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55 代官様と王都に行くよ 1
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俺とアレス様が、ギルド長室でジョンさんたちの到着を待っていると、不意に下の方から大きな音と人の喚き声、悲鳴が同時に聞こえてきた。
「っ! 何事だ?」
「どうやら、やはり、こいつの仲間が内部にいたようですね」
「アレス様、こいつを見張っていてくださいますか? ちょっと下に行ってきます」
「うむ、了解した。気を付けてな」
アレス様は腰のロングソードを引き抜くと、しっかりと頷いた。
俺は部屋を出ると、〈身体強化〉を発動して、階下に向かった。
「ふははは……死にたくなかったら、そこをどけ。おい、冒険者ども、俺の手助けをしてくれたら、金をやるぞ」
俺が階段の踊り場まで下りてみると、ロビーで一人の中年男が、声高に叫んでいた。ロビーには、二人の兵士と三人ほどの冒険者が倒れ、他にもケガ人が何人かいた。ラウンジのテーブルや椅子は、まるで竜巻に飛ばされたようにひっくり返って壊れていた。
「ふ、ふざけるなっ! 仲間を傷つけた奴に味方なんかするか」
「金くれるんなら、味方になるぜ。ただし、はした金じゃ許さねえからな」
五人の冒険者たちのうち、二人はジョンさんたちの方へ、三人は男の方へ分かれた。
(受付のお姉さん、間に合わなかったのかな? それとも、ジョンさんたちと一緒に入って来た冒険者か?)
「どかないなら、力づくでどかすまでだ……いと賢き、自由なる風の精霊、汝の大いなる翼を刃に変えて……」
男は、そう言うと、魔法の詠唱を始めた。
(ジョンさん、やるなら今ですよ、何で見てるんですか? ああ、もう……)
俺は、男に向けて無詠唱でウィンドカッターを放った。
「ぐあああっ!」「ぎゃああっ!」
男の側にいた冒険者まで巻き添えに切り刻んでしまった。主に下半身を狙ったから、命に別状はないだろう。ごめんなさい。
「な、何者だ? うぐぐ……風よ、刃となって襲えっ!」
床に倒れた男は、右腕と右腿から血を流しながら、必死の形相で魔法を放った。
まあ、当たってやりたいが、けっこうな威力のウィンドカッターだ。俺は跳躍して魔法を躱し、男の体の上に着地した。
「ぐえっ!」
「ジョンさん、この男の拘束をお願いします」
「あ、ああ、おい、あの男と冒険者を縛り上げろ」
俺と男の魔法の打ち合いを、呆然と見ていたジョンさんは、はっとして部下に命じた。
その男は副ギルド長で、経理主任のリグス・ベクスターという元Aランクパーティの魔法使いだった。ボイド侯爵がどこからか雇ってきてこの街の冒険者ギルドに押し込んだ人物らしい。
「本当に、ありがとうございました。これで、私たちもちゃんとしたギルドの仕事ができます」
受付嬢のシェーラさんや他のギルドの職員たちが、涙ぐんで喜んでいたっけ。
しかし、組織の内部からの浄化って、やっぱり難しいんだろうな。まあ、この世界は前世の世界とは、根本的に社会の仕組みが違うからな。貴族に逆らえば、どんなに正義を訴えても、殺されて終わりだからな。
♢♢♢
「これで、後顧の憂いもなくなった。私は王都にすべてのことを報告に行こうと思う……」
オーエンスとベクスター、それに二人の冒険者を屋敷の地下牢に収監したアレス様は、ようやく晴れ晴れとした表情になってそう言った。
うん、よかった、よかった。真面目な良い代官様は報われるべきだよ。
「……それで、トーマ君にはぜひ王都まで、私の護衛をしてほしい」
「は? いや、護衛はジョンさんやメリンダさんたちがいるじゃないですか?」
「うむ、そのジョンたちが、君を護衛にと進言したんだ。それに、君も王都に行く予定だったのだろう? もちろん、途中の宿代と食事代もこちらが持つよ」
「私はアレス様から留守を預かるように言われているので、一緒に行けない。娘と私兵の四人だけでは心もとなくてな。頼む、どうかアレス様を無事に王都まで護衛してくれ」
あ、いや、分かるけどさ、馬車で行くより走った方が早いし、途中の鍛錬も大切で……まあ、宿代と食事代が浮くのはうれしいんですがね……困ったな。ナビ、どう思う?
