夜食屋ふくろう

森園ことり

文字の大きさ
上 下
36 / 51
6 カオマンガイ am0:30

6 カオマンガイ am0:30(4)

しおりを挟む
 十五分もたたないうちに、インターホンが鳴った。

「拓さ~ん」

 ドアを開けると、満面笑顔の祭が万歳するように両手を上げて登場した。

「呼んでくれて嬉しいです~」

 拓は吹き出した。

「おう。久しぶり」
「こんばんは」

 炊飯器を持った紅も祭の後ろから現れる。

「いやいや、まさか拓さんにご注文いただけるとは」

 深夜だということを思い出して、拓は慌てて二人を玄関の中に招き入れた。

「お邪魔します。えっと、紗季さんは?」

 部屋の奥を覗くように祭が首を伸ばす。

「あ、ちょっと今いない」
「そうなんですか」

 拓は二人を左手にあるキッチンに案内した。

「ご注文が一人分だったので、紗季さんお留守なのかな、とは思ったんですけど」

 紅がそう言うと、拓は黙って頷いた。

 拓は二人が営む喫茶店の常連だ。通いはじめたのは今年のはじめ頃。
 落ち着ける店を探していた拓は一目で『梟』を気に入った。
 二人はまだ若そうに見えたので、最初はアルバイトかと思った。その後、話をするうちに、祖父を亡くしたことやお店の経営が思わしくないことを知って、応援の気持ちも含めて頻繁に足を運んでいる。
 でも、今月に入ってから会うのは今夜がはじめてだった。

「やっと涼しくなってきましたね」

 祭は容器に入った鶏もも肉をまんべんなくフォークで刺しはじめた。
 炊飯器を開けた紅は、研いで水を加えておいたお米の上に調味料などを入れていく。

「ほんとにね。最近、お客さんの入りはどう?」
「それがありがたいことに、少しずつ増えてきました。先月は赤字からどうにか脱却もできまして」

 嬉しそうに紅が答えると、拓はほっとして微笑んだ。このまま梟がなくなってしまうのではと心配していたのだ。

「よかったね。夜食屋の仕事も増えてるの?」
「おかげさまで。利用者の口コミでじわじわ~っと」

 祭は鶏もも肉と長ネギの青い部分をお米の上にのせると、早炊きにセットした。

「そっか。順調で安心した」
「心配させてごめんなさい」

 苦笑いしながら紅はタレ用の長ネギをみじん切りにしていく。

「カオマンガイって炊飯器で作れるんだね」

 意外そうな拓の言葉に、祭はこくこくと頷く。

「ご飯とお肉をいっぺんに調理できて簡単ですよ」
「知らなかったな。これなら家でも気軽に作れるね」
「ナンプラーを買っておくといいですよ」

 言いながら紅はタレにナンプラーを加えてかき混ぜる。

「あとは炊き上がりを待つだけです」

 三十分ほどかかるというので、拓は二人をリビングに促した。ソファに座らせて、自慢のコーヒーを淹れる。

「なんかすいません。お客さんじゃないのに」

 言葉とは裏腹に嬉しそうにソファでくつろぐ祭。紅は苦笑しながらも、出されたコーヒーのいい香りに目を細めた。

「これって、拓さんの会社のコーヒーですか?」
「うん。ちょっと蜂蜜入れといたよ」
「だから甘いんだ。おいしい」

 部屋を見まわしていた祭がケージを見つけた。

「なんか動物飼ってるんですか?」
「ハムスターだよ。クルミっていう女の子」

 双子はそっとケージを覗きに行ったが、すぐに戻ってきた。寝てました、と小声で報告する。拓はくすっと笑った。

「カオマンガイはお気に入りのお店とかあるんですか?」

 祭が訊くと、拓はううんと否定した。

「俺、大学生の時にタイ料理屋でバイトしてたんだよね。そこのカオマンガイがおいしくてさ」
「そうだったんですね。急に食べたくなったんですか?」

 そうだね、と拓は静かに笑う。

「ふっと思い出して、せっかくだから注文してみた。普通の料理じゃ面白くないし。でも意外と簡単にできるのわかって肩透かし」

 三人は笑った。

「でも、タイ料理屋で働くなんて、ちょっと珍しいですよね。元から好きだったんですか?」

 拓が紗季と一緒に選んだマグカップを膝の上に置いた紅が訊ねる。

「全然。大学の友達が紹介してくれたんだ。そこで紗季とも仲良くなった。同じ大学に通ってたけど、それまで話したことなかったから」
「なんか運命的ですね」
「でしょ」

 コーヒーを飲みながら祭がじろじろとソファを見る。

「このソファ、すごくいいですね。座り心地もデザインも。二人で選んだんですか?」
「見つけてきたのは紗季だよ。他の家具もほとんどそう」
「趣味いいんですね」
「うん、そういう会社に勤めてるしね」

