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第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

第三話 潜む〝闇〟

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 ルーカス達は会話を繰り広げながら、魔狼まろうの手掛かりを探して坑道を進んで行った。
 そうこう話をしているうちに、一行はだいぶ坑道の奥へと来ていた。

 ルーカスは一歩、足を運んだところで——右手を水平に突き出し、静止するよう合図した。

 レールが途絶えているのが見えたのだ。

 仲間たちにその場で待機するよう合図して、ルーカスはゆっくりと一歩、また一歩、歩を進めていく。

 もしもの時にはすぐ抜刀できるよう、刀のつかに手を添えた。

 十歩ほど進んだところで暗がりの奥が見え始める。
 視線の先には手付かずの鉱床——岩壁がそびえ立っていた。


(どうやらここが最奥のようだ)


 辺りを注意深く観察する。

 壁には照明、足元はじゃりと採掘の際にでただろう鉱石のくず、採掘道具がいくつか転がっているが——鉱夫が見たと言う〝闇〟らしきものは見当たらない。


(……外れか)


 ルーカスはそこに何もない事を確認すると、かかとを返した。

 待機した仲間の元へと戻ると、一斉に視線が集まる。

 首を横に振り空振りであった事を伝えれば、みな肩の力が抜けたようでガクッと脱力した。


「骨折り損っすね」
「そんな事もあるさ。異常がなかった事を喜ぼう」
「そうですね。帰りの事を考えると少々気が入りますが」
「まあこんなところに魔狼まろうひそんでいるとは最初から思ってなかったすけど。何も収穫なしってのはこたえるっすね、団長」
「何が手掛かりに繋がるかわからないからな。例え成果がなくとも、地道にやるしかないさ」


 その言葉にアーネスト、リク、ネイト、ブライスはうなずいた。
 どんな些細ささいな事でも、真実に繋がる事はある。

 諦めず地道に積み重ねる事が大切なのだ。

 ハーシェルは後ろ髪をがしがし掻きながら「それが俺らの仕事っすもんね」と苦笑いを浮かべていた。

 空振りであれば長居する理由はない。


(早々に引き返し、外の探索班に合流すべきだな)


 だがその前に——ルーカスは仲間達にしばしの休憩きゅうけいを命じた。

 強行軍では体が持たない。
 心身の休息、気持ちの切り替えも必要だと考えた。

 狭い空間で各々、束の間の休憩の時間を過ごす。

 ハーシェルは座り込み、壁に背をもたれ掛けたアーネストと会話を交わし、リク、ネイト、ブライスは三人で談笑している。

 ルーカスはこの時間を使って、各班の状況をリンクベルで確認し——ため息をついた。


(外の班も大した収穫はなし、か)


 会話のキャッチボールを止め、通信するこちらの様子をうかがっていた七班の三人が、落胆する姿が見えた。

 進展がなかった事をさとったのだろう。


「一体どこに消えてしまったんだろう」


 リクのつぶやく声が聞こえた。
 その疑問にネイトが言葉を続ける。


「これだけ探して見つからないって事は、もうこの付近にはいないのかもしれないぞ」
「でも、何の痕跡もないのは可笑おかしい」
「ブライスもそう思う? 足跡が山に入ってすぐのところで途絶えていたのも疑問だよ」


 消えてしまった魔狼まろうの行方について話を広げる三人の会話が、ルーカスの耳に届く。

 ——リクが言うように魔狼まろうの足跡は、ベースキャンプから山へ入って数分歩いたところで忽然こつぜんと途切れていた。

 魔狼まろう捜索のため、本格的に山へ足を踏み入れたのは今日が初めての事。
 そのため、異変に気付く者がいなかったのだ。

 探知魔術で見つけられず、足跡もない。

 次々と起こる不測の事態イレギュラーに、誰もが動揺を隠せないでいた。
 大軍であった事は間違いないのにこれほどまでに痕跡が見つけられないのは異常だ。


(まるで——)

「まるで瞬間移動でもしたみたいだ」


 リクが言った。
 ルーカスも同じことを思ったが、常識的に考えてあり得ない。

 設置型のマナ機関、瞬間移動門ワープポータル瞬間移動テレポーテーションの魔術では燃費の問題や一度に転移出来る質量には限界があり、不可能なのだ。


(だめだな、この線はなしだ。ありもしない事を考えても……答えには辿たどり着かない)


 考えるのはやめようと、ルーカスは思考を断ち切るように、頭を横に振った。
 

(さて、そろそろいいだろう)


 リク達はまだ話に花を咲かせていたが、休憩の時間は十分に取った。

 これ以上ここに留まる理由はない——と、ルーカスは仲間たちに出発を告げるべく、言葉をつむごうとした。
 
 その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴッ。


 地面から地鳴りのような重低音が響く。
 ルーカス達は即座に警戒態勢を取った——次の瞬間。


 ドンッ!!