『メリットとデメリットの比較ですね。ただし、不確定な要素が多いので正確な判断は難しい所です。一番のデメリットは、せっかく助けたアレス様が、不測の事態で王都にたどり着けない可能性があることですね』
(盗賊とかか?)
『それもありますが、この街に潜入しているのがローダス王国の工作員だけとは限りません。ボイド侯爵はあれだけの不正をやっている人物です。暗殺組織も持っていると考えた方が自然でしょう』
(ああ、確かにあるあるだな。ふむ……しかたない。メリットは行きながら考えるとするか)
俺は心の中で折り合いをつけて、アレス様に頷いた。
「分かりました。王都までの護衛を引き受けます……」
アレス様とジョンさんは嬉し気に笑みを浮かべた。メリンダさんは、うん、微妙だ。
「……ただし、俺のやり方にいろいろ詮索はしないでください」
「うむ、分かった。君がいろいろと秘密を持っていることは分かっている。だが、われわれは君を信頼している。それで十分だ」
こうして、俺はその三日後、アレス様たちと共にブラスタの街を出発し、王都へ向かった。
♢♢♢
ブラスタから王都までは、馬車で二日の距離だ。一日目は二時間ごとに休憩を挟みながら、ボルドスという街を過ぎた街道の脇で野営することになった。
なぜ街に入らなかったかというと、街には当然冒険者ギルドがあり、ボイド侯爵領内の冒険者ギルドは侯爵の息が掛かった職員が入り込んでいる可能性が高いと判断したからだ。オーエンスからの連絡が途切れ、新しいギルドマスターに替わったことを侯爵が知るのは時間の問題だ。何らかの手は打ってくるだろう。
「今夜は、俺が皆さんにご馳走しますよ」
野営用のテントを張り終わったところで、夕食の準備が始まった。
俺は、石を積んで丸い囲炉裏を作ると、そこに枯れ枝を入れて火を点けた。
そして、リュックの中から(本当は〈ルーム〉の中からだけど)、四日前市場で買ったバルホースを切り身にして燻製にしたものを取り出した。この三日の間森に籠り、解体して塩水につけた後、、じっくりと煙でいぶしたものだ。
大きな鍋をかまどに掛け、水を入れる。市場で見つけた、にんじん、キノコ、ジャガイモ、芽キャベツ、カボチャを適当に切って鍋に入れしばらく待つ。野菜がある程度軟らかくなったところで、バルホースの燻製切り身を入れる。後は十五分ほど煮込めばオーケーだ。
「お、美味そうな匂いだな」
「魚のスープです。お口に合うか分かりませんが」
「いや、野営で温かいスープを飲めるだけでありがたい。パンと干し肉はこちらで用意しよう」
日が落ちて、たき火の炎が明るく感じられる。空にはこの世界の大小二つの月が重なるようにして輝きを増し、夜の世界での存在感を増し始めた。
たき火を囲んで座った面々は、俺が作ったスープを絶賛して美味しそうに食べてくれた。
やや塩気が強かったが、魚と野菜のうまみが溶け合って満足できる味だった。
「ご苦労様です」
俺は残ったスープの鍋を抱えて二台並んだ馬車に向かった。その後ろの馬車の前に立っていた二人の兵士に、スープをふるまった。
「残ったスープを中の奴らにもやっていいですか?」
「こんな美味いスープ、あんな連中にはもったいないが……アレス様のご指示かい?」
俺が頷くと、二人は苦笑しながら、俺を荷台へ案内した。
荷台には頑丈な鉄の檻が載せられ、その中に四人の工作員とギルマスのオーエンが手足を拘束されて入れられていた。工作員の内の一人は、〈鑑定〉のスキルを持ったギルド職員から、「魔法が使える」と判定された。そういう理由で、連れて来られなかった。確かに、むやみに魔法を使われたら危険この上もない。
ひどい悪臭がこもった荷台の中で、五人の囚人たちは、まるで獣のような目で俺たちを睨みつけていた。
「っ! 何事だ?」
