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第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

第十七話 父と子

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 王城の貴賓室の一室。
 会議の合間、昼食の時間に約束した通り父を連れてそこへ行くと、すでに四人と——もう一人、余計な人物が待っていた。

 リシアとイリアのそばに立ち、ひらひらと此方こちらへ手を振るその人物は——さわやかな笑顔とまぶしいブロンドヘアが特徴の従兄妹いとこ、皇太子ゼノンだ。

 シャノンが父レナートの姿を見つけて、駆け寄って来る。

 父を目掛け勢いよく飛び込んだシャノンを、父は細身に見えるが鍛えられた腕でしっかりと受け止めた。

 シェリルはシャノンとは対照的に静かに歩み寄っている。
 父が左手を空けてシェリルを招き、そうすれば迷いなく抱き着いて抱擁ほうようを交わした。

 父は右にシャノン、左にシェリルと両手に花の状態だ。


「お父様会いたかったわ!」
「お久しぶりですお父様。少しおせになりましたか?」
「ああ、シャノン、私も会いたかったよ。それにシェリルも、心配かけてすまないな」
「元気そうで良かった」
「無理はなさらないで下さいね」
「気を付けるよ」


 久しぶりに妹達と顔を合わせた父は破顔し、話に花を咲かせていた。
 ルーカスはその様子に、心が温まるのを感じながらイリアの方へと足を運んだ。


「こんにちは、ルーカスさん」


 イリアがおだやかな微笑みを浮かべた。
 昨日あんな事があったばかりだが、顔色も良く体調に問題はなさそうだ。


「こんにちは。妹達に付き合わせて悪いな」
「そんなことないです。準備はとても楽しかったですし、お屋敷の外に出て景色が広がって……楽しい事ばかりです」


 「料理ではあまり役に立てなかったけど……」と苦笑いを浮かべるも、弾んだ高音域ソプラノ声色こわいろに、心から楽しんでいることが伝わってくる。

 ルーカスは口元をほころばせ、イリアが楽しそうな様子を嬉しく思った。


「うーん。微笑ましい限りだけど、こっちを無視しないで欲しいな。ね、リシアちゃん」
「へ? わ、私のことはお構いなく!」


 ゼノンのぼやきに、急に話題を振られたリシアがまごついている。

 ゼノンの事はわざと放置したのだが——しかし、終始そういう訳にもいかない。
 関わると面倒な予感しかないのは、普段のゼノンの行いのせいだ。


「それで? 皇太子殿下は何をしにここへ?」


 ルーカスは冷めた口調、細めた瞳でゼノンを射抜いた。


「そうにらまないでくれ。偶然、彼女たちと廊下で会ってね。君にも会いたかったし、それに——」


 ゼノンがイリアへ視線を送っている。
 視線に気付き首をかしげた彼女に、ゼノンがにっこりと笑ってみせた。


(なるほど、魂胆こんたんはわかった)


 くだんの噂で揶揄からかわれた先日の事もある。
 目当てはイリア——彼女の人となりを見定みさだめに来たのだろう。

 幼い頃からこうだ。
 ゼノンもディーンも、やり口は違うが事あるごとに人を揶揄からかうと言う点では同類だ。

 ルーカスは盛大なため息を吐き出した。
 そんなルーカスの肩をポンと叩く大きな手があった。


「まあいいじゃないか。久々に食事を共にするのも悪くないだろう」


 父だった。
 妹達との抱擁ほうようをいつ終えたのか、気付けば後ろへ立っていた。


「私達は家族みたいなものだ。遠慮はいらないさ」
「ほら、叔父上おじうえもこう言ってるだろう?」


 父の擁護ようごに気を良くしたゼノンがにこにこと調子良く言い放つ。
 ゼノンが嫌いな訳ではないが、したたかで計算高いところは苦手だ。

 元より拒否権はないのだが、いつも強引である。


(……腹黒王子め)


 ルーカスはわざとらしく笑みを浮かべた。


「まったく、皇太子殿下の我儘わがままにも困ったものですね?」
「他人行儀だなぁ。今は私的な場で私達は従兄妹いとこ、家族みたいなもの。だろ?」
「ああ、そうだな。


 見えない火花がルーカスとゼノンの間を行き交った。
 お互いに笑っているが、貼り付けた笑顔であるのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 そんなやりとりを父が微笑みをたたえて見守り、内情を知らぬイリアとリシアは疑問符を浮かべ見つめていた。


「ところで、ルーカス。こちらのお嬢さん方の紹介はしてくれないのか?」


 父がイリアとリシアへ視線を送る。
 ゼノンに気を取られすっかり忘れていた。

 ルーカスは右手にイリア、そしてリシアが来るよう並び立ち、姿勢を正して父と向き合う。


「ご紹介が遅れてすみません。彼女はイリア、そして彼女は治癒術師ヒーラーのリシアです」


 身振り手振りで紹介した。


「公爵様、初めまして。イリア・ラディウスです。よろしくお願いします」
「は、初めまして! だ、だ第二魔術師団所属、リシア・ヴェセリーと申します!」

 うやうやしくイリアが頭を下げる。

 リシアもそれにならって頭を下げるが、口どもり落ち着かない様子だった。
 ルーカスの父イコール軍のトップという事実に緊張しているのだろう。


「初めまして、お嬢さん方。ルーカスとシャノンとシェリルの父、レナート・フォン・グランベルだ。
 ここではそうかしこまらず楽に接して欲しい。
 さあ、立ち話もなんだ。せっかく皆が準備してくれたんだ、席に着こう」


 父は穏やかな口調で告げた。

 シャノンとシェリルが差し入れ——銀の材質で出来た、料理をおおい隠す立体のフードカバーが掛けられた皿の並んだ長いテーブル、その前で椅子を引くため待機している。

 自分たちがもてなしをするのだ、と意気込んでいるのがわかる。


「ではお言葉に甘えて」


 遠慮など素知らぬ顔でゼノンが颯爽さっそうとテーブルへ向かい、シェリルに案内されて席に着く。

 父もそれに続きシャノンへ案内されて着席した。


「ルーカスさん、行きましょう?」


 イリアの白い手が、ルーカスの手を引いた。
 迷いなく触れて来る手に身じろいでしまう。

 彼女は手を握る事に抵抗がないのか、昨日より大分近く感じる距離に、どうにも慣れなかった。

 戸惑うこちらの心情を彼女が知る故もなく、流されるように席へ連れて行かれる。

 イリアが椅子を引きルーカスが着席するという、昨日とは逆の構図だった。

 席順は上座にゼノン、隣にルーカス、イリア、リシアと座り、対面の中央にレナート、両隣にシャノン、シェリルの並び。

 身内だけの席なので、厳密に形式にのっとった席順ではない。
 みなが着席すると、まずは拳を握って胸に当て目を閉じた。

 父が「日々の恵みに感謝を」と告げると、みなその後に続いて、食前の言葉を口にした。

 そうして四人が準備した差し入れ——おもてなしの昼食が始まる。
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