19 / 48
4
勉強を始めましょうか
しおりを挟む
私の部屋へと戻る間、隣を歩くノアは私の動きに目を光らせていて、回れ右してシルバの後を追えるような隙は微塵もなかった。
「さて、勉強を始めましょうか」
椅子に座ったノアはそう言って机に分厚い本を広げた。
「勉強って……今そんなことしてる場合じゃないでしょ! こんなことしてる間に国外追放が決定するかもしれないのに!」
ノアは本をパラパラとめくって、こっちを見ようともしない。
「かもしれない、ではないのです。旦那様は国王から宣告を受けに行っただけ。結果は元々決まっていたのですよ」
「だって、もし嫌がらせをしてたのが間違った情報だったら追放になんてならないんだから……」
「いいえ、違います。お嬢様に関する負の情報が国王の耳に入った時点で国外追放は決まっていたでしょう。国王が旦那様を通じてお嬢様に確認を取ったのはただの形式的なもの。その答えには初めから意味なんてないのです」
「そんなの……そんなのおかしいでしょ!」
ノアは本から顔を上げ、私に冷ややかな目を向けた。
「お嬢様は貴族令嬢でありながら王族のことをあまり理解していらっしゃらないようですね。あの方たちが白と言えば明らかに黒いものでも白になるのです。ですから国外追放になるかどうかを憂うのは、それこそ今している場合ではないかと」
私は拳を握りしめた。ノアの言っていることは正しいのかもしれない。でも、それでも私は……!
「だったらどうしろって言うのよ! 国外追放の宣告を黙って待ってろっていうの?」
その時、ノアは手元にあった本を私の首元に突き出した。思わず後ずさる。
「威勢がいい事は大いに結構。ただ、少々聞き分けが悪いようですね。自分がこのような結果を招いたという自覚がありましたら、さっさとお座りください」
シルバの後を追いかけようとしたときもそうだったけど、この男は危険な匂いがする。口調はへりくだっているようだけど、私が意にそぐわない言動をしたら平気で手を出してくるだろう。
どんな相手にも隙はある。今はこの男の指示に従った方がよさそうだ。
「分かったわ」
私は席に着いた。
あれからどのくらい時間が経ったんだろう。カーテンの閉め切られた部屋では外の明るさも分からないし、壁にかかっているはずの時計も取り外されているみたいだった。思考は霧がかかったようにぼんやりとしている。
「お嬢様、手が止まっています」
ノアに言われて再び手を動かそうとするが、手元の視界が歪んで上手く書けない。食事の時間が三回あった気がするから一日以上は過ぎてるのかな……食事と言ってもノアがパンを持ってくるだけで、食べている間もずっと講義を聞かされていた。
諸外国の歴史から始まって、他言語、経済学、政治学、宗教学……あとは記憶が曖昧だ。そして今は経営学の利益計算をやらされている。なんで今こんなことをする必要があるのかと聞いても、「それを説明する時間はない」と一蹴されるだけ。
ずっと椅子に座っていて体が痛い。それに膨大な知識を一度に詰め込まれて頭が溶けそう。そんな風に思っていたのは前の話。今は頭がどんよりと重たくて、今にも瞼が閉じてしまいそう……
バンと机を叩く音で目が覚めた。
「寝ている時間なんてありませんよ。この程度の知識はあって当然のことなのですから」
そう言ってノアは机に広げられた教本を指さす。
「利益計算は出来て当然。諸外国の政治体制や動向も分かっていて当然。他国の言語が自在に操れないのはもはや話にもなりません。当たり前のことなのですから出来ないはずがない。分かりますよね?」
「……はい」
「それなら手を休めないでください。まだあなたのやるべきことは山のようにあるのですから」
『**さん、頼んでいた資料作成は終わったかしら』
私のデスクにやってきた上司はそう言った。
『すみません、他にも抱えている仕事があるのでそちらはまだ……』
『まだ終わってないの!? 忙しいのはみんな同じなんだから、自分だけが大変だなんて思わないことね』
そう言って見下すような視線を向けた。
『申し訳ありません……』
『今日中に必ず終わらせてよ。それと議事録の作成もデータ送っておくからやっておいて。ったく、それくらい自分で考えて行動してほしいんだけど』
『はい、申し訳ありません……』
今日、何回謝ったんだろうか……昨日も、その前も、毎日謝ってばかり。この空間にいるときは自分がどれだけ周りに迷惑をかける無能な存在か思い知らされる。
「申し訳……ありま……」
そこで意識が途絶えた。
目を覚ますと、私はベッドで横になっていた。
「お嬢様!」
そう言って駆け寄ってきたのはアリスだった。
「どうして……ここにアリスが……?」
部屋を見回す限り、ノアの姿は無かった。
「あの男が私のところにやってきたのですよ。『二時間後に戻るからそれまで世話役をしていてくれ』と。慌てて部屋に来てみたらお嬢様が苦しそうな表情で眠っていました」
「でも私と会っているのがお父様にばれたらなにか罰を与えられるんじゃ……私のせいで……ごめんなさい……」
アリスは驚いたように目を丸くした後、優しく微笑んだ。
「ご安心ください。旦那様はまだ戻られていません。あの男も自分から私を呼んだのですから、旦那様には言わないでしょう」
「そっか……よかった……」
「あの男が戻ってくるまで少し時間があります。お嬢様さえよければ、私の話を聞いてもらえませんか」