「どうやら、やはり、こいつの仲間が内部にいたようですね」
「アレス様、こいつを見張っていてくださいますか? ちょっと下に行ってきます」
「うむ、了解した。気を付けてな」
アレス様は腰のロングソードを引き抜くと、しっかりと頷いた。
俺は部屋を出ると、〈身体強化〉を発動して、階下に向かった。
「ふははは……死にたくなかったら、そこをどけ。おい、冒険者ども、俺の手助けをしてくれたら、金をやるぞ」
俺が階段の踊り場まで下りてみると、ロビーで一人の中年男が、声高に叫んでいた。ロビーには、二人の兵士と三人ほどの冒険者が倒れ、他にもケガ人が何人かいた。ラウンジのテーブルや椅子は、まるで竜巻に飛ばされたようにひっくり返って壊れていた。
「ふ、ふざけるなっ! 仲間を傷つけた奴に味方なんかするか」
「金くれるんなら、味方になるぜ。ただし、はした金じゃ許さねえからな」
五人の冒険者たちのうち、二人はジョンさんたちの方へ、三人は男の方へ分かれた。
(受付のお姉さん、間に合わなかったのかな? それとも、ジョンさんたちと一緒に入って来た冒険者か?)
「どかないなら、力づくでどかすまでだ……いと賢き、自由なる風の精霊、汝の大いなる翼を刃に変えて……」
男は、そう言うと、魔法の詠唱を始めた。
(ジョンさん、やるなら今ですよ、何で見てるんですか? ああ、もう……)
俺は、男に向けて無詠唱でウィンドカッターを放った。
「ぐあああっ!」「ぎゃああっ!」
男の側にいた冒険者まで巻き添えに切り刻んでしまった。主に下半身を狙ったから、命に別状はないだろう。ごめんなさい。
「な、何者だ? うぐぐ……風よ、刃となって襲えっ!」
床に倒れた男は、右腕と右腿から血を流しながら、必死の形相で魔法を放った。
まあ、当たってやりたいが、けっこうな威力のウィンドカッターだ。俺は跳躍して魔法を躱し、男の体の上に着地した。
「ぐえっ!」
「ジョンさん、この男の拘束をお願いします」
「あ、ああ、おい、あの男と冒険者を縛り上げろ」
俺と男の魔法の打ち合いを、呆然と見ていたジョンさんは、はっとして部下に命じた。
その男は副ギルド長で、経理主任のリグス・ベクスターという元Aランクパーティの魔法使いだった。ボイド侯爵がどこからか雇ってきてこの街の冒険者ギルドに押し込んだ人物らしい。
「本当に、ありがとうございました。これで、私たちもちゃんとしたギルドの仕事ができます」
受付嬢のシェーラさんや他のギルドの職員たちが、涙ぐんで喜んでいたっけ。
しかし、組織の内部からの浄化って、やっぱり難しいんだろうな。まあ、この世界は前世の世界とは、根本的に社会の仕組みが違うからな。貴族に逆らえば、どんなに正義を訴えても、殺されて終わりだからな。
♢♢♢
「これで、後顧の憂いもなくなった。私は王都にすべてのことを報告に行こうと思う……」
オーエンスとベクスター、それに二人の冒険者を屋敷の地下牢に収監したアレス様は、ようやく晴れ晴れとした表情になってそう言った。
うん、よかった、よかった。真面目な良い代官様は報われるべきだよ。
「……それで、トーマ君にはぜひ王都まで、私の護衛をしてほしい」
「は? いや、護衛はジョンさんやメリンダさんたちがいるじゃないですか?」
「うむ、そのジョンたちが、君を護衛にと進言したんだ。それに、君も王都に行く予定だったのだろう? もちろん、途中の宿代と食事代もこちらが持つよ」
「私はアレス様から留守を預かるように言われているので、一緒に行けない。娘と私兵の四人だけでは心もとなくてな。頼む、どうかアレス様を無事に王都まで護衛してくれ」
あ、いや、分かるけどさ、馬車で行くより走った方が早いし、途中の鍛錬も大切で……まあ、宿代と食事代が浮くのはうれしいんですがね……困ったな。ナビ、どう思う?
