まずい飯が食べたくて

森園ことり

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3 石川のグラタン

3 石川のグラタン(4)

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 石川が叔父の店にやってきたのは、それから一週間ほどたった頃だった。

 がらがらと戸を開けて入ってきた彼女を見てさすがに驚いた。
 来るとは聞いていなかったから。

「どうしたの?」

 石川は薄いベージュ色のジャケットに紺色のパンツという、きちんとした格好だった。

「神楽坂のお店の用事で東京に来たので寄ってみたんです。先日はありがとうございました」
「こちらこそ。どうぞこっちに座って。汚い店だけど」

 叔父さんがいないのをいいことにそう言うと、彼女は店内をぐるりと見まわした。
 こういう店が初めてなのか、物珍しそうな顔をしている。

「けっこう狭いんですね」

 カウンターしかないのだから、そう思うのも不思議はない。
 荷物を置く場所も、背後の壁についているフックだけだ。

「驚いたでしょ」

 石川は僕の顔を見ると、一生懸命に首を横に振った。

「いや、僕も最初驚いたからね。狭すぎだろーって」
「先輩がこれまで働いてきたお店は立派でしたもんね……」
「それ、叔父さんの前では禁句ね。立派じゃなくてすまんなーって怒るから」
「すみません!」
「うそうそ、冗談。叔父さん、若くてきれいな子には弱いから何言っても大丈夫だよ」

 石川は少しうつむいて頬に手をやる。
 店を開けてすぐなので客が入ってくる気配はない。
 それに週末なので、平日よりは若干客足が減る。うちは平日の方が客の入りがいいのだ。

 今夜は暇なのがわかっていて、叔父さんはぶらりと出ていってしまった。
 一時間ぐらいパチンコでもしてくるんだろう。

「叔父さんは今日はいらっしゃらないんですか?」
「ちょっと出てるだけだから、そのうち戻ってくるよ。根っからの風来坊なんだよね」

 石川は目を丸くしてうなずく。

「そうなんですね。会ってみたいです」

 叔父さんも石川には会ってみたいだろう。彼女のことはちゃんと話してある。

「なんか食べる? 夕飯はもうすましたの?」
「夕飯はまだです。ここで食べていってもいいですか?」
「もちろん。お酒はどうする?」
「相変わらずお酒は苦手なので烏龍茶で」
「了解。それ、今夜のおすすめね。あと、他に食べたいものがあれば頑張って作るよ」

 カウンターに貼り付けた今日のおすすめ料理の紙を石川は顔を近づけてじっと見つめた。

「家庭料理ばかりなんですね。てっきり、創作料理的なものを出してるんだと思ってました」
「気取った創作料理なんてここじゃ誰も頼まないよ。食べなれたものをいかにおいしく出すかに気を使ってます。はい、烏龍茶」

 居酒屋らしい大きなグラスになみなみ注いだ烏龍茶を石川はまじまじと見つめる。

「なるほど……じゃあ、おすすめのメンチカツとマカロニサラダをお願いします」
「メンチカツ、かなり大きいから覚悟してね」
「お腹空いてるので大丈夫です」
「お味噌汁とお新香もつけるね。あと煮物も何種類か作ったから、少し食べる?」
「食べます!」

 石川は神楽坂の店の内装のことで業者と打ち合わせに来たらしい。
 少し疲れたのか、カウンターの上に手をおいて少し前かがみになっている。

「忙しそうだけど、無理してない?」

 僕が声をかけると、彼女は顔を上げて笑顔になった。

「大丈夫です。まだ若いんで」
「それだよ。若いからって無理して倒れるんだよ」
「先輩の実体験ですか?」
「僕はそんな無理はしないから」
「そうですか? 先輩は滅茶苦茶無理するほうだと思いますけど」

 石川は腰を浮かせると、カウンターの中を覗き込んだ。僕が料理をする手元を真剣な目でじっと見つめる。
 油を温めている間に、マカロニサラダとオクラの煮物を先に出した。

「おいしそう。こういう家庭的な料理をお店で食べるのって久しぶりです」
「まあ、こういう小鉢系を単品で出すのって飲み屋さんが多いからね」
「お酒が飲めたらいいんですけどね」
「別に飲めなくたっていいよ。酔っ払いは正直面倒だもん」

 石川は微笑みながらマカロニサラダを一口食べた。

「あ、おいしい。マカロニサラダって、たまにすごく食べたくなりますよね」
「だな。家で料理はするの?」
「残念ながら全然。家では適当にすましてます。店でおいしいまかないをたっぷり食べてるから、帰宅したあとはサラダとか軽いものを少しだけ」

 石川はなかなかのスピードでマカロニサラダを食べていく。けっこうお腹が空いていたのかもしれない。
 すぐにごはんとお味噌汁、お新香も出した。
 熱くなった油に大きなメンチカツを三枚落とす。じゅわっという乾いた音、ぱちぱちと油をはねる音が響いて、急に店内が活気づく。

「でもマカロニサラダって、小さい頃は家で出たことなかったです。あ、買ってきたものは出ましたけどね」
「マカロニサラダよりポテトサラダのほうが定番なのかもね」

 彼女は大きくうなずいた。

「ポテトサラダはよく母親が作ってくれました。和食が得意で、煮物とか魚の煮つけとかもおいしかったです。でも、作りなれないものはいまいちでしたね」
「たとえば?」

 彼女はおしぼりで口をそっと押さえる。

「マカロニで思い出したんですけど、グラタンで大失敗してました」
「どんな大失敗?」

 石川は母親がすぐそばにいるかのように、声をひそめた。
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