 双子は頷き、紅のほうが訊ねた。

「紗季さん、今日はどちらへ?」

 拓は一瞬黙り、双子のきょとんとした顔を見つめた。

「……えっと、実は、さっき黙って出て行っちゃったんだ」

 え、と驚いた声を二人は同時にあげた。

「喧嘩でもしたんですか?」
「うん、ちょっとね……」

 拓はさっき佳奈と電話で話した時に感じたような、居心地の悪さを覚えた。でも、双子をここに呼んだのは自分だ。

「僕がスマホを持たなくなったせいなんだ」

 先月スマホを解約したことを話すと、彼らは驚きの表情を浮かべた。

「連絡がとりずらくてストレスになったみたい」

 拓は紅の表情が変わったのに気づいた。とても不安そうだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨
ライト文芸
 ある日、中野美於(なかの みお)というOLが仕事をクビになった。  時間を持て余していて、彼女は高校の頃の友達を探しにいこうと決意した。  彼がメイド喫茶が好きだったということを思い出して、美於(みお)は秋葉原に行く。そこにたどり着くと、一つの店名が彼女の興味を引く。    「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」  そう促されて、美於(みお)はゆめゐ喫茶に行ってみる。しかし、希(のぞみ)というメイドに案内されると、突拍子もないことが起こった。    ーー希は車に轢き殺されたんだ。     その後、ゆめゐ喫茶の店長が希の死体に気づいた。泣きながら、美於(みお)にこう訴える。 「希の跡継ぎになってください」  恩返しに、美於(みお)の願いを叶えてくれるらしい……。  美於は名前を捨てて、希(のぞみ)と名乗る。  失恋した女子高生。    歌い続けたいけどチケットが売れなくなったアイドル。  そして、美於(みお)に会いたいサラリーマン。  その三人の願いが叶う物語。  それに、美於(みお)には大きな願い事があるーー

水曜日のパン屋さん

水瀬さら
ライト文芸
些細なことから不登校になってしまった中学三年生の芽衣。偶然立ち寄った店は水曜日だけ営業しているパン屋さんだった。一人でパンを焼くさくらという女性。その息子で高校生の音羽。それぞれの事情を抱えパンを買いにくるお客さんたち。あたたかな人たちと触れ合い、悩み、励まされ、芽衣は少しずつ前を向いていく。 第2回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日 *『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11,11/15,11/19 *『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 *『いつもあなたの幸せを。』 9/14 *『伝統行事』 8/24 *『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで *『日常のひとこま』は公開終了しました。 7月31日   *『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 *『ある時代の出来事』 6/8   *女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。 *光と影 全1頁。 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和6年1/7 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

伊緒さんの食べものがたり

三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。 伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。 そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。 いっしょに食べると、なんだっておいしい! 『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。 『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。

月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」 寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。 クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。 第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、

からだにおいしい料理店・しんどふじ ~雨のち晴れときどき猫が降るでしょう~

景綱
ライト文芸
人生を揺るがす事件というか事故が起こり死の淵を彷徨い奇跡的に回復し地元の町へ戻って来た淵沢裕。 そこで懐かしい人との再会が。 からだにおいしい料理店『しんどふじ』の店主の箕田安祐美だ。 童顔で中学生みたいだけど大人女子の安祐美と老け顔の裕。 この再会は意味があるのか。 裕の転換期となるのか。 食とはなんなのか。食べるって生きることに繋がる。 『雨のち晴れときどき猫が降るでしょう』 裕の人生はそんな人生に。 ライト文芸大賞エントリーしていますので、気に入ってくれたら投票お願いします。 (=^・^=)

独り日和 ―春夏秋冬―

八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。 彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。 仕事を探す四十代女性。 子供を一人で育てている未亡人。 元ヤクザ。 冬とひょんなことでの出会いから、 繋がる物語です。 春夏秋冬。 数ヶ月の出会いが一生の家族になる。 そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。 *この物語はフィクションです。 実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。 八雲翔

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

処理中です...