『メリットとデメリットの比較ですね。ただし、不確定な要素が多いので正確な判断は難しい所です。一番のデメリットは、せっかく助けたアレス様が、不測の事態で王都にたどり着けない可能性があることですね』
(盗賊とかか?)
『それもありますが、この街に潜入しているのがローダス王国の工作員だけとは限りません。ボイド侯爵はあれだけの不正をやっている人物です。暗殺組織も持っていると考えた方が自然でしょう』
(ああ、確かにあるあるだな。ふむ……しかたない。メリットは行きながら考えるとするか)
俺は心の中で折り合いをつけて、アレス様に頷いた。
「分かりました。王都までの護衛を引き受けます……」
アレス様とジョンさんは嬉し気に笑みを浮かべた。メリンダさんは、うん、微妙だ。
「……ただし、俺のやり方にいろいろ詮索はしないでください」
「うむ、分かった。君がいろいろと秘密を持っていることは分かっている。だが、われわれは君を信頼している。それで十分だ」
こうして、俺はその三日後、アレス様たちと共にブラスタの街を出発し、王都へ向かった。
♢♢♢
ブラスタから王都までは、馬車で二日の距離だ。一日目は二時間ごとに休憩を挟みながら、ボルドスという街を過ぎた街道の脇で野営することになった。
なぜ街に入らなかったかというと、街には当然冒険者ギルドがあり、ボイド侯爵領内の冒険者ギルドは侯爵の息が掛かった職員が入り込んでいる可能性が高いと判断したからだ。オーエンスからの連絡が途切れ、新しいギルドマスターに替わったことを侯爵が知るのは時間の問題だ。何らかの手は打ってくるだろう。
「今夜は、俺が皆さんにご馳走しますよ」
野営用のテントを張り終わったところで、夕食の準備が始まった。
俺は、石を積んで丸い囲炉裏を作ると、そこに枯れ枝を入れて火を点けた。
そして、リュックの中から(本当は〈ルーム〉の中からだけど)、四日前市場で買ったバルホースを切り身にして燻製にしたものを取り出した。この三日の間森に籠り、解体して塩水につけた後、、じっくりと煙でいぶしたものだ。
大きな鍋をかまどに掛け、水を入れる。市場で見つけた、にんじん、キノコ、ジャガイモ、芽キャベツ、カボチャを適当に切って鍋に入れしばらく待つ。野菜がある程度軟らかくなったところで、バルホースの燻製切り身を入れる。後は十五分ほど煮込めばオーケーだ。
「お、美味そうな匂いだな」
「魚のスープです。お口に合うか分かりませんが」
「いや、野営で温かいスープを飲めるだけでありがたい。パンと干し肉はこちらで用意しよう」
日が落ちて、たき火の炎が明るく感じられる。空にはこの世界の大小二つの月が重なるようにして輝きを増し、夜の世界での存在感を増し始めた。
たき火を囲んで座った面々は、俺が作ったスープを絶賛して美味しそうに食べてくれた。
やや塩気が強かったが、魚と野菜のうまみが溶け合って満足できる味だった。
「ご苦労様です」
俺は残ったスープの鍋を抱えて二台並んだ馬車に向かった。その後ろの馬車の前に立っていた二人の兵士に、スープをふるまった。
「残ったスープを中の奴らにもやっていいですか?」
「こんな美味いスープ、あんな連中にはもったいないが……アレス様のご指示かい?」
俺が頷くと、二人は苦笑しながら、俺を荷台へ案内した。
荷台には頑丈な鉄の檻が載せられ、その中に四人の工作員とギルマスのオーエンが手足を拘束されて入れられていた。工作員の内の一人は、〈鑑定〉のスキルを持ったギルド職員から、「魔法が使える」と判定された。そういう理由で、連れて来られなかった。確かに、むやみに魔法を使われたら危険この上もない。
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