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8 諏訪さんの稲荷寿司
8 諏訪さんの稲荷寿司(3)
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翌日のファミレスの仕事は早番だった。
早番、中番、遅番とあって、僕は遅番以外のシフトに入ることになっている。
居酒屋で深夜まで働いた翌日の早番はさすがにちょっときつい。
厨房で一緒の店長も今日は眠そうだな、と思いながらモーニング用の目玉焼きを焼いていると、フロアの方で悲鳴が起こった。
何事だと店長と顔を見合わせていると、パート主婦の若村さんが真っ青な顔で駆け込んできた。
「店長! さくらちゃんが倒れちゃった!」
僕と店長はコンロの火を消してから、慌ててフロアに駆け付けた。
早朝とあって客はまだ老夫婦が一組しかいない。
諏訪さんは通路に横向きに倒れており、同僚のパート女性が二人、動揺した様子で彼女のそばに膝をついて声をかけていた。
「意識は?」
店長がかがみこんで彼女の顔を覗き込む。
「声をかけても返事がないんです。でも呼吸はしてます」
「救急車を呼ぼう」
店長はそう言うと、自分のスマホで救急車を呼んだ。
「動かさない方がいいですよね?」
若村さんが店長に訊ねる。
「倒れた時に頭を打ったかもしれないし、このままにしておこう」
他の人間が気づいた時には既に倒れていたという。
でも見たところ大怪我はしていないようだ。
五分もしないうちに救急車のサイレンが聞こえてきて、すぐにばたばたと慌ただしく救急隊員が店に入ってきた。
「こっちです」
店長が案内する。
「意識はありますか?」
「ないんです」
救急隊員はぐったりしたままの諏訪さんに声をかけてから、彼女を素早く担架に乗せて出ていった。
「若村さん、ついてってくれる?」
店長に言われて、若村さんはうなずくよりも先に駆け出していた。
「お騒がせして申し訳ありません」
店長は老夫婦に頭を下げてから、僕らに小声で言った。
「諏訪さんの家族に連絡とるから、ちょっと店のこと頼むね」
僕と他のスタッフはしっかりとうなずく。
仕事に戻っても、諏訪さんのことが心配で気が気ではなかった。
それでも関係なくお客さんはやってくる。
土曜日のファミレスは忙しい。
しかも二人抜けたのでいつも以上に僕らは忙しく働いた。
一時間後に若村さんから連絡があった。
諏訪さんは意識を取り戻して、いまは点滴を打ってもらっているという。
過労と貧血、軽い栄養失調だということだった。
家族からも病院に連絡があり、いろいろな手続きをしているらしい。
この報告を受けて、とりあえず僕らはみんなほっとした。
命に係わるようなことではなくてよかった。
「食費も削るようになってたのか」
店長はショックを受けたようだった。
食費は削りやすい部分だから、生活が苦しくなると食事の回数や量を減らすようになる。
栄養不足の状態が続けばいずれ体に異変が起こるだろう。放置していると、もっと重い病気にもなるかもしれない。
その日はみんな、諏訪さんのことが心配で店の空気はずっと重かった。
翌日、僕はまた早番だった。
「おはようございまーす」
出勤すると、床をモップでごしごししている諏訪さんの元気のいい挨拶に迎えられた。
「もう大丈夫なの?」
びっくりしてそう訊くと、諏訪さんは当たり前でしょというような顔をしてみせた。
「たっぷり食べて一晩寝たら元気になりました」
むきになっているように、ぐいぐいぐいぐいと力をこめてモップをかけている。
「救急車なんてはじめて乗りましたよ。ただの貧血なのに大騒ぎになっちゃって」
みんな大袈裟過ぎる、というふうな口調に僕は驚いた。
もしかすると、過去にもこんなことがあったんだろうか。
ロッカーに行くと、浮かない表情の店長が椅子に座ってスマホを見ていた。
早番、中番、遅番とあって、僕は遅番以外のシフトに入ることになっている。
居酒屋で深夜まで働いた翌日の早番はさすがにちょっときつい。
厨房で一緒の店長も今日は眠そうだな、と思いながらモーニング用の目玉焼きを焼いていると、フロアの方で悲鳴が起こった。
何事だと店長と顔を見合わせていると、パート主婦の若村さんが真っ青な顔で駆け込んできた。
「店長! さくらちゃんが倒れちゃった!」
僕と店長はコンロの火を消してから、慌ててフロアに駆け付けた。
早朝とあって客はまだ老夫婦が一組しかいない。
諏訪さんは通路に横向きに倒れており、同僚のパート女性が二人、動揺した様子で彼女のそばに膝をついて声をかけていた。
「意識は?」
店長がかがみこんで彼女の顔を覗き込む。
「声をかけても返事がないんです。でも呼吸はしてます」
「救急車を呼ぼう」
店長はそう言うと、自分のスマホで救急車を呼んだ。
「動かさない方がいいですよね?」
若村さんが店長に訊ねる。
「倒れた時に頭を打ったかもしれないし、このままにしておこう」
他の人間が気づいた時には既に倒れていたという。
でも見たところ大怪我はしていないようだ。
五分もしないうちに救急車のサイレンが聞こえてきて、すぐにばたばたと慌ただしく救急隊員が店に入ってきた。
「こっちです」
店長が案内する。
「意識はありますか?」
「ないんです」
救急隊員はぐったりしたままの諏訪さんに声をかけてから、彼女を素早く担架に乗せて出ていった。
「若村さん、ついてってくれる?」
店長に言われて、若村さんはうなずくよりも先に駆け出していた。
「お騒がせして申し訳ありません」
店長は老夫婦に頭を下げてから、僕らに小声で言った。
「諏訪さんの家族に連絡とるから、ちょっと店のこと頼むね」
僕と他のスタッフはしっかりとうなずく。
仕事に戻っても、諏訪さんのことが心配で気が気ではなかった。
それでも関係なくお客さんはやってくる。
土曜日のファミレスは忙しい。
しかも二人抜けたのでいつも以上に僕らは忙しく働いた。
一時間後に若村さんから連絡があった。
諏訪さんは意識を取り戻して、いまは点滴を打ってもらっているという。
過労と貧血、軽い栄養失調だということだった。
家族からも病院に連絡があり、いろいろな手続きをしているらしい。
この報告を受けて、とりあえず僕らはみんなほっとした。
命に係わるようなことではなくてよかった。
「食費も削るようになってたのか」
店長はショックを受けたようだった。
食費は削りやすい部分だから、生活が苦しくなると食事の回数や量を減らすようになる。
栄養不足の状態が続けばいずれ体に異変が起こるだろう。放置していると、もっと重い病気にもなるかもしれない。
その日はみんな、諏訪さんのことが心配で店の空気はずっと重かった。
翌日、僕はまた早番だった。
「おはようございまーす」
出勤すると、床をモップでごしごししている諏訪さんの元気のいい挨拶に迎えられた。
「もう大丈夫なの?」
びっくりしてそう訊くと、諏訪さんは当たり前でしょというような顔をしてみせた。
「たっぷり食べて一晩寝たら元気になりました」
むきになっているように、ぐいぐいぐいぐいと力をこめてモップをかけている。
「救急車なんてはじめて乗りましたよ。ただの貧血なのに大騒ぎになっちゃって」
みんな大袈裟過ぎる、というふうな口調に僕は驚いた。
もしかすると、過去にもこんなことがあったんだろうか。
ロッカーに行くと、浮かない表情の店長が椅子に座ってスマホを見ていた。
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