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第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

第一話 リエゾンの魔獣襲撃事件

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 聖歴せいれき二十五にじゅうご年 エメラルド月十四日じゅうよっか

 ルーカスがイリアの件について報告するため登城してから二日後。

 王都オレオールより東の町リエゾン、北の山。
 ルーカスは団員をひきいてそこに来ていた。


魔狼まろうの大軍による襲撃……か)


 事の起こりは、陛下と父上との話が終盤となった時の事だ。


『リエゾンが魔獣の大軍に襲撃された』


 と、その一報が舞い込んできた。

 町長からの緊急通話で届いた情報によると、突如とつじょとして北の山の方から狼型の魔獣——魔狼まろうが大量に、押し寄せて来たのだと言う。

 現地の戦力では対処しきれず家屋や農作物、そして大きな人的被害が出た。
 しかし魔狼まろうは健在で第二波の恐れがあり、急ぎ救援を求める内容だった。

 これを受けて軍はすぐさま部隊の派遣を決定した。

 救援には騎士団から騎士百七十五ひゃくななじゅうご名。
 魔術師五十ごじゅう名。
 治癒術師ヒーラー二十五にじゅうご名。
 魔狼の討伐部隊として特務部隊から五十六ごじゅうろく名。

 計三百六さんびゃくろく名が派遣される事となった。

 ルーカスは団長として、討伐部隊をひきいるため出兵を余儀よぎなくされた。

 出発は準備が出来次第。
 そのため公爵邸への帰宅は叶わず、イリアには手紙を残す事とした。

 ルーカスは手紙をたくした相手——桃色の髪の双子の姉妹を思い浮かべる。


(二人と上手く打ち解けてくれるといいんだけどな)


 陛下と父との話し合いで、二人はイリアの護衛に選ばれた。

 そこにはルーカスの希望も大きく考慮こうりょされ、護衛の人選、イリアの待遇などおおむね納得の行く結果で話はまとまった。

 双子の姉妹を選んだ理由はいくつかある。

 イリアが過ごす場所は公爵邸。
 当然、護衛も公爵邸で過ごす事となる。

 見知らぬ第三者に任せるより、勝手知ったる人物の方が好ましいだろうと考えた。
 妹達は軍人としての経験は浅いが、幼い頃から鍛えられているため実力は申し分ない。

 何より、同性であると言う事で安心感もある。

 それと護衛にはもう一人、選出された。
 あの日、怪我を負ったイリアを見つけたと言う治療術師ヒーラーのリシアだ。

 彼女を選んだのは、恐らく記憶をなくしたイリアと初めて邂逅した人物だからだ。
 少しでも面識のある人物が側にいれば、イリアも安心できるだろうと考えた。

 リシアは治癒術師ヒーラーとして腕が確かで、優秀な人物である事が経歴からもうかがえ、対面した印象では人柄も良い。

 騎士団内で〝慈愛じあいの天使〟と呼ばれ、ひそかに人気があるのだとか。

 それから、ディーンには予定通り神聖国への潜入捜査を命じた。


『あの国は名所も多いからなぁ。観光だと思って楽しんでくるぜ~』


 と、底抜けに明るい笑顔を浮かべていたので、割と本気で満喫まんきつするつもりだろう。

 それでもディーンであれば問題ない。
 きっちりと仕事もこなしてくれるはずだ。


(考えるべき事は多いが——。
 まずは目の前の問題、リエゾン北の山から出現した魔狼まろうの大軍にどう対処するか、だな)


 ルーカスは手元の資料に視線を落とし、襲撃のあらましを整理して行く。





 騎士団がリエゾンに到着したのは救援要請のあった翌日、昨日の事だ。

 リエゾンは鉱山の町。
 北に広がる山岳地帯には数多くの鉱床が存在しており、資源獲得に置いて重要な拠点となっている。

 昨日は、負傷した住人の救助に追われた。

 襲撃により魔狼まろうに踏み荒らされた町の様子は酷い有様ありさまで、町のあちこちには戦闘の跡が生々しく残っていた。

 無数の獣の足跡。
 飛び散る血痕けっこん
 泣き叫ぶ人に物言わぬ人影。
 崩れた建物——。

 畑の農作物は踏まれて掘り荒らされていたし、鉱山で使う採掘道具もあちこちに散乱していた。


(……思い出しても胸が痛む。痛ましい光景だった)


