5 / 47
春の夢
5
しおりを挟む
「は……」
予想外の返答に思わず声が漏れた。金目的じゃないって言ってたじゃないかよ……なんだ、結局人っていうのは金が全てなんだ。こいつは違うんじゃないかって、そう思ってたのに。
まあ、いいや。金なんて別に必要ないんだから。
「いくら欲しいんだ」
「百円」
「は……?」
俺の反応を見てハルは照れたように笑った。
「だって、このまま終わりにしたら、私達本当のデートをしたことになっちゃうでしょ? 今日はすっごく楽しかったけど、だからこそ、レイ君の初デートを私が奪っちゃうのはよくないなって思ったの。レイ君がお金で私を買ったってことにすれば、本当の初デートは好きな人とするときに取っておけるなって」
本当のデートにしないために自分のことを金で買わせるって、どういう発想だよ。
「……あんた、本当に頭おかしいんじゃないか?」
俺は財布から百円玉を取り出して、ハルの手に乗せた。
「これでいいか」
「うん! あと、せっかく私を買ってくれたハル君にはプレゼントがあります」
「買ってくれたって……」
ハルは四つ折りになったメモ用紙を渡してきた。
「私からの手紙。恥ずかしいから家に帰ったら読んでね」
「手紙っていうより紙切れなんだけど」
「もう! だってちょうど持ってたのがそれしかなかったんだもん! 私のことを後から思い出してもらえるように書いたんだ。ちゃんと読んでよね」
ハルは立ち上がった。そして俺の方を見る。
「じゃあ私は行くね。また会った時は、買われてあげてもいいよ」
「何だよそれ……」
「バイバイ」
そう言ってハルは歩いて行った。
ハルの背中が見えなくなるまで、ただぼんやりとその姿を目に映していた。突然現れて、俺の感情を引っ搔き回して去っていく。ほんと、嵐みたいな奴だった。俺は今日、死のうとしていたんだぞ。それなのに今日がこんな終わりを迎えるなんて、昨日の自分は思いもしなかった。
気が付けば辺りは夕焼けに染まっていた。長い時間、ぼうっとしてしまっていたみたいだ。
「おい茜、探したぞ」
その声に顔を上げる。そこに立っていた男の顔を見て一気に現実へ引き戻された。茶色がかった長髪で歳は四十くらい。真っ黒なスーツを着込み、ほのかに煙草の匂いがする。
黒瀬圭。俺の書類上の保護者であり、雇い主。
「なんでここにいるんだよ」
吐き捨てるように言う。
「なんでって、わざわざ迎えにきてやったのにそんな態度はないじゃないか。茜のそのスマホ、ちょっと細工がしてあって位置情報が俺のスマホに送られてくるようになってるんだよな」
俺はスマホを振りかぶった。
「おっと、そのスマホ高かったんだよなぁ。弁償するにはもっと働いてもらわないとな?」
「クソッ……」
仕方なく腕を下ろした。
「引きこもりの茜がこんな時間まで外に出てるなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」
「あんたに言う筋合いはない」
「そんなのひどいじゃないかよ。俺と茜の仲だろ?」
「雇用者と被雇用者の関係でしかないな」
「はあ、まあ茜が素直じゃないのは昔からだからな。世間話はこのくらいにしようか」
そう言って一息つく。その瞬間、圭の纏う雰囲気が変わった。
「仕事の時間だ。車に乗れ」
有無を言わせない威圧感。このピンと張り詰めたような空気感は仕事を始めて二年も経つのにまだ慣れない。
嫌だなんて言えるはずもなく、近くに止められた真っ黒なバンの後部座席に乗り込んだ。
予想外の返答に思わず声が漏れた。金目的じゃないって言ってたじゃないかよ……なんだ、結局人っていうのは金が全てなんだ。こいつは違うんじゃないかって、そう思ってたのに。
まあ、いいや。金なんて別に必要ないんだから。
「いくら欲しいんだ」
「百円」
「は……?」
俺の反応を見てハルは照れたように笑った。
「だって、このまま終わりにしたら、私達本当のデートをしたことになっちゃうでしょ? 今日はすっごく楽しかったけど、だからこそ、レイ君の初デートを私が奪っちゃうのはよくないなって思ったの。レイ君がお金で私を買ったってことにすれば、本当の初デートは好きな人とするときに取っておけるなって」
本当のデートにしないために自分のことを金で買わせるって、どういう発想だよ。
「……あんた、本当に頭おかしいんじゃないか?」
俺は財布から百円玉を取り出して、ハルの手に乗せた。
「これでいいか」
「うん! あと、せっかく私を買ってくれたハル君にはプレゼントがあります」
「買ってくれたって……」
ハルは四つ折りになったメモ用紙を渡してきた。
「私からの手紙。恥ずかしいから家に帰ったら読んでね」
「手紙っていうより紙切れなんだけど」
「もう! だってちょうど持ってたのがそれしかなかったんだもん! 私のことを後から思い出してもらえるように書いたんだ。ちゃんと読んでよね」
ハルは立ち上がった。そして俺の方を見る。
「じゃあ私は行くね。また会った時は、買われてあげてもいいよ」
「何だよそれ……」
「バイバイ」
そう言ってハルは歩いて行った。
ハルの背中が見えなくなるまで、ただぼんやりとその姿を目に映していた。突然現れて、俺の感情を引っ搔き回して去っていく。ほんと、嵐みたいな奴だった。俺は今日、死のうとしていたんだぞ。それなのに今日がこんな終わりを迎えるなんて、昨日の自分は思いもしなかった。
気が付けば辺りは夕焼けに染まっていた。長い時間、ぼうっとしてしまっていたみたいだ。
「おい茜、探したぞ」
その声に顔を上げる。そこに立っていた男の顔を見て一気に現実へ引き戻された。茶色がかった長髪で歳は四十くらい。真っ黒なスーツを着込み、ほのかに煙草の匂いがする。
黒瀬圭。俺の書類上の保護者であり、雇い主。
「なんでここにいるんだよ」
吐き捨てるように言う。
「なんでって、わざわざ迎えにきてやったのにそんな態度はないじゃないか。茜のそのスマホ、ちょっと細工がしてあって位置情報が俺のスマホに送られてくるようになってるんだよな」
俺はスマホを振りかぶった。
「おっと、そのスマホ高かったんだよなぁ。弁償するにはもっと働いてもらわないとな?」
「クソッ……」
仕方なく腕を下ろした。
「引きこもりの茜がこんな時間まで外に出てるなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」
「あんたに言う筋合いはない」
「そんなのひどいじゃないかよ。俺と茜の仲だろ?」
「雇用者と被雇用者の関係でしかないな」
「はあ、まあ茜が素直じゃないのは昔からだからな。世間話はこのくらいにしようか」
そう言って一息つく。その瞬間、圭の纏う雰囲気が変わった。
「仕事の時間だ。車に乗れ」
有無を言わせない威圧感。このピンと張り詰めたような空気感は仕事を始めて二年も経つのにまだ慣れない。
嫌だなんて言えるはずもなく、近くに止められた真っ黒なバンの後部座席に乗り込んだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる