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6 カオマンガイ am0:30
6 カオマンガイ am0:30(4)
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十五分もたたないうちに、インターホンが鳴った。
「拓さ~ん」
ドアを開けると、満面笑顔の祭が万歳するように両手を上げて登場した。
「呼んでくれて嬉しいです~」
拓は吹き出した。
「おう。久しぶり」
「こんばんは」
炊飯器を持った紅も祭の後ろから現れる。
「いやいや、まさか拓さんにご注文いただけるとは」
深夜だということを思い出して、拓は慌てて二人を玄関の中に招き入れた。
「お邪魔します。えっと、紗季さんは?」
部屋の奥を覗くように祭が首を伸ばす。
「あ、ちょっと今いない」
「そうなんですか」
拓は二人を左手にあるキッチンに案内した。
「ご注文が一人分だったので、紗季さんお留守なのかな、とは思ったんですけど」
紅がそう言うと、拓は黙って頷いた。
拓は二人が営む喫茶店の常連だ。通いはじめたのは今年のはじめ頃。
落ち着ける店を探していた拓は一目で『梟』を気に入った。
二人はまだ若そうに見えたので、最初はアルバイトかと思った。その後、話をするうちに、祖父を亡くしたことやお店の経営が思わしくないことを知って、応援の気持ちも含めて頻繁に足を運んでいる。
でも、今月に入ってから会うのは今夜がはじめてだった。
「やっと涼しくなってきましたね」
祭は容器に入った鶏もも肉をまんべんなくフォークで刺しはじめた。
炊飯器を開けた紅は、研いで水を加えておいたお米の上に調味料などを入れていく。
「ほんとにね。最近、お客さんの入りはどう?」
「それがありがたいことに、少しずつ増えてきました。先月は赤字からどうにか脱却もできまして」
嬉しそうに紅が答えると、拓はほっとして微笑んだ。このまま梟がなくなってしまうのではと心配していたのだ。
「よかったね。夜食屋の仕事も増えてるの?」
「おかげさまで。利用者の口コミでじわじわ~っと」
祭は鶏もも肉と長ネギの青い部分をお米の上にのせると、早炊きにセットした。
「そっか。順調で安心した」
「心配させてごめんなさい」
苦笑いしながら紅はタレ用の長ネギをみじん切りにしていく。
「カオマンガイって炊飯器で作れるんだね」
意外そうな拓の言葉に、祭はこくこくと頷く。
「ご飯とお肉をいっぺんに調理できて簡単ですよ」
「知らなかったな。これなら家でも気軽に作れるね」
「ナンプラーを買っておくといいですよ」
言いながら紅はタレにナンプラーを加えてかき混ぜる。
「あとは炊き上がりを待つだけです」
三十分ほどかかるというので、拓は二人をリビングに促した。ソファに座らせて、自慢のコーヒーを淹れる。
「なんかすいません。お客さんじゃないのに」
言葉とは裏腹に嬉しそうにソファでくつろぐ祭。紅は苦笑しながらも、出されたコーヒーのいい香りに目を細めた。
「これって、拓さんの会社のコーヒーですか?」
「うん。ちょっと蜂蜜入れといたよ」
「だから甘いんだ。おいしい」
部屋を見まわしていた祭がケージを見つけた。
「なんか動物飼ってるんですか?」
「ハムスターだよ。クルミっていう女の子」
双子はそっとケージを覗きに行ったが、すぐに戻ってきた。寝てました、と小声で報告する。拓はくすっと笑った。
「カオマンガイはお気に入りのお店とかあるんですか?」
祭が訊くと、拓はううんと否定した。
「俺、大学生の時にタイ料理屋でバイトしてたんだよね。そこのカオマンガイがおいしくてさ」
「そうだったんですね。急に食べたくなったんですか?」
そうだね、と拓は静かに笑う。
「ふっと思い出して、せっかくだから注文してみた。普通の料理じゃ面白くないし。でも意外と簡単にできるのわかって肩透かし」
三人は笑った。
「でも、タイ料理屋で働くなんて、ちょっと珍しいですよね。元から好きだったんですか?」
拓が紗季と一緒に選んだマグカップを膝の上に置いた紅が訊ねる。
「全然。大学の友達が紹介してくれたんだ。そこで紗季とも仲良くなった。同じ大学に通ってたけど、それまで話したことなかったから」
「なんか運命的ですね」
「でしょ」
コーヒーを飲みながら祭がじろじろとソファを見る。
「このソファ、すごくいいですね。座り心地もデザインも。二人で選んだんですか?」
「見つけてきたのは紗季だよ。他の家具もほとんどそう」
「趣味いいんですね」
「うん、そういう会社に勤めてるしね」
双子は頷き、紅のほうが訊ねた。
「紗季さん、今日はどちらへ?」
拓は一瞬黙り、双子のきょとんとした顔を見つめた。
「……えっと、実は、さっき黙って出て行っちゃったんだ」
え、と驚いた声を二人は同時にあげた。
「喧嘩でもしたんですか?」
「うん、ちょっとね……」
拓はさっき佳奈と電話で話した時に感じたような、居心地の悪さを覚えた。でも、双子をここに呼んだのは自分だ。
「僕がスマホを持たなくなったせいなんだ」
先月スマホを解約したことを話すと、彼らは驚きの表情を浮かべた。
