上 下
5 / 30
第一章 元勇者はもう一度勇者に戻る

神様と初対面

しおりを挟む
 神の社。ここは勇者のみしか入れないという神聖な場所らしい。
 木造で出来た、まるで元の世界の神社のよう建物で、創世のころからある建物だそうだ。
 それにしてもまるで新築の様に、ここだけ時が止まってるかのようだ。

 扉の前にある供物代のようなところに、イベントリから取り出した、かつて倒した魔王の魔石を乗せる。
 
 勇者には二つ転生特典がある。それがイベントリとランダムに与えられるスキルを1つ。
 まあイベントリは小袋程度の容量しかないがの・・・。スキルも役立たずだし・・・もっとチートでヒャッハーするのが異世界物語ではないのかのぉ・・・。

 そんな益体もないことを考えていると、社の扉がスーッっとスライドして開く。
 少し躊躇しつつ、足を踏み入れる。中に入ると真っ暗で、奥の方に光る玉が鎮座していた。

 光る玉の前でドカッっと胡坐をかいて座る。

「よう。神様よ。40年前のご褒美をもらいに来たぞ?」

 微々たる光を放っていた玉が、突然光を強め・・・。社の中が光で溢れる。

『ふむ。よく来た勇者ナジリ カイよ』

 姿は見えない。しかし声は頭に響いて来る。男性の様な、女性の様なよくわからない声だった。

「初めましてじゃのう」
『うむ。で?今回はなんじゃ?やはり死地は元の世界が良いのか?元の世界でもう一度人生をやるのか?こちらに転生した時間軸に戻してやるぞ?』
「有り難い事じゃの。こんな老いぼれが、また若くして人生をやり直せるとは・・・しかし、答えはノーじゃ」
『ほう。では何を望む。あまり大層なことは出来んぞ?』
「では今回の魔王の出現を中止とかはどうじゃ?」
『出来んな。我はこの世界の事には干渉できん』
「やっぱりだめか・・・では儂の寿命をほんの少し伸ばしてくれんかの?」
『寿命という概念自体が我にはよくわからん。死ぬときは何をやっても死ぬ。逆もしかりだ』
「儂がいつ死ぬとかはわからんわけじゃな」
『その通りだ』

 ふむ・・・どうしようかの・・・。魔王討伐まで儂の体は持つのか・・・。

『お主を召喚時の年齢まで戻すか?』
「!?そんなことできるのか?」
『出来るか出来ないかで言えば出来る』
「おお。じゃあそれでいいかの」
『あいわかった。だが条件が二つある』

「条件をのもう。では頼む」

『いや聞けよ・・・どんな悪条件かわからんぞ?』
「儂の命なんぞもう惜しくないしの・・・」
『・・・条件はこうだ。一つ、今回の魔王を倒してももう我に会うことは叶わん。二つ、今回の魔王は5人以下で討伐を行う事。以上だ』
「・・・5人以下?なぜそんな条件を?」 
『それは後々わかるとだけ言っておこう。どうだ?条件をのむか?』

「・・・のむしかなかろう・・・」
『ふむ。では始めよう。あ・・・言い忘れてたが・・・』
「ふむ?」



『これ死んだほうがマシなほど痛いから』


「へ?」

 ミシッっと体からきしむ音が聞こえる。体の内側が熱を持ち、ミチミチッと肉がちぎれる音がする。

 そして――。

「ガアァ‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁっぁぁぁ!!!」


 バキバキッ!ぶじゅるじゅるじゅると骨が折れ、肉がつぶれるような不快な音が聞こえる。

『気絶も出来んし、そうだな・・・数時間ほどで終わるだろう。それまで耐えるがいい。ついでにスキルも強化しといてやろう』

『≪不屈≫→≪不撓不屈≫お主の心の持ちようで、老化も抑えられるじゃろう。精神力次第では不死身になる』

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁあああああぁぁっぁあぁあああああああああ!!!!!!!!!!!」

『肉体を全盛期に戻す。言うは簡単だが、要は細胞を作り変えるのだ。老化した細胞たちを全て作り変える。筋肉も、神経も、骨も、内臓も脳もすべて。本人はまるで全身をかき回されているような痛みだろう。廃人にならずに済めばよいが・・・お主の健闘を祈っておるよ』
















