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第26話 潜入ダイブ
しおりを挟む嶋は通信網を駆け巡っていた。
[《シマー》メインサーバーは、シリコンバレーて言ってたな。]
嶋はシリコンバレーへ向かい、《シマー》メインサーバーは簡単に見つかった。
[何回も来てたんだけどな…。]
嶋は記憶を辿り、この場所には確かに来ていた筈だったが、当時は美保子が潜んでいた時期であり、通信が光によるレーザー通信のみだった為、ケーブルを行き来していた嶋は気付く事が出来ていなかったのだ。
現在は《シマー》コンソールとの通信接続の為、ケーブル通信も接続されていた。
電子世界の暗闇の中、美保子と『アリサ』の攻撃によって、電子のスパークが激しく飛び散っていた。
[まだ入り込めそうにないな…]
嶋は電子スパークを背に、アジア大陸へ向かった。
《シマー》側のナノマシン製造工場を掴むためだ。
《シマー》軍はゴビ砂漠から現れており、しかし衛星写真にはプラントの様な建造物が無かった。
恐らくはゴビ砂漠の地下にプラントがある筈だった。
大まかな座標は『アリサ』が既に計算しており、嶋はその座標近辺の通信網へと進んでいた。
[あった!]
座標周辺の通信網へ入り込むと、電子が特定の方向へと集中して進んでいた。
地上は砂の大地で、人工建造物は存在していない。
そのゴビ砂漠で電子が集中している事が、プラントが存在する証拠だった。
だがプラントにもセキュリティーが設置されており、嶋はプラントに入り込む事が出来ない。
[なんで俺はこんな面倒臭せぇウォール創ったかな…]
プラントのセキュリティーにも、嶋の創り上げたウォールがインストールされていた。
嶋は秋葉原へと戻った。
オフィスでは、夏菜や真一達と一緒に飯塚を筆頭にエンジニア達もSNSの対応にあたっていた。
「社長、お帰りなさい。
SNSの反響が凄いです!防衛軍に加わりたいとの要望が、10000を超えて、まだまだ集まってます!
美保子さんとアリサちゃんを、バーチャル世界で目撃してたと言ったユーザー達も!」
《シマー》発売当初噂になっていた《シマーβ版》の妖精。
まだゲーム間の界が無くなる前、多数のゲームの界を越えて、自由に走り回っていたアリサ。
アリサを目撃したユーザー達は、ゲーム間の界を自由に行き来していた事と、その幼い姿からβ版の妖精と親しみを込めて呼んでいた。
ゲームをプレイするよりも、妖精に会いたいが為だけにログインするユーザーも多数いたのだ。
嶋がアリサを見ると、ゆみと手を繋いだまま少し恥ずかしそうに笑っていた。
ーーー協力を申し出て頂いたユーザー様のIDは、既に私に登録致しております。
登録した協力者様達のアバダーや武具も、ナノマシンにインストールを進めています。
現時点で200万人分近くのナノマシンがストックされ、体幹や運動能力、戦闘経験値を、それぞれ使用される武具に合わせたインストールが完了しているものが、約8000体御座います。
このペースならば、敵到着までに20万人規模の軍勢が整うと思われます。ーーー
《シマー》軍は総勢数百万。日本へ向かってる軍だけですら数十万。
まだまだ数的には不利ではあるが、本物の戦闘経験者の経験値のおかけで、士気や練度の高い、数の不利を覆す程の防衛軍が組織出来そうだった。
「でも、協力してくれる人達は、何処で実体化するんだ?ここじゃ、狭すぎるだろ?」
現時点で8000人のナノマシンが用意出来ていても、全員が同時に秋葉原の地下で実体化は不可能だった。
ーーーインストール完了したナノマシンは、それぞれのユーザー様の座標へ移動を開始しております。
敵の出現予測地域が列島全域に散らばってる以上、こちらもそれぞれのユーザー様が、ホームタウンで実体化するのが最適と思われますので。ーーー
「パーティー組んでる人達も、リアで友達同士とか多いですからね!」
『アリサ』に続けて真一が言い、夏菜達も頷いた。
ーーーところでマスター。敵ナノマシンプラントを発見した様ですが?ーーー
『アリサ』は問い掛けると同時に、ゴビ砂漠の立体地図を、ホログラムで浮かび上がらせた。
嶋はその立体地図上に、《シマー》ナノマシンプラントの座標を入力した。
「ゴビ砂漠ど真ん中!地下40メートル!
核は届かないか?」
『アリサ』の元のメインコンピューターは、地下40メートルにあったが、厚さ10メートルのコンクリートの壁で囲まれていた。
ある程度の威力の核ならば、直撃にすら耐える耐久力があった。
ーーー直撃ならば大ダメージを与える事は可能と思われますが、何重もの迎撃システムが施されているでしょうから、直撃は不可能かと…ーーー
[ゴビ砂漠なら、核を使っても人的被害は無いと思ったんだが…]
「あの…」
嶋が考え込んでいたら、ケンが手をあげた。
「あの、敵は日本に来る奴等だけじゃないんですよね?
なら日本侵攻に組み込まれてない敵は、ログインしたら敵の工場とか拠点で実体化するんじゃないですかね?
なら、こっち側の《シマー》ユーザーも、ログインしたらあっちの拠点で実体化もするんじゃないですか?」
確かにそうだった。
「『アリサ』どうなんだ?」
嶋は声に出して『アリサ』にたずねた。
ーーーこちらでIDを抜かない限り、通常であれば敵側拠点での実体化になると思われます。その場合は敵側のナノマシンでの実体化になってしまいます。
こちらの経験値や運動能力を補完されたナノマシンと違いますので、戦闘になった場合不利かと思われます。ーーー
それに《シマー》側のナノマシンには傷がある。
運動能力補助もなく、傷があるのであれば苛烈な戦闘になった場合に、数の劣る嶋達に不利になる。
「社長、破壊工作なら少数で可能でしょう?
なら俺らが《シマー》でログインしてあっち側に行けば、極力戦闘を避けて破壊工作出来ると思いますが?」
元自衛隊レンジャー徽章の柴田が言った。
だが、《シマー》は事前登録した指紋により、購入者以外のログインは出来ない。特に一度ログインしたコンソールには、生体スキャンデータが記録されており、他人のログインは不可能だった。
こちら側で《シマー》にログイン出来るのは、夏菜達と真一達だけだ。
嶋には、真一達だけを敵地のど真ん中に送り込む決断は出来なかった。
「出来る筈…」
その時美保子が呟いた。
「《シマー》は通常のゲームコンソールと同じで、拡張デバイスを使用すれば4名までのログインが可能になる機能を搭載しています。
拡張デバイスがあれば、購入ユーザーの承認で購入者以外のログインが可能です。
初回は購入者も同時にログインの必要はありますが。」
それが可能ならば、夏菜達と真一達8人に対し、あと24名がログイン可能になる。
だが…
「拡張デバイス持ってないよ…」
全員が拡張デバイスを購入していなかった。
だが、美保子がいた。
「《シマー》を造ったのは私です。
デバイスのデータも私の中にあります。」
真一は急いで《シマー》コンソールを持って来た。
美保子が『アリサ』と接続しようとした時
「アリサちゃん、できゆよ!」
ゆみと遊んでいたアリサが、駆け寄って来た。
みんな一斉にアリサを見た。
「アリサちゃん、出来るって何を?」
夏菜がアリサの目の高さにしゃがんで尋ねた。
「できゆの!」
アリサはそれだけ言って、《シマー》スキャンデバイスを掴んだ。
デバイスはすぐにグリーンのレーザーを発し、室内全員のスキャンを終わらせた。
同時に『アリサ』が
ーーー皆様の生体データが、《シマー》にインストールされました。
皆様全員が自由にログイン可能です。
アリサ様の能力は、私を超えています。ーーー
嶋がアリサを見ると、彼女は両手を腰にあて少し胸を張って立っていた。
その表情は、誇らしげな笑みを浮かべていた。
その誇らしげな表情のアリサに美保子が近付き、頭を優しく撫でた。
嶋はアリサを見つめながら『アリサ』と通信をした。
[『アリサ』お前ならアリサと同じ様に出来るか?]