 救援隊による救助・支援活動はまだ続けられているが、作業が一段落したところでルーカス率いる特務部隊の団員は、元凶である魔狼まろう討伐へとおもむく事となった。

 ——そうして現在。
 
 ルーカスは山の入口近くに敷いたベースキャンプ、作戦本部とした天幕の一張りで、団員達と話し合いを始めるところだった。

 リエゾンの住民は、不安に駆られている。
 一刻いっこくも早く脅威きょういを排除し、安全を確保しなければならない。

 天幕にはハーシェル、アーネスト、アイシャと、各隊の隊長六名。
 ルーカスを合わせ、計十名が机を囲んでいた。

 団長代理を任せたロベルトは王都で留守番中だ。


「——さて、今わかっている情報をまとめよう。アイシャ」


 ルーカスは手に持った資料をアイシャに手渡す。

 すると鮮やかな紫水晶アメジストの瞳が資料へと落ちて、素早く文字を追った。

 一拍の間を置いて、内容を読み込んだアイシャが発言を始める。


「魔獣の襲撃があったのは二日前。時刻は正午過ぎ。お昼時であったため丁度鉱夫も町へ戻って来ていた時間帯に、山の方から大挙して押し寄せたそうです。
 魔獣は狼型、魔狼まろうです。町を襲ったその正確な数は不明ですが、駐屯している騎士の話によるとひゃくをくだらない数が居たのではないかと言う情報もあります」
「百……随分ずいぶんと多いですね」


 あごに手を添え、肩肘かたひじを組んだ眼鏡の青年——アーネストがつぶやいた。

 アイシャは視線を資料から前へ向けて、発言を続ける。


「昨日は周辺に魔狼まろうの姿を確認出来ませんでした。ですが、これほどの数の魔狼まろうです。忽然こつぜんと姿を消すとは考えられません、恐らく何処かに潜伏しているのでしょう」
「どこかねぇ……狼型のやつはすばしっこいからなぁ。山岳地帯を探すとなると骨が折れそうだ。探知魔術は?」


 という曖昧あいまいな情報に、金髪の頭の後ろへ両手を回して組んだハーシェルが胡乱うろんげに問い掛けた。

 それに答えたのは探知魔術を得意とする男——二班、魔術師隊の隊長だ。


すでに試した。が、みょうなんだ。他の生物の反応はあるのに、肝心の魔狼まろうは反応が見つからない」
「そんな事あり得るのか?」
「魔獣相手にこんな事初めてだよ。隠蔽いんぺい魔術が使える対人なら納得も行くんだけどね」


 淡緑玉エメラルドの瞳を細め、首をひねるハーシェルに対し、男はお手上げだといった風に肩をすくめて意気消沈した。

 
(探知魔術で見つけられない魔狼の大軍……か)


 ルーカスは言い知れぬ既視感きしかんを感じていた。
 喉元に何かがつかえ、胸がざわつく。

 だが、それが何であったのか、思い出せない。

 何か手掛かりはないかと、思案するみなの姿が見られた。

 しばくして、十班——治癒術師ヒーラー隊隊長の男の手が上がる。

 ルーカスが発言を許可する意味でうなずくと、意図をんだ男の発言が始まった。


「手掛かりになるかわかりませんが、治療した鉱夫からこんな話を耳にしました。『坑道の奥深くで闇を見た』と」
「闇? カンテラで出来た影の事か?」
「私も最初はそうかと思ったのですが、『影とは違う! もっとどす黒い何か、暗闇で一瞬だけだが確かに見たんだ! あれは闇だ!』と言ってました。口下手な男でして、言葉では上手く表現出来なかったようです」


 影とは違うどす黒い何か——。

 魔獣は往々にして原型の動物と生態系が似ている。
 そのため狼型の魔獣が坑道の奥深くに潜んでいるとは考えにくい。


(だが……気になるな)


 男が言う闇とは一体何なのか。
 魔狼の他にも何かがあると言うのだろうか?
 

