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最終章 魔王編

思い出に浸る

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「カイが目を覚ましたのは魔大陸から出る少し前ね。今でも思い出すわ、生気のない目と乾いた笑顔」

 そこまで語り終わると紅茶に口をつけるリーディア様。

「しばらく一人にしてくれってな、山に籠っちまったわけだな」

 苦笑いしつつクッキーを頬張るリュウコ様。

「世間一般で知らされている話と違うんだねー」とシノ。

 私が聞かされた話でも、遅れてやってきたカイ様が、苦戦しつつも傷ついた魔王を華々しく倒すお話でした。

「そりゃあ無様に200名近く殺され、しかも異世界から来た勇者様に迷惑をかけ、勇者様一人で倒したなんて公表できませんからね」
「それで・・・その話を私たちに聞かせて、どうしろというのですか」

 お母様がこの話を聞かせたことに何か意味があるはずです。私と会った時から飄々としていたカイ様の壮絶な過去。戸惑いはしましたが・・・それとこれとは別の話です。

「端的に言いましょうエル。カイ様の事を少しほっておいてあげなさい」
「少しとは・・・?一年ではない訳ですよね」

 何年待てばいいのでしょうか、10年?100年?そんなの・・・待てるはずもありません。

「エル。カイは多分過去を引きずってんだよ。今回一人でやるって言って聞かなかったのはあいつだ、今回の魔王討伐を犠牲なしで一人でこなせれば・・・ちゃんと前を向けると思うんだよ。

 だから頼む。カイをそっとしておいてやってくれ」

 リュウコ様は机に額をこすりつけて私にそういう。

「ずるいですよリュウコ様・・・そんなふうに頼まれたら、断れないじゃないですか・・・でももしカイ様に何かあったら・・・」
 
「大丈夫ですよエル。彼の強さはかの強大な魔王をすでに凌駕してます。聞いた魔王の情報によると、万に一つも負けはないでしょう。
 それに・・・彼の回復速度は異常です。本来なら死ぬまで寝たきりになるであろう重傷を負ったはずが、たった一年で普通に生活できるレベルまで回復していました。それに・・・」

 メイ様は苦笑いをする。

「それになんですか?」
「それに放浪癖はいつもの事ですし・・・どうせ厄介ごとを抱えて、ひょっこり帰ってきますよ。はぁ・・・」
「なんや嬉しそうやなメイ」
「これが嬉しそうに見えるなら、目の治療を行いますのであとで医療院に来てください」
「なんやかんやメイもカイのこと好きやからな~」
「なるほど、脳の治療が必要なようで」

 ぎゃーぎゃーとメイ様とニャル様が言い争いを始めました・・・。あの・・・私はカイ様の事を聞きたいのですが・・・。

「カイは無事で、どこかで生きてる。なんか理由があって私たちの目の前に姿を現さない。そう言いたいのだと思うわ。心配しなくても大丈夫よ。10年や20年待ってもいいんじゃない?」
「待ってくださいリーディア様!20年も待ったら私はおばさんになっちゃう!エルフの感覚で考えないで下さい!」

 メリーが声をあげる。私、レイ、シノは長寿な種族だからその程度の年数で容姿は変わりませんが、メリーとハルは違います。生きていられるのも長くてもあと60年程度でしょうか?その分老いるのも早いですし、焦る気持ちも少しだけわかります。

「実は長寿の魔法を作ったのよ。これを使えばメリーやハルでも若さを保ったまま、数百年生きられるわよ」
「「詳しく!!」」
「えっえ?・・・そんなに食い付くとは・・・」

 メリーとハルがリーディア様に詰め寄ってわちゃわちゃと話しだしました。

 私は席を立ち、その場を後にしようとしました。

「エル。何処に行くの?」

 お母様に声をかけられる。

「カイ様を探しに行こうとは思っていません。ただ・・・私は少し思い出に浸りに行ってきます」
「そう・・・。ごめんねエル。あなたにはつらい思いをさせてばかりで・・・」
「いえ。むしろありがとうございますお母様。どうやら少し焦っていたようです。自分の事だけではなく、カイ様の気持ちも考えないといけませんよね」

 そう言って私は席を外した。
 自分の部屋に戻り、懐かしのメイド服に着替える。ここ最近は動きやすい戦闘服を着用していた。
 向かう先は決まっています。転移でも飛べますが、あの頃と同じように食料などの荷物を背負い、徒歩で向かう事にしました。










 



