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年末年始、僕は実家で過ごした。
大晦日から元旦にかけて。
本当は柳子やトラ吉と新しい年を迎えたかったけど、両親がどうしても帰って来いと言ったので従うことにした。
柳子は正子さんの家で、賑やかで楽しい年末年始を過ごしたようだ。トラ吉に剣太郎君、灰野さんや時蔵さんと一緒に。
二日目の昼頃、僕は実家から大量にもらったお煮しめを持って帰宅した。
柳子にもおすそわけしようと部屋を訪ねたが、留守だった。正子さんちだろうと隣に行ってみたが、彼女はいなかった。
灰野さんと時蔵さんと近所の神社に初詣に行ったよ、と正子さんが教えてくれた。
僕も追いかけようとしたが、まあ待てと無理矢理炬燵に入らされた。
「あなたのおせちはちゃんと残してあるからね」
そう言って、どんどん炬燵の上に食べ物を運んでくる。こうなってはおとなしく全部たいらげるまでは逃げられないのだった。
黒豆をせっせと口に運んでいると、トラ吉が二階から降りて来た。僕の顔を見ると、にゃあにゃあ鳴きながら膝にのってきてくれた。新年のあいさつだろうか。
「剣太郎の部屋が気に入ったらしくて、最近一日中入り浸ってるのよ。意外と気があうみたいよ、あの子と」
剣太郎君はトラ吉をとても可愛がってくれていて、夜も一緒の布団で寝ているらしい。
「よかったなぁ、トラ。ちょっと太った?」
気のせいか、じろっと僕を睨むように見るトラ吉。本当に言葉がわかってるんじゃないだろうか。
「あら、おいしそう」
正子さんにも僕の家のお煮しめをおすそわけをした。
「人の家の手料理って私、好きなのよ。滅多に食べられないじゃない」
そう言って、ヤツガシラをもぐもぐ食べる。
「薄味だけどだしがしっかりきいてておいしいわ。あなたのお母さん、料理上手ね」
正子さんのお煮しめは味がしっかりしていた。彼女の料理は全体的にどれも味が濃いめだ。それはきっと、孫の剣太郎君の口にあうように作られているからだろう。
なんとか三十分でおせちをたいらげると、正子さんの許しを得て家を出た。
歩き出しながらアパートをなんとなく振り返ると、着物姿の女性が二階の廊下に見えた。
柳子? と思ったのは一瞬で、すぐに彼女の母親だと気づいた。
赤や紫が使われた派手な着物姿。本当に華やかなものが好きなようだ。
なんとなく目が離せないでいると、くるりと振り返った苗子さんと目が合った。
「ちょっと、あなた!」
突然大声で声をかけられて、僕はびくっとした。彼女は大きく手招きしている。気づかないふりをして立ち去ることはもうできない感じだ。
僕はおとなしく階段をあがっていって彼女の元に行った。
「こんにちは」
挨拶をして頭を下げると、苗子さんは椿の大きな髪飾りを手で押さえながら、じろりと僕を見た。
「あなた、柳子と付き合ってるのよね」
心臓が止まるほど驚いた。柳子が話したのだろうか?
「前に、柳子があなたの家から出てくるところ見たのよ」
そういうことか。
僕は慌てて背筋を伸ばすと、改めて頭を下げた。
「池間良といいます。柳子さんとお付き合いさせてもらっています」
恐る恐る顔を上げると、彼女は面白くなさそうな顔で僕を見ていた。
「大学生?」
「はい」
「柳子から私のこと聞いてる?」
「少しだけ、聞いています」
「どうせ悪口でしょうけど」
僕は黙りこんだ。確かにいいことは聞いていないから。
「いいわよ、別に。黙って出ていくぐらいだもん、本当に私のことが嫌いなんでしょ」
苗子さんは落ち着かないように半襟を触りながら、ちらちら通りを見ている。柳子が帰ってこないかと気にしているようだ。
「あの子、どこ行ったのか知らない? 夜まで戻らないのかしら」
「初詣に行ったそうです」
「一人で?」
「いえ、知り合いと」
「知り合いって?」
「このアパートに住む女性です。僕らはみんな、よく隣の大家さんの家でご飯をいただいているんです」
苗子さんはまた面白くなさそうな顔で目を細めた。
「そうなの。不思議なことになってるのね」
傍から見れば確かにちょっと不思議なことなのかもしれない。いまはトラ吉も加わったので、もっと僕らが大家さんの家に集まる機会が増えた。
「どうりでうちには寄り付かないはずね。一人暮らしで苦労してるだろうって心配してたけど、そういうわけじゃなさそうね。あの子に伝えてくれる? 私はもうここには来ないから安心してって」
彼女はそう言うと、腕にかけていた紙袋を僕に差し出した。
「これ、あの子が好きな近所の焼き鳥。あの子、昔からこういう庶民的なものが好きなのよ。どうせ私へのあてつけでしょうけど」
僕は紙袋を受け取って中をちらっと見た。中の紙箱からいい匂いがする。
「あの……柳子さんが小さい時、一緒にファミレスに行ったことはありますか?」
何の話? というような顔で苗子さんは僕を見た。
「彼女が前に話したことがあるんです。ファミレスのモーニングをよく食べに行ったって」
