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秋の夢
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「茜君、久しぶり」
そう言って微笑む波瑠から目が離せなくなった。前に会ったのは日差しの差す夏で、今は涼しい秋風が髪を揺らしている。久しぶりに見る彼女はやっぱりどうしようもなく綺麗で、でもどこか寂しそうな気配があった。
「久しぶり……」
「今日は急に呼び出してごめんね。しばらく忙しくて連絡もできなかったんだけど、やっと時間が出来たんだ。会えてよかったよ」
波瑠の言葉の通り、忙しかったから時間が取れなかったんだ。嫌われたんじゃなくてよかった。きっといつも通りの波瑠だ。
「今日は行きたいところがあるの」
駅のホームはコンクリートむき出しのトンネルのような作りになっていて、壁面を水が伝っていた。トンネルの奥は真っ暗で何も見えない。人工的な蛍光灯の明かりだけが空間を照らす。
「世界に異変が起こって人類は地下に住むことを余儀なくされた、みたいなSF映画に出てきそうな場所だな」
思ったことを口に出すと波瑠は小さく噴き出した。
「ふふっ、茜君は面白いこと言うね。地下鉄っていうのは大体暗くてじめっとして冷たい感じがするものだよ」
「そうなのか?」
「んー、それはちょっと言い過ぎたかも」
「何だよ」
「ねえ、茜君はもしこの世界を終わらせることが出来るとしたら、そうする? それともしない?」
突然そんなことを聞かれて、反応が出来なかった。
もしこの世界を自分の手で終わらせることが出来るとしたら。数カ月前の自分だったら、きっと終わらせることを選んだだろう。でも今は波瑠がいるから。波瑠と出会う前と比べて俺の置かれた状況は何も変わっていない。相変わらず毎晩悪夢を見て、他人の不幸を売って仕事し、そしてそのたびに惨めさで一杯になる。そんな毎日。それでも波瑠と一緒にいるときは、自分が普通の人間みたいに錯覚できた。
クレープを食べて美味しいと思えた。他人と話して楽しいと思えた。隣で過ごす時間が心地いいと思えた。
だからもし何の苦痛もなく簡単にこの人生を終わらせることが出来たとしても、知ってしまった幸福ごと手放すことは出来ないだろう。
「しない、かな」
やっとそれだけ答えた。波瑠はどうしてそんなことを聞いたんだろう。
「そっか。私は……終わらせちゃうかもしれない。だって今の時間がとっても大切でキラキラしてて、それで永遠じゃないって分かってるから。それならいっそ、この最高の瞬間のままアクアリウムみたいに閉じ込められたら、それでもう幸せかなって」
そう言って微笑む横顔はやっぱりどこか寂しそうに見えた。
「波瑠、何か……」
そう言いかけた時、電車がホームに滑り込んできた轟音で言葉はかき消された。
電車の中は誰も会話している人はなく、声を出すのははばかられた。波瑠も何も言わずにただ窓の外をコンクリートの壁が流れていくのをぼんやり眺めているみたいだった。
そう言って微笑む波瑠から目が離せなくなった。前に会ったのは日差しの差す夏で、今は涼しい秋風が髪を揺らしている。久しぶりに見る彼女はやっぱりどうしようもなく綺麗で、でもどこか寂しそうな気配があった。
「久しぶり……」
「今日は急に呼び出してごめんね。しばらく忙しくて連絡もできなかったんだけど、やっと時間が出来たんだ。会えてよかったよ」
波瑠の言葉の通り、忙しかったから時間が取れなかったんだ。嫌われたんじゃなくてよかった。きっといつも通りの波瑠だ。
「今日は行きたいところがあるの」
駅のホームはコンクリートむき出しのトンネルのような作りになっていて、壁面を水が伝っていた。トンネルの奥は真っ暗で何も見えない。人工的な蛍光灯の明かりだけが空間を照らす。
「世界に異変が起こって人類は地下に住むことを余儀なくされた、みたいなSF映画に出てきそうな場所だな」
思ったことを口に出すと波瑠は小さく噴き出した。
「ふふっ、茜君は面白いこと言うね。地下鉄っていうのは大体暗くてじめっとして冷たい感じがするものだよ」
「そうなのか?」
「んー、それはちょっと言い過ぎたかも」
「何だよ」
「ねえ、茜君はもしこの世界を終わらせることが出来るとしたら、そうする? それともしない?」
突然そんなことを聞かれて、反応が出来なかった。
もしこの世界を自分の手で終わらせることが出来るとしたら。数カ月前の自分だったら、きっと終わらせることを選んだだろう。でも今は波瑠がいるから。波瑠と出会う前と比べて俺の置かれた状況は何も変わっていない。相変わらず毎晩悪夢を見て、他人の不幸を売って仕事し、そしてそのたびに惨めさで一杯になる。そんな毎日。それでも波瑠と一緒にいるときは、自分が普通の人間みたいに錯覚できた。
クレープを食べて美味しいと思えた。他人と話して楽しいと思えた。隣で過ごす時間が心地いいと思えた。
だからもし何の苦痛もなく簡単にこの人生を終わらせることが出来たとしても、知ってしまった幸福ごと手放すことは出来ないだろう。
「しない、かな」
やっとそれだけ答えた。波瑠はどうしてそんなことを聞いたんだろう。
「そっか。私は……終わらせちゃうかもしれない。だって今の時間がとっても大切でキラキラしてて、それで永遠じゃないって分かってるから。それならいっそ、この最高の瞬間のままアクアリウムみたいに閉じ込められたら、それでもう幸せかなって」
そう言って微笑む横顔はやっぱりどこか寂しそうに見えた。
「波瑠、何か……」
そう言いかけた時、電車がホームに滑り込んできた轟音で言葉はかき消された。
電車の中は誰も会話している人はなく、声を出すのははばかられた。波瑠も何も言わずにただ窓の外をコンクリートの壁が流れていくのをぼんやり眺めているみたいだった。
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