上 下
64 / 206
第一部 第三章 動き出す歯車

第十話 夜の祭典

しおりを挟む
 ゼノンから皇太子命令を出され、ルーカスは歓迎式典パレード余韻よいんにぎわう夜の街へイリアを連れ出し——夜の祭典を楽しんだ。

 露店ろてんで食べ物やスイーツを買って食べて、娯楽遊戯ごらくゆうぎあつかう店で的当てをしたり、楽団が演奏する音楽に合わせてダンスもおどった。

 道端みちばたもよおされた観劇も鑑賞かんしょうして、楽しい時間を過ごした。


(まるで恋人との逢引デートみたいだな)


 そんな事を思いながら、露店ろてんが立ち並ぶ道を「次はどこへ行きますか?」とはずんだ声で話すイリアと手を繋いで歩く。

 彼女が唐突とうとつに足を止めたのは、そんな時だ。

 どうしたのかと思って様子をうかがうと、装飾品を取り扱う露店ろてんの前だった。

 イリアは並べられた装飾品に目を輝かせており、「やっぱり女性はアクセサリーが好きなんだな」と思っていると、商品棚の向こうから店主と思わしき老婆ろうばが顔をのぞかせた。


「おや? あの時のお嬢さんだね」
「こんばんは。私の事、覚えていたんですか?」
「一瞬だったけどねぇ。桃色の髪のお嬢さん方と一緒にいたのが印象深くてね」

(桃色の髪と言うと……シャノンとシェリルの事か?)


 可愛いもの、綺麗なものを好む双子の姉妹の事だから、きっと装飾品に目を奪われたのだろう。

 前回も今と似たような状況になり、店主と顔見知りになったのかもしないなと、ルーカスは推測すいそくした。


「どうかね? 気に入ったものがあれば隣の素敵な恋人におねだりしてもいいんだよ?」


 老婆ろうばがにやにやとしわをふやして笑い、イリアは顔を耳まで真っ赤にして「ち、違います!」と否定していた。


(そんな全力で否定しなくても……)


 ルーカスはほんの少し胸を痛ませながら、装飾品が並ぶ商品台へと視線を落とした。

 装飾品は露店ろてんへ並ぶ品にしては品質が良く、どれも丁寧な作りである事が見た目にもよくわかった。

 彼女の気に入る物があるというなら、店主の言葉に乗るのも悪くないと思える。


「……どれがいい?」
「え!?」
「気になるんだろ? 祭典の記念だと思って、遠慮しなくていい」


 そう伝えれば、イリアは更に顔を赤くして慌てふためいた。


(装飾品の事はそこまで詳しくないが……)


 ルーカスは彼女に似合う物はないかと、並べられた装飾品を物色ぶっしょくした。
 そうしてしばらく時間が過ぎ——。


「あの、じゃあ、これを……」


 イリアは遠慮がちに、一つの腕輪ブレスレットを指差して見せた。
 小さめの柘榴石ガーネットがいくつかあしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪ブレスレットだ。

 商品の横に置かれた値札を確認して、ルーカスは迷わず店主へ代金を渡した。


「ご婦人、こちらの品を貰おう」
「ほっほっほ。婦人なんて歳じゃないよ。紳士な若者だねぇ。良い男じゃないか」


 代金を受け取った店主は嬉しそうに笑って、最後の言葉はイリアに向けて言ったのだろう。
 イリアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 代金を支払ったルーカスは腕輪ブレスレットを手に取った。
 造形ぞうけいを確認すると、留め金を外して付けるタイプの様だった。


「あ、あの、付けてもらっても……いいですか?」


 イリアがおずおずと、左手を出して見せる。


(確かにこのタイプは一人では付け辛いだろうな)


 ルーカスは願いを聞き入れ、腕輪《ブレスレット》を付けるために留め金を外す。

 差し出された細い腕に、一本のくさりとなった腕輪ブレスレットを掛けると手首を一周する輪にして——最後に留め金を繋げれば完成だ。

 赤の宝石がきらりと輝いた。
 それをイリアは嬉しそうに口角を上げ、目を細めて見つめている。


「ありがとうございます」


 花が咲いたように彼女が笑う。
 とても可憐かれん魅力みりょく的な笑顔だ。


(……可愛かわいいな)


 気持ちを自覚したせいだろう。
 気恥ずかしさはあるものの、素直にそう思える。


(イリアが喜んでくれて良かった)


 ルーカスは「どういたしまして」と言いながら、頬がゆるんでいくのを感じた。





 ルーカスは再びイリアと手を繋ぎ、雑多と歓声、様々な感情を見せて祭典にく夜の街をゆったりと歩いた。

 そうして夜もけて来て、そろそろ帰宅しようかと思い始めた頃——。


『創世の時代、女神は世界を創り出した。
 世界の中心に大樹をえ、星はマナで満たされる。
 女神の恩寵おんちょうたる神秘しんぴ——』


 リュートと言われる弦楽器を手に、創造の女神の逸話いつわを語る吟遊詩人の姿を目にして、思わず足を止めた。


『女神の愛が世界を包み、暗雲は打ち払われる。
 罪深き我らを許し、守り導くは誠の愛、そして慈悲。
 聖痕せいこんきざまれ、神秘アルカナの祝福をさずかりし者よ。どうか——』


 吟遊詩人は歌に乗せて、語り続けていた。
 世界をつくり、愛し、神秘を授けた女神の偉業いぎょう只々ただただたたえるうただ。

 紫君子蘭ムラサキクンシラン、神聖国の国花で花言葉に〝無償の愛〟を持つ、女神が好んだと言われる花。
 女神を体現するかのような花だと人は言う。

 しかし——女神が与える愛は、ルーカスから見れば狂気にも思えた。


(何故、常軌じょうきいっした力を人に与えるのだろうな。
 総じて、過ぎた力がもたらすのは——悲劇だ)


 その事をルーカスは身をもって知っていた。


「女神……か」


 女神とは、何であるのか。
 何を想っていたのか——?

 と、考えをめぐらせるが、人の身では到底、理解のおよばぬ存在だ。


 教団も、その主神である神様の考える事もよくわからないな、とルーカスは乾いた笑いを浮かべた。
 それを見たイリアが不思議そうに首をかしげており、ルーカスは「何でもない」と首を横に振った。


「そろそろ帰ろうか」
「はい」


 歌い語り続ける吟遊詩人を尻目に、自分よりも小さな手を引いて歩き出す。
 邸宅まで歩いて帰るのは骨が折れるので、むかえの馬車を呼ぶためにピアス型のリンクベルを鳴らした。

 そうして待ち合わせの場所へ向かおうと、しばらく進んだところで——イリアが立ち止った。

 彼女に目を向けると、後ろの一点を見つめている。


(どうしたんだ?)


 声を掛けようと思ったその時——するりと手が離され、イリアは突如とつじょとして来た道を戻るように、走っていった。


「イリア!?」


 名を呼ぶも、その背はどんどん遠ざかって行く。

 突然のイリアの行動。
 ルーカスは理由がわからず、彼女の背中を追いかけるしかなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

最強の龍『バハムート』に転生した俺、幼女のペットになってしまう

たまゆら
ファンタジー
ある日俺は、邪龍と恐れられる最強のドラゴン『バハムート』に転生した。 人間の頃と違った感覚が楽しくて飛び回っていた所、なんの因果か、変わり者の幼女にテイムされてしまう。 これは幼女と俺のほのぼの異世界ライフ。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...