上 下
4 / 27

順調

しおりを挟む
婚約しておいてわざわざ険悪になろうとする物好きはそういないので、当然といえば当然なのだけれど、新しい婚約者とは順調だ。

基本的には彼が一週間か二週間に一回くらい、うちにお茶をしに来てくれる。後は一緒に観劇に出かけたり人気のお店に行ったり。

彼は少し無口ではあるけれど、私の話をちゃんと聞いてくれるし、注意を払って私のことを見ていてくれる。

ちょっと私にはもったいないんじゃないかと気後れしそうになるけれど、もう今さらだ。
婚約してしまったのだから。
よっぽどのこと…前婚約者とのようなことが無い限り、私はこの人と結婚するのだ。



今日は一緒に劇を観に来ていた。
ボックス席に座って劇の開始を待つ間、チラリと隣の婚約者を盗み見た。
するとちょうどこちらを見ていた彼と、バッチリ目が合って息を飲む。

「どうした?」

「あ…いえ……」

慌てて目を逸らした。
彼の容姿が好みなので、開演時間までこっそり見ていようと思ってました、なんてとても言えない。

「…気分が悪いのなら…」

サッと席を立とうとした彼を慌てて止める。

「あ、いえそうではなく…」

彼は浮かせかけた腰を下ろしたけれど、じっとこちらを見ている。
どうしよう…何か言わなくちゃ…

「あの…今日のお召し物もよくお似合いだと思いまして…」

目を逸らしながら告げた。
一応これも本当のことだ。
家まで迎えに来てくれた彼を見た瞬間、そう思った。
彼の茶色の髪に、紺のジャケットがよく合っている。前回の淡いブルーも素敵だったけれど。

それに、彼の服は全て丁寧に仕立てられているようで、身体のラインに添いつつ動きを阻害しない。そして彼を、より魅力的に見せている。

「腕のいい、職人なのですね」

無意識に彼の襟元に手を伸ばすと、彼の顔が赤くなった。
その反応に、自分が何をしようとしていたのか自覚して、慌てて手を引く。

胸元に触れようとするだなんて、はしたな過ぎた。
顔が熱くなる。

「す、すみません…」

「いや…」

公共の場でなんてことを…

最近は公園などで寄り添ったり胸元にもたれかかったりと、人前でいちゃつくカップルも目にするけれど、私には無理だ。
お互い顔を赤くして俯いている間に、劇が始まった。



劇が終わって、カフェで感想を語り合う。実はこの時間が一番好きだ。劇を見ている時よりも。

彼は見かけによらず劇が好きなようで、とても詳しいのだ。
どの役者がどんな役が得意なのか。監督の癖。劇作家の話などマニアックな内容を交えながら色々教えてくれる。

話が面白いのと、普段より饒舌な彼が嬉しくて、つい時間を忘れて聞き入ってしまう。

今日も、夕暮れ時を知らせる広場の鐘の音で我に返った。

「すみません。こんな時間まで」

「いや、それはこちらの台詞だ」

彼が困ったように眉を下げた。
無口だけれど意外に表情豊かな彼の、こんな表情も可愛く思えて好きだ。

…最近、彼のことを好きだと思うことが増えた。ふとした瞬間、彼の仕草に、表情に、鼓動が速くなる。

…夫婦になるんだから、構わないわよね?

誰にともなく言い訳して、今日もまた少し婚約者を好きになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

この婚姻は誰のため?

ひろか
恋愛
「オレがなんのためにアンシェルと結婚したと思ってるんだ!」 その言葉で、この婚姻の意味を知った。 告げた愛も、全て、別の人のためだったことを。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

本当の勝者は正直者

夕鈴
恋愛
侯爵令嬢ナンシーの婚約者は友人の伯爵令嬢に恋をしている。ナンシーが幼馴染の婚約者の恋を応援しても動かない。不毛な恋愛相談に呆れながらも、ナンシーはヘタレな幼馴染の恋を叶えるために動き出す。 幼馴染の恋を応援したい少女が選んだ結末は。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました

メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。 「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。 この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。 仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。 そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。 「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

【完結】婚約破棄!! 

❄️冬は つとめて
恋愛
国王主催の卒業生の祝賀会で、この国の王太子が婚約破棄の暴挙に出た。会場内で繰り広げられる婚約破棄の場に、王と王妃が現れようとしていた。

処理中です...