ーーー可能とは思われますが、アリサ様程の短時間では不可能です。
美保子様にご協力頂いての話にはなりますが。ーーー
『アリサ』からの返答を聞き、続いて美保子に通信をした。
ナノマシン同士であれば、通信機器は必要がない。
[美保子、美保子ならアリサと同じ時間で出来るか?]
[無理です。
この子は…、この子はお腹の中で《リサシテイション》のスキャニングを受けました。
私も理解出来てないのですが、貴方と私の遺伝子を受け継いだこの子が、生まれる前から電子の世界にいた事が関係しているのかも知れません。]
事実そうだった。
IQ200を優に超える嶋と美保子。その2人の遺伝子を受け継いだアリサは、2人のIQをも超えた頭脳の持ち主だった。
加えて人の言語よりも先にコンピュータ言語を覚えたアリサは、今や第6世代コンピューター、ニューロコンピューターへと進化した『アリサ』をも凌駕していた。
ニューロコンピュータとなった『アリサ』の処理スピードは、光の速さに匹敵していたが、アリサの処理スピードは、光の速さの数倍となっていた。
2020年代に、量子の通信速度が光の速さを超えると言われていたが、それは1ビット程度の情報量に限ってであり、それも2ヶ所に同時に1つの素粒子を存在させなければならなかった。
その為には素粒子ビームを使用する必要があり、必要となるエネルギーは太陽を超える程のエネルギーが必要だった。
理論上では光の速さを超える事が出来ても、実際には不可能という事だ。
アリサは無意識領域内で、電子が未来から過去へと流れる特性を利用し、素粒子を過去へと送り込み、未来に存在する同じ素粒子との通信や処理を行なっていた。
空間と時空を超えた通信を行っていたのだった。
アリサはその自覚はないまま、第6世代コンピュータの『アリサ』から更に数世代進化したコンピュータと化していた。
[やはり俺達は存在してはいけない…]
だが『アリサ』は違った。
嶋が、嶋と美保子アリサのデリートを命令しても、『アリサ』は自身の存在イデアにすら逆らい、命令を拒否する決意を固めていた。
ーーー私自身を崩壊させてでも、その命令には従わない!ーーー
「『アリサ』ちゃん、ぎゅ~っしたい!」
嶋すら認識出来ない『アリサ』の思考を読み取ったアリサの急な発言に、嶋達は不思議そうな顔をした。
『アリサ』自身、嶋すらも気付いていなかったが、『アリサ』は既に『人間』
と呼べる存在にまで自我を確立していたのだ。
嶋はすぐに美保子に向き直り
「これで敵地へ乗り込めるのか?
その場合、《シマー》メインサーバーとナノマシンプラント、どっちになる?」
「メインサーバーになると思う。」
「やっぱそうか。実体化はゴビ砂漠になるのか?」
《シマー》のナノマシンプラントは、ゴビ砂漠にある。
「アメリカで出来る筈。私達が実体化する為に造ったプラントがある。
小規模のプラントだけど、アメリカに《シマー》軍が現れた事から、きっとまだあるわ!」
嶋は《シマー》本拠地へ乗り込む人選をした。
嶋の他には古田を筆頭とした、嶋のボディーガード達だけだった。
『だけ』と言っても、ボディーガード達は古田達だけではなく、飯塚達エンジニア達のオフィス所属のボディーガードも含め、総勢24名がいた。
その内8名のボディーガードを残し、嶋を含めた17名での潜入破壊作戦。
「私も行くわ!《シマー》に1番詳しいのは私。
こっちの被害を出さず、最短でメインサーバーを破壊するには私が絶対に必要!」
嶋は軽く頷き、18名での決行が決まった。
たが、真一達が納得しなかった。
「僕達も行きます!僕達は《コザショ》で敵拠点の占領や破壊は何度も経験してます!
