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63 終戦とタナトスの砦 3

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「お兄ちゃん、いつ村に帰って来るの?」
 ミーナは俺の腕にしがみついて、絶対放さないというふうに力を込めながら問いかけた。

「あ、ああ、そうだな……リュート兄さんの結婚式とミーナの結婚式には帰らないとな」
「あ、リュート兄さんも自警団と一緒に来てるよ」
「はああ?」
 俺は思わず大きな声を上げてしまい、慌てて自分の口を押えた。

「な、なんで兄さんが戦場に来てるんだよ? まともに剣も振ったことないのに」
「ええっと、なんか知らないけど、このままじゃいけないからって……でもね、リュート兄さん、けっこう頑張ってるんだよ」
「……いやいや、死んだらどうするつもりだったんだよ。うちの後継ぎなんだぞ」
 俺が頭を抱えてそうつぶやいたときだった。

「ミーナ~~、どこにいるの~? 夕食の時間だよ~~」
 出入口の方から聞こえてきたその声に、俺は一瞬で背中に冷水を浴びたような恐怖に包まれた。忘れようもないその声は、ライラの声だった。

(うわあ、あいつまでここに来てたのかよ。まずい、退散だ)
「ミーナ、俺はもう行く。これを村に帰ったら父さんたちに渡してくれ。絶対人に見せるなよ。じゃあな」
 俺は、金貨が入った布袋をミーナの手に押し付けて立ち上がった。
「あ、待って、お兄ちゃんっ。手紙、手紙書くから、どこに出せばいいか教えて?」
「んん……俺はあちこちを旅してるからなあ……あ、じゃあ、パルトスの街の《木漏れ日亭》っていう宿屋宛に出してくれ。時々、そこに寄るから」
「分かった、パルトスの《木漏れ日亭》ね。お兄ちゃん……いつか、帰って来てね」
 俺は最後にミーナを抱きしめて、頭を撫でた。
「ああ。じゃあ、元気でな、ミーナ」

「ミーナ~~、どこにいるのよ~~」

 俺は、その声に慌ててその場から離れ、教会の裏へ走った。

「あっ、こんなところにいたの? なんで返事しないのよ」
 俺が消えた先を見つめていたミーナの背後から、ライラが怒ったような口ぶりで近づいて来た。

「あ、ごめんなさい、ライラさん。ちょっと包帯が風で飛んで、探していたの」
 ミーナは兄からもらった布袋を急いでポケットに隠しながら振り返った。
「ふーん。まあ、いいわ。あたしは、一応あんたの警護役なんだから、心配させないでね。さあ、早く行くわよ」
「はい、すみません」
 ミーナは頷くと、もう一度兄が消えた方へ目をやってから、ライラと共に教会の中へ入っていった。

 「ふう、危ない、危ない。さて、とっととここを離れた方がよさそうだな」
 俺は再びスノウの背中に乗って、空高く舞い上がった。

(なあ、ナビさんや。お前、ここに兄さんやミーナがいることを知っていたんだろう?)

『いいえ。そんなことが分かるはずがありません』

(……なんか怪しいな。ここに着いたタイミングも絶妙だったし……もし、お前が神様とつながっているとしたら、可能なんじゃないか?)

『マスター、想像の輪は限りなく広げられますが、あくまで根拠のない推論の積み重ねにすぎません。それより現実をしっかり直視すべきです。ここへ来たことで、マスターには何か不都合がありましたか? 結果として、新たなスキルを二つ獲得し、親しい人たちに不幸が訪れる前に問題を解決できました。ミーナさんにお金を渡すこともできました』

(う、うん、それは感謝している。ここに来られて良かったと思う。まあ、そうだな。仮に俺の想像が当たっているとしても、ナビのことは信頼しているし、どうこう言うつもりもないよ。ただ、お前があまりにも優秀過ぎるからさ、その理由を知りたくなっただけだよ。そう、お前は、俺の前世で発展し始めていたAIという人工知能のネットワークに匹敵、いやそれ以上だと思える……すごいよ)

『……さあ、もうこの話は終わりましょう。それより行く先を決めましょう。どこへ行きますか?』

(ああ、そうだな。もう王都に行く理由も無いし、どこか全く未知の土地がいいな。そうだ、スノウ、お前、どこか面白い場所に心当たりはないか?)

