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45 戦い済んで夜が明けて

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 俺がポピィやライナス様に追いついたときには、すでにボラッド商会の中で激しい乱闘が繰り広げられている最中だった。

 途中の地下室には、八人の見張りの男たちの死体と、逃げようとして殺されたのか、二人ほど作業員の男性の死体が転がっていた。残りの働いていた者たちは皆、牢屋の中に入れられていた。

 俺はまだわき腹を刺された痛みが残っていたので、無理はせず、ライナス様の側で彼の防御役に専念していた。

 路地裏で待機していた、ダルトンさんたちは、裏口が開かれるのと同時に駆け込み、ライナス様たちと合流した。そして、地下道を含む出入り口三か所に三人ずつ配置すると、残りの十一人で先導して、次々に部屋を襲ったのである。
 当然、物音に気付いた男たちが、手近にあった武器を持って襲い掛かって来た。だが、ここにいる手下たちのステータスやスキルは調査済みだ。ダルトンさんたちでも十分に制圧できるレベルだ。

 ライナス様も、さすがに貴族の息子だけあって剣術の腕はかなりのものだ。だが、何と言っても圧巻だったのは、ポピィだ。
 ポピィは、俺が無事な姿を見せると、安心したような喜びの笑顔を見せた。そして、その後は、縦横無尽に駆け回り、男たちの手足や首筋を斬りまくった。ダルトンさんやライナス様の目には驚きと共に、頼もしい姿に映ったに違いない。

 しかし、俺はそんなポピィの活躍を見ながら、不安な予感を感じずにはいられなかった。アンジェリカを殺した(と本人は思い込んでいる)ことで、何か吹き切れたように、気配を消して容赦なく男たちを血祭りにあげている姿は、まさにアサシンの面目躍如といったところだ。だが、言い換えれば、それはポピィが《闇属性》に大きく足を踏み込んだことに他ならない。ナビが以前説明してくれた言葉が、俺の胸を締め付けた。
(『……属性は……ある程度、魂にも影響を与えます』)


♢♢♢

「あそこが一番奥の部屋だ」
「ボスはあの中にいるのですね?」

 手下をすべて倒し、生きている者は拘束し終えた俺たちは、商会の三階にある一番大きな部屋の前に立っていた。

「窓の外や、隠し通路から逃げられないように、もう何人か出入り口の応援と外の巡回をお願いします」
 俺の言葉にダルトンさんは頷いて、五人の部下たちを向かわせた。

「よし、ではドアを開けるぞ。何が飛び出すか分からん。皆、ドアの正面から離れろ」
 ダルトンさんはそう言うと、二人の部下にドアを開けるよう命じた。

 二人の衛兵は恐る恐るドアの前まで行くと、お互いに頷き合って、一、二の、三でドアを蹴破った。次の瞬間……

 ブワォーッ!
 音を立てて大きな火の玉が部屋の奥から飛んできた。

「「ウワアアアッ」」
「水の壁っ!」
 俺は咄嗟に頭の中でドアと同じ大きさの、水の壁をイメージし、魔力を発動した。

 炎に包まれて吹き飛ばされた二人の衛兵は、水の壁に突っ込んで助かり、炎の球も多量の水蒸気と共に消え去った。

「ま、魔法っ! 今のはトーマなのか?」
 ダルトンさんが、呆然とした顔で俺を見た。

「はい。どうやら、敵には魔法使いの護衛がいるようですね」
「おいおい、冗談じゃない、魔法使いなんて相手にしてたら、命が幾つあっても足りない。ここは撤退するぞ」
 ダルトンさんは、少し声を震わせながらそう言った。
 
いや、だから、俺も魔法が使えるって、今言ったじゃないすか。対抗できますって。

「ふははは……それは賢明な判断だよ。だが、残念ながら君たちは暴れ過ぎた。僕の許す範囲を大きく越えてしまったからねえ……全員、ここで灰になってもらうよ」
 部屋の奥から笑い声が聞こえ、三人のボディーガードに守られた金髪の優男が出てきた。アンジェリカの弟で、ボラッド商会の会長ルイス・ボラッドだ。