「さて、勉強を始めましょうか」
椅子に座ったノアはそう言って机に分厚い本を広げた。
「勉強って……今そんなことしてる場合じゃないでしょ! こんなことしてる間に国外追放が決定するかもしれないのに!」
ノアは本をパラパラとめくって、こっちを見ようともしない。
「かもしれない、ではないのです。旦那様は国王から宣告を受けに行っただけ。結果は元々決まっていたのですよ」
「だって、もし嫌がらせをしてたのが間違った情報だったら追放になんてならないんだから……」
「いいえ、違います。お嬢様に関する負の情報が国王の耳に入った時点で国外追放は決まっていたでしょう。国王が旦那様を通じてお嬢様に確認を取ったのはただの形式的なもの。その答えには初めから意味なんてないのです」
「そんなの……そんなのおかしいでしょ!」
ノアは本から顔を上げ、私に冷ややかな目を向けた。
「お嬢様は貴族令嬢でありながら王族のことをあまり理解していらっしゃらないようですね。あの方たちが白と言えば明らかに黒いものでも白になるのです。ですから国外追放になるかどうかを憂うのは、それこそ今している場合ではないかと」
私は拳を握りしめた。ノアの言っていることは正しいのかもしれない。でも、それでも私は……!
「だったらどうしろって言うのよ! 国外追放の宣告を黙って待ってろっていうの?」
その時、ノアは手元にあった本を私の首元に突き出した。思わず後ずさる。
「威勢がいい事は大いに結構。ただ、少々聞き分けが悪いようですね。自分がこのような結果を招いたという自覚がありましたら、さっさとお座りください」
シルバの後を追いかけようとしたときもそうだったけど、この男は危険な匂いがする。口調はへりくだっているようだけど、私が意にそぐわない言動をしたら平気で手を出してくるだろう。
どんな相手にも隙はある。今はこの男の指示に従った方がよさそうだ。
「分かったわ」
私は席に着いた。
あれからどのくらい時間が経ったんだろう。カーテンの閉め切られた部屋では外の明るさも分からないし、壁にかかっているはずの時計も取り外されているみたいだった。思考は霧がかかったようにぼんやりとしている。
「お嬢様、手が止まっています」
ノアに言われて再び手を動かそうとするが、手元の視界が歪んで上手く書けない。食事の時間が三回あった気がするから一日以上は過ぎてるのかな……食事と言ってもノアがパンを持ってくるだけで、食べている間もずっと講義を聞かされていた。
諸外国の歴史から始まって、他言語、経済学、政治学、宗教学……あとは記憶が曖昧だ。そして今は経営学の利益計算をやらされている。なんで今こんなことをする必要があるのかと聞いても、「それを説明する時間はない」と一蹴されるだけ。
ずっと椅子に座っていて体が痛い。それに膨大な知識を一度に詰め込まれて頭が溶けそう。そんな風に思っていたのは前の話。今は頭がどんよりと重たくて、今にも瞼が閉じてしまいそう……
バンと机を叩く音で目が覚めた。
「寝ている時間なんてありませんよ。この程度の知識はあって当然のことなのですから」
そう言ってノアは机に広げられた教本を指さす。
「利益計算は出来て当然。諸外国の政治体制や動向も分かっていて当然。他国の言語が自在に操れないのはもはや話にもなりません。当たり前のことなのですから出来ないはずがない。分かりますよね?」
「……はい」
「それなら手を休めないでください。まだあなたのやるべきことは山のようにあるのですから」
『**さん、頼んでいた資料作成は終わったかしら』
私のデスクにやってきた上司はそう言った。
『すみません、他にも抱えている仕事があるのでそちらはまだ……』
『まだ終わってないの!? 忙しいのはみんな同じなんだから、自分だけが大変だなんて思わないことね』
そう言って見下すような視線を向けた。
『申し訳ありません……』
『今日中に必ず終わらせてよ。それと議事録の作成もデータ送っておくからやっておいて。ったく、それくらい自分で考えて行動してほしいんだけど』
『はい、申し訳ありません……』
今日、何回謝ったんだろうか……昨日も、その前も、毎日謝ってばかり。この空間にいるときは自分がどれだけ周りに迷惑をかける無能な存在か思い知らされる。
「申し訳……ありま……」
そこで意識が途絶えた。
目を覚ますと、私はベッドで横になっていた。
「お嬢様!」
そう言って駆け寄ってきたのはアリスだった。
「どうして……ここにアリスが……?」
部屋を見回す限り、ノアの姿は無かった。
「あの男が私のところにやってきたのですよ。『二時間後に戻るからそれまで世話役をしていてくれ』と。慌てて部屋に来てみたらお嬢様が苦しそうな表情で眠っていました」
「でも私と会っているのがお父様にばれたらなにか罰を与えられるんじゃ……私のせいで……ごめんなさい……」
アリスは驚いたように目を丸くした後、優しく微笑んだ。
「ご安心ください。旦那様はまだ戻られていません。あの男も自分から私を呼んだのですから、旦那様には言わないでしょう」
「そっか……よかった……」
「あの男が戻ってくるまで少し時間があります。お嬢様さえよければ、私の話を聞いてもらえませんか」
0
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?
狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?!
悪役令嬢だったらどうしよう〜!!
……あっ、ただのモブですか。
いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。
じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら
乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?
第二部の悪役令嬢がシナリオ開始前に邪神の封印を解いたら闇落ち回避は出来ますか?~王子様との婚約解消はいつでも大歓迎です~
斯波
恋愛
辺境伯令嬢ウェスパルは王家主催のお茶会で見知らぬ令嬢達に嫌味を言われ、すっかり王都への苦手意識が出来上がってしまった。母に泣きついて予定よりも早く領地に帰ることになったが、五年後、学園入学のために再び王都を訪れなければならないと思うと憂鬱でたまらない。泣き叫ぶ兄を横目に地元へと戻ったウェスパルは新鮮な空気を吸い込むと同時に、自らの中に眠っていた前世の記憶を思い出した。
「やっば、私、悪役令嬢じゃん。しかもブラックサイドの方」
ウェスパル=シルヴェスターは三部作で構成される乙女ゲームの第二部 ブラックsideに登場する悪役令嬢だったのだ。第一部の悪役令嬢とは違い、ウェスパルのラストは断罪ではなく闇落ちである。彼女は辺境伯領に封印された邪神を復活させ、国を滅ぼそうとするのだ。
ヒロインが第一部の攻略者とくっついてくれればウェスパルは確実に闇落ちを免れる。だがプレイヤーの推しに左右されることのないヒロインが六人中誰を選ぶかはその時になってみないと分からない。もしかしたら誰も選ばないかもしれないが、そこまで待っていられるほど気が長くない。
ヒロインの行動に関わらず、絶対に闇落ちを回避する方法はないかと考え、一つの名案? が頭に浮かんだ。
「そうだ、邪神を仲間に引き入れよう」
闇落ちしたくない悪役令嬢が未来の邪神を仲間にしたら、学園入学前からいろいろ変わってしまった話。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください
空飛ぶひよこ
恋愛
正式名称「乙女ゲームの悪役令嬢(噛ませ犬系)に転生して、サド心満たしてエンジョイしていたら、ゲームのヒロインが鬼畜女装野郎だったので、助けて下さい」
乙女ゲームの世界に転生して、ヒロインへした虐めがそのまま攻略キャラのイベントフラグになる噛ませ犬系悪役令嬢に転生いたしました。
ヒロインに乙女ゲームライフをエンジョイさせてあげる為(タテマエ)、自身のドエス願望を満たすため(本音)、悪役令嬢キャラを全うしていたら、実はヒロインが身代わりでやってきた、本当のヒロインの双子の弟だったと判明しました。
申し訳ありません、フラグを折る協力を…え、フラグを立てて逆ハーエンド成立させろ?女の振りをして攻略キャラ誑かして、最終的に契約魔法で下僕化して国を乗っ取る?
…サディストになりたいとか調子に乗ったことはとても反省しているので、誰か私をこの悪魔から解放してください
※小説家になろうより、改稿して転載してます
【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!
夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。
そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。
※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様
※小説家になろう様にも掲載しています
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~
ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】
転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。
侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。
婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。
目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。
卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。
○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。
○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
悪役令嬢の庶民準備は整いました!…けど、聖女が許さない!?
リオール
恋愛
公爵令嬢レイラーシュは自分が庶民になる事を知っていた。
だってここは前世でプレイした乙女ゲームの世界だから。
さあ準備は万端整いました!
王太子殿下、いつでも婚約破棄オッケーですよ、さあこい!
と待ちに待った婚約破棄イベントが訪れた!
が
「待ってください!!!」
あれ?聖女様?
ん?
何この展開???
※小説家になろうさんにも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる