夜食屋ふくろう

森園ことり

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1 フライドポテト&コーラ am0:10 

1 フライドポテト&コーラ am0:10(5) 

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「万喜、こっち」

 高校二年生のある日、万喜が少し遅れてファストフード店に着くと、幸一の姿しかなかった。

「他の連中、部活やバイトで来れないんだって」

 幸一の説明を聞いて、万喜は焦った。
 二人きりなんてはじめてだ。
 かといって帰るわけにもいかない。嬉しいのと不安なのとで、万喜は震える思いで幸一の向かい側に座った。

「注文これからだよな。いつものでいい?」

 万喜の緊張など知らない幸一は、そう言うと席をたって行ってしまう。
 しばらくして彼は、Mサイズのポテトとコーラをトレイにのせて戻って来た。「ほい」と万喜の前に置く。

「ありがとう……」

 鞄から財布を取り出そうとすると、「いいよいいよ」と幸一は止めた。

「今日はおごったる」

 びっくりしている万喜をよそに、幸一は肘をついて自分のポテトを食べ始める。

「いいの?」
「おう」

 罰ゲームでもないのに幸一が他人におごるのを初めて見た。
 たぶんただの気まぐれで、意味なんかない。
 そう思ったけど、それからしばらくして、今度は幸一から放課後に誘われた。

「一緒に帰んない?」

 びっくりして、万喜は頷くのが精いっぱいだった。

「ポテト食べてく?」

 幸一は寄り道を提案する。

「いいけど……」

 万喜たちは特になにも話さずに、いつものファストフード店に行った。
 店に着くと、「席で待ってて」と彼の鞄を渡された。

 いつもの窓際の席で待っていると、幸一がMサイズのポテトとコーラを二つずつ運んできた。
 万喜は自分の分の代金をテーブルに置いておいたが、幸一はぐいっと彼女の方に押し返した。

「いいって。俺が誘ったんだし」
「でも……」
「おごりたいの」

 幸一の顔が見られないぐらい万喜はどきどきした。
 でもそのあと特に進展はないまま、万喜たちは卒業した。

 再会したのは卒業して一年後の同窓会でだ。
 そのころには万喜も普通に幸一と話せるぐらい成長していた。二人は普通に再会を喜び合い、連絡先を交換し、デートを重ねた。
 付き合い、将来のことを話し合い、結婚。出産。

 月日は流れ、幸一の心はいつしか万喜から離れていった。
 おそらくは万喜のほうも。





 祭が油に凝固剤を入れているのを見ながら、万喜はそっと目頭の涙を拭った。

 本当は気づいていた。
 幸一が浮気する前から、二人はお互いにそっぽを向いていた。

 万喜はいつも苛々。
 仕事と育児と家事でキャパオーバー。
 三十歳を過ぎた頃から体力が落ちて、体調がすぐれない日も増えた。

 精神的にも余裕がなくなり、幸一がしてくれないことばかりが目につく。
 喧嘩をすれば彼は黙ってふいと家を出ていく。
 万喜は子供たちととり残されて、とても情けない気持ちになった。

 不満と怒りが腹の底にたまっていき、喧嘩の仲直りをする気にもなれない。口もきかない日も増えていった。

(私はこんなに一人でがんばってるのに)

 週末に幸一が家にいないと、万喜は正直ほっとしていた。
 それなのに、浮気されていたとわかったら、やっぱり悲しくて苦しくなった。

 最初は幸一のことを愛しているから辛いのだと思った。でも違うみたいだ。
 幸一のことを好きだった高校生の自分に申し訳ない。あのときの恋を汚してしまって。 

「これ、どうぞ」

 顔を上げると、ふくろうの刺繍が入った白いハンカチを紅が差し出していた。
 素直に万喜は受け取って目に押し当てる。

「本当においしかった。ありがとう」

 ポテトもコーラも全部おなかにおさめた。体がぽかぽかと温かい。涙もすぐに引いた。
 時計を見ると、もう二時近くになっている。
 万喜ははっとした。

「ごめんなさい、ゆっくりしちゃって。次のお客さんがいるんでしょ?」

 祭はポケットからスマホを取り出して見たが、残念そうに笑った。

「いえ、ゆっくりしてて大丈夫みたいです」

 三人は同時にぷっと吹き出す。 
 そのあと万喜はあくびをした。

「ベッドに行ったほうがよさそうですよ」

 紅の言葉に万喜は頷く。いまなら眠れそうな気がする。ポテトがおなかにたっぷりとあるから。
 万喜は双子を玄関まで見送り、お礼を言った。

「今度、お店に行きますね」
「お待ちしてます」

 双子は感謝をこめて頭を下げ、にっこりと笑った。

「ご利用ありがとうございました。素敵な朝をお迎えください」

 彼らが帰ると、万喜は歯を磨いてベッドに入った。
 お腹が満たされ、泣いて笑って疲れたのか、なにかを考える間もなく眠りに落ちることができた。




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