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夏の夢

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 俺達は神社を出て、さっきまで歩いていた道に戻った。

「ちょっと小腹が空いてきたよね」
「まあそうだな」
「茜君は甘いのとしょっぱいのどっちの気分?」
「腹に入ればどっちでもいいけど」
「あえて言うならだよ。さあ、どっち?」
「じゃあ甘いの」
「うんうん、私も甘いのが食べたい! ちょうど突き当たりだし、曲がったらいいお店あるといいね」

 そう言って波瑠は手を出す。じゃんけんをして、俺が勝ったから右に曲がることになった。

「茜君!」
 波瑠が嬉しそうに俺の方を振り向く。
「ああ」
 曲がったその先には、たい焼きの看板をぶら下げた店が見えた。

 近くまで行くとその店は年季の入った佇まいで、ガラス張りの中では店主のおばさんが慣れた手つきでたい焼きを作っているところだった。

「見てみて! 今作ってるところだよ!」
 ガラスの前で波瑠がはしゃぎだす。その子供みたいな無邪気さが可愛くて口元が緩みそうになる。
「見てるのもいいけど、今のうちに注文決めておこうぜ」
「うん! そうだね」

 レジの隣にはメニュー表が置いてあった。開業三十周年記念の特別価格で全てのメニューが百円になっている。

「定番のあんことクリームもいいし……黒ゴマも美味しそう……ああでも、季節限定の冷やしたい焼きも捨てがたい……」
 今度はメニュー表に釘付けになっている。
「せっかく特別価格なんだし、好きなだけ買えばいいだろ」
 俺の言葉に、頬を膨らませてこっちを振り向いた。
「もう! そんな惑わせるようなこと言わないでよ! ほんとはそうしたいけど、全部食べたら太っちゃうからダメなの!」

 そう言われて、波瑠の細くて白い腕が目に入った。

「もっと太っても問題ないと思うんだけど」
「男の子はすぐそんなこと言う! 女の子には女の子の事情ってものがあるんだからね」
 よく分からないけど、これ以上つっこんでもいい事がなさそうだから口をつぐんだ。

 レジに店主がやってきて、俺はクリーム、波瑠はあんこを注文した。財布から百円を取り出したとき、隣からガサゴソと音がして目を向ける。波瑠は必死にバッグの中を漁っていた。

「どうした?」
 その声に顔を上げた波瑠は顔をひきつらせた。
「どうしよう。財布置いてきちゃった……」
 俺は財布から百円をもう一枚取り出して、店主に渡した。
「え、いいの……?」
「どうせ今日も百円払うんだから、ここで出すのと変わんないだろ」
 俺は店主から二つのたい焼きを受け取った。まだ温かい。
 その時、メニュー表の下の方に書いてあった「夏季限定」の文字が目に入った。
「すいません、これも二つください」



「温かいたい焼きとキンキンに冷えたラムネなんて最高だよ! 茜君ありがとう!」
 波瑠は満面の笑顔をみせた。
「それはよかったな」

 温かいたい焼きだけじゃ喉が渇くだろうと思って買い足したラムネは、波瑠の心に刺さったらしい。
 たい焼き屋からさらに進んでいくと、ブランコと水飲み場しかない小さな公園があったからそこに避難する。
 波瑠はたい焼きを俺の方に差し出した。

「ラムネ開けるから、ちょっとたい焼き預かってて」
「おう」
 そうして片手を自由にすると、ラムネの口に手を思いっきり押し当てた。
「ふぅ……っ! ふぅぅ!」
 全力なのが伝わってくるくらい顔まで赤くなっているが、ビー玉はびくともしない。

「はぁはぁはぁ……もうむり……茜君開けて……」
 そう言って疲れ切った様子でラムネを渡してくるから、持ち物を交換する。ふっと力を籠めると、カランと軽い音が鳴ってビー玉が中へ落ちた。
「わぁ、すごい!」
「ほら、波瑠……」
 そうやってラムネを差し出すと、ラムネの口から泡があふれ出してきた。

「うわ!?」
「わぁ!?」
 ラムネを持った方の手は吹き出した泡でびしょ濡れになる。

「ふっ……あはは! 茜君せっかく開けてくれたのにラムネまみれ!」
「いやちゃんと開けたんだからそんな笑うなよ……くっ、ははっ」
 なんかツボにはまってしばらく二人で笑っていた。

 水飲み場でラムネを洗い流し、ブランコに腰掛けた。二本目のラムネは泡が出てこないように、ビー玉を落としてからしばらく手を押し当てていたらうまくいった。

「それじゃあ、いただきまーす」
「いただきます」

 ラムネに口をつけると、独特の甘さと炭酸の刺激が喉を通っていった。次にたい焼きの頭に齧りつく。中にはこってりとしたカスタードクリームが一杯に入っていた。

「あ、茜君は頭から食べる派なんだね。私と一緒」
「普通は頭からじゃないのか?」
「尻尾派もいるんだよ。尻尾はあんまりあんこが入ってないから、最後にいっぱいあんこが入ってる方がいい人はそっち派なんじゃないかな。ちなみに私は尻尾のカリカリが好きだから、好きなものは最後に取っておく派」
「へぇ……色々あるんだな」
 そう言ってまた一口齧った。

 たい焼きをどっちから食べるかなんて考えたこともなかった。そんな取るに足らないような話、本には書いていない。でも、波瑠の話は面白くてもっと聞いていたいと思えた。

「茜君、ちょっと」
「え?」
 波瑠は俺の顔に手を伸ばした。そして俺の口元を指で拭う。

「クリームついてたよ。子供みたい」

 そう言っておかしそうに笑う。その表情から目が離せなくなって、心音がうるさくなる。

 ……これはきっとそうだ。この叫びだしたくなるくらいの感情が「好き」ってことなんだろう?

「どうしたの?」
「いや……何でもない」

 認めてしまったら今まで以上に波瑠が眩しく見えて、顔を逸らした。
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