが、それを伝える間もなくハーシェルは席を立ち、一階へと降りて行ってしまった。


(行動力があるのは良い事だが、こちらの話も聞いてくれ……)


 その様子を正面やや斜めの位置から見ていたらしいアーネストが「すみません、団長」と申し訳なさそうにこぼした。


「あいつ浮かれてるんですよ。なんだかんだ、団長たちとこうして酒の席をもうけるのは、初めてでしょう?」
「そう言われてみると……そうだったか?」


 ルーカスが特務部隊団長に就任しゅうにんしたのは——一年いちねんほど前だ。

 〝ディチェス平原の争乱〟そしてナビア連合王国が誕生するきっかけとなった〝ザハル・トレス・プルムブル独立戦争〟での功績をたたえられ、今の地位にいた。

 以前から交流のあったディーンやロベルトをのぞけば、彼らとの付き合いもここ一年ほどになる。

 その間にこのような席をもうけた事があったかと言えば——なかった気がする。
 職務に没頭ぼっとうしていた思い出しかない。


「はは。団長は昔からこういう場が苦手でしたもんね」


 隣のロベルトが笑って見せた。
 「団長」という呼び方はそのままだが、職務中でないためいつもの敬語は幾分いくぶんか鳴りをひそめている。

 今でこそ立場が逆転しているが、ロベルトは騎士学校時代の先輩だ。
 昔は先輩としたった相手で、付き合いもそれなりにある。

 付き合いがあるゆえ、行動も知られており誤解がある様だが——。


「苦手と言う訳ではないんだけどな」


 ルーカスはロベルトの見立てを否定するようにつぶやいた。

 こういった場はむしろ好きな方だ。
 ただ、酒の席となると個人的について回る問題があって、自然と避けるようになっただけである。

 ロベルトの方へ顔を向ければ——あいだに座ったアイシャへ目が留まった。

 何故かエールの入ったジョッキを両手にかかえ、がちがちに固まっている。
 普段のキリッとして頼りがいのある彼女からは想像出来ない姿に、何かあったのかと心配になった。


「アイシャ? 大丈夫か?」


 ルーカスが声を掛けると、アイシャの肩が跳ねた。


「はい!? だ、大丈夫です!」


 上擦うわずった声に、紅潮こうちょうした頬。
 アルコールのせいもあるのだろうが、みるみる顔が赤くなっていく。

 手も小刻こきざみに震えており「大丈夫だろうか?」と、再度思っていると——アイシャの隣に座るロベルトが、彼女の手からグラスを取り上げ、テーブルの上へと置いた。

 それに驚いたのかアイシャが、り目がちな紫水晶アメジストの瞳を更にがらせ、ロベルトをにらみつけた。


「何するのよ。気安く触らないで」
「グラスを落とす前に戻しただけだろう」


 ロベルトとアイシャ、二人は旧知の仲だ。
 余計な口を挟んでも悪いので、ルーカスは彼らのやりとりを見守る事にした。


「緊張しすぎだよ。ほら、息止めてないで呼吸して」
「止めてない。ちゃんと呼吸してるわ」
見栄みえっ張りは相変わらずだなぁ……」


 眉尻を下げたロベルトが困ったように笑う。


「ロベルトさんとアイシャさんは幼馴染なんでしたっけ?」


 普段見られない光景を目の当たりにして、関係性を認知してはいたものの、再度確認するかのようにアーネストが疑問を投げかけた。

 ——そう、二人は幼馴染だ。

 それは一班の誰もが知る事実だった。


「ああ、親が事業の関係で懇意こんいにしていてね。こいつ、普段はあんなだけど上がり症なんだ」
「ちょっ! 余計な事言わないでロベルト」
「仲が良いんですね」
「まあね。オレにとっては妹みたいなものだよ」


 頬を赤く染めて憤慨ふんがいするアイシャの頭を、ロベルトがやんわりとでた。

 「セクハラよ、それ」とぶすっとした表情を浮かべるアイシャに対し「オレたちの仲で今更じゃないか?」とロベルトはなごやかに笑う。

 その行動は妹分に対する「いとしい」と想う気持ちの表れだろう。
 双子の姉妹がいるルーカスには、その気持ちがよくわかった。


(妹は無条件に可愛いよな)


 ルーカスの場合、歳が離れている事もあって余計にそう思うのかもしれない。
 ふわふわの桃髪の双子の姉妹との思い出が浮かび上がり、自然と口元がゆるんでしまった。
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