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59 ちょっと戦場の様子を見てくるよ 1
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食堂で紅茶を飲んでいたのは、アレス様とメリンダさんだった。
「やあ、トーマ君、帰って来たね」
「アレス様! 出歩いて大丈夫なんですか?」
「ああ、やっとごたごたも終止符が打たれたからね。もう、大丈夫だよ」
アレス様はそう言って、初めて見るような心からの笑顔を見せた。
アレス様によると、ボイド侯爵による国家転覆計画の全容が明らかとなり、関係者は全て捕えられ収監されたとのこと。今後、機会を見て国民に公表され、恐らく首謀者のボイド侯爵以下、数人の貴族たち、工作員たちは公開処刑に処されるだろうとのこと。
まあ、それだけのことをしたのだから仕方がないだろう。残された家族たちや使用人たちが可哀そうだが、アレス様によると、第二第三の侯爵が出て来ないように、恨みをなるべく残さない形で処分が下されるらしい。
「……それでだ、ようやく君にお礼ができることになった。と言っても、私にできるお礼は、お金しかないんだがね」
アレス様はそう言うと、メリンダさんに目で合図し、メリンダさんはテーブルの上にかなり重そうな皮袋をドンと置いた。
「二百万ベル入っている。どうか受け取ってくれ」
二、二百万ベル? 円に換算したら二千万円! いくら何でも多すぎだろ?
「そ、そんなにいただけませんよ。そのお金はぜひ、街の人たちのために……」
俺がそう言いだすと、アレス様はさっと手を上げて俺を制した。
「君ならそう言うと思っていたよ。だが、心配しなくていい。これは、私が国王様からいただいた報償金なのだ。ついでに言うと……これはここだけの話なのだがね……」
アレス様はそう前置きすると、顔を近づけながら声を抑えて続けた。
「……私は伯爵位をいただき、侯爵領をそのまま引き継ぐことになった。だから、領民には今まで以上に良い暮らしをしてもらえると思う。いや、必ずそうすると約束する」
おお、それはおめでたい。国王様もなかなか人を見る目があるじゃないか。などと、上から目線で言ってみる。なんにせよ、前よりも良くなることは間違いないね。
「それとな、急なんだが、私はこれから領都ラベスタに行かねばならんのだ。だから、君と会うのもこれが最後になるかもしれない……」
うん、アレス様の目は俺に一緒に来て欲しいと言ってるな。いや、すみませんが、これ以上政治に関わる気はないんで、まあ、そのうちひょっこり会いに行くかもしれませんが。
「そうですか。まだ、戦争が続いていたんですね?」
「あ、ああ、こちらの事件のことはまだ伝わっていないようでね。しかも、向こうのバーンズ辺境伯が、新手の魔導士部隊を投入したらしく、レブロン辺境伯軍が苦戦しているらしい。私は、陛下から領軍を率いてレブロン辺境伯の加勢をするよう命じられたのだ」
「レブロン辺境伯軍には、魔導士はいないんですか?」
「いや、魔導士部隊はある。だが、数的に劣勢なんだ。向こうは交代しながら攻撃魔法を絶え間なく撃って来る。こちらは交代する余裕がないので、防御に追われているらしい……それでな……トーマ君、私と一緒にタナトスへ行ってくれないか?」
俺は少し考えてから、アレス様を見つめて答えた。
「申し訳ありませんが、それはお断りします。これ以上貴族社会に足を踏み入れることは、僕自身のためにも、アレス様のためにも良くないと思うからです。考えてもみてください、どこの誰とも分からない子どもが、アレス様の周りでうろうろして、戦場にまで顔を出したら、周囲はどう思うか。ここまでのことも、僕は少しやり過ぎたと反省しています。ジョンさんやメリンダさんは、きっと快くは思っておられないはずです」
