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3 石川のグラタン
3 石川のグラタン(1)
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春の鎌倉ははじめてかもしれない。
鎌倉のあじさいは有名だけど、咲くのはもう少し先のようだ。
江の島の海岸も人はまばらで、波音だけが騒がしい。
腕時計を見る。
石川月菜との約束の時間にはまだ早い。
ミネラルウォーターを一口飲んでから、砂浜をゆっくり歩いていく。
僕は東京生まれの東京育ちで、海水浴というと江の島か湘南、千葉まで出向いた。
夏の家族旅行も海が多かったので、海というと遠出のイメージがある。
そのせいか、海が近い場所に行くと、どうしても海を見ておきたくなる。でないと損をした気になるのだ。
石川は今日休みをもらったらしいが、午前中は用事があるとかで一時に約束をしている。
ランチは彼女がおすすめの店を予約してくれたらしい。
ここに来る前に石川が兄とやっている店『創作料理ishikawa』にちょっと寄ってみた。店は開店したばかりだったが、既に客が数人入っていた。
僕はランチプレートを注文した。
ローストビーフと鎌倉野菜、自家製パンの、いかにも女性が好きそうなものだった。
パンにローストビーフと野菜をはさんで食べることもできる。
それぞれの味をまず試してみたが、どれも文句なしにおいしかった。ローストビーフは味はもちろん、やわらかさに驚いた。鎌倉野菜は契約農家からの朝採れのものらしく、ぱりっと新鮮だった。
焼きたてのパンは香ばしく、おかわりしたくなったぐらいだ。
手間をかけたのがわかるコンソメスープに、デザート、コーヒーまでついている。
(季節のデザート)として出されたオレンジのシフォンケーキはお世辞なしにおいしかった。
これで1800円は安い。
駅から遠過ぎず、店構えは高級感が漂う。店内は広々としていて、店員の質もいい。
おそらく鎌倉に暮らす少し余裕がある人たちが利用する店なんだろう。夜になれば雰囲気もまた変わるのかもしれない。
特別な日に使うこともできる店だし、普段使いで気軽に通うこともできる。
なんというか、すべてがちょうどいい。そして居心地がいい。
石川が店にいないことはわかっていたが、彼女の兄はどんなひとだろうと気になって、ちらちらと厨房のほうを見た。
だが、彼女の兄らしき人物を確認することはできなかった。
そのあと海にやってきたわけだが、もう一時間も浜辺に座って海を眺めている。
徐々に日差しが強くなってきた。
頬を触ると熱を含んだように少し熱い。
心がなだらかになっていく波の音。横になったら寝てしまいそうだった。
しばらくして腕時計を見ると、約束の時間が近づいている。
慌てて立ち上がり、砂がついたパンツや靴をはたいた。こんなことをするのも久しぶりでなんだか楽しい。
石川が予約した店にはぎりぎりの時間についた。
案内されたテーブルには、数年ぶりに会う彼女が笑顔で待っていた。
記憶の中の石川とほとんど変わらない。
ただ、少しだけ頬に丸みが出て、大人になった感じがした。
きちんと化粧をしているのを見るのも初めてだ。
以前短かった髪は胸あたりまで伸びて、ふんわりパーマがかかっている。
「先輩、お久しぶりです」
彼女はすっと立ち上がると、昔みたいに元気よく頭を下げた。
それから、にいっと大きく笑う。
学生時代の石川は少年みたいな印象だった。
髪はベリーショートで、ノーメイクが当たり前。痩せていて、顎先がとがっていたのが記憶にある。いつもデニムにカジュアルなTシャツという、おしゃれにも無頓着な子だった。
それがいまは、上品なワンピースで女性らしく装っている。この色はなんという色なんだろう。明るいグレーのようなベージュのような。
ヒールのない靴を履いているのを見て、少しだけ安心した。
「久しぶり。変わらないね」
雰囲気が変わったと指摘するのはなんだか照れ臭かった。
石川は嬉しそうに目を輝かす。
「先輩もお変わりありませんね」
店員からメニューを渡されると、石川の顔を見た。
「まかせるよ。おすすめがあるんでしょ」
彼女はにっこり笑って、大きくうなずいた。
「もちろんあります。先輩、食べられないものはなかったですよね」
「ないよ。なんでも食います」
「ふふ。鎌倉なのでやっぱり魚介系がおすすめです。新鮮な海のものをせっかくですから召し上がってもらいたいです」
この店はアクアパッツァが有名だというので、それを注文することにした。
ランチコースの中に入っているらしい。
さっきローストビーフのランチプレートを食べたばかりだけれど、まだお腹には余裕がある。朝ごはんを抜いてきたのもあって、むしろお腹が空いているぐらいだ。
「忘れないうちに、これをお渡ししておきます。神楽坂のお店の概要をまとめてきたものです。オープンは秋ごろの予定になっています。ですので、できれば一ヶ月以内にはお返事いただきたいです」
「わかった。秋ごろオープンなんだ……」
石川から受け取ったファイルにざっと目を通したが、すぐにはなんとも言えなかった。
