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順調
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婚約しておいてわざわざ険悪になろうとする物好きはそういないので、当然といえば当然なのだけれど、新しい婚約者とは順調だ。
基本的には彼が一週間か二週間に一回くらい、うちにお茶をしに来てくれる。後は一緒に観劇に出かけたり人気のお店に行ったり。
彼は少し無口ではあるけれど、私の話をちゃんと聞いてくれるし、注意を払って私のことを見ていてくれる。
ちょっと私にはもったいないんじゃないかと気後れしそうになるけれど、もう今さらだ。
婚約してしまったのだから。
よっぽどのこと…前婚約者とのようなことが無い限り、私はこの人と結婚するのだ。
今日は一緒に劇を観に来ていた。
ボックス席に座って劇の開始を待つ間、チラリと隣の婚約者を盗み見た。
するとちょうどこちらを見ていた彼と、バッチリ目が合って息を飲む。
「どうした?」
「あ…いえ……」
慌てて目を逸らした。
彼の容姿が好みなので、開演時間までこっそり見ていようと思ってました、なんてとても言えない。
「…気分が悪いのなら…」
サッと席を立とうとした彼を慌てて止める。
「あ、いえそうではなく…」
彼は浮かせかけた腰を下ろしたけれど、じっとこちらを見ている。
どうしよう…何か言わなくちゃ…
「あの…今日のお召し物もよくお似合いだと思いまして…」
目を逸らしながら告げた。
一応これも本当のことだ。
家まで迎えに来てくれた彼を見た瞬間、そう思った。
彼の茶色の髪に、紺のジャケットがよく合っている。前回の淡いブルーも素敵だったけれど。
それに、彼の服は全て丁寧に仕立てられているようで、身体のラインに添いつつ動きを阻害しない。そして彼を、より魅力的に見せている。
「腕のいい、職人なのですね」
無意識に彼の襟元に手を伸ばすと、彼の顔が赤くなった。
その反応に、自分が何をしようとしていたのか自覚して、慌てて手を引く。
胸元に触れようとするだなんて、はしたな過ぎた。
顔が熱くなる。
「す、すみません…」
「いや…」
公共の場でなんてことを…
最近は公園などで寄り添ったり胸元にもたれかかったりと、人前でいちゃつくカップルも目にするけれど、私には無理だ。
お互い顔を赤くして俯いている間に、劇が始まった。
劇が終わって、カフェで感想を語り合う。実はこの時間が一番好きだ。劇を見ている時よりも。
彼は見かけによらず劇が好きなようで、とても詳しいのだ。
どの役者がどんな役が得意なのか。監督の癖。劇作家の話などマニアックな内容を交えながら色々教えてくれる。
話が面白いのと、普段より饒舌な彼が嬉しくて、つい時間を忘れて聞き入ってしまう。
今日も、夕暮れ時を知らせる広場の鐘の音で我に返った。
「すみません。こんな時間まで」
「いや、それはこちらの台詞だ」
彼が困ったように眉を下げた。
無口だけれど意外に表情豊かな彼の、こんな表情も可愛く思えて好きだ。
…最近、彼のことを好きだと思うことが増えた。ふとした瞬間、彼の仕草に、表情に、鼓動が速くなる。
…夫婦になるんだから、構わないわよね?
誰にともなく言い訳して、今日もまた少し婚約者を好きになった。
基本的には彼が一週間か二週間に一回くらい、うちにお茶をしに来てくれる。後は一緒に観劇に出かけたり人気のお店に行ったり。
彼は少し無口ではあるけれど、私の話をちゃんと聞いてくれるし、注意を払って私のことを見ていてくれる。
ちょっと私にはもったいないんじゃないかと気後れしそうになるけれど、もう今さらだ。
婚約してしまったのだから。
よっぽどのこと…前婚約者とのようなことが無い限り、私はこの人と結婚するのだ。
今日は一緒に劇を観に来ていた。
ボックス席に座って劇の開始を待つ間、チラリと隣の婚約者を盗み見た。
するとちょうどこちらを見ていた彼と、バッチリ目が合って息を飲む。
「どうした?」
「あ…いえ……」
慌てて目を逸らした。
彼の容姿が好みなので、開演時間までこっそり見ていようと思ってました、なんてとても言えない。
「…気分が悪いのなら…」
サッと席を立とうとした彼を慌てて止める。
「あ、いえそうではなく…」
彼は浮かせかけた腰を下ろしたけれど、じっとこちらを見ている。
どうしよう…何か言わなくちゃ…
「あの…今日のお召し物もよくお似合いだと思いまして…」
目を逸らしながら告げた。
一応これも本当のことだ。
家まで迎えに来てくれた彼を見た瞬間、そう思った。
彼の茶色の髪に、紺のジャケットがよく合っている。前回の淡いブルーも素敵だったけれど。
それに、彼の服は全て丁寧に仕立てられているようで、身体のラインに添いつつ動きを阻害しない。そして彼を、より魅力的に見せている。
「腕のいい、職人なのですね」
無意識に彼の襟元に手を伸ばすと、彼の顔が赤くなった。
その反応に、自分が何をしようとしていたのか自覚して、慌てて手を引く。
胸元に触れようとするだなんて、はしたな過ぎた。
顔が熱くなる。
「す、すみません…」
「いや…」
公共の場でなんてことを…
最近は公園などで寄り添ったり胸元にもたれかかったりと、人前でいちゃつくカップルも目にするけれど、私には無理だ。
お互い顔を赤くして俯いている間に、劇が始まった。
劇が終わって、カフェで感想を語り合う。実はこの時間が一番好きだ。劇を見ている時よりも。
彼は見かけによらず劇が好きなようで、とても詳しいのだ。
どの役者がどんな役が得意なのか。監督の癖。劇作家の話などマニアックな内容を交えながら色々教えてくれる。
話が面白いのと、普段より饒舌な彼が嬉しくて、つい時間を忘れて聞き入ってしまう。
今日も、夕暮れ時を知らせる広場の鐘の音で我に返った。
「すみません。こんな時間まで」
「いや、それはこちらの台詞だ」
彼が困ったように眉を下げた。
無口だけれど意外に表情豊かな彼の、こんな表情も可愛く思えて好きだ。
…最近、彼のことを好きだと思うことが増えた。ふとした瞬間、彼の仕草に、表情に、鼓動が速くなる。
…夫婦になるんだから、構わないわよね?
誰にともなく言い訳して、今日もまた少し婚約者を好きになった。
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