「連絡がとりずらくてストレスになったみたい」
拓は紅の表情が変わったのに気づいた。とても不安そうだ。
「拓さ~ん」
ドアを開けると、満面笑顔の祭が万歳するように両手を上げて登場した。
「呼んでくれて嬉しいです~」
拓は吹き出した。
「おう。久しぶり」
「こんばんは」
炊飯器を持った紅も祭の後ろから現れる。
「いやいや、まさか拓さんにご注文いただけるとは」
深夜だということを思い出して、拓は慌てて二人を玄関の中に招き入れた。
「お邪魔します。えっと、紗季さんは?」
部屋の奥を覗くように祭が首を伸ばす。
「あ、ちょっと今いない」
「そうなんですか」
拓は二人を左手にあるキッチンに案内した。
「ご注文が一人分だったので、紗季さんお留守なのかな、とは思ったんですけど」
紅がそう言うと、拓は黙って頷いた。
拓は二人が営む喫茶店の常連だ。通いはじめたのは今年のはじめ頃。
落ち着ける店を探していた拓は一目で『梟』を気に入った。
二人はまだ若そうに見えたので、最初はアルバイトかと思った。その後、話をするうちに、祖父を亡くしたことやお店の経営が思わしくないことを知って、応援の気持ちも含めて頻繁に足を運んでいる。
でも、今月に入ってから会うのは今夜がはじめてだった。
「やっと涼しくなってきましたね」
祭は容器に入った鶏もも肉をまんべんなくフォークで刺しはじめた。
炊飯器を開けた紅は、研いで水を加えておいたお米の上に調味料などを入れていく。
「ほんとにね。最近、お客さんの入りはどう?」
「それがありがたいことに、少しずつ増えてきました。先月は赤字からどうにか脱却もできまして」
嬉しそうに紅が答えると、拓はほっとして微笑んだ。このまま梟がなくなってしまうのではと心配していたのだ。
「よかったね。夜食屋の仕事も増えてるの?」
「おかげさまで。利用者の口コミでじわじわ~っと」
祭は鶏もも肉と長ネギの青い部分をお米の上にのせると、早炊きにセットした。
「そっか。順調で安心した」
「心配させてごめんなさい」
苦笑いしながら紅はタレ用の長ネギをみじん切りにしていく。
「カオマンガイって炊飯器で作れるんだね」
意外そうな拓の言葉に、祭はこくこくと頷く。
「ご飯とお肉をいっぺんに調理できて簡単ですよ」
「知らなかったな。これなら家でも気軽に作れるね」
「ナンプラーを買っておくといいですよ」
言いながら紅はタレにナンプラーを加えてかき混ぜる。
「あとは炊き上がりを待つだけです」
三十分ほどかかるというので、拓は二人をリビングに促した。ソファに座らせて、自慢のコーヒーを淹れる。
「なんかすいません。お客さんじゃないのに」
言葉とは裏腹に嬉しそうにソファでくつろぐ祭。紅は苦笑しながらも、出されたコーヒーのいい香りに目を細めた。
「これって、拓さんの会社のコーヒーですか?」
「うん。ちょっと蜂蜜入れといたよ」
「だから甘いんだ。おいしい」
部屋を見まわしていた祭がケージを見つけた。
「なんか動物飼ってるんですか?」
「ハムスターだよ。クルミっていう女の子」
双子はそっとケージを覗きに行ったが、すぐに戻ってきた。寝てました、と小声で報告する。拓はくすっと笑った。
「カオマンガイはお気に入りのお店とかあるんですか?」
祭が訊くと、拓はううんと否定した。
「俺、大学生の時にタイ料理屋でバイトしてたんだよね。そこのカオマンガイがおいしくてさ」
「そうだったんですね。急に食べたくなったんですか?」
そうだね、と拓は静かに笑う。
「ふっと思い出して、せっかくだから注文してみた。普通の料理じゃ面白くないし。でも意外と簡単にできるのわかって肩透かし」
三人は笑った。
「でも、タイ料理屋で働くなんて、ちょっと珍しいですよね。元から好きだったんですか?」
拓が紗季と一緒に選んだマグカップを膝の上に置いた紅が訊ねる。
「全然。大学の友達が紹介してくれたんだ。そこで紗季とも仲良くなった。同じ大学に通ってたけど、それまで話したことなかったから」
「なんか運命的ですね」
「でしょ」
コーヒーを飲みながら祭がじろじろとソファを見る。
「このソファ、すごくいいですね。座り心地もデザインも。二人で選んだんですか?」
「見つけてきたのは紗季だよ。他の家具もほとんどそう」
「趣味いいんですね」
「うん、そういう会社に勤めてるしね」
双子は頷き、紅のほうが訊ねた。
「紗季さん、今日はどちらへ?」
拓は一瞬黙り、双子のきょとんとした顔を見つめた。
「……えっと、実は、さっき黙って出て行っちゃったんだ」
え、と驚いた声を二人は同時にあげた。
「喧嘩でもしたんですか?」
「うん、ちょっとね……」
拓はさっき佳奈と電話で話した時に感じたような、居心地の悪さを覚えた。でも、双子をここに呼んだのは自分だ。
「僕がスマホを持たなくなったせいなんだ」
先月スマホを解約したことを話すと、彼らは驚きの表情を浮かべた。
「連絡がとりずらくてストレスになったみたい」
拓は紅の表情が変わったのに気づいた。とても不安そうだ。
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