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4 ルーローハン am0:03
4 ルーローハン am0:03(3)
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それからどれぐらいたっただろう。
将はラグにからまった髪の毛や食べかすから目をそむけながら身を起こした。
時計を見ると、日付が変わっている。
ミカリの彼氏できた発言を聞いた時はショックだったけれど、自分を笑いものにしていたと知った時のほうが数十倍傷ついた。
(あの子は俺が思ってたような子じゃなかったのか)
いや、ただ単純に迷惑で気持ち悪かったんだろう。
下心見え見えの態度で話しかけられてうざかった。逆の立場だったらどうだ? 純粋にゲームを楽しんでたら、知らねえおっさんに粘着されて。怖いに決まってるだろ。
うああ、と将はクッションに突っ伏して叫んだ。
「俺は悪くないぞ!」
だからって笑いものにするのは違う。Qが腹を立てるぐらいだ。ミカリの陰口はさぞやひどかったんだろう。
うああ、と将はさらにクッションに顔を埋める。
悲しい。恥ずかしい。消えたい。
「うああ……」
コンコン
玄関のドアが叩かれて、飛び上がるほど驚いた。
絶望の声が漏れて、隣の部屋の奴が文句言いにきたんだろう。
「やべえ……」
息をひそめていると、
コンコン
またノックされる。
(俺がいるって完全にばれてる)
「あ、すみません。静かにします……」
ドアに向かってそう謝った。
すると、
「夜食屋ふくろうです」
若い女性の声がそう名乗った。
「え、夜食?」
夜食って、デリバリー? 俺、頼んでないけど。
将は警戒心をあらわにしながらドアをじっと凝視した。
「佐川六郎(さがわろくろう)様からご注文いただきました」
佐川六郎というのはおたまの本名だ。
誕生日にはプレゼントを贈り合う仲なので、名前や住所はお互いに知っている。
「あ、いま開けます……」
途端に警戒心をといた将は玄関のチェーンと鍵を開けに行った。
ドアを開けると、おそろいのエプロンと三角巾をした若い男女が立っている。
お団子頭の男の方は、大きな荷物を肩にかけて、真夜中には似合わないような満面の笑みを浮かべていた。
「こんばんは。小林将(こばやしまさる)様ですか?」
「……はい」
「夜食屋ふくろうと申します。佐川六郎様からご注文いただいたルーローハンを作らせていただきに参りました」
「はあ……は?」
作る?
言い間違いか、と思った次の瞬間、二人は靴を脱いで部屋に上がりこんできた。そのまま台所に直進する。
「ひえ?」
変な声を出して将が慌てると、(紅)というネームプレートをつけた女の子が説明を始めた。
「うちはお客様のご自宅でお料理をお作りするんです」
そんなの知らないしな、と将が困惑していると、彼のスマホが鳴り始めた。
出るとおたまだった。
『届いた? 夜食の差し入れしといたから、しっかり食って元気だせよ』
まじかよ。
それなら事前に一言言えっての。びびるだろうが。
心の中で悪態をつきながらも、心配してくれたおたまの気遣いは嬉しかった。
「いま来たとこ。びびったけど、さんきゅ……。でもなんでルーローハン?」
『ラム、ルーローハンが好きだって言ってたじゃん』
そりゃ言いましたよ。ミカリの気をひきたくて。
こんなことになったいまは、ルーローハンのことは一刻も早く忘れ去りたい。
「てかさ、なんでこの店選んだんだよ。家の台所使いだしたぞ」
途中から小声で話す。だが二人は将を気にせずに、バッグから調理器具などをどんどん出していた。
『へえ、本当に自宅で作ってくれんだ? 面白そうだと思って注文してみたんだけど、あとで感想聞かせて。じゃ』
「え、おい」
おたま、と呼び掛けても既に電話は切れていた。
淡々と作業をすすめる紅と祭をしばらく見守っていた将は、「あの~」と声をかけた。
二人は同時に振り返る。
「料理ってどのぐらいかかるんですか?」
祭がにこっと笑う。
「すぐできますよ。お腹すごく空いてますか?」
「え、いや……」
料理が完成するのをおとなしく待とうと将は決めると、ゲームチェアに腰をおろした。
暗いモニター画面をぼんやりと眺める。
もう十二時を過ぎている。
みんな学校や仕事があるから、普通は十二時から一時までの間にゲームを止める。
Qはあんなに荒ぶっていたし、さすがにもう落ちてるだろう。
ミカリはいるかもしれないが、今日はもう話す気にはなれない。
おたまもそろそろ寝る時間だ。
将はちらっと紅と祭を見た。
小ぶりの鍋を火にかけて、小さなサイコロ状にカットした豚バラ肉を入れている。それを炒め、調味料とゆで卵を入れると煮込みはじめた。
完成までどのぐらいかかるのかわからないが、すぐに食欲をそそる醤油の香りが部屋に充満している。
鍋の中をじっと見つめている女の子はすごく若く見える。
ミカリと同じぐらいかも。
そう思って将は慌てて視線をそらした。もう彼女のことは考えないようにしないと。
ちらっと紅は将を見ると、微笑みながら訊ねた。
