上 下
35 / 45
第六章

第三十五話 笠原紗由美

しおりを挟む
 道行く者が次々に立ち止まって、すれ違った一人の少女を振り返る。それは、彼女がどこへ行っても同じだった。
 かといって、あえて彼女に声を掛けようという者はいない。彼女からは、そんな下心を持つ者を寄せ付けないような一種のオーラのようなものが放たれていた。

「じゃあね、紗由美、また明日」
「うん、また明日」

 友人と手を振って別れた少女は、家までの残り三百メートルほどを一人で帰る。途中の道は田んぼや畑の中を通る田舎道だ。

「ふふ┅┅こんにちは、クレボウさん」
 道すがら、少女はときおり何も無い空間に向かってあいさつをしたり、手を振ったりした。それを端から見た人は、彼女が心の病に冒されていると勘違いするだろう。
 幼い頃、何度かそんな失敗した少女は、今では誰も周囲に見る者がいないときにしか、妖怪や精霊たちに声を掛けないようにしていた。

 少女の名は笠原紗由美。元お役目の父親と精霊の母親から生まれた、能力者だった。

「ただいまあ」
 玄関を入って、紗由美はいつもと違う家の中の雰囲気を感じ取った。
 いつもなら、すぐに玄関で出迎えてくれる祖母の声が無い。そして、見慣れない男性用のショートブーツがきちんと並べられてそこにあった。

「ああ、お帰り、紗由美┅┅」
「ただいま。お客さん?」
 いつも優しい祖母だが、今日は特に何やらひどく嬉しげに微笑みを浮かべていた。
「カバンを置いたら座敷にいらっしゃい。あなたに会いにいらっしゃったのよ」
 祖母はそれだけ言うと、にこにこしながら座敷に戻っていった。

(わたしに会いに┅┅誰だろう?)
 自分の部屋に向かう階段を上りながら、紗由美は思い当たる人物を必死に思い浮かべた。大人の男性で、自分に用があるといえば、真っ先に浮かぶのは学校の先生だった。しかし、特に先生の訪問を受けるような事は何もしていない。他には┅┅。

 結局該当するような人物は思い浮かばないまま、紗由美は座敷に向かった。

「失礼します」
 軽く頭を下げて挨拶してから、胸をどきどきさせながら紗由美は顔を上げた。
 祖母とその向かい側に、まだ若い男がにこやかな顔で彼女を見ていた。

 紗由美は彼を見た瞬間、心臓の鼓動が一気に高鳴るのを感じた。
初めて会う人だった。でも、ずっと前から知っているような懐かしさと、体を包み込むような温かさを感じた。

「こちらは小谷様だよ。東京からわざわざ来て下さったの」
(あ、こ、小谷って┅┅父さんたちが言っていた、い、射矢王様┅┅)

「初めまして、紗由美さん。小谷修一といいます。お父さんの後を継いでお役目の仕事をやっています」

「は、初めまして、え、えっと、笠原紗由美です。お、お目にかかれて、あの┅┅とても、こ、光栄です」

 目の前で赤くなって緊張している少女を見ながら、俺はサクヤを初めて見た時の衝撃を思い出していた。
 髪は透明な細い糸に、黒、茶色、青色を薄く混ぜたような、何とも微妙な色で、光の加減で灰色にも、鳶色にも変化して見える。それが、ふわふわとカールして、白く小さな顔の周囲を覆っていた。
 俺の手の中にすっぽり隠れそうな小さな顔に、半円形の細い眉、長い睫毛に覆われた大きな目、細くつんとつまんだような鼻、小さくふっくらとした桜色の唇が、完璧な配置でで並んでいる。人工的に造ろうとしても、これほど完璧な美少女を造ることはできないだろう。
 この秋に十五才になると聞いていたが、一般の中学三年生の女の子に比べると、随分幼く見える。背丈は普通の女の子と同じか、むしろ高いくらいなので、たぶんその小さな顔と、か細い全体の雰囲気からそう感じるのだろう。