苗子さんはじっと僕を見つめた。
大晦日から元旦にかけて。
本当は柳子やトラ吉と新しい年を迎えたかったけど、両親がどうしても帰って来いと言ったので従うことにした。
柳子は正子さんの家で、賑やかで楽しい年末年始を過ごしたようだ。トラ吉に剣太郎君、灰野さんや時蔵さんと一緒に。
二日目の昼頃、僕は実家から大量にもらったお煮しめを持って帰宅した。
柳子にもおすそわけしようと部屋を訪ねたが、留守だった。正子さんちだろうと隣に行ってみたが、彼女はいなかった。
灰野さんと時蔵さんと近所の神社に初詣に行ったよ、と正子さんが教えてくれた。
僕も追いかけようとしたが、まあ待てと無理矢理炬燵に入らされた。
「あなたのおせちはちゃんと残してあるからね」
そう言って、どんどん炬燵の上に食べ物を運んでくる。こうなってはおとなしく全部たいらげるまでは逃げられないのだった。
黒豆をせっせと口に運んでいると、トラ吉が二階から降りて来た。僕の顔を見ると、にゃあにゃあ鳴きながら膝にのってきてくれた。新年のあいさつだろうか。
「剣太郎の部屋が気に入ったらしくて、最近一日中入り浸ってるのよ。意外と気があうみたいよ、あの子と」
剣太郎君はトラ吉をとても可愛がってくれていて、夜も一緒の布団で寝ているらしい。
「よかったなぁ、トラ。ちょっと太った?」
気のせいか、じろっと僕を睨むように見るトラ吉。本当に言葉がわかってるんじゃないだろうか。
「あら、おいしそう」
正子さんにも僕の家のお煮しめをおすそわけをした。
「人の家の手料理って私、好きなのよ。滅多に食べられないじゃない」
そう言って、ヤツガシラをもぐもぐ食べる。
「薄味だけどだしがしっかりきいてておいしいわ。あなたのお母さん、料理上手ね」
正子さんのお煮しめは味がしっかりしていた。彼女の料理は全体的にどれも味が濃いめだ。それはきっと、孫の剣太郎君の口にあうように作られているからだろう。
なんとか三十分でおせちをたいらげると、正子さんの許しを得て家を出た。
歩き出しながらアパートをなんとなく振り返ると、着物姿の女性が二階の廊下に見えた。
柳子? と思ったのは一瞬で、すぐに彼女の母親だと気づいた。
赤や紫が使われた派手な着物姿。本当に華やかなものが好きなようだ。
なんとなく目が離せないでいると、くるりと振り返った苗子さんと目が合った。
「ちょっと、あなた!」
突然大声で声をかけられて、僕はびくっとした。彼女は大きく手招きしている。気づかないふりをして立ち去ることはもうできない感じだ。
僕はおとなしく階段をあがっていって彼女の元に行った。
「こんにちは」
挨拶をして頭を下げると、苗子さんは椿の大きな髪飾りを手で押さえながら、じろりと僕を見た。
「あなた、柳子と付き合ってるのよね」
心臓が止まるほど驚いた。柳子が話したのだろうか?
「前に、柳子があなたの家から出てくるところ見たのよ」
そういうことか。
僕は慌てて背筋を伸ばすと、改めて頭を下げた。
「池間良といいます。柳子さんとお付き合いさせてもらっています」
恐る恐る顔を上げると、彼女は面白くなさそうな顔で僕を見ていた。
「大学生?」
「はい」
「柳子から私のこと聞いてる?」
「少しだけ、聞いています」
「どうせ悪口でしょうけど」
僕は黙りこんだ。確かにいいことは聞いていないから。
「いいわよ、別に。黙って出ていくぐらいだもん、本当に私のことが嫌いなんでしょ」
苗子さんは落ち着かないように半襟を触りながら、ちらちら通りを見ている。柳子が帰ってこないかと気にしているようだ。
「あの子、どこ行ったのか知らない? 夜まで戻らないのかしら」
「初詣に行ったそうです」
「一人で?」
「いえ、知り合いと」
「知り合いって?」
「このアパートに住む女性です。僕らはみんな、よく隣の大家さんの家でご飯をいただいているんです」
苗子さんはまた面白くなさそうな顔で目を細めた。
「そうなの。不思議なことになってるのね」
傍から見れば確かにちょっと不思議なことなのかもしれない。いまはトラ吉も加わったので、もっと僕らが大家さんの家に集まる機会が増えた。
「どうりでうちには寄り付かないはずね。一人暮らしで苦労してるだろうって心配してたけど、そういうわけじゃなさそうね。あの子に伝えてくれる? 私はもうここには来ないから安心してって」
彼女はそう言うと、腕にかけていた紙袋を僕に差し出した。
「これ、あの子が好きな近所の焼き鳥。あの子、昔からこういう庶民的なものが好きなのよ。どうせ私へのあてつけでしょうけど」
僕は紙袋を受け取って中をちらっと見た。中の紙箱からいい匂いがする。
「あの……柳子さんが小さい時、一緒にファミレスに行ったことはありますか?」
何の話? というような顔で苗子さんは僕を見た。
「彼女が前に話したことがあるんです。ファミレスのモーニングをよく食べに行ったって」
苗子さんはじっと僕を見つめた。
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