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春の夢
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住宅街を抜けると、目の前には青々とした木々が生い茂っていた。
「この中にあるんだよ」
ハルは木々の間にある舗装された小路を進んでいった。小路が終わると、目の前が開けた。
「この公園はね、広場や遊具はもちろん、おっきな池と動物園もあるんだ」
目の前には左右に大きく広がる水面。真っ直ぐに伸びた橋の向こうには広場が見える。
ハルに続いて橋を渡っていると、急に後ろを振り向かれた。
「なんか、橋の上ってワクワクしない?」
「いや、別に……」
「ええ? 水の上を歩いてるっていうか、水と近くにいられる感じがして私は好きなんだけどな」
ハルは不満そうに言うと、俺の目を見つめた。
「じゃあ、レイ君は何が好き?」
好きなものなんて、考えたこともなかった。いつもただ生きているだけで、何かを好きだと思えたことなんて一度もない。いや、遠い昔にはそう思えるものもあったような気がする。ただその感情を思い出すことは出来なかった。
「特にないな」
「そっか。じゃあ、これからたくさん見つかるといいね」
面白みのない俺の答えにハルは優しく微笑んだ。
公園の中にある動物園は閑散としていて、俺たち以外の客は見当たらなかった。
「ほら、ここならレイ君も安心でしょ?」
ハルは得意そうな顔で笑った。
「よくこんな場所知ってたな。来たことあるのか?」
「まあ、ちょっとね。休みの日はもっと賑わってるみたいだけど、今日は月曜の昼間だから。あと、展示されてる動物がちょっと特殊でね」
そう言って近くにあった園内マップの看板を指さす。
「鳥ばっかりだな……」
インコ、オウム、フクロウ、フラミンゴ……一応、ニホンザルやリスなんかもいるみたいだけど、園内の端の方に追いやられている。
「まあそんなことで人は少ないから、ゆっくり見て回ろうよ。手でも繋いじゃう?」
ハルは煽るように俺の顔を覗き込んだ。
「遠慮しておく」
「もう。せっかく可愛い女の子から誘ってるのに」
「誘いに乗った後に、『これは追加料金です』とか言うんだろ」
「ふふっ、何それ! ……じゃあ、そういうことにしておこっかな」
そう言って顔を逸らした。
順路に沿って園内を進むと、始めに出てきたのは鷹の檻だった。背の高い檻には二羽の鷹が木の枝に止まっているのが見えた。
「鷹ってかっこいいねぇ」
ハルは檻のすぐそばまで近づいて、凛々しくたたずむその姿に目が離せなくなっていた。
「そうだな」
動物園なんて、前に来たのは小学校の遠足だった気がする。その時のこともぼんやりとしか覚えていないけど、今になってこの風景を見ると思うところがあった。
「こんな檻の中じゃ、外に出たいって思うだろうな」
思わずそう呟いた。
悪夢と仕事に縛られてどこにも逃げることの出来ない自分の姿と重なって息が苦しくなった。嫌なことから全部解き放たれて自由になりたい。そんな淡い希望を持っているからこそ、天真爛漫に振る舞うハルは眩しくてつい引き寄せられてしまう。
「でも、外の世界じゃこの子達は生きていけないんだよ」
そう話すハルの声はどこか寂しそうで、思わず隣に顔を向けた。たまに見せるハルのこんな空気は一体なんなんだろう。いつもの明るさとは程遠く、寂しさをまとっている。
ハルは俺の視線に気づいてこっちを見ると、優しく笑った。そしてまた檻の中に視線を向ける。
「外に出られないとしても、この子達はこの場所で幸せに生きているんじゃないかな。動物ってストレスを感じると毛をむしったり異常行動を見せるんだけど、この子達にはそんな様子がないから。きっとここの飼育員さんたちに愛情をこめてお世話してもらっているんだよ。これは私の願望かもしれないけどね」
「……俺もそう思うことにするよ」
