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6 杏奈ちゃんの蕎麦
6 杏奈ちゃんの蕎麦(2)
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「先輩、あんなとこでぼーっとしてなにしてたんです? 考え事ですか?」
「ちょっとな……」
「仕事のことですか? 石川さんでしたっけ。あの人の店で働くことに決めたんですよね?」
答えたくなくて無言で歩き続けた。
「あの、先輩。あれから令子さん、僕の話なんかしたりしました?」
は? と僕は七尾を振り返った。
「なんで令子さんがお前の話をするんだよ」
「キャンプに誘ってくれたのは、令子さんの意思もあるのかなぁって」
「お前を誘ったのは俺の意思だよ。男手が多いほうがなにかと便利かと思ったから。そう説明したよな」
「それは建前で、実は僕と令子さんをくっつけようとしてくれてるのかなあって思ったんですけど」
「そんなわけあるか。あのな、令子さんに変なちょっかいだすなよ。これは本気で言ってるからな」
七尾はむっとした顔をした。
「ちょっかいってひどい。僕は本気です。令子さんを正式にデートに誘いたいとも思ってますから」
正式にって。
「令子さんとじゃ年齢が離れすぎてるだろ」
「人を好きになるのに年齢なんて関係ありませんよ」
それはそうだが、それは覚悟がある場合に限るだろう。
アプリで出会った子をデートに誘うのとはわけが違う。
だいたい彼女はうちの大事な常連さんだ。
僕のせいで嫌な思いはしてほしくない。
それに、彼女には杏奈ちゃんがいる。
令子さんを好きになるなら、杏奈ちゃんの存在は切り離せない。
「本気なら、杏奈ちゃんのことも考えてるんだろうな。安易に手を出して、令子さんを傷つけるまねだけはするなよ」
七尾は少し黙りこんだ。
しばらく無言で歩き続けたあと、彼は僕をちらっと見た。
「なんか先輩、やけにむきになってませんか。もしかして令子さんと先輩、なにかあるんですか? それなら僕……」
「あるわけないだろ。大切なうちのお客さんだから心配してるんだよ」
七尾はこちらを見続けたけれど、僕はまっすぐ前を向いていた。
確かに僕はちょっとむきになってるかもしれない。
夜のスーパーで会ってから、なぜか令子さんのことが気になる。
しばらくして、七尾がいつもの明るい声で言った。
「そうそう、杏奈ちゃんがみんなに折り紙で風船を作ってきてくれたんですよ。きれいな和柄で、とってもかわいいんです。先輩のもありますよ」
「そっか……」
みんなに紙風船の贈り物。
さっきの杏奈ちゃんの様子とのギャップに戸惑いながら、僕はこくこくとうなずいた。
みんなのところに戻ると、完成したテントの前でみんなが楽しそうに談笑していた。
コーヒーのいい香りが漂っている。
バーベキューコンロにフライパンを置き、須賀田君がバナナを焼いていた。軽くキャラメリゼして、軽いおやつにするようだ。
他の人たちは焚火台を囲みながらチェアに座り、コーヒーを飲んでいる。
杏奈ちゃんだけは紙パックのジュースを両手で握り、じゅうじゅうと焼けているバナナを見つめていた。
彼女の表情が穏やかで安心した。
令子さんもコーヒーを飲みながら、笑顔で叔父さんや美津子さんと話し込んでいる。
「先輩を無事発見して連れ帰りましたー」
七尾がふざけてそう言うと、みんなが僕を見た。
「団体行動できないタイプか」
叔父さんの言葉にみんなが笑う。
令子さんはどこかすまなそうな表情を浮かべているように見えた。
僕は笑いながら、「おさわがせしました」と頭を下げた。
空いていたチェアに腰をおろすと、須賀田君がコーヒーが入ったマグカップを持ってきてくれた。
「少しぬるくなってしまったかもしれませんが、どうぞ」
「ありがとう。焼きバナナおいしそうだね」
彼はにっこり微笑む。
「食べていただくのは緊張します」
「出されたものはなんでもおいしくいただくよ」
須賀田君はくすりと笑って持ち場に戻っていった。
叔父さんは後ろに倒れそうなぐらいチェアに身を預けて足を放り投げている。
「叔父さん、魚は釣れました?」
「釣れたよ」
「なにが釣れたんですか」
「ヤマメ」
てっきりボウズかと思っていたので驚いた。
「すごいじゃないですか」
叔父さんはにやりとすると、近くに置いてあったバケツを持って僕に見せにきた。
思ったより大きな魚が二匹、狭いバケツの中で泳いでいる。
「二匹も」
ふふんと叔父さんは得意そうに顎をあげた。
「まあ、釣りは若い頃からやってたからな。勘は鈍ってなかったってことだ」
「釣れた時は大興奮でしたよ。私はだめだったけど」と美津子さん。「でも、釣竿なんてはじめて使ったから楽しかった。またやりたいな」
できましたよーと須賀田君が焼きバナナを皿にのせてみんなに配りはじめた。
甘いバナナの匂いがふんわり漂う。
焼きたてのバナナはとろりとやわらかく、キャラメリゼがほろ苦くておいしかった。コーヒーにもよく合う。
杏奈ちゃんも全部たいらげていた。
そのあとみんなでフリスビーをした。昔からある定番の遊びだけど、久しぶりにやってみると意外と盛り上がった。
次に須賀田君がバトミントンを取り出すと、真っ先に七尾が相手役を買って出た。
叔父さんはなぜかシャトル拾い。
杏奈ちゃんは美津子さんとシロツメクサを摘んで花冠作りをはじめる。
令子さんは新しくコーヒーを淹れると、ゆっくりみんなから離れて歩いていった。
僕はそんな令子さんの後ろ姿を見守りながら、バーベキューの支度をはじめた。
*
「ちょっとな……」
「仕事のことですか? 石川さんでしたっけ。あの人の店で働くことに決めたんですよね?」
答えたくなくて無言で歩き続けた。
「あの、先輩。あれから令子さん、僕の話なんかしたりしました?」
は? と僕は七尾を振り返った。
「なんで令子さんがお前の話をするんだよ」
「キャンプに誘ってくれたのは、令子さんの意思もあるのかなぁって」
「お前を誘ったのは俺の意思だよ。男手が多いほうがなにかと便利かと思ったから。そう説明したよな」
「それは建前で、実は僕と令子さんをくっつけようとしてくれてるのかなあって思ったんですけど」
「そんなわけあるか。あのな、令子さんに変なちょっかいだすなよ。これは本気で言ってるからな」
七尾はむっとした顔をした。
「ちょっかいってひどい。僕は本気です。令子さんを正式にデートに誘いたいとも思ってますから」
正式にって。
「令子さんとじゃ年齢が離れすぎてるだろ」
「人を好きになるのに年齢なんて関係ありませんよ」
それはそうだが、それは覚悟がある場合に限るだろう。
アプリで出会った子をデートに誘うのとはわけが違う。
だいたい彼女はうちの大事な常連さんだ。
僕のせいで嫌な思いはしてほしくない。
それに、彼女には杏奈ちゃんがいる。
令子さんを好きになるなら、杏奈ちゃんの存在は切り離せない。
「本気なら、杏奈ちゃんのことも考えてるんだろうな。安易に手を出して、令子さんを傷つけるまねだけはするなよ」
七尾は少し黙りこんだ。
しばらく無言で歩き続けたあと、彼は僕をちらっと見た。
「なんか先輩、やけにむきになってませんか。もしかして令子さんと先輩、なにかあるんですか? それなら僕……」
「あるわけないだろ。大切なうちのお客さんだから心配してるんだよ」
七尾はこちらを見続けたけれど、僕はまっすぐ前を向いていた。
確かに僕はちょっとむきになってるかもしれない。
夜のスーパーで会ってから、なぜか令子さんのことが気になる。
しばらくして、七尾がいつもの明るい声で言った。
「そうそう、杏奈ちゃんがみんなに折り紙で風船を作ってきてくれたんですよ。きれいな和柄で、とってもかわいいんです。先輩のもありますよ」
「そっか……」
みんなに紙風船の贈り物。
さっきの杏奈ちゃんの様子とのギャップに戸惑いながら、僕はこくこくとうなずいた。
みんなのところに戻ると、完成したテントの前でみんなが楽しそうに談笑していた。
コーヒーのいい香りが漂っている。
バーベキューコンロにフライパンを置き、須賀田君がバナナを焼いていた。軽くキャラメリゼして、軽いおやつにするようだ。
他の人たちは焚火台を囲みながらチェアに座り、コーヒーを飲んでいる。
杏奈ちゃんだけは紙パックのジュースを両手で握り、じゅうじゅうと焼けているバナナを見つめていた。
彼女の表情が穏やかで安心した。
令子さんもコーヒーを飲みながら、笑顔で叔父さんや美津子さんと話し込んでいる。
「先輩を無事発見して連れ帰りましたー」
七尾がふざけてそう言うと、みんなが僕を見た。
「団体行動できないタイプか」
叔父さんの言葉にみんなが笑う。
令子さんはどこかすまなそうな表情を浮かべているように見えた。
僕は笑いながら、「おさわがせしました」と頭を下げた。
空いていたチェアに腰をおろすと、須賀田君がコーヒーが入ったマグカップを持ってきてくれた。
「少しぬるくなってしまったかもしれませんが、どうぞ」
「ありがとう。焼きバナナおいしそうだね」
彼はにっこり微笑む。
「食べていただくのは緊張します」
「出されたものはなんでもおいしくいただくよ」
須賀田君はくすりと笑って持ち場に戻っていった。
叔父さんは後ろに倒れそうなぐらいチェアに身を預けて足を放り投げている。
「叔父さん、魚は釣れました?」
「釣れたよ」
「なにが釣れたんですか」
「ヤマメ」
てっきりボウズかと思っていたので驚いた。
「すごいじゃないですか」
叔父さんはにやりとすると、近くに置いてあったバケツを持って僕に見せにきた。
思ったより大きな魚が二匹、狭いバケツの中で泳いでいる。
「二匹も」
ふふんと叔父さんは得意そうに顎をあげた。
「まあ、釣りは若い頃からやってたからな。勘は鈍ってなかったってことだ」
「釣れた時は大興奮でしたよ。私はだめだったけど」と美津子さん。「でも、釣竿なんてはじめて使ったから楽しかった。またやりたいな」
できましたよーと須賀田君が焼きバナナを皿にのせてみんなに配りはじめた。
甘いバナナの匂いがふんわり漂う。
焼きたてのバナナはとろりとやわらかく、キャラメリゼがほろ苦くておいしかった。コーヒーにもよく合う。
杏奈ちゃんも全部たいらげていた。
そのあとみんなでフリスビーをした。昔からある定番の遊びだけど、久しぶりにやってみると意外と盛り上がった。
次に須賀田君がバトミントンを取り出すと、真っ先に七尾が相手役を買って出た。
叔父さんはなぜかシャトル拾い。
杏奈ちゃんは美津子さんとシロツメクサを摘んで花冠作りをはじめる。
令子さんは新しくコーヒーを淹れると、ゆっくりみんなから離れて歩いていった。
僕はそんな令子さんの後ろ姿を見守りながら、バーベキューの支度をはじめた。
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