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2 キャラメルパンケーキ am0:35
2 キャラメルパンケーキ am0:35(3)
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風呂から出たあと、浩平は途方に暮れた。
強い孤独と敗北感を抱いたまま眠ることは難しい。
仕方なくアプリにいる女性たちに片っ端から(いいね)をしていたら、あっという間に十二時を過ぎていた。
夕飯を食べたのはいつもより少し早めの六時ごろ。
その後、おつまみのチーズおかきを食べただけだから、空腹になるのも無理はない。
冷蔵庫にはなにもない。カレーは多めに作ったから食べようと思えば食べられる。でもこんな時間にカレーは重い。
「こんな時間、やってるとこないよな……」
デリバリーのアプリを開いてみる。自分が住む地域は、遅くても夜の十時ぐらいまでしか営業していない。
「コンビニでも行くか……」
諦めながらもマップを開いて飲食店を探すと、『夜食屋ふくろう』という文字が飛び込んできた。
その店のサイトを開くと、(お客様のご自宅で調理いたします)とある。
「自宅? 嘘だろ……」
こんな深夜にうちに来て作ってくれるっていうのか。しかも(なんでもお作りいたします)ともある。
いったいいくらかかるんだろう?
料金設定を確認すると、思ったよりもずっと安かった。普通にお店で注文する料金に、出張料理費用としてプラス千五百円ぐらいかかるとある。破格だ。
「どうしよう……」
いつもの浩平なら注文なんてしない。
使い慣れた店やサービスにしか手を出さないからだ。でも今夜はどうしてもおいしいものを食べたい。できれば甘くて温かいものを。
そうだ。あれを注文してみようか。
恐る恐る注文してみると、すぐに返信メールが返ってきた。
(ご注文ありがとうございます。三十分以内にお伺いいたします。)
ほんとに来るんだ。
浩平はキッチンや玄関、室内の状態をざっと点検した。ソファに丸めてあったパーカーやタオルを慌ててしまう。
そわそわしていると、本当に一時少し前にインターホンが鳴った。
どきどきしながら「はーい」と応答する。
ドアを開けると、思ったより若い男女が笑顔で立っていた。
「こんばんは。夜食屋ふくろうです」
「あ……どうも。入ってください」
「お邪魔します」
紅というネームプレートを胸につけた若い女の子を、浩平はあんまりじろじろ見ないようにした。きもい、と思われるかもしれないから。
祭という背が高い男は面白い髪型をしている。浩平の知り合いにはいないタイプだ。
狭い部屋だから、玄関を上がった二人はすぐにキッチンを見つけた。
「ご注文はキャラメルパンケーキですよね?」
黒い大きなバッグを床におろしながら、祭が訊ねる。
浩平は照れながら「はい」と頷いた。いい年をした男が真夜中にパンケーキなんて、いま考えると恥ずかしい。
「パンケーキ、お好きなんですか?」
「……いえ、でも、突然食べたくなってしまって」
「そういうことってありますよね」
黒いバッグから大きなフライパンを取り出しながら、祭が笑う。
その傍らで、紅はボウルに泡だて器、フライパンがえし、おたまを狭いキッチンに並べていく。
二人の様子を見ながら、浩平は(本当にここで作ってくれるんだ)と驚いていた。ほとんど出来上がっているのを温めて盛り付けるぐらいかな、とも思っていたからだ。
「……あの、料金がすごく安いですよね。驚きました」
いやぁ、と祭が照れ笑いを浮かべる。
「安くないと利用しづらいと思いまして。うちは昼間は喫茶店やってるんですよ」
紅は森のはずれのお店のことを説明した。ついでに自己紹介も簡単にする。
「僕らのお店、本当に潰れかけてて。だから必死です」
明るくそう言う祭に浩平は驚いた。自分が彼らの立場だったらもっと悲観的になっているだろう。
「店の二階に住んでるんですけど、夜になると森からふくろうの声が聞こえてくるんですよ」
「もしかして、お店の名前はそこから?」
「そうみたいです。祖父がつけたんですけどね。喫茶店は漢字一文字の『梟』」
「かっこいいですね」
「でしょ?」
ボウルに卵を割り入れながら紅は、耳をすますように一瞬制止した。
「静かですね。やっぱり住宅街にふくろうはいないんだ」
浩平はくすっと笑った。
「最近はスズメすら見かけなくなりましたよ。カラスはいるんですけど」
不思議と紅相手だと緊張せずに言葉が出てくる。子供といってもいいぐらい年が離れているせいだろうか。
「いつもこんな時間まで起きてるんですか?」
牛乳や砂糖などを加えて泡だて器で混ぜながら、彼女が訊ねる。
「いえ、普段はもっと早く寝ます。今日は特別で……」
双子が言葉の続きを待つように浩平を見る。
一瞬迷ったが、彼は本当のことを話すことにした。
「実はさっきショックなことがあって、眠れなくなっちゃったんです」
双子は作業の手を止めて、心配そうに浩平を見つめた。
「なにがあったんですか?」
深刻な表情の二人を見て、慌てて浩平は手を横に振る。
「いや、たいしたことじゃないんです。僕、婚活アプリをやってるんですけど、そこでやりとりしてた女性にふられちゃって」
二人はきょとんとした。
「大沢さん、婚活してるんですか?」
驚いたような祭の言葉に浩平は苦笑する。
強い孤独と敗北感を抱いたまま眠ることは難しい。
仕方なくアプリにいる女性たちに片っ端から(いいね)をしていたら、あっという間に十二時を過ぎていた。
夕飯を食べたのはいつもより少し早めの六時ごろ。
その後、おつまみのチーズおかきを食べただけだから、空腹になるのも無理はない。
冷蔵庫にはなにもない。カレーは多めに作ったから食べようと思えば食べられる。でもこんな時間にカレーは重い。
「こんな時間、やってるとこないよな……」
デリバリーのアプリを開いてみる。自分が住む地域は、遅くても夜の十時ぐらいまでしか営業していない。
「コンビニでも行くか……」
諦めながらもマップを開いて飲食店を探すと、『夜食屋ふくろう』という文字が飛び込んできた。
その店のサイトを開くと、(お客様のご自宅で調理いたします)とある。
「自宅? 嘘だろ……」
こんな深夜にうちに来て作ってくれるっていうのか。しかも(なんでもお作りいたします)ともある。
いったいいくらかかるんだろう?