店の立地もいいし、店内の写真でなんとなくイメージもつかめる。料理人、スタッフの人数も理想的だ。料理は主に鎌倉野菜を使い、神楽坂店限定のメニューも出すようだ。
さっき石川兄妹の店で食事をしてきたこともあって、どんなお店になるかはだいたい想像がついた。
だが新店は、神楽坂という場所を意識して、より大人の雰囲気を目指すとも書かれている。
もし神楽坂の店がうまくいったら、他の場所にも出店することを想定しているのかもしれない。
食前酒を飲みながら、僕らは少しだけ昔話をした。
彼女はまだ学生時代の友人たちと連絡を取り合っているらしく、彼らがいまどこでどうしているかを楽しそうに話した。
前菜が運ばれてくると、僕らはしばらく食べることに集中した。
石川は昔から、食べはじめると沈黙した。意図してそうしているのではなく、自然とそうなってしまうらしい。
そのせいで、他人と食事に行くと、「つまらない」と文句を言われてしまうと嘆いたこともあった。
でも今日は、前菜を半分ほど食べ進んだところで、彼女が口を開いた。
「どうです? お口にあいますか?」
僕がどんな感想を抱いたか気になっているようだ。
「おいしいよ。まあ、石川のおすすめのお店なら間違いないわけだけど」
彼女はほっとしたように微笑んだ。
「それならよかったです。けっこうシンプルな味付けのお店なので、どうかなと思いまして」
「素材の味が活きてて僕は好きだよ」
「よかった……」
安心したのか、石川の食べるスピードがすこし上がった。おいしそうに味わっている。
アクアパッツァが運ばれてくると、彼女はまた食べることに集中した。
石川は同僚としては申し分ない。
料理の腕は確かだし、お互い性格もわかっている。言いたいことも言いやすい。
お店のコンセプトは共感できるものだし、待遇も以前の職場とそう変わらないなら、文句のつけようがない。
神楽坂には数回行ったことがあるぐらいだけど、大人っぽく落ち着いた街だった。おいしいお店も多い。
秋には石川と毎日働いているのか……。
そう考えるとなんだか不思議だ。
でも、これでいいのかもしれない。
もう就職活動をしなくてもすむし、きちんとした職場でまた以前のように、料理だけに集中する生活を送れるようになる。
このチャンスを逃したら、もっといい条件の職場はしばらく見つからないかもしれない。
「先輩、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
石川はナプキンで口を軽く押さえたあと、そう訊ねた。
「いいよ。なに?」
「藤堂はどうして辞めたんですか?」
鎌倉のあじさいは有名だけど、咲くのはもう少し先のようだ。
江の島の海岸も人はまばらで、波音だけが騒がしい。
腕時計を見る。
石川月菜との約束の時間にはまだ早い。
ミネラルウォーターを一口飲んでから、砂浜をゆっくり歩いていく。
僕は東京生まれの東京育ちで、海水浴というと江の島か湘南、千葉まで出向いた。
夏の家族旅行も海が多かったので、海というと遠出のイメージがある。
そのせいか、海が近い場所に行くと、どうしても海を見ておきたくなる。でないと損をした気になるのだ。
石川は今日休みをもらったらしいが、午前中は用事があるとかで一時に約束をしている。
ランチは彼女がおすすめの店を予約してくれたらしい。
ここに来る前に石川が兄とやっている店『創作料理ishikawa』にちょっと寄ってみた。店は開店したばかりだったが、既に客が数人入っていた。
僕はランチプレートを注文した。
ローストビーフと鎌倉野菜、自家製パンの、いかにも女性が好きそうなものだった。
パンにローストビーフと野菜をはさんで食べることもできる。
それぞれの味をまず試してみたが、どれも文句なしにおいしかった。ローストビーフは味はもちろん、やわらかさに驚いた。鎌倉野菜は契約農家からの朝採れのものらしく、ぱりっと新鮮だった。
焼きたてのパンは香ばしく、おかわりしたくなったぐらいだ。
手間をかけたのがわかるコンソメスープに、デザート、コーヒーまでついている。
(季節のデザート)として出されたオレンジのシフォンケーキはお世辞なしにおいしかった。
これで1800円は安い。
駅から遠過ぎず、店構えは高級感が漂う。店内は広々としていて、店員の質もいい。
おそらく鎌倉に暮らす少し余裕がある人たちが利用する店なんだろう。夜になれば雰囲気もまた変わるのかもしれない。
特別な日に使うこともできる店だし、普段使いで気軽に通うこともできる。
なんというか、すべてがちょうどいい。そして居心地がいい。
石川が店にいないことはわかっていたが、彼女の兄はどんなひとだろうと気になって、ちらちらと厨房のほうを見た。
だが、彼女の兄らしき人物を確認することはできなかった。
そのあと海にやってきたわけだが、もう一時間も浜辺に座って海を眺めている。
徐々に日差しが強くなってきた。
頬を触ると熱を含んだように少し熱い。
心がなだらかになっていく波の音。横になったら寝てしまいそうだった。
しばらくして腕時計を見ると、約束の時間が近づいている。