アレス様はがっくりと肩を落とし、メリンダさんは図星だったのか、頬を染めながら目を逸らした。
「そうか……残念だが、確かに君の言う通りかもしれない。分かった、あきらめよう」
アレス様はため息を吐きながら弱々しく微笑んだ。
「ただし……」
俺は、つとめて真面目な顔で続けた。
「……俺が勝ってに動いて、勝手に死ぬ分には、アレス様には何の影響もありません。御一緒することはできませんが、俺も少々気になる事があるので、戦場の様子を見に行きたいと思います。向こうで、もし会うことがあっても、お互い赤の他人のふりでお願いします」
アレス様は、目を見開いてしばらく俺を見つめていたが、やがて我慢できないように吹き出して、さも楽しげに笑いだした。
「あははは……まったく、君という奴は……ああ、分かった。じゃあ、トーマ君、ここでお別れだ。今まで本当に世話になった。ありがとう」
アレス様は立ち上がると、俺に手を差し出した。
「アレス様もどうかお元気で」
俺はその手をしっかりと握って頭を下げた。
「あ、あの、これまでの手助け、感謝いたします。どうぞ、お元気で」
最後にメリンダさんが恥ずかしそうにそう言って頭を下げた。
「はい、メリンダさんも、あまり無茶をしないでアレス様をしっかりお守りしてください」
「い、言われなくても分かっております」
「あはは……じゃあな、トーマ君。またどこかで会えるのを楽しみにしておくよ」
アレス様とメリンダさんは何度か振り返りながら、馬車に乗って去って行った。
♢♢♢
さて、どうしようか。戦争なんて、アニメや漫画で見たくらいで、実際にどんなものかなんて分からない。行ってみたところで、何をすればいいのかも見当がつかない。
『マスター、何も難しく考える必要はありません。要するに集団戦です』
(いや、だからその〈集団〉が問題だろう? 俺は、せいぜい十人くらいの集団としか戦ったことないし、専門の兵士とか騎士とかとは戦ったことがない。誰かの指示で動くのならできるけどさ、突然現れた子供を軍の中に入れてくれるわけないだろう? かといって、一人で千人もの相手の中に突っ込んでいったって、囲まれて袋叩きにされるだけじゃん?)
『そうでもありませんよ。マスター、やってみませんか?』
(は? 何を?)
『マスターと私が組めば、千人だろうが敵ではありません。とにかく行ってみましょう』
(お、おい、何を言い出すんだ? まさか、俺に千人の敵と戦えって言うのか?)
『行って見れば分かります。新しいスキルを獲得する絶好の機会です』
ナビが一体何を考えているのか分からないが、とにかく様子を見に行くことは決めたことだ。ラトス村の連中のことが気になるからな。まあ、助けてやる義理はないが、知り合いが全滅したとか、やっぱり嫌だからな。
そんなわけで、俺は王都の南門を出ると、身体強化を使っていったん近くの森の方へ走り出した。まあ、タナトスまで走って行ってもいいんだが、全力で走ってもなんだかんだで二日以上はかかる。ここは、ずるいけど楽をさせてもらおう。
(スノウ、聞こえるか?)
『あ、ご主人様だぁ、聞こえるよ~』
(元気にしてたか?)
『うん、元気だよ~。どうかしたの?』
(うん、またちょっと運んでもらいたくてな。来れるか?)
『いつでもオッケーだよ~。じゃあ、今からそっちに行くね』
そう、スノウ航空を利用させてもらうのだ。
『ご主人様ぁ~、来たよ~』
早っ! 相変わらず、とんでもないスピードだな。
(スノウ、久しぶり。木漏れ日亭の皆は元気にしてるかい?)
