お嬢様退魔師

三枝七星

文字の大きさ
上 下
3 / 3

3.お嬢様退魔師

しおりを挟む
 翌朝、目を覚ました美羽みうは、少しの間、自分がどこにいるのか思い出せなかった。ホテルみたいな厚みのあるマットレス、白くて綺麗な天井、品の良いインテリア。今暮らしている祖父母の家ではないことに、一瞬酷く混乱してしまった。
(こ、ここは……)
 しかし、眠る前の記憶を遡るのはそう難しいことではない。するすると紐解き、自分が父を殺した何らかを追って、<疾駆の舞姫>と呼ばれる「怪異」に遭遇し、危ないところを退魔師の鳴神桃香なるかみ ももかに助けてもらったことを思い出す。そのまま、彼女の自宅らしきこの邸宅に連れて来られたのだった。
(どうしよう。起きたらまず何したら良いんだろう)
 自宅なら、顔を洗って、着替えをして……だが、他人の家に泊めてもらった身だ。勝手に洗面所を開けて良いものかもわからない。
 時計を見ると……午前七時だ。案外早起きだった。昨日寝たのはずいぶんと遅かった気もするが、やはり緊張して目が覚めたのだろう。美羽はベッドから抜け出すと、そっと、部屋のドアを開けた。
 日が差していて、屋内は明るい。明かり取りの窓が絶妙なバランスで配置されているようだった。美羽はなぜか息を殺してしまう。なんだか……ここにいるのは場違いの様な気がして──。
「おはようございます」
 と、その時、当たり前のように声を掛けられて、美羽は飛び上がるほど驚いた。振り返ると、既に着替えたらしい桃香ももかがこちらを見ていた。驚いた美羽に驚いたらしい。
「あら、驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね」
「い、いえ、だいじょうぶです……おはようございます……」
 どぎまぎしながら挨拶を返す。
 桃香は品の良いワンピースを着ていた。そういう格好をしていると、普通の大学生に見える。昨日は縦ロールになっていた髪は、今はふんわりとしたウェーブが掛かっているだけになっていた。
「お着替えなんですけど、よろしければわたくしが高校生の折りに着ていた私服をお召しください」
「えっ」
 美羽は目を丸くした。

 高い。絶対高い服だこれ。
 桃香から借りた洋服には、聞いたことのない海外のブランドタグが縫い付けられていた(美羽がブランドに疎いのもある)。昨晩着ていた美羽の服は、怪異が暴れた時の砂埃などで汚れてしまっていて、もう一度着るのも億劫だと思っていたのは事実である。だからと言って、こんなお嬢様の服を借りるだなんて……。
 とはいえ、デザインそのものは地味だった。派手じゃないだけとも言う。
「あらとてもお似合いです。良かったら差し上げます」
「いえ、そういうわけには……!」
 もらったとしても、もったいなくて着られない。箪笥の肥やしになるのがせいぜいだろう。
「そうですか? そう遠慮なさらずとも。とはいえ、今はお洋服の話をしている場合ではありませんね。朝ご飯のご用意がありますので、どうぞ食堂へ」
 朝食は意外なことにトーストに目玉焼き、ベーコン、オレンジジュースという取り合わせだった。ただ、これらの食材も、デパートとかで売ってるようなすごく高いものなんだろうな……と美羽は内心でおののく。一生分の高級品に触れているのではないか。
「お紅茶もありますよ」
 昨晩はいなかった年配の女性が、にこやかに話しかけてきた。どうやらスタッフらしい。
「あ、ジュースで大丈夫です……」
 恐縮しながら、朝食に手を付ける。味は良く、やはりスーパーで売っているような物とは違う。とはいえ、やはり食べ慣れた味とは異なり、美羽は自宅の朝食が恋しくなってきた。
 量は多くなかったので、二人ともすぐに食べ終わった。ジュースのおかわりをもらい、桃香の前に紅茶のおかわりが置かれると、退魔師は本題を切り出す。
「わたくしと、美羽さんのお父様が退魔師である、と言うことは、昨日少しお話ししましたね」
「はい」
「そのことについて、更に詳しいことをご説明させていただきます。権守さん」
「はい、お嬢様」
 どこからともなく、ノートパソコンを持った権守が颯爽と現れた。桃香は彼からパソコンを受け取って開く。画面に表示されたのは、スライド作成ソフトであった。

『退魔師について』

 そう題されている。
(退魔師もこう言うので発表するんだ!?)
 美羽は仰天したが、確かに口頭で全部説明されても自分が理解できるとは思えない。恐らく、多くがそうなのだろう。「作成:東京退魔師組合」と書かれている。組織が用意した資料であるらしい。
「まず退魔師とはなにか、と言うところからですわね。なんとなく、妖怪とか怪物とか悪霊と戦っている職業、と認識なさっているかと存じますが、概ねその通りです」
 大学の授業で発表などもしているのだろうか。桃香の説明は慣れていた。簡単にまとめると、

 ・退魔師とは、怪異を退治する職業である。
 ・退魔師組合に登録する必要がある。
 ・関連省庁は警察庁である。
 ・大体の怪異は人間に認識されるから怪異なので霊感の有無はさほど関係ない。
 ・なりたい人は組合に登録すればOK。退魔に使う物品などは支給もできるが自分で用意しても良い。

