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愛称 ーアレクー

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「おろして下さい、ルシアーノ様。」
「ほらまた。婚約者を愛称で呼ばないなんて辺境伯領ではあり得ないぞ。」
「‥それは本当ですか」
「ああ。だから呼べるようになるまで降ろすわけにはいかないな。」

嘘をつくなよ。
目の前ではルカがエリザベス嬢を膝に乗せてソファーに座っている。
そしてこの戯言だ。
いい年してバカになったな、本当。

ちなみに俺は決して2人をのぞき見ているわけではない。
そもそもここは執務室だ。
もちろん入る時はノックもしたし声もかけた。
報告書をルカの机に置く時もちゃんと断りを入れた。
なのに気付かないなんて冗談かと思ったよ。
さすがにこれは気付くだろうと2人の向かいのソファーに座ったのだけど結果は今に至る。

「‥ルカ‥‥‥様‥」
惜しい

自分でも失敗したと思ったらしい。
おずおずと申し訳なさそうにルカを見上げると
「申しわ‥
「ふは!!」
遮ってルカが笑うと可愛くてたまらないといった様子で膝のエリザベス嬢をぎゅっと抱きしめた。
が、当のエリザベス嬢は笑われたと感じたようだ。
少し不機嫌にルカの胸を押し離れると
「ではルシアーノ様も私の事愛称で呼んでくださいませ。ルシアーノ様は私の事をあなたとしか呼んだ事がございません。」
「そうだったか?」
驚いたようにルカが聞くとエリザベス嬢は力強く頷いた。
そうだったんだ。つくづくお前って‥

「じゃあ‥‥」

「ゴホン‥」
いや、早く呼べよ。

「‥‥リズ?」
なんで疑問形?

「何でしょう‥‥‥ルカ‥」

なぜか2人とも顔を合わさずあさっての方向を見ながら初めてお互いの愛称を呼び合い照れて‥ってダメだこの空気。こちらの方まで恥ずかしい。
「いい加減俺に気付いてくれないか。」
俺がゲンナリとした調子で言うと、2人とも飛び上がった。
比喩じゃなく本当に飛び上がった。

「お前いつの間に?!」
「言っておくがきちんとノックもしたし声もかけたからな。」
「だから、おろして、欲しいと」消え入りそうな声でエリザベス嬢は言うと、手で顔を覆っていつの間にかソファーに座って俯いていた。
少し罪悪感。

「何でいるんだ。」
邪魔だと言わんばっかりの態度に罪悪感も吹っ飛んだ。
「ここは執務室だぞ?仕事に決まってるだろ。報告だよ。」
「何の。」
エリザベス嬢に関わる報告だと言うのに。
お茶会で立ち回っていた第三の男が分かったのだ。
娼館で揉めた時の貴族の男が茶会のトラブルに詳しかった事からそこからあっさり足がついた。
インウダーナ伯爵領の貴族でセイラの親戚に当たる男だった。
セイラが真偽不明の噂を鵜呑みにしてたらしいのも納得がいく。
エリザベス嬢をひどい悪役令嬢に仕立てあげたかった。
理由は他にもありそうだが一番はセイラとルカの婚姻が巷では囁かれており、それを現実のものにしたかった貴族の1人のようだ。
それで自分の事業を有利に進めたかった様子。
だが他領の貴族のため、あくまでこちらの調査の結果だ。
ここからどうするかはインウダーナ伯爵と話し合わなければならない。
その事をまとめたのが報告書になるが今エリザベス嬢の前でわざわざ報告するのも野暮だよな。
「机を見ろ。報告書がある。」

「わかったよ。」ルカがそれはそれは残念そうに答えた。
「では私はこれで‥
「じゃあ俺は休憩に入る。一時間後にまた戻るからそれまでに読んでおいてくれ。」
エリザベス嬢の言葉を遮って俺は立ち上がった。
ルカの顔がわかりやすく明るくなる。

さすがに俺も初めて愛称で呼び合ったばかりの恋人を無理矢理引き裂くほど非情にはなれない。
しかし一言釘は刺させてもらうぞ。
「ただな、護衛を外に出して俺がいるのも気付かないような危機感じゃ困るぞ。城内の者達に示しがつかない。お前はジェンティルダ城の城主なんだ。城主として皆の手本になる行動を。頼むよ。」
そう言うと、ハッとして真っ赤になったのはルカではなく、エリザベス嬢の方だった。
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