 
 この世界は常に崩壊と隣り合わせ。なにせ魔王という脅威が定期的に派生するからだ。
 その為ここに住む人たちは皆、力を合わせて生きている。そうでもしないと生活もままならないからだ。
 元の世界の様に便利ではない。文化レベルは低いし、大きな大陸にしては人口だって多くはない。

 しかしこの世界の人は幸せに生きている。貧富の差もあるだろう。多少のいざこざも。だがこの世界の人々は皆、誰かを思いやる心を持っている。
 一人で世界中と旅した。勇者という身分は隠し、町から町へ、山奥にある辺境の村へ、あらゆる場所に出向いた。
 どの町、村、集落に出向いても、快く迎えてもらった。旅に出た当初は、知らない人に声をかけまくられるので戸惑っていたが、慣れていくとそれが当たり前になっていた。
 いきなり飲みに誘われて、見知らぬ人と朝まで騒いだり、金が無くなって行き倒れていると通りすがりの人に助けられたり。
 俺はこの世界が好きになっていた。もし糞みたいな世界なら、俺は何もしなかっただろう。この世界と共に俺が死ぬとしても。

 だからもし、俺が死ぬほど頑張る程度でこの世界が救われるなら・・・。








 目を覚ますと、真っ白い天井が見える。

「ん・・・?何とか生きてるみたいだな・・・」

 ぐっとこぶしを握り、体に力を入れ、上半身を起こす。
 手の甲を見ると、しわが無くなり、張りのある肌になっていた。

「マジで若返ったのか・・・ていうか着ていた服は?なんで全裸なんだ・・・」

 ベットから降り、鏡の前に立つ。
 ここに来た当初より明らかに筋肉がついている。腹筋も割れ、胸筋もある。転移した当初の肉体はガリガリだったはずなのに・・・。若い頃そのままの自分の顔だ。イケメンでもなければ不細工でもないような無個性な顔。唯一黒かったはずの髪は真っ白くなっていた。
 
 鏡の前で、ボディービルダーがやるようなポーズを(全裸で)していると、部屋の扉が開き・・・。

「あら?起きたのですね。調子はどうかしら?」とメイが部屋に入ってくる。

 俺は間抜けなポーズで、しかも全裸なわけで・・・。

「キャアアアアア変態!!」
「ええ・・・あなたがそれを言うのかしら・・・私のセリフだと思うのですが・・・」

 即座にベットに戻り、自らの恥部を隠す。

「の…ノックくらいしてくれよ・・・」
「はいはい。別に今更あなたの裸を見たくらいで何にも思う事はありませんよ。新しい服はそこに置いてますよ。全裸で神の社の前にあなたが倒れていたのを兵士が見つけましてね。・・・カイ様・・でいいのですよね?」
「おう!信じられないかもだけどな・・・あの糞神め・・・全身を火であぶられるような激痛だったぞ・・・」
「また無茶をしたのですね・・・一週間目を覚まさなかったのですよあなたは・・・」
「一週間!?」

 あれからそんなに経ってるのか・・・。エルに心配かけちまうなぁ・・・。

「説明してもらえますか?」

 メイに神様に会った時のことを話した。そして、今回の魔王討伐は軍の編成を行えないことも。

「そうですか・・・。考えがあるので一度王様たちと話し合ってもいいですか?それまでおとなしくしておいてください」
「はぁ・・・。まあめんどくさいことは任せるけど・・・一旦帰るとかダメなのか?」
「だめです。すぐ戻ってきますから、とりあえず服は着ていてくださいね」

 そう言うとメイはそそくさと部屋を出て行った。







 用意された服を着て、軽く体を動かす。正直全盛期よりかなり動くと思う。体が軽い、体の節々のいたくないし。今ならドラゴンの1,2体ほどなら軽く倒せそうだ。
 ぐっぐっっと体を伸ばし、ストレッチしていると、部屋の扉が開き、メイと煌びやかに着飾った男が入ってくる。
 
「お待たせしました。それでは今後の予定についてお話しします」
「おう。そちらのあんたは・・・確か第一王子の・・・ジーク・・・だっけ?」
「覚えていらっしゃるのですね。今はこの国の王をしております」
「お!?マジか。へへぇ~ひれ伏します」