慌てて立ち上がり、砂がついたパンツや靴をはたいた。こんなことをするのも久しぶりでなんだか楽しい。
石川が予約した店にはぎりぎりの時間についた。
案内されたテーブルには、数年ぶりに会う彼女が笑顔で待っていた。
記憶の中の石川とほとんど変わらない。
ただ、少しだけ頬に丸みが出て、大人になった感じがした。
きちんと化粧をしているのを見るのも初めてだ。
以前短かった髪は胸あたりまで伸びて、ふんわりパーマがかかっている。
「先輩、お久しぶりです」
彼女はすっと立ち上がると、昔みたいに元気よく頭を下げた。
それから、にいっと大きく笑う。
学生時代の石川は少年みたいな印象だった。
髪はベリーショートで、ノーメイクが当たり前。痩せていて、顎先がとがっていたのが記憶にある。いつもデニムにカジュアルなTシャツという、おしゃれにも無頓着な子だった。
それがいまは、上品なワンピースで女性らしく装っている。この色はなんという色なんだろう。明るいグレーのようなベージュのような。
ヒールのない靴を履いているのを見て、少しだけ安心した。
「久しぶり。変わらないね」
雰囲気が変わったと指摘するのはなんだか照れ臭かった。
石川は嬉しそうに目を輝かす。
「先輩もお変わりありませんね」
店員からメニューを渡されると、石川の顔を見た。
「まかせるよ。おすすめがあるんでしょ」
彼女はにっこり笑って、大きくうなずいた。
「もちろんあります。先輩、食べられないものはなかったですよね」
「ないよ。なんでも食います」
「ふふ。鎌倉なのでやっぱり魚介系がおすすめです。新鮮な海のものをせっかくですから召し上がってもらいたいです」
この店はアクアパッツァが有名だというので、それを注文することにした。
ランチコースの中に入っているらしい。
さっきローストビーフのランチプレートを食べたばかりだけれど、まだお腹には余裕がある。朝ごはんを抜いてきたのもあって、むしろお腹が空いているぐらいだ。
「忘れないうちに、これをお渡ししておきます。神楽坂のお店の概要をまとめてきたものです。オープンは秋ごろの予定になっています。ですので、できれば一ヶ月以内にはお返事いただきたいです」
「わかった。秋ごろオープンなんだ……」
石川から受け取ったファイルにざっと目を通したが、すぐにはなんとも言えなかった。
店の立地もいいし、店内の写真でなんとなくイメージもつかめる。料理人、スタッフの人数も理想的だ。料理は主に鎌倉野菜を使い、神楽坂店限定のメニューも出すようだ。
さっき石川兄妹の店で食事をしてきたこともあって、どんなお店になるかはだいたい想像がついた。
だが新店は、神楽坂という場所を意識して、より大人の雰囲気を目指すとも書かれている。
もし神楽坂の店がうまくいったら、他の場所にも出店することを想定しているのかもしれない。
食前酒を飲みながら、僕らは少しだけ昔話をした。
彼女はまだ学生時代の友人たちと連絡を取り合っているらしく、彼らがいまどこでどうしているかを楽しそうに話した。
前菜が運ばれてくると、僕らはしばらく食べることに集中した。
石川は昔から、食べはじめると沈黙した。意図してそうしているのではなく、自然とそうなってしまうらしい。
そのせいで、他人と食事に行くと、「つまらない」と文句を言われてしまうと嘆いたこともあった。
でも今日は、前菜を半分ほど食べ進んだところで、彼女が口を開いた。
「どうです? お口にあいますか?」
僕がどんな感想を抱いたか気になっているようだ。
「おいしいよ。まあ、石川のおすすめのお店なら間違いないわけだけど」
彼女はほっとしたように微笑んだ。
「それならよかったです。けっこうシンプルな味付けのお店なので、どうかなと思いまして」
「素材の味が活きてて僕は好きだよ」
「よかった……」
安心したのか、石川の食べるスピードがすこし上がった。おいしそうに味わっている。
アクアパッツァが運ばれてくると、彼女はまた食べることに集中した。
石川は同僚としては申し分ない。
料理の腕は確かだし、お互い性格もわかっている。言いたいことも言いやすい。
お店のコンセプトは共感できるものだし、待遇も以前の職場とそう変わらないなら、文句のつけようがない。
神楽坂には数回行ったことがあるぐらいだけど、大人っぽく落ち着いた街だった。おいしいお店も多い。
秋には石川と毎日働いているのか……。
そう考えるとなんだか不思議だ。
でも、これでいいのかもしれない。
もう就職活動をしなくてもすむし、きちんとした職場でまた以前のように、料理だけに集中する生活を送れるようになる。
このチャンスを逃したら、もっといい条件の職場はしばらく見つからないかもしれない。
「先輩、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
石川はナプキンで口を軽く押さえたあと、そう訊ねた。
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「藤堂はどうして辞めたんですか?」
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