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第30話 走馬灯は二度回る

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遥か眼下に区画線で細かく仕切られた地上が見える。

TAKIDANの3D世界では、1200mという高空からでも地表に引かれた区画線や建築物の輪郭までもが鮮明に見えてしまうのだ。

現実であれば大気の層が幾重にも重なって霞の様になり、地表のディテールはそんなにはっきりとは見えない筈だが、このTAKIDANでは遠距離の解像感を優先して設計されている為、遠くのものでも明確に認識できてしまう。

その代わり、遠距離にある物体までの距離感や大きさの把握は難しく、冒険や戦闘では座標メーターの数値を参考にしながら行動する場合が多いのだ。

そして今、その座標メーターの数値は、周りに何もない空中1200mの地点に KEI2が放り出されていることを冷酷に示していた。

このまま自由落下にまかせて地上へ激突すればゲームオーバー間違いなし。
しかもこの世界でのゲームオーバーは死に直結する可能性が高い。

自分が今まで調べた限り、この世界で最高峰の魔術師や回復士でも即死したキャラクターを復活させたという話は聞いたことがない。

それにもまして今はルビアの強力な魔力もカタストロフ級兵装も使えない。
このKEI2だけの能力で何としても生き残らなければならない状況だ。

どうすれば助かる!?
この場ですぐに実行可能な回避方法は!?

そうだ。この絶体絶命の状態で出来る事としては、地上に激突する前にアカウントからのログアウトを行うことくらい。
ログアウトさえできれば元のルビアに戻れる筈…

…いや、それで果たしてルビアに戻れるのか?
そもそもログアウトのボタンは有効になるのか?

まさか「他のアカウントへの切り替え」ボタンしか操作できなければどうする?
あ、そう言えばルビアのパスワードなんて俺知らないんだけど。

ああっもう!俺ってバカじゃないの!?
どこまで詰んだら気が済むの!?
しかしもう悩んだり悔やんだりしている時間は無い。

落下速度を下げる為、身体を大の字にして空気抵抗を高めたとしても、体重46KgのKEI2が地上激突するまでの時間を30秒くらいまで伸ばせるかどうか…

いやもう、やるべきことをやるしかない!

俺は大の字の姿で落下しながらアカウント設定の画面を何とか表示させた。

頼む…!!