料金設定を確認すると、思ったよりもずっと安かった。普通にお店で注文する料金に、出張料理費用としてプラス千五百円ぐらいかかるとある。破格だ。
「どうしよう……」
いつもの浩平なら注文なんてしない。
使い慣れた店やサービスにしか手を出さないからだ。でも今夜はどうしてもおいしいものを食べたい。できれば甘くて温かいものを。
そうだ。あれを注文してみようか。
恐る恐る注文してみると、すぐに返信メールが返ってきた。
(ご注文ありがとうございます。三十分以内にお伺いいたします。)
ほんとに来るんだ。
浩平はキッチンや玄関、室内の状態をざっと点検した。ソファに丸めてあったパーカーやタオルを慌ててしまう。
そわそわしていると、本当に一時少し前にインターホンが鳴った。
どきどきしながら「はーい」と応答する。
ドアを開けると、思ったより若い男女が笑顔で立っていた。
「こんばんは。夜食屋ふくろうです」
「あ……どうも。入ってください」
「お邪魔します」
紅というネームプレートを胸につけた若い女の子を、浩平はあんまりじろじろ見ないようにした。きもい、と思われるかもしれないから。
祭という背が高い男は面白い髪型をしている。浩平の知り合いにはいないタイプだ。
狭い部屋だから、玄関を上がった二人はすぐにキッチンを見つけた。
「ご注文はキャラメルパンケーキですよね?」
黒い大きなバッグを床におろしながら、祭が訊ねる。
浩平は照れながら「はい」と頷いた。いい年をした男が真夜中にパンケーキなんて、いま考えると恥ずかしい。
「パンケーキ、お好きなんですか?」
「……いえ、でも、突然食べたくなってしまって」
「そういうことってありますよね」
黒いバッグから大きなフライパンを取り出しながら、祭が笑う。
その傍らで、紅はボウルに泡だて器、フライパンがえし、おたまを狭いキッチンに並べていく。
二人の様子を見ながら、浩平は(本当にここで作ってくれるんだ)と驚いていた。ほとんど出来上がっているのを温めて盛り付けるぐらいかな、とも思っていたからだ。
「……あの、料金がすごく安いですよね。驚きました」
いやぁ、と祭が照れ笑いを浮かべる。
「安くないと利用しづらいと思いまして。うちは昼間は喫茶店やってるんですよ」
紅は森のはずれのお店のことを説明した。ついでに自己紹介も簡単にする。
「僕らのお店、本当に潰れかけてて。だから必死です」
明るくそう言う祭に浩平は驚いた。自分が彼らの立場だったらもっと悲観的になっているだろう。
「店の二階に住んでるんですけど、夜になると森からふくろうの声が聞こえてくるんですよ」
「もしかして、お店の名前はそこから?」
「そうみたいです。祖父がつけたんですけどね。喫茶店は漢字一文字の『梟』」
「かっこいいですね」
「でしょ?」
ボウルに卵を割り入れながら紅は、耳をすますように一瞬制止した。
「静かですね。やっぱり住宅街にふくろうはいないんだ」
浩平はくすっと笑った。
「最近はスズメすら見かけなくなりましたよ。カラスはいるんですけど」
不思議と紅相手だと緊張せずに言葉が出てくる。子供といってもいいぐらい年が離れているせいだろうか。
「いつもこんな時間まで起きてるんですか?」
牛乳や砂糖などを加えて泡だて器で混ぜながら、彼女が訊ねる。
「いえ、普段はもっと早く寝ます。今日は特別で……」
双子が言葉の続きを待つように浩平を見る。
一瞬迷ったが、彼は本当のことを話すことにした。
「実はさっきショックなことがあって、眠れなくなっちゃったんです」
双子は作業の手を止めて、心配そうに浩平を見つめた。
「なにがあったんですか?」
深刻な表情の二人を見て、慌てて浩平は手を横に振る。
「いや、たいしたことじゃないんです。僕、婚活アプリをやってるんですけど、そこでやりとりしてた女性にふられちゃって」
二人はきょとんとした。
「大沢さん、婚活してるんですか?」
驚いたような祭の言葉に浩平は苦笑する。
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