「さあ、業火に焼かれて地獄の苦しみを味わうがいい! ドミニク、やれっ!」

 ルイスさん、えらく余裕で、ポーズなんか決めてますが、やられませんから。第一、その女の魔法使いさん、まだ詠唱してウンウン唸ってますよ。そりゃあ時間も掛かりますよね。体の中の魔素を絞り出そうとしているんですから。
 魔素は体の中にあるんじゃないのですよ、体の外に無限にあるのです。

 ダルトンさん、衛兵さんたちも、何でじっと待って、怯えて震えてるんすか? この数秒の間に、飛び掛かってやっつけてくださいよ。

(ウインドカッター!)
 俺はため息を吐きながら、心の中で魔法を唱え、手を左右に振って、風魔法を少し強めに数発ぶっ放した。

「なっ! む、無詠唱だと!? うああっ、グアアァアアッ!」
「ギャアァァ!」

 ルイスと女魔法使いの悲鳴が響き渡った。ああ、死んだかも……。
 残り一人になったアサシンらしい陰気な顔つきの男は、慌てて背を向けて窓に走り寄り、ガラスを割って外に飛び出そうとしたが、それよりもポピィの方が早かった。
 一瞬のうちに距離を詰めたポピィは、ダガーナイフを男の腿に突き刺した。
「ガアアアッ!」
 男は苦痛に叫びながら、なおも窓に体をぶつけて飛び出していった。しかし、そこは建物の三階だった。
 ドスンッという鈍い音が下から聞こえてきた。窓から下を見ると、夜が明け始めた微かな光の中で、地面にうつ伏せに倒れ、首が変な方向に曲がった男の姿があった。


♢♢♢

 戦いは終わった。ちょうど夜明けの光が城壁の向こうから街の屋根を照らす時間になっていた。
 ずっと家の中で外の騒ぎに怯えていたのか、近所の住人たちが恐る恐る、ドアの陰や窓から俺たちの方を見つめていた。

「よし、これで全員だな? いったん官舎に連れて行け」
 地下室に囚われていた人たちを連れて、衛兵たちが去って行く。一方では、大きな馬車が商会の入り口前に止まっており、建物の中から次々に死体が運び込まれていた。

「副隊長、店の中をくまなく探しましたが、二人の姿はありませんでした」
 一人の衛兵がやって来て、ダルトンさんに報告した。

「くそ、逃げられたか……店の女たちには聞いたのか?」
「はい。皆、動揺して混乱しておりましたが、姿は見ていないと言っております」

「……あのう……」
 俺はダルトンさんの腕をつついて、手招きした。

「どうした?」

 俺は、小さな声で言った。
「お探しの二人は、その、俺が持ってます」
 ダルトンさんとライナス様の頭の上に?マークがはっきりと見えた。

「は? 持ってる? いったい何を言ってるんだ?」
「い、いや、だからですね、俺は収納魔法が使えるんで……二人は、俺が収納しています」

「「えええええっ!」」
 ダルトンさんとライナス様が同時に叫んだ。

「おいおい、勘弁してくれ……もう何を聞いても驚かないと決めていたが……」
「ト、トーマ、君は一体何者なんだい?」

「いやいや、お二人とも、どうか落ち着いてください。俺は本当に、田舎から出てきたただの平民ですから」
「ただの平民が、魔法を無詠唱で、しかも収納魔法まで使えるかっ! あ、いや、すまん、つい興奮してしまった。おい、お前ら、今聞いたことは口外無用だ。いいな?」
 ダルトンさんは、近くであんぐり口を開けている部下たちに言った。

「「「は、はい、了解です(であります)」」」

「よし、では作戦終了だ。全員、撤収!」

「お疲れ様でした。では、俺たちもこれで……」
 俺とポピィも、どさくさに紛れて立ち去ろうとしたが、それは無理だった。

「お前たちは、ダメだ。例の二人のこともあるし、報酬のこともある。ライナス様と一緒にお屋敷で待っていてくれ。後の処理を終えたら、俺もすぐ行くから」
「い、いや、あの」
「分かったな?」

「トーマ、ポピィ、じゃあ行こうか」
「は、はい」
 俺たちは、ライナス様の馬車に乗せられて、領主館へ向かった。


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