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第六章

第三十七話 消えた手がかり

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「まさか、そんなことが┅┅」
 老翁の口から、先ほどあった事件の事を聞いて、俺たちは愕然となった。

「じゃあ、ミズチの魂はその妖魔が持って行っちゃったの?」
「うむ┅┅わしの手落ちじゃ、すまぬ」
「いや、これは俺のミスです。あの場ですぐに奴を消滅させておくべきでした┅┅」

「妖魔はあの者の魂をどうするつもりでしょうか?それに、なぜ、我らの行動を妖魔が知っていたのでしょうか?」

 サクヤの核心を突いた問いかけに、俺たちはうなり声を上げて考え込んだ。

「恐らく┅┅」
 老翁が重苦しい沈黙を破って口を開いた。
「奴は取り憑いた人間の少年の魂に、ミズチカヌシの魂を取り込ませるつもりでしょう。この光の世界で奴らが生きていくためには、よほど強い霊力を持った人間に取り憑かねば
長くは生きられませぬ。少年の霊力が足りないと見た妖魔は、精霊の魂を少年の魂と融合させ、霊力を高めようとしておるのでしょう┅┅
 なぜ、奴らがこちらの動きを知っていたのか、それは分かりませぬ。ですが、恐らくミズチカヌシのそばにはかなり以前から妖魔の監視が付いていたと見るべきでしょう」

「妖魔は東京の中心部でその気配を消しました。これは、やはり結界の中に逃げ込んだと考えるべきでしょうか?」
「うむ、間違いありますまい」

 俺たちは顔を見合わせて真剣な表情で頷き合った。
「まずは、その結界の場所を見つけ出すことね」
「そうだな┅┅ミタケノウチノツカサ様、お願いがあるのですが┅┅」

「おお、何なりと仰せつけ下さりませ」
「ありがとうございます。では、古座竜騎か忌野沙江、どちらかに手伝ってもらいたいのですが、ヌシ様に許可を頂けませんか?」
「うむ、あいわかりもうした。すぐに手配しましょう」

 こうして、俺たちは新たな闇の脅威と向かい合うことになった。
 まずは、東京の中心部近くで消えた妖魔の手がかりを探すことから始めた。

「なるほど┅┅確かに闇の気がわずかに残っているな。ここに結界があったのは間違いないで」
 ヌシ様からの連絡を受けて手伝いに来てくれた古座竜騎が、台座の周囲を調べた後、俺たちの方を向いて言った。
 そこは千代田区にある将門塚。俺とサクヤ、メイリーでようやく探し当てた場所だった。
だが、そこはすでに結界が解かれ、妖魔の手がかりは何も残されていなかった。

「奴らの根城はどこか他の場所にあるってことだな┅┅」
「ああ┅┅慌ててここを引き上げた形跡がある。追われているのに気づいていたんやろな。この中で人間の姿に戻り、急いで結界を解いて人混みの中に紛れ込んだ┅┅」

「でも、闇の気が大きければ、あたしたちが気づくはずじゃない?」
 メイリーの疑問に竜騎も俺とサクヤも考え込んだ。確かに、俺たちはあのとき急に闇の気を感知できなくなって見失ったのだ。

「なぜ闇の気を隠すことができたか、いくつか理由は考えられるけどな┅┅」
「もしかすると┅┅」
 サクヤが何かに思い当たったように、顔を上げた。
「依り代(よりしろ)の巫女がいるのかも┅┅」

「依り代の巫女?」
「はい┅┅わたしもかつて妲己だった頃、宮廷の方術士に正体を見破られないように、一人の巫女をわたしに乗り移らせて、闇の気を隠しておりました。もちろん意識は支配されないように、巫女は安全な場所で眠らせていたのです」

「ああ、そうか、忘れてたわ。確かにその方法があったわね」
「そんな方法があるのか┅┅」
「ふむ┅┅確かに協力者がいると考えた方が自然かもな」

「竜騎が考えたのは、どんな方法なんだ?」
 俺の問いに、竜騎は少し照れくさそうな顔を向けて言った。
「そうやな┅┅例えば、結界を施した服を着るとか、気を感知できない金属で造られた車に乗るとか┅┅みんなSFじみた発想だけどな┅┅あはは┅┅現実的に考えて、サクヤちゃんが言った方法が一番可能性が高いと思うで」

「そうか┅┅となると、ますますやっかいだな┅┅どうするか┅┅」

 俺たちはいったん奥多摩の家に戻って、これからの作戦を練ることにした。
「パパ、お帰りィ」
「おお、麗花ちゃん、ただいまァ」

「お帰りなさいませ」
 奥多摩の家に帰り着いた俺たちを出迎えてくれたのは、竜騎の奥さんと三才になる彼の娘だった。
 竜騎は三年前、十八の時に西表島の守護精霊の娘を妻に迎えた。その結婚式の時は、俺と北海道から沙江もわざわざ祝いに駆けつけた。
 身内だけの極秘の式だったが、ミタケノウチノツカサ翁やミナセなど、知り合いの精霊たち、近辺の島々の精霊たちも大勢集まって、盛大な祝宴が三日三晩続いた。
 この時、竜騎はヌシ様の言伝を預かってきたミタケノウチノツカサ翁から、南太平洋とオセアニア、東南アジアの精霊たちを統括する南津王(なみのつのおう)の称号を得ていた。