 床にひざをつけ、頭を下げる。

「そそそ・・・そんな!?頭をお上げくださいカイ様!」とあわあわする王様。
「ふざけてないでさっさと立ち上がってください・・・」

 メイにそう言われ、スッと立ち上がり、ベットに座る。

「王なんて最高権力者にはひれ伏さないと殺されるだろうに・・・」
「どんなイメージなのよ。と言うか権力者にも図々しいのが貴方でしょ。からかうのはよしなさい」
「へいへい」

 俺が勇者として活動してた頃、まだ子供だったジークの面倒をよく見ていた。剣を教えたり、各地を回ってた頃の話をしたり、良く懐いてくれていたイメージだ。
 あんなに可愛かったジークが今や国を背負ういっぱしの王になってるとはな。

「端的に言います。元勇者カイを死んだことにして、あなたは新たなる勇者として名乗って頂きたいのです」
「わかった」
「言いたいことはわかります。自分の名を殺す事は、自らを殺す事と道義です・・・ってすぐ了承するんじゃないわよ!?」
「メイが間違えた事言わないことは知ってるしな。まあ理由くらいは聞いておこうか」

 メイはもっとツンデレ系暴言キャラだったのに。お淑やかになったと思ったら、やはり根はこっちだったんだな。なんてどうでもいいことを考えながら話を聞く。

「ったく・・・あなたと話してると調子が狂うわ・・かいつまんで説明するわね。まず今回は魔王討伐に5人以下という制限がある。あなたを含めるとあと4人しか同行できない」
「そうだな。めんどくさい制限だ。数の暴力で圧倒する方が早いしな」

 王道?正々堂々?クソくらえだよな。こちらと世界の命運かかってるんだからな。

「ならば最高戦力を当てるしかない。その為の大々的な催しを開くしかない。要は武闘大会の様なものね」
「そうだなー。なるべく強い方がいいよな。その武闘大会ってのは俺も出ていいの?」
「別に構いませんが・・・ってそうじゃなくって、その大々的な催しをするために、勇者の名を使います」
「まあ妥当だよな。魔王討伐に迎えるっていうのは、それだけで名誉なことだと考えてるみたいだしな」

 皆この世界が好きだ。ここに住む人々が好きなのだ。ならばそれを守るために、命をとして魔王討伐軍に入る。それだけで代々語り継がれるにたる英雄扱いされる。
 王都には大きな慰霊碑がある。魔王討伐で命を落とした英雄たちの名前がずらっと並んでいる。ここを訪れる人は毎日、後を絶たない。年一度王様が参拝したりもする。
 
「もしそこでカイ様の名前を使うとどうなると思いますか?」
「どうもならんだろ?」
「いえいえ、皆さんはこう思うはずです。『なぜ新しい勇者が召喚されていないんだ』『またかの勇者に救ってもらうのか。制限が5人?関係ないカイ様に俺たちは付いて行く!これ以上彼ばかりに頼むわけにはいかない!』とかこの変でしょうか。暴動が起きてもおかしくないですね」
「まあ前者はわかるな。今まで魔王と勇者はセットだった。なのに魔王だけ現れるとなると不安だよな。後半は訳が分からん。勇者として魔王討伐に向かった頃は、そこまで交流があったとは思わないんだが・・・」

 旅をしてた時は素性を隠していたし、魔王討伐の凱旋式にも出席していない。俺の事を詳しく知っているのは、魔王討伐を生き残った数名だけと王族だけのはず。

「顔はわからなくても、名前はみんな知っているでしょう」
「まあそれはそうだよな・・・情報は公開してるわけだしな・・・理由はわかった。それに俺を見て元勇者だとわかる奴も少数と言うわけだな」

 それこそ当時の事を知る数名しかわからない訳だ。

「そう言う事ですね。図々しいお願いをしてるのはわかっていますが・・・どうかお願いします」
「ん?別にいいって。そもそもそんなに名前にこだわりはないし・・・何て名前にしようか・・・田中一郎とか・・・んー」
「それは自分で決めて構いませんよ」
「んじゃあケンシンと名乗る。神が嫌いと書いて嫌神」
「なんて罰当たりな・・・」
「どうせ元の世界の漢字なんてないからいいだろ。それでいいや」

 あの糞神に一泡吹かせてやる。神を嫌いな奴が英雄扱いされる。なんと清々しい事だろう。

「嫌な笑みをしてるとこ悪いですが、さっそく準備をしていただきますよケンシン様」
「へ?」
しおりを挟む

処理中です...