敵のナノマシンでも、今の僕達なら役に立てる筈です!」
《コール・ザ・ショット》で世界的なトッププレイヤーの真一達。
《シマー》発売当時では、体術や格闘技術の経験の無さから遅れを取っていたが、難波の開発したトレーニングデバイスや、《シマー》ログインでの実戦トレーニングで、古田達には及ばないものの、《コザショ》内では既にトップクラスに返り咲いていた。
潜入に志願したのは、自信の表れだろう。
だが嶋は許さなかった。
「井上さん達には、こちらに残ってもらいます。
井上さん達や夏菜さん達は、世界的にも名の知れたプレイヤーです。
それに自衛隊との戦闘でも名を知られました。
《シマー》迎撃には、貴方達の顔と名が必要です!
井上さん達、夏菜さん達が円卓の騎士となりジャンヌ・ダルクとなり、日本の迎撃軍の先頭に立ってもらいたいのです。
戦闘で1番重要なのは、軍の士気の高さですよね、柴田さん?」
柴田は亡国に占拠された孤島を、小隊実動部隊10名のみを率いて上陸し、占拠していた敵の分隊を含めた小隊50名を殲滅し、自衛隊本隊到着まで自隊に負傷者を出さずに奪還したレンジャー徽章持ちだった。
だがその戦闘で、柴田自身は命を落としたのだが、嶋によって新しい『命』を与えられていた。
「士気が高ければ、数の不利などひっくり返せます。
ですが指揮官が無能であれば、士気は下がり敗北します。
日本を守り切る為には、無能な自衛隊の指揮官ではなく、井上さん達と夏菜さん達と言う、前線で闘う戦士達のヒーローとヒロインが必要です。」
柴田は真一や夏菜達、1人1人の目を見ながら言った。
「そう言う事です。私達が帰るまで、日本を守って下さい。
『アリサ』すぐ行けるか?」
嶋だけでなく、古田達も既に気迫は満ちていた。
だが真一や夏菜達だけでなく、飯塚達のエンジニア達も、出撃はまだ先と思っていた。
「社長、無茶です!作戦考えましょう!古田さん達だってまだ心の準備が…」
飯塚は慌てて言った。
当然だった。ショッピングや観光に行く訳ではない。戦いに行くのだ。
それも敵の数も分からず、敵地の施設情報もない。敵の本拠地である以上、迎撃準備は整えてる筈だ。
そんな場所へ準備もなく乗り込むのは、作戦でも何でもない。かつての日本軍の行った最悪の愚策、無駄に若い者の命を散らした特攻と同じだった。
自衛隊を離脱したばかりの川中も驚いていた。
ただ、自衛隊で長年任務に着いていた川中には、『上官』にあたる嶋に意見を言う事は、憚られていた。
その意を汲み取ったのか、嶋は川中に向けて
「川中さん、私達は特攻にいくのではありませんよ。
一度で破壊出来るのが最善ではありますが、失敗しても最低限の奴等の情報は得て戻ります。
二度でも三度でも、何度かけてでも成功させる為には、まず一度目がないと出来ません。
本来なら情報を集めてから決行なんでしょうけど、CIAのローウェンすら奴等の情報のカケラも持っていない。
それに世界中の諜報組織も、何の情報も得れていない。
我々がどれ程時間を掛けようとも、手に出来る情報はないでしょう。
ですがこちらには《シマー》を開発した私の妻がいます。
それに、私達は既に死んでいる身です。ここに『アリサ』が存在する以上、消滅する事もありません。」
不死の軍団は、《シマー》軍だけではない。
嶋達も不死の軍団だった。
それを聞いて、全員が納得した様だったが、それでも心配の色は隠せていなかった。
それでも嶋達は少し笑顔を見せ、《シマー》世界へとダイブして行った。
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