 と言うことである。
「以上です。わたくしも石寺さんも、組合に登録した退魔師です。専業にしている方もいらっしゃれば、副業として隙間時間に退魔してらっしゃる方も中にはおいでです。怪異と言ってもピンからキリまで。危険性の低いものもありますから」
 副業で退魔師やる人いるんだ。
「ですが……関連省庁が警察庁であるとおり、治安に関わる手前、”殉職”の可能性があるのも事実です」
 そこで、桃香はやや険しい顔になった。美羽はそこで、父の佑が、どうやら怪異がらみで亡くなったらしいことを思い出す。
「石寺さんは会社勤めの傍らで、超常からの治安維持の為に退魔をしていらっしゃいました。わたくしは石寺さんのその理念に共感し、それから交流を持たせていただいておりました。美羽さんのお話もよく聞かせていただきました。写真も拝見しています」
 それで、桃香は美羽のことがすぐにわかったのか。
「亡くなった時、わたくしはちょうど授業を受けていましたので、訃報を知ったのは組合からの定期連絡の折でした。どうやら<疾駆の舞姫>絡みらしい、と言うことを知りまして。石寺さん以外にも、多くの退魔師が少なからず被害を受けていたんです。それでわたくし、なんとか倒せないかと探していたところでして」
「桃香さんは、お父さんの敵討ちの為に、探してくれたんですか?」
 美羽は尋ねた。相当強い怪異ということである。つまり桃香だって危険なわけで。そこまでして<疾駆の舞姫>の撃破を目指したのは何故なのか。
「石寺さんのお嬢様の前でこういうことを言うのもおこがましいかもしれませんが……わたくし、石寺さんの『怪異から治安を守る』と言う理念に共感していました。わたくしたちが討たねば出る被害もある。ええ、使命感のようなものです。だから、彼の理念を受け継ぎたいと思いました」
 まっすぐな目で桃香は語った。
(お父さんのことを、この人は私とは違うことで知っている……)
 母を亡くし、祖父母と協力しながら美羽を育ててくれた父。いつも忙しそうにしていたけれど、学校の行事には来てくれていた父。涙が出てきた。
「泣かないで」
 桃香は困ったように言うと、ティッシュを箱から引き抜いて差し出した。柔らかい。これも高いんだろうな。
「お父さん、何も教えてくれなかった……」
「美羽さんが大人になったらお話しするつもりだと仰ってました」
「もっと早く知りたかった……」
「そうでしょうね」
「何で教えてくれなかったんだろう……」
 呟くと、桃香は口をつぐんだ。
 わかってる。全部私の勝手な恨み言だ。
 でも死んじゃうなら教えて欲しかった。
 感情が涙と一緒にあふれて、美羽はしばらく泣いていた。



 桃香は静かに泣く少女を前に沈黙した。
「怪異からの治安維持、ですか」
「うん。僕には娘がいるからね」
 その時のことは今でも昨日のことの様に思い出せる。君より少し年下の娘がいる、と言うことは前に聞いていた。
「やっぱり、娘には安心して暮らしてもらいたい。ちょっとした悪霊退治でも、そういったことに寄与できるならこんなに良い仕事はないね」
「お嬢様のお写真とか、見せていただけませんか?」
「鳴神さんにお嬢様と言われるとは。この子だよ」
 そのときに、桃香は石寺美羽の顔を知った。

 今はまだ言えない。あなたを守るために退魔師として登録したと。その延長に彼の死があったのだと。
 桃香は座り直し、少女が泣き止むのをしばらく待った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

時守家の秘密

景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。 その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。 必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。 その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。 『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。 そこには物の怪の影もあるとかないとか。 謎多き時守家の行く末はいかに。 引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。 毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。 *エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。 (座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします) お楽しみください。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

バツ印令嬢の癒し婚

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
鬼と対抗する霊力を持つ術師華族。 彼らは、その力を用いてこの国を鬼の手から守っている。 春那公爵家の娘、乃彩は高校3年であるにもかかわらず、離婚歴がすでに3回もあった。 また、彼女の力は『家族』にしか使えない。 そのため学校でも能なし令嬢と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。 それに引き換え年子の妹、莉乃は将来を有望視される術師の卵。 乃彩と莉乃。姉妹なのに術師としての能力差は歴然としていた。 ある日、乃彩は学校の帰り道にとてつもなく強い呪いを受けている男性と出会う。 彼は日夏公爵家当主の遼真。このまま放っておけば、この男は近いうちに確実に死ぬ。 それに気づいた乃彩は「結婚してください」と遼真に迫っていた。 鬼から強い呪いをかけられ命を奪われつつある遼真(24歳)&『家族』にしか能力を使えない能なし令嬢と呼ばれる乃彩(高3、18歳) この結婚は遼真を助けるため、いや術師華族を守るための結婚だったはずなのに―― 「一生、側にいろ。俺にはおまえが必要だ」離婚前提の結婚から始まる現代風和風ファンタジー

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

処理中です...