『面白い場所~? うんん……ああ、そうだ、あそこはどうかな~? ご主人様は、遺跡とかに興味ある?』

(遺跡? おお、あるぞ。お宝ザクザクの遺跡は特に興味があるぞ)

『お宝はあるかどうか分からないけど、いろんな種類の魔物が集まって来るから、きっと面白いと思うよ~。探せば、きっとお宝もあるよ~』

(うっ……いろんな種類の魔物って、なんかヤバそうじゃね?)

『何をビビっているのですか? 今こそ鍛錬の時です。行きましょう、マスター』

(お、おう……よし、男だもんな、腹をくくるか。スノウ、その遺跡とやらへ行くぞ)

『やっほ~~、行くよ~、ジャミールの遺跡へ~~』

 ようやく星が瞬き始めた空の上、スノウは南に方向を変えて一気にスピードを上げていった。


♢♢♢

 俺たちがタナトスを去った翌日、戦場だった平原の真ん中で、レブロン、バーンズの二人の辺境伯が会見した。
 バーンズ辺境伯からの停戦の申し入れを、レブロン辺境伯が受け入れたのである。二人は停戦書の内容を確認した後、署名をして停戦書を交換した。停戦の内容は、一応、戦いを仕掛けたバーンズ辺境伯側が街や砦の損害の賠償として、三百万ベルを支払うことで合意がなされた。本来なら領地割譲などの内容が入るところだが、戦いを継続すれば、タナトス砦が陥落する事態も想定されたので、レブロン辺境伯もそこは一歩引かざるを得なかった。
 さらに、今回はあくまでもバーンズ辺境伯の個人的な野望による侵攻ということで、ローダス国への責任追及はしないということになった。これも異例なことだったが、アウグスト国王からレブロン辺境伯へ内密に、ローダス王国の本軍が出て来ない限り、全面的な国同士の戦争は極力回避せよ、という指示が出されていたのである。全面戦争になれば、アウグスト側が不利であるとの判断による苦渋の選択だった。

 停戦が成立した翌日、喜びに沸くタナトスの街にアレス・パルマー伯爵が領軍の騎馬兵三百を率いて入城した。本来なら、ボイド侯爵領には三千の兵士たちがいる。しかし、パルマー伯爵は、領内の騎士だけを招集したのである。それは、先行して戦況を探らせていた密偵からの情報を分析した結果であった。敵の兵力は味方より少ない。魔導士の数は敵が多いが、騎馬隊で一気に攻めれば、容易に敵陣を攻略できるとの判断だった。

「よく来てくれた、伯爵」
「いいえ、なるべく急いだつもりでしたが、間に合いませんでしたね。おケガの具合はいかがですか?」
「ああ、服で隠せる分は問題ないが、頭の方は無理のようだな。髪はもう生えないだろう」

 辺境伯と伯爵は、砦の司令室でお茶を飲みながら歓談していた。

「それにしても、バーンズ辺境伯から停戦を申し入れてきたのは意外でしたね」
「うむ、それなんだがな……考えられることは、ボイド侯爵の件を密偵の報せで知ったからということだ」
「ふむ……知らせが届くのが早すぎる気もしますが、確かにそれが一番考えられることですね」
 パルマー伯爵の言葉に、レブロン辺境伯は頷いた後、少しためらいながら言った。
「……実はな、兵たちの噂ではあるのだが、おかしな現象が戦場で起きたというのだ」

「おかしな現象、ですか?」
「うむ。二日前の戦いのとき、戦場に突然、少年の姿をした魔人が現れ、敵軍を蹴散らして敗走させたというのだ。バーンズ辺境伯が停戦を申し入れてきたのは、その魔人に恐れをなしたからではないか、と……まあ、たぶん兵たちが極限状態で見た幻であろうがな」

 それを聞いたパルマー伯爵は、思わず口に手を当てて声を漏らしそうになるのを抑えた。
「そ、それで、その魔人の少年は、その後どうなったのですか?」

「いや、まったく見た者はいない。あはは……幻なら当然であろうよ」

パルマー伯爵はもう確信していた、その魔人の正体がトーマに違いないと。
(トーマ君、君なんだね。気になる事があるから自分も戦場に行くと言っていたからね。まったく、君の正体は何なのだ? 本当に伝説の魔人なのか? でも、ありがとう。また君のおかげで一つの街と多くの命が救われたよ)

 伯爵は窓の外の青い空に目をやりながら、心の中で謎の少年に感謝するのだった。
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