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王城へ

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 私はノアを連れて屋敷を出た。シルバが帰って来てないからか、引き留めようとする者はいなかった。
 外は日が傾き始めていた。
「一体どうするおつもりですか」
「もちろん国王に会いに行くの。一刻も早く行きたいんだけど、転移魔法とかない?」
「城の周辺は警備のために転移魔法が使えないようになっています。可能なところまで転移して、そこからは歩くしかありません」
「じゃあ、それで!」
 私の返事に、ノアは懐から古そうな杖を取り出した。
「私の魔法はほぼ独学のため少々荒っぽいですが、ご了承ください。しっかり捕まっていてくださいね」
「え? あ、うん……」
 私は執事服の袖を掴んだ。
「それでは参ります……トランシス!」
 そう言ってノアは杖を地面に振り下ろした。すると私達の周りが青い光で包まれる。
 きれい……
 そう思ったのもつかの間、周囲に突風が吹き荒れた。
「うわぁぁ!?」
 ちょっと荒っぽいとは言ってたけど……ここまでなんて聞いてないんですけど!? 飛ばされないよう必死に袖を掴む。
 数秒ほどで風は止み、青い光も消えた。すると、目の前に大きな城が見える街に着いていた。
「ここまでが限界です。城までは歩いて15分ほどで着くかと」
 そう言うノアは余裕そうに服の乱れを直した。こっちは必死過ぎて息が上がってるっていうのに……!
「はぁ……そう、分かったわ……」
「お疲れのようですし、私が抱えていきましょうか?」
「いい! 走って行くから、遅れないでよね!」
 私は髪を束ねたリボンを強く結び直した。

「はぁ……はぁ……やっと着いた……」
 目の前には見上げるほど大きな城。近くまで来ると圧倒的な存在感だ。
 入り口には二人の屈強な見張りがいて、強行突破は難しそうだった。どうにかして彼らを納得させないと……
 すると体が勝手に彼らの方へ向かい、そして口が動いた。
「お久しぶりね、ライア、クレシカ。用事があるのだけれど、中へ入れてもらってもいいかしら」
 見張り達は私の言葉に目を輝かせた。
「エマお嬢様! 私共の名前を憶えててくださって光栄です! 今、メイドを呼びますね」
 程なく若い女のメイドがやってきて、私達は門を通された。

 城内をメイドの後ろに続いて歩く。ノアが口を開いた。
「見張り番までも名前を憶えているとは素晴らしい記憶力ですね」
「え、ええ……」
 城に初めてやってきた私が見張りの名前なんて知るはずがない。さっきのはきっとエマの記憶が働いたんだ。見張りがエマに好印象を持っていたのは都合がよかった。もしかするとエマとジキウスの許嫁解消のことも知らされていないのかもしれない。
 私は前を歩くメイドに声をかけた。
「ねえ、今はどこに向かって歩いているのかしら。父のシルバがいるところへ案内してくれない?」
「心得ております」
 シルバに会ったらなんて言おうか。「何で来たんだ」とか「邪魔だ」とか言われそうだけど、そんなの知ったことはない。
「とりあえず、会ったら文句の一つや二つ言ってやらないと……」
 私の言葉にノアが口を挟んだ。
「お嬢様。旦那様の態度はお嬢様を心配されてのことなのです。私が教育係を引き受けたのは旦那様に強く頼まれたからでした。旦那様とは数年前からの付き合いですが、あれほどまでに冷静さを欠いたご様子は初めて拝見しました」
「……男って面倒な生き物ね」
 あんな態度を取っておいて実は心配してましたって……エマも相当苦労したんだろうな。
 ノアはメイドに聞こえないように声を潜めた。
「国王様に会って弁明するだけでは耳を貸してもらえないかと思いますが、なにか策がおありで?」
 その質問に私はニヤッと笑った。
「それはもちろん。大女優ばりに悲劇のヒロインを演じてみせるわ。自分の息子を純粋に想う女に同情したくもなるでしょ。……でも、もしそれでうまくいかなかったら、奥の手もあるから」
 シルバが一日以上経っても屋敷に戻ってこないのは、何かしらの原因で国王にまだ会えていないからだと踏んでいた。シルバと合流できれば、じきに国王にも会えるだろう。
 私の過去も未来も、使えるカードは全て使う。それでこそ悪役令嬢ってもんでしょ!
 突然、前を歩くメイドが立ち止まった。
「エマお嬢様、こちらで只今シルバ様が国王様に謁見されています」
 目の前には一際装飾の豪華な扉があった。いいタイミングじゃないか。
「分かったわ。案内ありがとう」
「私はしがないメイドですが、エマお嬢様にはこのお城でお会いするたびに優しく声をかけていただいた記憶があります。私共は国王様がおっしゃっているようにお嬢様が性悪だなんて微塵も思いません。ご成功をお祈り申し上げます」
 そう言って頭を下げた。
「……ありがとう」
 私はその華やかな扉を開く。そして大きく息を吸い込んだ。
「ちょっと待ったぁ!」
 中には玉座に座る国王と、その前に跪くシルバ。二人は驚いたように私の方へ視線を向けた。
 私は視線を引きつけるようにゆっくりと歩き、そしてシルバの横に跪いた。
「この度の件について国王様に直接ご説明したく、遅ればせながら参りました。国王様もご存じの通り、私は一度悪に手を染めてしまいました。もちろんそのことは心から反省しておりますし、被害を与えてしまった彼女には謝罪いたしました。二度と同じ過ちはしないと神に誓います」
 国王は口を挟んでこない。話を聞く気はあるようだ。
「あの時の私は本当に愚か者でした。私は皇太子様のことを想うあまり、皇太子様に愛される彼女が羨ましかったのです。魅力が足りなかった私の責任ですが、ジキウス様にもっと愛されていたかった……! すみません、もう許嫁でもないのにお名前で呼ぶなんて無礼なことですね……」
 そう言って私は目元を押さえる仕草をした。指の隙間から国王の様子を伺う。
「それだけジキウスのことを想ってくれていたのに残念だよ」
 こうなったら仕方ない。奥の手だ。
「国王様は悪に手を染めた私がどんな嘘の噂を広めたのかご存じですか」
「……なんだ」
「その様子ではご存じないようですね。それではお教えしましょう。私は彼女に対して『呪いの魔法が使える』と申し上げたのです。それはもちろんただの嘘。本当に呪いの魔法が使えるのは、このエマ・リーステンなのです」
「なんだって!?」
 国王は慌てて立ち上がった。
「具体的には未来視をすることが出来ます。これは邪神に魂を売り渡したことで得た力。この私を国外追放にすれば……どんな未来になるか視てさしあげましょうか」
 そう言って二ヤリと笑って見せる。
「エマ、お前は一体……!」
 隣のシルバも驚いた様子で言った。国王は口元に手を当てて、難しい表情をしている。
 さあ、吉と出るか凶とでるか。運命を決める大博打だ。
 沈黙が続いた後、国王が口を開いた。
「分かった。この国で予言者としての地位を与えよう。ただし、王都周辺からは移住してもらう」
「……ありがとうございます」
 これでいい。今までとは少し環境が変わってしまうかもしれないけど、同じ国にいればルイスとリアナとも会える。

 その時、後ろの扉が開く音がした。
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