「あのね、紗由美、来年高校に進学するなら、東京の高校はどうかっておっしゃっているんだけど、どう思う?」
 祖母の言葉に、少女はさほど驚いた様子は無く、まだ赤い顔のまま祖母と俺を交互に見ていた。

「あの┅┅死んだ両親から聞かされていました。大きくなったら、射矢王様のお手伝いをするようにと。まだ、何をすれば良いのかも分かりませんけど、東京に行ったら分かるようになるのでしょうか?」

「ああ、ええっと、今回の件について少し説明させてもらえるかな?」
「は、はい」

 俺は少女に、生前の彼女の父笠原冬馬のこと、彼との関わり、そして今の自分の思いをかいつまんで、なるべくわかりやすく説明した。

「┅┅だから、俺の手伝いのことは気にしなくていい。君は君の思うとおりに生きればいいんだ。君のご両親もきっとそれを一番望んでいらっしゃるはずだ。
 ただ、君には他の人にはない能力がある。もし、その能力で悩んだり、どう使えば良いか分からないならば、俺は疑問に答えてやれると思う。
 東京に来てくれるなら、近くで見守ることも出来るし、休みのときなど修行やいろいろな経験もさせてやれる、そんなふうに思ったんだ。ご両親との約束も果たせるしね」

「約束?」
「うん┅┅君のご両親から、君の事を見守っていて欲しいと頼まれたんだ」

 少女は少し目を潤ませて小さく頷いた。そして、しばらく下を向いて考えた後、顔を上げて言った。
「わたし、東京に行きます。よろしくお願いします」

「そうか、分かった。じゃあ、俺の方で何校か適当な高校を選んで資料を送るから、その中から気に入った高校を選んでくれるといいよ。入学試験があるから、しっかり勉強しておくんだぞ。それから、住む場所も探しておくから、何も心配しなくていいからね」
「まあ、まあ、何から何まで本当にありがとうございます。これで、わたしも安心して息子の元に行けますよ」

「もう、おばあちゃんたら、そんなこと言ったら、わたし安心して東京に行けないじゃない」
「ああ、ごめんごめん、大丈夫だよ。まだまだ、紗由美の子供が、今の紗由美ぐらいになるまでは生きているつもりだからね」
「うん┅┅約束だからね」

「少し寂しくなるかもしれませんが、東京からここまで、使霊を使えば十分もかからず来ることが出来ます。いつでも会えますから心配しないでください」
「ええ、どうぞ紗由美をよろしくお願いします」
こうして、笠原冬馬の忘れ形見、紗由美は東京で高校生活を始めることになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

転移先では望みのままに〜神族を助け異世界へ 従魔と歩む異世界生活〜 

荘助
ファンタジー
神からの問いかけは『どんな生き方を望むか』その問いに答え隆也は、その生き方に相応しい能力を貰い転移する。 自由に生きよ!神様から言われた通り、自由に生きる為隆也は能力を生かし望みままに生きていく。

[完結]お一人様の舞踏会には飽き飽きしたので合法的に合コンを開いてみたら、何故だか立場が逆転しました

小葉石
恋愛
 格式高い、王家の風格に貴族の理…表面から見ればそれは煌びやかで荘厳で、人々が羨む様な眩い世界。  しかし、そんな世界に踏み入ってみれば、欲に塗れたあれやこれやが嫌というほどに見えてくる。  バレント国伯爵令嬢メリカは嫌と言うほどそれを現在進行形で体験している。決して自分では望んでいた結末ではないのに、一人きりで舞踏会では壁の花…  もう何度か目のお花役に飽き飽きして来たところで、周囲にも同じ様な壁の花達がチラホラと集まっていのに気がついた。何も物言わぬ花で終わってなるものかと、伯爵令嬢メリカはある行動に出た。  それは、キッパリとお城詣を辞めた事。  法律にかからない程度の範囲で人々の交流場を作る事。  メリカは、結婚やら将来の伴侶やらを求めるつもりはなくてただの交流を持ちたい!と始めたものだけれども…

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...