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春の夢

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 圭と暮らし始めて二年が経った。その頃には、本を読んで面白いと思えるようになっていた。

『茜、これからお前には仕事をしてもらう』
 突然、圭はそう言った。
『俺がお前を拾ったのは親切じゃない。お前が金になるからだ。今まで食わせてやった分、働いて返せ』
 そう言われた時、胸が少し痛んだのが不思議だった。圭は何もおかしなことを言っていない。働いて返すのは当たり前だ。
『分かった』

 それから俺は圭に言われるまま仕事を始めた。圭からはいろんなことを仕込まれた。客に舐められないように身だしなみには気を使え。歳が上だろうが偉い仕事をしていようが、毅然とした態度で接しろ。信用がなくなったら終わりだから仕事には必ず穴をあけるな。初めの頃は一件一件の依頼をやり遂げるのに精いっぱいだった。でも慣れて余裕が出てくると、自分が今どんな仕事をしているのか、頭で分かってしまった。

 客は決して安くない金を払って俺と会う。そして嬉々として誰かの悪口を話し、俺から不幸の内容を聞いて満足そうに帰っていく。俺は誰かにとっては疫病神で、別の誰かにとっては神様らしい。

 ずっと何も感じなければよかった。金のためだと割り切ることが出来ればよかった。

 でも、仕事をするたびに、金が入るたびに、心は暗く曇っていく。人の不幸で生かされている俺は、醜い存在なんだと思い知る。そのころから何を食べても味がしなくなった。

 圭と暮らすのも息苦しくなって、一人で住みたいと切り出した。初めは反対されたが、結局は人気の少ない場所に立つ、この古びた一軒家を用意してくれた。
 


 家に着いて、真っ先に風呂場へ向かう。この胸糞悪さを熱いシャワーで洗い流したかった。
 ズボンを脱ごうとすると、ポケットからクシャっと紙が折れる音が聞こえた。手を突っ込むと、くしゃくしゃになった紙切れが出てきた。

「これ……」

 あいつがデートだとか言って勝手に連れ出して、去り際に渡してきた紙切れ。そう言えばここに仕舞ったんだった。その紙を開く。そこには右肩上がりの、少し癖のある文字が並んでいた。


『レイ君へ

 今日は一緒にデートしてくれてありがとう。あの歩道橋でレイ君に思い切って声をかけてよかった。だってすっごく楽しかったから!
 
 川沿いの桜、綺麗だったね。一緒に見た雑貨屋さん、可愛かったね。ベンチで並んでおしゃべり、楽しかったね。

 私、今日がこんなに楽しい一日になるなんて思ってなかった。レイ君のおかげ。レイ君も私との時間を楽しいって思ってくれてたら嬉しいな。

 また会いたいな。

 レイ君に初めて買われたハルより』


「何だよ、これ……」
 胸の中がぐちゃぐちゃになって、その場に膝をついた。
 やめろよ。俺といて楽しかったなんて言うなよ。また会いたいなんて言うなよ……
「クソっ……」
 しばらくその場から動くことが出来なかった。
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