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6 カオマンガイ am0:30
6 カオマンガイ am0:30(7)
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喜びをかみしめているような拓を見ながら、紅は出ていった紗季のことを思った。
彼女は拓を見捨てたのだろうか。
原因はスマホだけじゃないのだろう。いろんなことの積み重なり。それと、すれ違い。
黙って出ていったのは、それほど拓に腹をたてていたからだろう。
じゃあ昴流は?
誰に腹をたてていたのだろう。
人がいなくなるのには理由がある。
昴流の理由はなんだったんだろう。
なんで私になにも話してくれなかったんだろう。
私はなんで理由をひとつも思いつけないんだろう。
紅はまた悲しくなって、ワインで作った本物のサングリアを飲みたくなった。
さっきまで暗い表情だった拓は、どこか吹っ切れたような笑顔で祭と新潟の話をしている。
話好きな祭は昴流から話を聞き出すのも上手だった。
口数が少ないけれど、昴流は訊かれたことにはきちんと答えた。
彼が梟に来ると、祭は彼を質問攻めにしたものだ。
特に昴流が旅から戻った時はすごかった。
どこへ行き、なにを見て、誰に会い、なにを食べたのか。なにを感じたか。また行きたいか。
昴流が丁寧に言葉を選んで答えるのを横で紅はじっと聞いていた。
昴流の趣味は旅といってもよかった。高校に入ってアルバイトをはじめると、稼いだお金で一人旅をするようになった。
行き場所の決め方はいつも「ふと思い立ったから」だった。
綿密に計画することはない。あそこへ行こう、と思ったらリュックサックに着替えを詰めて次の休みに出かける。そんな感じだった。
気に入った場所を何度も訪れるというよりは、行ったことのない土地に出向くのを好んでいた。
確か新潟にも行った。東北、北海道、関西、四国、九州……。
昴流はいま、旅をしながら居場所を常に変えているのだろうか。それともどこかにとどまり、働きながら暮らしているのだろうか。
「おかわりどう?」
拓に訊かれて、紅は首を横に振りながら考え込んだ。
なにか忘れているような気がする。
昴流と交わした大事な会話。
紗季が拓の願望を冗談と聞き流してしまったように、自分も昴流の大事な言葉を取りこぼしてしまったのではないだろうか。
そういえば、昴流は旅に出る前には必ず行き場所を紅と祭に教えてくれた。
(次はどこへ行くの?)
最後の旅から帰ってきたあと、自分は昴流にそう訊ねたような気がする。
記憶の中の昴流は、それに対してなにか答えている。こちらをまっすぐに見て、口を開いてなにか言った。その顔を思い出すことができる。でも、なんといったのかは思い出せない。確かに聞いたはずなのに。
どうしようもなく喉が渇いて、慌てたように残りのサングリアを紅は飲み干した。
*
翌日の昼休み、拓は会社で紗季からの電話を受けた。
『昨夜はごめんね。黙って出ていって』
最初に彼女は素直に謝った。
「いいよ。僕も悪かったから」
拓も謝った。
二人は同時にほっと息を吐き、笑い声を漏らした。
『しばらく佳奈ちゃんのとこにいようと思うの。土曜に一度家に戻るから、そのときに話せる?』
「うん、僕も話したいことがあるんだ。というより、謝りたいことがある」
紗季は少し黙り込み、それからまたほっとしたような息を漏らした。
『なんか、こうしてちゃんと話すの久しぶりだね。私、最近ずっと苛々してた。でも、拓もだよね。私にずっと苛々してたでしょ』
ごめんと拓は小さく謝った。
「僕が悪いんだよ」
『そうじゃないでしょ。自分が悪いってことで自己完結しないで、ちゃんと私にわかるように話して欲しい。私も思ってること全部話すから。それで決めよう、これからのこと』
拓は彼女が選んだエメラルドグリーンのソファを思い浮かべていた。
あれはたぶん、紗季が新しい部屋に持っていくのだろう。とても大事にしているものだから。そして自分はあの美しいソファを永遠に失うのだ。
「わかった」
返事をしながら、どんな新しいソファを自分は選ぶのだろうと彼は考えていた。
彼女は拓を見捨てたのだろうか。
原因はスマホだけじゃないのだろう。いろんなことの積み重なり。それと、すれ違い。
黙って出ていったのは、それほど拓に腹をたてていたからだろう。
じゃあ昴流は?
