夜食屋ふくろう

森園ことり

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1 フライドポテト&コーラ am0:10 

1 フライドポテト&コーラ am0:10(1) 

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 あんなもの、見なければよかった。

「夫や彼氏のスマホを見てもいいことはない」

 よく耳にする言葉だけど、どこか他人事だった。
 スマホで何かを発見したあとどうするのか。
 そこまで考えて見る人はどれぐらいいるんだろう?

 万喜はなにも考えずに見た。そして後悔している。

 夫の幸一(こういち)は高校の同級生だ。
 卒業してから付き合いはじめて、二十五歳で結婚。子宝にも恵まれ、十歳の長男、七歳の次男、四歳の娘がいる。
 三十年ローンで3LDKのマンションも買った。

 幸一は良きパパ、良き夫だと周囲からは思われている。万喜(まき)もそのことを疑ったことはなかった。
 半月前の夜までは。

 帰宅した幸一は会社からの急用で再び家を出ていった。
 十分ほどしてから、彼が玄関にスマホを忘れっていったことに彼女は気づいた。

 さぞ困っているだろうとスマホを手にすると、メッセージの受信を知らせる光が点滅していた。
 ほんのすこしの好奇心からメッセ―ジを開くと、会社の同僚らしき女性からだった。


(土曜日、楽しかったね。また温泉行きたいな。次は泊りで。)


 送信者の宮川詩織(みやがわしおり)という名前に見覚えはなかった。
 でも、(企画課)という部署名がご丁寧についている。
 幸一も企画課だ。

 先週の土曜日、幸一は休日出勤と言って朝早くから出かけた。そういえば今年に入って、やけに残業、休日出勤、出張が多い。

 嫌な予感がして、宮川詩織との過去のメッセージを遡っていくと、浮気を決定づけるやりとりや写真がたくさん出てきた。

「なんで?」

 万喜にはまったく事態が飲み込めなかった。

「なんでなの?」と彼女はつぶやき続けた。





 その三時間後、幸一は帰ってきた。

「勘弁してくれよなぁ。なんで俺ばっかり新人のミスのフォローしなきゃなんないんだよ。あぁ疲れた」

 今年、彼は昇進した。
 最初は本人も喜んでいたけれど、仕事量とプレッシャーは想像以上だったようだ。

「昇進したがらない若いやつの気持ちもわかる」とこぼすようになった。

 子供たちはとっくに寝ていて、万喜は気持ちを静めるために、夫のウイスキーをロックで流し込んでいた。
 それを目にとめた彼が意外そうな表情を浮かべる。

「万喜がウイスキーなんて珍しくない? 俺にもちょうだいよ」

 彼女が返事をしないと、幸一はため息を吐いて自分でお酒をグラスに注いだ。

「阿部っていう中途採用のやつがいるって話しただろ。あいつが全然使えないんだよ。なんでよりによって俺の部署にいるんだか」

 万喜はキッチンカウンターに肘をついてこちらを見ている幸一を睨んだ。

「中途採用だからってなに? 私も中途採用なんだけど馬鹿にしないでくれる?」

 幸一はグラスを手にしたままぽかんとし、それから少し慌てたように言った。

「違う違う、中途採用を馬鹿にしたわけじゃないって。それに万喜はいまのとこもう五年だろ。誰ももう中途採用なんて……」
「言う人いるわよ。いまでも、幸一みたいな人がたまにね」

 新卒で入社した会社は次男を出産したあとで辞めた。産後、体調が優れず、幸一や両親も心配していたので泣く泣く辞めたのだ。
 三人目を妊娠した時は、また仕事を辞めないといけなくなるかもしれないと不安になった。
 でも娘が誕生したあと体調は順調に回復して、予定どおりに復職できた。

 万喜はいまの家族を作りあげるために、文字通り、体をはってきた。
 それなのに、なんで幸一は浮気なんて馬鹿げたことができたんだろう。

 己の性欲を満たすのと引き換えに、妻子を失うことになるかもしれない覚悟はできていたんだろうか。
 そんな覚悟あるはずない。
 この男はなにも考えてなんかいないのだ。

「どうしたの? 生理?」

 幸一はへらっと笑ってそう指摘した。

 確かに今日は生理三日目で貧血がひどい。お腹は痛むし、仕事中は眠気との闘いだった。辛い一日だった。それなのにこのひとは……。

「だったらなに。生理は女がただ苛つくだけのものだと思ってるわけ? いい加減、ちゃんとした知識を身につけたらどう? それでも娘を持つ父親なの?」
「あ、俺、風呂入ってくるわ。汗でべとべと」

 幸一は慌てて逃げだした。

 ほんと死んでほしい。

 夫に対してはじめてそう思った。




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