「なるほど。他に何か聞いた者はいるか?」


 ルーカスは団員達の顔を見渡し問い掛ける。

 するとまた一人。
 今度はアーネストの手が上がった。


道端みちばたで偶然聞いた話ですが、最近は地震が多かったみたいです。
 ほんのわずかに揺れる程度だったらしいのですが、『地震はおっきな地震の前触れで、坑道で生き埋めになったら怖えなぁと思ってたのに。今度は魔狼まろうが襲ってくるなんてぇ厄年やくどしだな……』
 と、鉱夫がなげいていました」
「……闇に続いて地震、か」


 どちらも魔狼まろうに繋がる直接的な手掛かりではなさそうに思える。
 地震に関しては天災のたぐいだ。

 地属性魔術『大地の憤怒ラージュ・テラブルメント』と言った大規模魔術で、故意に起こす事は可能だが——だとしたら駐屯している騎士団が異変に気付くはず。

 そのような報告は上がって来ていない。


(とは言え、頻発ひんぱつしていたと言うのが気掛かりではあるな)


 一応気に留めておこう、と、ルーカスは思考の片隅に地震の件を置いた。


「この二点以外に、何か気付いた事はあるか?」


 ルーカスは問い掛けるが、みな一様いちように首を横へ振った。
 残念ながらこれ以上の情報は望めないようだ。


(さて、どうしたものか)


 探知魔術に反応しない魔狼まろうの手掛かりは地道に探すしかないだろう。
 一方で鉱夫が言った闇も気に掛かる。


(念のため、鉱夫が見たと言う闇の真偽も、確かめる必要があるか)


 もしかしたら未知の魔獣の可能性も考えられる。

 ルーカスは自分の中で考えをまとめると、やるべき事を明確にし、伝えるため言葉を発した。


「闇の件は未知の魔獣の可能性もある。坑道の探索と、それと同時に狼型の魔獣を見つけるため周囲を探索する。
 鉱夫が闇を見たと言う坑道の場所はわかるか?」
「はい、念のため確認しました。こちらです」


 治癒術師ヒーラー隊隊長の男はポケットにしのばせた地図を取り出し、ルーカスへ渡した。
 ルーカスは地図を机上きじょうへ広げ、坑道の位置を確認する。

 場所は大きく赤丸が付けてあった。
 山の入口から北西、十番の坑道だ。

 
「ここから十分ほど歩いた距離にあるそうです」
「意外と近いな。中はどうなっている?」
「採掘を始めたばかりの鉱床で、奥までは一本道と言っていました」
「お、ラッキー。迷路のような坑道を彷徨さまよわずに済むな」


 ハーシェルの物言いにアーネストが「緊張感を持てよ」と鬼の形相ぎょうそうにらみつけた。

 二人のこのようなやり取りはいつもの事。
 特務部隊の面々には見慣れた光景だ。


「配置はどうしますか?」


 アイシャが一歩、ルーカスへと近付きたずねた。
 瞬時にルーカスは思考する。

 ——坑道は狭い。
 大人数では何かあった時に機動性が落ちる。

 また使える魔術も限られる。
 下手に派手な魔術を使おうものなら道が崩れて行き埋め——なんて事になり兼ねない。


(少数精鋭が適任だな)


 ルーカスはそう結論付けた。
 すぐさま人選を思い浮かべて、決定。
 指示を飛ばす。

「坑道には俺とハーシェル、アーネスト、それと七班から三名を選抜せんばつして計六名で向かう。
 アイシャは抜けた三名に代わり七班へ、緊急時は全体の指揮をれ。
 あとは三手に別れて周囲で魔狼まろうの探索だ。
 三、五、七班の戦闘部隊を中心に魔術師隊と治癒術師ヒーラー隊を三手に編成。
 人選は三、五、七班の隊長に一任する。
 以上、質問はあるか?」


 矢継ぎ早に行動と編成を指示し、各班の隊長の顔を見回す。
 みなの表情は納得した様子で、質問が出る雰囲気はなかった。


「なければ準備に取り掛かれ。出発は一時間後だ!」


 ルーカスの掛け声に団員たちは「はい!」と声を揃え、敬礼を返した。
 そして準備を進めるため、一人、また一人と天幕を後にして行った。


(はたして鬼が出るか蛇が出るか)


 魔狼まろうが探知魔術に反応しないと言う不測の事態イレギュラー

 ルーカスは感じた既視感デジャヴが何であったのか思い出せぬまま——出発の時を迎える。
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