誰に腹をたてていたのだろう。
人がいなくなるのには理由がある。
昴流の理由はなんだったんだろう。
なんで私になにも話してくれなかったんだろう。
私はなんで理由をひとつも思いつけないんだろう。
紅はまた悲しくなって、ワインで作った本物のサングリアを飲みたくなった。
さっきまで暗い表情だった拓は、どこか吹っ切れたような笑顔で祭と新潟の話をしている。
話好きな祭は昴流から話を聞き出すのも上手だった。
口数が少ないけれど、昴流は訊かれたことにはきちんと答えた。
彼が梟に来ると、祭は彼を質問攻めにしたものだ。
特に昴流が旅から戻った時はすごかった。
どこへ行き、なにを見て、誰に会い、なにを食べたのか。なにを感じたか。また行きたいか。
昴流が丁寧に言葉を選んで答えるのを横で紅はじっと聞いていた。
昴流の趣味は旅といってもよかった。高校に入ってアルバイトをはじめると、稼いだお金で一人旅をするようになった。
行き場所の決め方はいつも「ふと思い立ったから」だった。
綿密に計画することはない。あそこへ行こう、と思ったらリュックサックに着替えを詰めて次の休みに出かける。そんな感じだった。
気に入った場所を何度も訪れるというよりは、行ったことのない土地に出向くのを好んでいた。
確か新潟にも行った。東北、北海道、関西、四国、九州……。
昴流はいま、旅をしながら居場所を常に変えているのだろうか。それともどこかにとどまり、働きながら暮らしているのだろうか。
「おかわりどう?」
拓に訊かれて、紅は首を横に振りながら考え込んだ。
なにか忘れているような気がする。
昴流と交わした大事な会話。
紗季が拓の願望を冗談と聞き流してしまったように、自分も昴流の大事な言葉を取りこぼしてしまったのではないだろうか。
そういえば、昴流は旅に出る前には必ず行き場所を紅と祭に教えてくれた。
(次はどこへ行くの?)
最後の旅から帰ってきたあと、自分は昴流にそう訊ねたような気がする。
記憶の中の昴流は、それに対してなにか答えている。こちらをまっすぐに見て、口を開いてなにか言った。その顔を思い出すことができる。でも、なんといったのかは思い出せない。確かに聞いたはずなのに。
どうしようもなく喉が渇いて、慌てたように残りのサングリアを紅は飲み干した。
*
翌日の昼休み、拓は会社で紗季からの電話を受けた。
『昨夜はごめんね。黙って出ていって』
最初に彼女は素直に謝った。
「いいよ。僕も悪かったから」
拓も謝った。
二人は同時にほっと息を吐き、笑い声を漏らした。
『しばらく佳奈ちゃんのとこにいようと思うの。土曜に一度家に戻るから、そのときに話せる?』
「うん、僕も話したいことがあるんだ。というより、謝りたいことがある」
紗季は少し黙り込み、それからまたほっとしたような息を漏らした。
『なんか、こうしてちゃんと話すの久しぶりだね。私、最近ずっと苛々してた。でも、拓もだよね。私にずっと苛々してたでしょ』
ごめんと拓は小さく謝った。
「僕が悪いんだよ」
『そうじゃないでしょ。自分が悪いってことで自己完結しないで、ちゃんと私にわかるように話して欲しい。私も思ってること全部話すから。それで決めよう、これからのこと』
拓は彼女が選んだエメラルドグリーンのソファを思い浮かべていた。
あれはたぶん、紗季が新しい部屋に持っていくのだろう。とても大事にしているものだから。そして自分はあの美しいソファを永遠に失うのだ。
「わかった」
返事をしながら、どんな新しいソファを自分は選ぶのだろうと彼は考えていた。
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