 と、鈍い音と共に、地面が大きく揺れた。


「なんだ!!」
「地震!?」


 誰かがそう叫んだ。
 「ゴーッ」と言う重低音と、激しい揺れがルーカス達を襲った。
 壁の照明が「ガタガタガタ」と音を立てて、左右に揺さぶられている。


(揺れが大きい……!)


 ルーカスは激しい揺れに立っている事ができず、たまらず膝を付いた。


「——くっ。『母なる大地よ、我らを護る盾となれ。なんじの加護を今此処ここに! 地母神の護盾テラメール・アムール!』」


 アーネストが咄嗟とっさに魔術を詠唱した。
 展開した魔術は仲間たちの周囲を包んで、透明な膜の様な障壁を形成して行く。

 地母神の護盾テラメール・アムール——地属性、結界魔術の一つで、物理・魔術どちらにも効果のある防御魔術だ。

 とはいえ、魔術で揺れをどうにか出来る訳ではない。
 ただ——落石・落盤を防ぐ事は可能だろう、とルーカスは思った。

 きっとアーネストもそれを期待しての事だろう。

 大地の震えに、天井からパラパラと採石が降り注ぐ。

 その様子に坑道の崩落と言う最悪の事態が思い浮かんだが、天災を前にすべはなく、ただ揺れが収まるのを祈るしかなかった。





 そうして——体感時間で一分ほど過ぎた頃だろうか。
 実際はもっと短かったかもしれない。
 段々と揺れが小さくなっていくのをルーカスは感じた。

 立っていられない程の震動はなくなり、ゆっくりとひざを持ち上げる。
 立ち上がった時には、揺れは完全に治まっていた。


「……みな、大丈夫か?」


 ルーカスは周囲を見渡し、一人一人の顔を見た。


「生きた心地がしなかったぞ……」
「珍しく同感だ。……今回はイレギュラーの連続ですね、団長」


 ハーシェルはから笑いを浮かべて身震いをしており、アーネストはずれた眼鏡を直している。


「ぼ、僕は大丈夫です。ネイトとブライスも無事です」
「……肝が冷えましたよ」


 リクはよほど驚いたのか声がうわずっていて、ネイトは胸をおさえ、ブライスは——頭を抱え、地面で震えていた。

 幸いみな無事なようでルーカスはほっと胸をでおろした。
 アーネストの機転で怪我人も出なかったようだ。
 
 すると、リリリン——と、ルーカスの耳のリンクベルがリングトーンを響かせた。


『団長! ご無事ですか!?』


 ルーカスが応答すると、聞こえてきたのは焦った様子のアイシャの声だった。


「ああ、大丈夫だ。そちらは大事ないか?」
『……良かった。はい、こちらも問題ありません』
「無事で何よりだ。一先ひとまず他の班とも連絡を——」
「団長!!」


 ハーシェルの叫び声が聞こえた。

 何事か——と、ルーカスが視線を向ければ、いつになく真剣な面持ちで己の武器、腰の二対の剣柄けんづかを掴むハーシェルの姿が見えた。

 隣に並んだアーネストも同様に、左側にたずさえた鞘へ納まる剣のを握っている。

 リク、ネイト、ブライスも緊張した面持ちで武器を構えてこちらを見て——。
 

(違う。見ているのは、俺のだ)


 うしろは行き止まり。
 ただ岩壁があるだけだ。


(いや、思い出せ。俺たちが何をしにここへ来たのか……!)


 ごくり。
 息を飲んで、ルーカスは振り返る。

 
『団長……?』


 アイシャの声が耳元で響く——が、振り返った先で目にしたに驚くあまり、返事を忘れていた。


「……なるほど、確かに〝闇〟だ」


 鉱夫がそう表現したのも納得がいった。

 振り返った先、そこにあったのは〝闇〟。

 真っ黒な、どこまでも真っ黒な——漆黒しっこくの大穴が、ちゅうに浮かんでいた。
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