※ ログアウト ※


「おお! やった! ログアウトのボタンが有効だ! 押せる! 押せるぞぉぉ!!」

俺は落ち着いてゆっくりとログアウトのボタンを指でタップした。


※ 本当にログアウトしますか? Y /  N ※


「ログアウトしたいからタップしたに決まってるんだよぉぉぉおぉっ!!」

俺は怒りに震えながらもう一度 Y をタップする。


※ この操作で作業中の未保存データは失われます ※
※ 本当にログアウトしますか? Y /  N ※


「あぁぁぁっ もう!!  いいから早くログアウトさせろってばぁーーー!!」

俺は怒りを超えた薄笑いを浮かべつつ、再度しっかり Y をタップした。

そう、しっかりタップしたつもりだったが、気流の激しさで指先がぶれ N をタップしてしまったのだ。


※ ログインが維持されました。引き続きTAKIDANをお楽しみください ※


「うわぁぁぁっぁん!! 違うってぇぇぇぇぇぇ!!!!」

残り20秒。
ますます落下速度が加速して時速150kmくらいの速さに到達、指先を動かすのもままならない。

もうだめだろ。これ。

完全に詰んだ。

ほんと俺、何もしない方がよかったよ…

俺はもう全てを諦めた。

できることならこの後一瞬で砕け散ってしまいたいとさえ思った。

そしてその時、今までの記憶が走馬灯の如く脳裏に蘇ってきた。

いや待て、走馬灯が回るの今回が2度目じゃん。
走馬灯回し過ぎだよ俺!!
TAKIDANへ転生する直前に、自分のアパートから落下した時にも見たよなこれ。

「は… はは…  また落下してゲームオーバーか… まったく何やってんだよ…」

懲りずに同じ事をやっている自分が可笑しくなって何もかもバカらしくなった。
そして俺は静かに両目を瞑った。

するとまた前回と同じく走馬灯にルビアの映像が現れた。

「今回もまたルビアかぁ… しかもまた胸が揺れているシーンだよ…」

「前回は胸がよく揺れるシーンの物理演算に感心していたけど… 今回もまたよく揺れているなぁ…」

「いや、前回より揺れ方が激しいな…  あ、そうか、一緒に落下しているせいで激しく揺れているのか」

「ん?  えええ!?」

よく見るとその映像は走馬灯のそれではなかった。
魔王ルビアその人が俺の目の前に存在していたのだ。

彼女は落下する俺の速度に合わせて一緒に降下していた。
落下速度と強い気流に揉まれて、俺の目の前でルビアの胸は激しく荒ぶるように上下左右に揺れていた。

そして肝心の彼女は俺の顔を不思議そうに覗き込んでいるではないか。

「私の胸に何かついているの?」

情けないことにこんな状況下でも俺の視線はルビアの胸をロックオンしたまま激しく上下左右に揺れていたのだ。
俺が言い訳をするかどうか考える前にルビアは次の質問を繰り出してきた。

「なぜ、私から逃げるの?」

「え」

「そんなに私のことが嫌いになった? 昔はあんなに熱心に私に挑んできたのに?」

「ええええ!?」

地面激突まであと10秒。

「私のこと、もう嫌いになっちゃったの?」

もう何が何だかわからない。
ルビアが目の前に存在していることも、話し方が全然違うことも何もかもわからない!

訳がわからないけどこれはきっと答えなくてはいけない。

「ちちち… ちちじゃなくて… ち、違うんだ! こ、この世界に慣れる為、別アカウントで練習しようとしただけなんだぁぁっぁああ」

俺はとても「逃げ道」を作る為です!なんて言えるはずもなく、口からでまかせを言ってしまった。

その瞬間、ルビアの少し悲しそうだった表情が、信じられない事に満面の微笑みへと変わっていった。
今までの様な悪魔の微笑みではなく、本当にお世辞抜きでとってもとっても可愛い満面の微笑みに。

「そう… なぁんだ 心配しちゃったじゃない」

ルビアは KEI2を優しく全身で抱き抱える様に捉えると、地面まであと1mのところで直角に真横への水平飛行へと移った。
時速200Kmに近い速度のままで、まるでUFOの様な無茶な軌道変更はかなりきつい筈だ。
普通に考えればGが凄いことになって内臓が飛び出すところだが、何故か気絶すらしなかった。
どうやらルビアが自分自身を守る為に張った結界が、抱き抱えられたKEI2にも及んで激しい加重力から守ってくれたようだ。
ルビアは地平線の彼方へとまっすぐに視線を注ぎ、KEI2の身体を落ちない様にしっかりと抱きかかえて水平飛行を継続していた。

俺は抱かれたまま自分の視界に入ったルビアの横顔をずっと見つめていた。

「なんて美しくてかっこいい… それに眩しすぎて… あぁ なんて尊い…」

KEI2に施されたキャラクター設定の影響かもしれないが、俺はイケメンでも見つめる様にただひたすらぼーっと「心ここに在らず」という感じで彼女の横顔を眺めていたのだ。

この心情の変化は、俺の人格よりもKEI2のキャラクター設定の方が優先されている様に感じる。
俺は自分が設定を練って作ったKEI2にログインしたことで、KEI2の感情や行動パターンに逆に支配されているのかもしれない。
それに悔しいことにルビアから感じる絶対的な安心感がKEI2の心を満たしており、俺はそれに1ミリも逆らえないのだ。


その内、俺、いやKEI2は心の底からの安心を得たこともあり彼女の腕の中で抱かれたまま眠ってしまった。
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