『ご主人様、お久しぶり~。うん、皆元気だよ。ポピィがしばらく元気なかったけど、もうすっかり宿の仕事にも慣れて、人気者になっているよ』
(そうか……良かった。スノウ、あいつのこと頼むな。話し相手になってやってくれ)
『うん、私たち親友だから、大丈夫。心配いらないよ』
(そっか、うん。じゃあ、すまないけど、タナトスまで乗せていってくれ)
『オッケー、乗って乗って。ええっと、タナトスってどっち?』
(東だから、あっちだな。あの山脈の方向だ)
『了解。じゃあ、しっかりつかまっててね。いくよ~』
俺は急いで風をガードする結界を作って、スノウの首の毛につかまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
読んでいただき、ありがとうございます。
皆様の応援が、書き続ける力となります。どうか応援よろしくお願いします。
「やあ、トーマ君、帰って来たね」
「アレス様! 出歩いて大丈夫なんですか?」
「ああ、やっとごたごたも終止符が打たれたからね。もう、大丈夫だよ」
アレス様はそう言って、初めて見るような心からの笑顔を見せた。
アレス様によると、ボイド侯爵による国家転覆計画の全容が明らかとなり、関係者は全て捕えられ収監されたとのこと。今後、機会を見て国民に公表され、恐らく首謀者のボイド侯爵以下、数人の貴族たち、工作員たちは公開処刑に処されるだろうとのこと。
まあ、それだけのことをしたのだから仕方がないだろう。残された家族たちや使用人たちが可哀そうだが、アレス様によると、第二第三の侯爵が出て来ないように、恨みをなるべく残さない形で処分が下されるらしい。
「……それでだ、ようやく君にお礼ができることになった。と言っても、私にできるお礼は、お金しかないんだがね」
アレス様はそう言うと、メリンダさんに目で合図し、メリンダさんはテーブルの上にかなり重そうな皮袋をドンと置いた。
「二百万ベル入っている。どうか受け取ってくれ」
二、二百万ベル? 円に換算したら二千万円! いくら何でも多すぎだろ?
「そ、そんなにいただけませんよ。そのお金はぜひ、街の人たちのために……」
俺がそう言いだすと、アレス様はさっと手を上げて俺を制した。
「君ならそう言うと思っていたよ。だが、心配しなくていい。これは、私が国王様からいただいた報償金なのだ。ついでに言うと……これはここだけの話なのだがね……」
アレス様はそう前置きすると、顔を近づけながら声を抑えて続けた。
「……私は伯爵位をいただき、侯爵領をそのまま引き継ぐことになった。だから、領民には今まで以上に良い暮らしをしてもらえると思う。いや、必ずそうすると約束する」
おお、それはおめでたい。国王様もなかなか人を見る目があるじゃないか。などと、上から目線で言ってみる。なんにせよ、前よりも良くなることは間違いないね。
「それとな、急なんだが、私はこれから領都ラベスタに行かねばならんのだ。だから、君と会うのもこれが最後になるかもしれない……」
うん、アレス様の目は俺に一緒に来て欲しいと言ってるな。いや、すみませんが、これ以上政治に関わる気はないんで、まあ、そのうちひょっこり会いに行くかもしれませんが。
「そうですか。まだ、戦争が続いていたんですね?」
「あ、ああ、こちらの事件のことはまだ伝わっていないようでね。しかも、向こうのバーンズ辺境伯が、新手の魔導士部隊を投入したらしく、レブロン辺境伯軍が苦戦しているらしい。私は、陛下から領軍を率いてレブロン辺境伯の加勢をするよう命じられたのだ」
「レブロン辺境伯軍には、魔導士はいないんですか?」
「いや、魔導士部隊はある。だが、数的に劣勢なんだ。向こうは交代しながら攻撃魔法を絶え間なく撃って来る。こちらは交代する余裕がないので、防御に追われているらしい……それでな……トーマ君、私と一緒にタナトスへ行ってくれないか?」
俺は少し考えてから、アレス様を見つめて答えた。
「申し訳ありませんが、それはお断りします。これ以上貴族社会に足を踏み入れることは、僕自身のためにも、アレス様のためにも良くないと思うからです。考えてもみてください、どこの誰とも分からない子どもが、アレス様の周りでうろうろして、戦場にまで顔を出したら、周囲はどう思うか。ここまでのことも、僕は少しやり過ぎたと反省しています。ジョンさんやメリンダさんは、きっと快くは思っておられないはずです」