俺とここの動物は違う。それなのに勝手に自分の姿を重ねて苦しくなって馬鹿みたいだ。ハルの持つ優しいレンズを通して見ると世界はこんなにも温かくなる。俺も見習いたいと思った。
「この中にあるんだよ」
ハルは木々の間にある舗装された小路を進んでいった。小路が終わると、目の前が開けた。
「この公園はね、広場や遊具はもちろん、おっきな池と動物園もあるんだ」
目の前には左右に大きく広がる水面。真っ直ぐに伸びた橋の向こうには広場が見える。
ハルに続いて橋を渡っていると、急に後ろを振り向かれた。
「なんか、橋の上ってワクワクしない?」
「いや、別に……」
「ええ? 水の上を歩いてるっていうか、水と近くにいられる感じがして私は好きなんだけどな」
ハルは不満そうに言うと、俺の目を見つめた。
「じゃあ、レイ君は何が好き?」
好きなものなんて、考えたこともなかった。いつもただ生きているだけで、何かを好きだと思えたことなんて一度もない。いや、遠い昔にはそう思えるものもあったような気がする。ただその感情を思い出すことは出来なかった。
「特にないな」
「そっか。じゃあ、これからたくさん見つかるといいね」
面白みのない俺の答えにハルは優しく微笑んだ。
公園の中にある動物園は閑散としていて、俺たち以外の客は見当たらなかった。
「ほら、ここならレイ君も安心でしょ?」
ハルは得意そうな顔で笑った。
「よくこんな場所知ってたな。来たことあるのか?」
「まあ、ちょっとね。休みの日はもっと賑わってるみたいだけど、今日は月曜の昼間だから。あと、展示されてる動物がちょっと特殊でね」
そう言って近くにあった園内マップの看板を指さす。
「鳥ばっかりだな……」
インコ、オウム、フクロウ、フラミンゴ……一応、ニホンザルやリスなんかもいるみたいだけど、園内の端の方に追いやられている。
「まあそんなことで人は少ないから、ゆっくり見て回ろうよ。手でも繋いじゃう?」
ハルは煽るように俺の顔を覗き込んだ。
「遠慮しておく」
「もう。せっかく可愛い女の子から誘ってるのに」
「誘いに乗った後に、『これは追加料金です』とか言うんだろ」
「ふふっ、何それ! ……じゃあ、そういうことにしておこっかな」
そう言って顔を逸らした。
順路に沿って園内を進むと、始めに出てきたのは鷹の檻だった。背の高い檻には二羽の鷹が木の枝に止まっているのが見えた。
「鷹ってかっこいいねぇ」
ハルは檻のすぐそばまで近づいて、凛々しくたたずむその姿に目が離せなくなっていた。
「そうだな」
動物園なんて、前に来たのは小学校の遠足だった気がする。その時のこともぼんやりとしか覚えていないけど、今になってこの風景を見ると思うところがあった。
「こんな檻の中じゃ、外に出たいって思うだろうな」
思わずそう呟いた。
悪夢と仕事に縛られてどこにも逃げることの出来ない自分の姿と重なって息が苦しくなった。嫌なことから全部解き放たれて自由になりたい。そんな淡い希望を持っているからこそ、天真爛漫に振る舞うハルは眩しくてつい引き寄せられてしまう。
「でも、外の世界じゃこの子達は生きていけないんだよ」
そう話すハルの声はどこか寂しそうで、思わず隣に顔を向けた。たまに見せるハルのこんな空気は一体なんなんだろう。いつもの明るさとは程遠く、寂しさをまとっている。
ハルは俺の視線に気づいてこっちを見ると、優しく笑った。そしてまた檻の中に視線を向ける。
「外に出られないとしても、この子達はこの場所で幸せに生きているんじゃないかな。動物ってストレスを感じると毛をむしったり異常行動を見せるんだけど、この子達にはそんな様子がないから。きっとここの飼育員さんたちに愛情をこめてお世話してもらっているんだよ。これは私の願望かもしれないけどね」
「……俺もそう思うことにするよ」
俺とここの動物は違う。それなのに勝手に自分の姿を重ねて苦しくなって馬鹿みたいだ。ハルの持つ優しいレンズを通して見ると世界はこんなにも温かくなる。俺も見習いたいと思った。
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