「ルーローハンはよくお食べになるんですか?」
「え……」
うろたえながらも将はルーローハンを初めて食べた時のことを思い出した。
*
将はラグにからまった髪の毛や食べかすから目をそむけながら身を起こした。
時計を見ると、日付が変わっている。
ミカリの彼氏できた発言を聞いた時はショックだったけれど、自分を笑いものにしていたと知った時のほうが数十倍傷ついた。
(あの子は俺が思ってたような子じゃなかったのか)
いや、ただ単純に迷惑で気持ち悪かったんだろう。
下心見え見えの態度で話しかけられてうざかった。逆の立場だったらどうだ? 純粋にゲームを楽しんでたら、知らねえおっさんに粘着されて。怖いに決まってるだろ。
うああ、と将はクッションに突っ伏して叫んだ。
「俺は悪くないぞ!」
だからって笑いものにするのは違う。Qが腹を立てるぐらいだ。ミカリの陰口はさぞやひどかったんだろう。
うああ、と将はさらにクッションに顔を埋める。
悲しい。恥ずかしい。消えたい。
「うああ……」
コンコン
玄関のドアが叩かれて、飛び上がるほど驚いた。
絶望の声が漏れて、隣の部屋の奴が文句言いにきたんだろう。
「やべえ……」
息をひそめていると、
コンコン
またノックされる。
(俺がいるって完全にばれてる)
「あ、すみません。静かにします……」
ドアに向かってそう謝った。
すると、
「夜食屋ふくろうです」
若い女性の声がそう名乗った。
「え、夜食?」
夜食って、デリバリー? 俺、頼んでないけど。
将は警戒心をあらわにしながらドアをじっと凝視した。
「佐川六郎(さがわろくろう)様からご注文いただきました」
佐川六郎というのはおたまの本名だ。
誕生日にはプレゼントを贈り合う仲なので、名前や住所はお互いに知っている。
「あ、いま開けます……」
途端に警戒心をといた将は玄関のチェーンと鍵を開けに行った。
ドアを開けると、おそろいのエプロンと三角巾をした若い男女が立っている。
お団子頭の男の方は、大きな荷物を肩にかけて、真夜中には似合わないような満面の笑みを浮かべていた。
「こんばんは。小林将(こばやしまさる)様ですか?」
「……はい」
「夜食屋ふくろうと申します。佐川六郎様からご注文いただいたルーローハンを作らせていただきに参りました」
「はあ……は?」
作る?
言い間違いか、と思った次の瞬間、二人は靴を脱いで部屋に上がりこんできた。そのまま台所に直進する。
「ひえ?」
変な声を出して将が慌てると、(紅)というネームプレートをつけた女の子が説明を始めた。
「うちはお客様のご自宅でお料理をお作りするんです」
そんなの知らないしな、と将が困惑していると、彼のスマホが鳴り始めた。
出るとおたまだった。
『届いた? 夜食の差し入れしといたから、しっかり食って元気だせよ』
まじかよ。
それなら事前に一言言えっての。びびるだろうが。
心の中で悪態をつきながらも、心配してくれたおたまの気遣いは嬉しかった。
「いま来たとこ。びびったけど、さんきゅ……。でもなんでルーローハン?」
『ラム、ルーローハンが好きだって言ってたじゃん』
そりゃ言いましたよ。ミカリの気をひきたくて。
こんなことになったいまは、ルーローハンのことは一刻も早く忘れ去りたい。
「てかさ、なんでこの店選んだんだよ。家の台所使いだしたぞ」
途中から小声で話す。だが二人は将を気にせずに、バッグから調理器具などをどんどん出していた。
『へえ、本当に自宅で作ってくれんだ? 面白そうだと思って注文してみたんだけど、あとで感想聞かせて。じゃ』
「え、おい」
おたま、と呼び掛けても既に電話は切れていた。
淡々と作業をすすめる紅と祭をしばらく見守っていた将は、「あの~」と声をかけた。
二人は同時に振り返る。
「料理ってどのぐらいかかるんですか?」
祭がにこっと笑う。
「すぐできますよ。お腹すごく空いてますか?」
「え、いや……」
料理が完成するのをおとなしく待とうと将は決めると、ゲームチェアに腰をおろした。
暗いモニター画面をぼんやりと眺める。
もう十二時を過ぎている。
みんな学校や仕事があるから、普通は十二時から一時までの間にゲームを止める。
Qはあんなに荒ぶっていたし、さすがにもう落ちてるだろう。
ミカリはいるかもしれないが、今日はもう話す気にはなれない。
おたまもそろそろ寝る時間だ。
将はちらっと紅と祭を見た。
小ぶりの鍋を火にかけて、小さなサイコロ状にカットした豚バラ肉を入れている。それを炒め、調味料とゆで卵を入れると煮込みはじめた。
完成までどのぐらいかかるのかわからないが、すぐに食欲をそそる醤油の香りが部屋に充満している。
鍋の中をじっと見つめている女の子はすごく若く見える。
ミカリと同じぐらいかも。
そう思って将は慌てて視線をそらした。もう彼女のことは考えないようにしないと。
ちらっと紅は将を見ると、微笑みながら訊ねた。
「ルーローハンはよくお食べになるんですか?」
「え……」
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