夜食屋ふくろう

森園ことり

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1 フライドポテト&コーラ am0:10 

1 フライドポテト&コーラ am0:10(2) 

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 浮気が発覚してから半月。
 毎日、自分の中で考えが変わる。

 これから自分がどうするのか。

 スマホ見たわよ、と詰め寄って相手の出方を見る。
 浮気の証拠を集めてから問いただす。
 子供たちを連れて実家に帰る。
 別居する。
 浮気相手から慰謝料をとる。
 離婚する。
 なにもしない。
 冷静に話し合う。
 夫の謝罪を受け入れて許す。

 どの選択がベストなのか、万喜にはわからない。

 許す。許さない。なかったことにする。
 どれも正しいことじゃないような気がする。

 苦痛なのは、自分が選択しなければいけないということだ。
 過ちをおかしたのは幸一なのに、当人はなにも知らずにのんきに毎日暮らしている。

 彼に選択させる? どうけじめをつけるのか。
 いや、幸一がすることはわかっている。ただ泣いて謝るだけだ。相手とは別れる、ただの遊びだった。自分に都合よく言い訳して、謝り倒す。

 なんて虚しいんだろう。

 わたしは間違えたんだ。
 ここだけは間違えたくなかったのに。

 万喜は壁の時計を見た。もうすぐ夜の十二時。

 幸一は出張でいない。帰りは明日の夜になるとのことだ。
 会社に確認の電話を入れたので、出張が嘘ではないことははっきりしている。

 今夜は子供たちもいない。
 みんな万喜の実家に泊まっている。
 昼間は動物園に連れていってもらったから、疲れてぐっすり眠っていることだろう。

 万喜は数日前から頭痛と耳鳴りがしていたので、一人家に残った。昼間たっぷり寝たせいか、いまはまったく眠くない。

 もうすぐ日付が変わってしまう。
 明日になれば幸一は戻ってくる。子供たちも帰ってくる。

 また日常がはじまり、棚上げした問題は手つかずのまま放置される。
 それでいいんだろうか。よくはない。
 今夜決めてしまおう。

 万喜は息を吐き、キッチンのほうを見た。
 お腹が空いた。
 でも、お菓子やカップ麺の気分ではない。かといってこんな夜中に台所に立ちたくはない。

(少し贅沢しなきゃおかしくなりそう)

 スマホを取り出して、出前をしてくれそうな店を探す。
 このあたりは店が少ないし、この時間だから届けてくれるところはないかもしれない。
 そう思った時に、『夜食屋ふくろう』という店が目にとまった。

  
(なんでもお作りいたします)


 万喜はくすりと笑った。
 おおきく出たもんだ。なんでもって本当だろうか。
 じゃあ、リクエストしてみようか。

 いま食べたいのは……熱々の揚げたてのポテトかな。塩がしっかりきいていて、中はほくほく外はかりっとしている。量は罪悪感を覚えるほどにたっぷり。それと舌がしびれるほど冷たいコーラ。

 万喜は注文をすませると、ソファに横になった。
 考えないと。
 でもいまは空腹だから頭がよくまわらない。
 おいしいポテトを食べたら考えよう。
 万喜は目を閉じた。 

 



 ピンポーン。


 呼び鈴が鳴って万喜はぱっと目を開いた。
 壁時計を見ると、12時40分をさしている。


 ピンポーン。


 確かにうちだ。
 夜食を注文したことを忘れていた万喜は一瞬不安を覚えた。こんな夜の訪問者なんておかしい、と。

「こんばんは。『夜食屋ふくろう』です」

 若い女の子の声が聞こえた。
 夜食屋ふくろう?
 ああ、そうだ。ポテト、注文したんだっけ。

 慌てて起き上がって玄関のテレビモニターを見に行くと、エプロンをした若い男女が立っていた。
 エプロンと三角巾は、月を思わせる黄色味がかったクリーム色だ。おそろいの白いTシャツとデニムパンツを着ている。

「ご注文の商品をお届けにあがりました。川島(かわしま)万喜さまのお宅で間違いはないでしょうか?」
「はい、そうです。ごくろうさま。いま開けますね」

 万喜は慌てて玄関に行くと、チェーンをはずしてドアを開けた。

「ご注文ありがとうございます」

 ボブヘアの女の子とお団子頭の男の子が同時に頭を下げる。
 男の子はお団子ヘアのせいか三角巾をバンダナみたいにして巻いている。

 二人はエプロンにネームプレートをつけていた。
 女の子は(紅)、男の子は(祭)とある。

 祭は肩にかけていた大きな四角いバッグを、どすんと玄関に置いた。
 やけに大きくて重そうなバッグだ、と万喜は思った。ポテトとコーラだけなのに。

「では、お台所、お借りしますね」

 紅はそう言うと、一礼してからスニーカーを脱いで玄関に上がりこむ。

「え?」

 ぎょっとする万喜。
 どういうこと?

「お邪魔します」

 にっと笑った祭も玄関に上がる。

「え、ちょっと……」
「キッチンはどちらですか?」

 廊下を少しすすんだ紅が振り返って訊ねる。

「キッチン?」

 まさか、ポテトを届けてくれるんじゃなくて、うちで作るってこと?

「キッチンなら……奥の部屋ですけど」

 廊下をすすんでいく二人を不安げに見たあと、万喜はスマホで『夜食屋ふくろう』のサイトを確認した。

 (お客様のご自宅で調理いたします)とある。

 出張料理という意味なのか。見落としていた。
 料金は二千円で、深夜料金と考えてもそこまで高額ではないから、自宅で料理してくれるなんて思いもしなかった。

 万喜がキッチンを覗くと、二人はバッグから調理器具を取り出している。
 よくみると二人は顔立ちが似ていた。雰囲気も。

「もしかして、お二人はごきょうだい?」

 おずおずと万喜が訊ねると、二人は顔を上げてにっこりと笑った。

「ええ、双子なんです。祭が兄で私が妹です」
「やっぱり」

 双子だということがわかっただけで、なぜか万喜のなかの警戒心や緊張が若干薄らいだ。キッチンカウンターの椅子に腰をおろして、二人の作業を見守る。
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