アレス様はがっくりと肩を落とし、メリンダさんは図星だったのか、頬を染めながら目を逸らした。
「そうか……残念だが、確かに君の言う通りかもしれない。分かった、あきらめよう」
アレス様はため息を吐きながら弱々しく微笑んだ。
「ただし……」
俺は、つとめて真面目な顔で続けた。
「……俺が勝ってに動いて、勝手に死ぬ分には、アレス様には何の影響もありません。御一緒することはできませんが、俺も少々気になる事があるので、戦場の様子を見に行きたいと思います。向こうで、もし会うことがあっても、お互い赤の他人のふりでお願いします」
アレス様は、目を見開いてしばらく俺を見つめていたが、やがて我慢できないように吹き出して、さも楽しげに笑いだした。
「あははは……まったく、君という奴は……ああ、分かった。じゃあ、トーマ君、ここでお別れだ。今まで本当に世話になった。ありがとう」
アレス様は立ち上がると、俺に手を差し出した。
「アレス様もどうかお元気で」
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「あ、あの、これまでの手助け、感謝いたします。どうぞ、お元気で」
最後にメリンダさんが恥ずかしそうにそう言って頭を下げた。
「はい、メリンダさんも、あまり無茶をしないでアレス様をしっかりお守りしてください」
「い、言われなくても分かっております」
「あはは……じゃあな、トーマ君。またどこかで会えるのを楽しみにしておくよ」
アレス様とメリンダさんは何度か振り返りながら、馬車に乗って去って行った。
♢♢♢
さて、どうしようか。戦争なんて、アニメや漫画で見たくらいで、実際にどんなものかなんて分からない。行ってみたところで、何をすればいいのかも見当がつかない。
『マスター、何も難しく考える必要はありません。要するに集団戦です』
(いや、だからその〈集団〉が問題だろう? 俺は、せいぜい十人くらいの集団としか戦ったことないし、専門の兵士とか騎士とかとは戦ったことがない。誰かの指示で動くのならできるけどさ、突然現れた子供を軍の中に入れてくれるわけないだろう? かといって、一人で千人もの相手の中に突っ込んでいったって、囲まれて袋叩きにされるだけじゃん?)
『そうでもありませんよ。マスター、やってみませんか?』
(は? 何を?)
『マスターと私が組めば、千人だろうが敵ではありません。とにかく行ってみましょう』
(お、おい、何を言い出すんだ? まさか、俺に千人の敵と戦えって言うのか?)
『行って見れば分かります。新しいスキルを獲得する絶好の機会です』
ナビが一体何を考えているのか分からないが、とにかく様子を見に行くことは決めたことだ。ラトス村の連中のことが気になるからな。まあ、助けてやる義理はないが、知り合いが全滅したとか、やっぱり嫌だからな。
そんなわけで、俺は王都の南門を出ると、身体強化を使っていったん近くの森の方へ走り出した。まあ、タナトスまで走って行ってもいいんだが、全力で走ってもなんだかんだで二日以上はかかる。ここは、ずるいけど楽をさせてもらおう。
(スノウ、聞こえるか?)
『あ、ご主人様だぁ、聞こえるよ~』
(元気にしてたか?)
『うん、元気だよ~。どうかしたの?』
(うん、またちょっと運んでもらいたくてな。来れるか?)
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そう、スノウ航空を利用させてもらうのだ。
『ご主人様ぁ~、来たよ~』
早っ! 相変わらず、とんでもないスピードだな。
(スノウ、久しぶり。木漏れ日亭の皆は元気にしてるかい?)
『ご主人様、お久しぶり~。うん、皆元気だよ。ポピィがしばらく元気なかったけど、もうすっかり宿の仕事にも慣れて、人気者になっているよ』
(そうか……良かった。スノウ、あいつのこと頼むな。話し相手になってやってくれ)
『うん、私たち親友だから、大丈夫。心配いらないよ』
(そっか、うん。じゃあ、すまないけど、タナトスまで乗せていってくれ)
『オッケー、乗って乗って。ええっと、タナトスってどっち?』
(東だから、あっちだな。あの山脈の方向だ)
『了解。じゃあ、しっかりつかまっててね。いくよ~』
俺は急いで風をガードする結界を作って、スノウの首の毛につかまった。
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