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第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

第二十一話 高潔なる双子の騎士

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 白昼の商店街マーケットで襲って来た、幻影を操る黒いローブの少女。
 イリアと住民を守るため、双子の姉妹は戦い続けていた。


「シェリル、お兄様に連絡は?」
「何度も試していますが、繋がりません。……妨害されていますね」
「そう。異変に気付いてくれるといいんだけど」
「警備の騎士が駆け付ける様子のない点をかんがみるに、かなり広範囲に影響が及んでいるのでしょう」


 調律アコルディと言った魔術による効果なのだろう。
 シャノンとシェリルは会話を交わしつつも、一糸乱れぬ動きと連携を見せる。

 切り裂き、突き——遠方の敵には詠唱破棄した下級魔術を放ち、眼前に迫った幻影は薙ぎ払う。

 華麗な剣捌けんさばきに、黒いローブの少女は「わあ、すごーい!」と拍手喝采かっさいだ。


「それにしても驚きよ。そんな扱い辛くて有名な、風化した魔術を使いこなすなんて。……でも、あんまり頑張られると、私も困るのよね」


 少女が両手を合わせると、小気味よい乾いた音が響いた。
 魔狼まろうが生まれる時よりも、色濃く重厚な霧が集まって行く。

 ——霧が形作ったのは小柄な少女の二倍近くの大きさの、どっしりとした獣。

 耳は先が丸く、強靭きょうじんあごに牙、力強い脚部に鋭利えいりな爪が光っている。

 全身は金色こんじきの短毛に覆われ、うなじから肩近くに生えた立派なは炎のように燃えており、細長い尻尾の先も同様に炎がともっていた。

 ——獅子ししである。
 その瞳は魔獣特有の赤色だ。


金獅子きんじし!? 幻影ってのは、何でもありね……!」


 魔狼まろうを斬る手は休めずに、吐き出すようにシャノンがぼやいた。

 少女は〝金獅子きんじし〟と呼ばれた獣のあごを撫でて見せている。
 獣は瞳を細めリラックスした様子で、いまにもごろごろと鳴きだしそうだ。


「ふふ、可愛いでしょう? さ、遊んでらっしゃい」
「グオァアアア!!」


 金獅子きんじしが低くて力強い咆哮ほうこうをあげる。
 声音にビリビリと一面が振動するかの様だった。

 鋭利えいりな爪の光る前脚がぐっと沈み、次の瞬間にはその駿足しゅんそくで、一気にシャノンへ詰め寄った。

 シャノンが剣を盾に、速度に乗った躯体くたいを受け止めている。
 今にもみつかんと暴れ、大きく開かれたあごに、き出しの鋭い牙がシャノンに迫る——。


「全っ然、可愛くないんだけど!?」


 シャノンのひたいからは汗が流れ落ちていた。
 腕は小刻みに震えており、巨体を受け止めるだけで精一杯な様子がわかる。

 何とか金獅子きんじしあごからのがれ距離を取るも、間を置かず再度飛び掛かって来る相手に反撃の余地がなく、防戦をいられていた。

 一方のシェリルは、依然として産み落とされる魔狼まろうの幻影に対処しており、シャノンの状況は把握しているのだろうが、一寸の余裕もなさそうだった。

 ——激しい攻防が続いていく。

 シャノンとシェリルは善戦しているが負傷を重ねて、イリアはそんな二人を、意識が飛ばない様にこらえて、ただ見ているしかなかった。

 すぐ傍で倒れるリシアは目覚める気配がない。


(胸が……痛い。二人が傷つくところを見るのは……辛い)


 地についた拳をイリアは握り締める。


(あの子は……私を迎えに来たって言ってた。
 なら、私……私が、あの子と、一緒に……行けば……)


 シェリルとシャノンが傷つく事もなく、事態は収まるのではないか。

 このままでは二人が——関係のない街の人たちにも危険がおよぶ。


(……そうなる前に、私が……)


 そんな考えが頭をよぎった。

 本音を言えば、嫌だ。
 行きたくない。
 「逃げろ!」と、自分の中の何かがずっと叫んでいる。

 けれど——彼女たちが傷つく姿を見るのはもっと嫌だった。

 ふらつく頭を押さえて、意を決し前を向く。
 そうすれば、魔狼まろうと踊るシェリルの真紅しんくの瞳と目が合った。

 状況はかんばしくないと言うのに、彼女の瞳は力強い輝きを放っている。
 諦めなど微塵みじんと存在していないその輝きに、イリアは驚きを隠せなかった。


「イリアさん、変な事は考えないで下さいね」


 シェリルはイリアが何を思ったのか悟ったように語る。


「私もお姉様も、決して諦めません! ——だから!」


 魔狼まろうの群れが迫っていた。
 シェリルは向かって来た魔狼まろうの一体を踏み台に、宙へ飛び上がる。

 わずか数秒の滞空時間、その中で——。


『極寒の息吹。雨となり降り注げ! 凍結輪舞雨グラス・ロンド!』


 口早に魔術を詠唱して見せた。
 無数の小さな、けれどするどい氷塊が、シャノンとシェリルの捕捉した敵へと降り注ぐ。

 精密な操作技術だ。
 ただの一つも、意識を失った住人に当てるような誤射はない。

 出現していた魔狼の幻影を一網打尽に貫き、金獅子きんんじしには不意打ちによる打撃を与えていた。

 予想外の攻撃に、獅子の巨体がよろめく。
 シャノンはその隙を見逃さず、剣のを強く握りしめた。


「やあああ!」


 シャノンがひたすらに剣を振るう。
 速度の乗った剣が銀の軌跡をえがいて、獲物を斬って、突いて、薙ぎ払い、また斬って、突いて、斬る。

 迅速じんそくの剣から繰り出された剣戟けんげきの舞は、黒霧を舞わせ、金獅子きんじしを圧倒していった。

 そして——着地したシェリルが、金獅子きんじしの背後から『ちよ!』と短く詠唱すれば、氷の魔術が放たれる。


 先ほどと同じく、けれど幾分大きな氷塊が脳天目掛けて撃ち落とされ、その攻撃を受けた金獅子きんじしは黒い霧となって霧散した。

 その間、数秒。
 まさに一瞬の出来事だった。

 幻影が一掃され、シャノンとシェリルはイリアの前へ立ち並ぶ。
 少女は驚きのあまり声を吞んで、しきりにまぶたまばたかせていた。


「イリアさんは安心してそこで待っていて」
「ええ、わたくしたちに任せて下さい」


 にっとほがらかな笑みをシャノンが見せ、シェリルも温和おんわな微笑みを見せている。


「シャノちゃん……シェリちゃん……」


 ここに居ていいと、繋ぎとめてくれる。
 彼女たちのまぶしい笑顔に、頼もしい背中に涙が出そうになった。
 
 二人は前方へ向き直り、銀色に輝く剣の切っ先を、再び黒いローブの少女へと向け宣言する。


「騎士として、この剣にけて、守り抜く!」


 張りのある力強い口調。
 シャノンとシェリルのりんとした声が、同調シンクロして響き渡った。
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