 
「相変わらず、険しい山ですね・・・」

 額に浮かぶ汗をぬぐいつつ、道もない山を進む。
 凶暴な魔物を軽くあしらい、ひたすら目的地に向かって進む。
 懐かしいですね。あの頃は使命感で歩いていました。お母様のお願いだったから、優しくしてくれたリーディア様の願いだったから。

「ふふっ・・・」

 カイ様との思い出の日々を思い出すと、少し笑みがこぼれる。
 彼の優しい笑顔が好きだった。たまにドジな事をして恥ずかしそうにする顔が好きだった。凶暴な魔物を軽くあしらうかっこいい彼が好きだった。割れ物を扱うかのように、そっと撫でてくれる暖かい手が好きだった。語り掛けてくれる優しい声が好きだった。彼から香る木のようなにおいが好きだった。作った料理をおいしそうに食べてくれるのが嬉しかった。勝手に彼の布団に入ると、ギュッと抱きしめてくれることが嬉しかった。

「はぁ・・・寂しいですカイ様・・・」

 虚しい・・・。仲間といるときも楽しいです。同じカイ様好きどうし話をするのも、軽い模擬戦をするのも十分楽しいです。
 でもやっぱり・・・カイ様が傍に居ないと寂しい。


 カイ様との思い出で楽しくなったり、現実を見て悲しくなったりしながら、数日歩き続け、日が真上に差し掛かる頃、とうとう目的地に到着する。

 数年たっても変わらない建物。人が数人住める程度のログハウス。外には野菜が育っている畑と燻製肉を作るためのかまど。
 料理やたまにお風呂を沸かすための薪が開けっ放しの倉庫に積み重なっており、燻製肉も吊るされていた。
 まるで数年前からここだけ時間が止まってるかのように・・・。

「え?・・・誰か住んでいるんでしょうか?」

 確か私がここを出て行く際に色々と片づけをしたはず。肉なんてぶら下げていると魔物が荒らしに来ますし、畑も全て収穫して均しておきました。



 家の前で呆然としていると、ふいに家の扉が開く。そこから出てきたのは・・・。




「エル?なんでここに・・・」




 カイ様だった。

「カイ様!!」

 背負ってた荷物を投げ捨て、一足でカイ様に飛びつく。腕を背中に回し、顔を胸にうずめる。
 カイ様は突然抱き着かれた衝撃に踏ん張り切れず、しりもちをつく。

「エル?落ち着けよ。おーいエルさーん」

 カイ様カイ様カイ様カイ様カイ様カイ様。

「駄目だ。エルがこうなったら少し時間を置かないと・・・よしよし、すまなかったな・・・寂しい思いをさせて」

 そう言って頭を撫でてくれるカイ様。あぁ・・・本物の私のカイ様だ。

「かい?どうしたの?」

 カイ様の胸元で幸せを享受していると、女の子の声が聞こえてくる。

「エルが来たんだよ。ほら知ってるだろ?一緒に魔大陸で旅してた」
「エル!あのきれいなおんなのこ!しってるよ!」
「誰ですかこの女。なんで私とカイ様の聖域に?」

 なんですかこの女?私とカイさまの愛の巣に何当たり前な顔をしているんですか?ぶちころがしますよ。

「女って・・・子供じゃねえか。10歳くらいに見えるかもしれねぇけど、実際はまだ4歳くらいだからな?」
「わたしのなまえはクロ!かいにつけてもらったんだ!」

 輝くような笑顔でこちらを見る女。身長は120くらいで真っ黒な髪が腰くらいまで伸びている。肌の色は褐色で、まだ幼い顔は可愛らしく、漆黒の瞳が輝いて見えました。
 なんですかこの可愛い女は。それに・・・なんか対峙していて嫌な感じがする。

「カイ様に?ちょっとこの女と二人にしてもらっていいですか?」
「駄目だ。お前クロを殺すつもりだろ」
「なんか邪悪な気配を感じるので」

 はぁ~とカイ様がため息をつき、私の手を解き立ち上がりました。

「とりあえず中で話そう。俺がどうしてお前らの元に帰らなかったのかも話したいし」
「わかりました」


 見慣れたテーブルと椅子。私はいつも自分が座っていたところに座り、対面にカイ様が座る。

 そして、カイ様のお膝の上に邪悪な女がちょこんと座る。 

 ぐぎぎ・・・しぜんとすわりやがりましてくそが!!

「エル?エルさーん」
「っ!はい。落ち着いています」
「そ・・そうか。まず端的に結論から言うな?」
「はい」



「こいつは・・・クロは魔王だ」
「はい?」



 その言葉の意味が分からず、私はしばし思考も体も固まるのだった。

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