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夏の夢

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 その日は本当に珍しく、「買い物に行こう」と思い立った。

 家から一番近い商業施設で適当な服屋に入り、店員に適当に見繕ってもらった。白いTシャツに水色のシャツ。試着すると、顔はいつもと同じなのに体だけは爽やかな男に見えた。

 無駄にデカい紙袋を持って玄関のドアを開ける。今日はさすがに疲れた。ただでさえ仕事以外で他人と話すことはないし、それに全く興味のない「服」について店員に好みを聞かれるのも苦痛だった。さっさと風呂に入って、ゆっくりしよう……

「よう、茜」
「は……?」

 居間に入ると、何故かそこには圭が座っていた。

「今日は検診でもないだろうに外に出るなんて珍しいなぁ」
「おい、勝手に人の家に上がるな。鍵を返せ」
「んなこと言ってもここは俺の名義で借りてるんだから、仕方ないよな。その袋……」
 そう言って俺が手に持った紙袋に視線を向ける。背中の後ろに慌てて隠した。
「それ、まあまあいい服屋のじゃねぇか。茜が自分で服を買いに行くなんてな。女か?」
「うるさい。用事がないなら帰れよ。俺は疲れてるんだ」

 床に紙袋をドサッと置いて、俺はベッドに腰掛けた。

「まあそう言わずにさ。用事はあるんだよ。顧客のリストを前にここに忘れていったと思うんだけど、見てないか?」
「顧客のリスト? そんなの見てないけど」
「事務所の隅まで探したけどないんだよ。そういうわけで、これから家捜しさせてもらうから茜は好きにしてていいぞ」
 そう言って勝手に引き出しを開け始める。
「いや、ちょっと勝手に開けるなって!」
「なんだよ。見られて困るもんでもあるのか?」
 めんどくさそうな顔で俺の方を振り向く。
「……いや、ないけど」

 本当はある。圭が開けている引き出しの隣。無地の段ボールの中に、この前買った学ランのセットが入っている。

 圭がそれを見つけでもしたら、面白がっていじってくるに決まってる。そんな爆弾だと分かっていたのに、何となく捨てることは出来なくて箱に仕舞ったままになっていた。

「その辺は物が多いから俺が探すよ。圭はあっちから探してくれ」
「おう、助かる」
 圭は反対にある本棚に向かっていった。はぁ、なんとか助かった。



「いやぁ、手伝わせて悪かったな」
「ほんとだよ」
 結局、顧客のリストは前回圭が本を入れて持ってきた紙袋の中に紛れていた。本当に人騒がせな奴だ。
「そう言えば、もうすぐ母親の命日だろ。今年はどうするんだ」
 ああ、そう言えばそんな時期か。でも答えは決まっている。
「行くわけないだろ」

 母親の命日には親戚が集まって坊さんにお経を読んでもらうんだと昔、圭が言っていた。俺を毛嫌いしている人たちのところにわざわざ行く意味が分からない。それに向こうも俺が来ることを望んではいないだろう。

「そうか、分かった」
「なんで毎年聞いてくるんだよ。どうせ行かないのに」
 どうせ俺が行かないって言うに決まってるのに、圭は毎年同じことを聞いてくる。その意図はよく分からなかった。
「俺は家族の縁を切られてるからどうしようもないけど、お前にとっては母親だろ? あんな親戚連中が何て言ってもお前には命日に会いに行く権利があるからな」
 そう言って煙草に火をつけてふかした。
「おい、家の中でタバコ吸うなよ」
「ああ、悪い」

 圭は素直にタバコを携帯灰皿にいれた。思えば、一緒に暮らしていた時は圭がタバコを吸っているところを見たことがなかった。

「圭はどうして縁を切られたんだ」
 俺の言葉に圭はちらっと視線を向ける。
「知りたいか?」
「まあ……」
 そう言えば一度も聞いたことがなかったと思った。

「別に大した訳じゃないんだ。俺が茜くらいの歳の頃、それはもう悪ガキでよく警察の世話になってな。それで裏社会の人間ともつるむようになって、いよいよ縁を切られたってわけ」
「後悔してないのか?」
「あ? 後悔なんてしてないさ。遅かれ早かれ俺は裏社会の人間になっていた。真っ当な人生なんて俺には無理な話だったんだよ」

 そう話す圭は、どこか寂しそうにも見えた。圭は膝に手をついて立ち上がる。

「それじゃ、目的のものも見つかったことだし俺は帰るわ。また次の仕事の時に迎えに来るからな」
「あ、ああ……分かった」
 圭の弱さを初めて見た気がした。そんなことは知り合って何年も経つけど初めてだった。
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