「ミナギさん、お留守番をさせてごめんなさいね」
「と、とんでもございません。少しでも皆様のお役に立てればと思いますが┅┅」
 漆黒の黒髪の美しい精霊海凪(ミナギ)は、五百年近く南の島々を守ってきた水の気を操る大精霊だが、性格は謙虚でやや恥ずかしがり屋の可愛い女性だった。

 ミナギが作っていてくれた昼食を食べながら、俺たちはこれからの対策を話し合った。
「確かその妖魔は、十四五才の少年に取り憑いていたということやったな?ということは、その妖魔はどこかの中学に生徒として紛れ込んどるちゅうことや┅┅目的は何やろうな?」

「最終的な目的が、闇のヌシをこの世界に引き入れるということなら、たぶん組織作りでしょうね┅┅」
 つい二年前まで闇の世界の大幹部だったメイリーが、確信ありげに言った。
「┅┅奴らは短期間に一気に侵攻するのは無理だと悟ったのよ。だから、長い時間を掛けて、まず闇の世界の信奉者や協力者を増やそうと考えたに違いないわ。そのためには、組織の中に入って、内部から少しずつ浸食していく┅┅つまり使いやすい奴隷を増やしていき、やがては組織全体を思うままに動かせる軍隊にするってわけよ」

「なるほどな┅┅子供は信じやすいし、法的に保護されているから、干渉も受けにくい┅┅それに、横にも広がりやすいしな┅┅えげつないこと考えるなあ」

「洗脳するってことか┅┅なあ、メイリー、人間に取り憑ける妖魔って、闇の世界にはどれ位いるんだ?」
「ううむ┅┅あたしの知る限りでは、十人もいなかったと思うわ。それだけ、真逆の世界で生きてゆくことは大変なことなんだよ。ただ、闇のヌシがもっと数を増やそうと考えたら、増えるでしょうね。でも、せいぜい二十人がやっとだろうと思うわ。一人増やすだけでも膨大な霊力が必要だからね。闇のヌシ自身の霊力が無くなってしまうのよ」

「そうか┅┅とすると、妖魔が取り憑いた人間を増やすんじゃなく、隷属する人間を増やすってことだな」
「ええ┅┅でも、この世界に妖魔に隷属する人間が増えていけば、闇の気はどんどん大きく増えていきます。そうすれば妖魔は少ない霊力でも生きていけるようになるし、取り憑ける人間の数も増えていきます」

 サクヤの言葉に俺も竜騎もごくりと息を飲み込んだ。
「そいつはまずいな┅┅闇が闇を呼び、雪だるま式に増えていくってことか┅┅そうなる前に、何とか元凶のその少年を始末しないとな」
「うん┅┅でも、さっきの姉さんの話だと、依り代を取り憑かせている可能性が高いんでしょう?そうなると探し出すことが難しいわね」

「いや、手がかりはある┅┅」
 俺の言葉に、皆が一斉に注目する。
「あっ┅┅」
 サクヤが気づいて小さく叫んだ。
「あの男の┅┅」

「そうだ。ミズチカヌシの魂を、奴は自分の中に取り込んだはずだ。あの男の気配なら感知できる可能性がある。それと、何か変なことが起こっている中学、高校を注意して見つけていけば、きっとその内見つかると思う」

「オッケー、じゃあ、それでいきましょう。明日から捜索開始ね」

「竜騎、そんなわけだから、せっかく来てもらったけど、見つけ出すまでにはしばらく時間がかかりそうだ。いったん沖縄に帰ってもらったほうがいいかもしれない」

「うむ、そうやな┅┅でも、まあ、せっかく東京まできたんやし、せめて一週間くらいは捜索に付き合うで。なあ、お前たちもいいだろう?」
 竜騎の言葉に、むしろ妻子は大喜びだった。

「あ、でも、射矢王様方にご迷惑をお掛けするのではありませんか?」
「いやいや、まったくそんなことはありませんよ。むしろ大歓迎です」
「賑やかなのは大好きですから┅┅」
「竜騎パパさんが頑張って、いろんな所に連れて行ってくれると良いね?ねえ、麗花ちゃん、どこか行きたいところある?」
「うん、○○○ランドに行きたい」
「はいはい、せいぜい家族サービスに努めさせていただきますよ」

 奥多摩の静かな山中に賑やかな笑い声が響き渡る。
 竜騎たち一家は、それから一週間俺たちとともに過ごした後、沖縄に帰っていった。

 妖魔に関する手がかりは、それからもまったくつかめないままだった。
俺たちは仕事の合間を縫って、都内の中学、高校近辺を回り、異常な事件やミズチの気配などを探したが、よほど慎重な妖魔なのか、それとも何か俺たちが見落としているものがあるのか、一向に手がかりは見つからなかった。
そして、二年の歳月が過ぎていった。

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