36 / 39
HO8.魔法少女(7話)
4.親の責任
しおりを挟む
朝菜が母親に連絡をすると、数十分後に彼女は血相を変えて家に帰ってきた。
「文部科学省の人がママと話したいって言ってる」というメッセージの威力は絶大だったらしい。本物と偽物、どちらの想定であっても、母親にとっては度肝を抜かれる連絡だったことは間違い無いだろう。
暑い時期ではあったが、保護者の許可なく家に上がり込むわけにも行かず、三人は近くのファミレスで待機した。朝菜と連絡先の交換をしたテータの端末に、母親が帰ってきた旨の連絡が入る。彼女たちは、先ほど朝菜と別れた賃貸マンションの部屋を再び訪れた。
「母の、小西夕花です」
急いで帰ってきてから、身支度をしたのだろう。朝菜の母はどこか困惑した顔で三人を迎えた、
「文部科学省の国成と申します。こちらは浪越と神林です」
「初めまして」
「よろしくお願いします」
口々に挨拶する。テータは朝菜を見て、
「朝菜、私たちはあなたの力について、お母さんに話さないといけません」
親にカミングアウトする魔法少女などそういないだろう。朝菜は戸惑ったようだった。魔法少女というワードで、夕花は身構える。
「こっちの、魔法お兄さん見習いに、あなたの力について色々教えてくれませんか?」
と、テータが指したのは当然ながら杏である。
テータは「天啓」に詳しいものとして、哲夫は責任者として、被害者の家族に説明する必要があるのだ。しかし、込み入った「天啓」の話は朝菜を置き去りにしてしまう。このお節介な魔法少女が、口を挟みたがることは想像に難くない。
そこで、杏が朝菜の相手をしようというわけだ。「天啓」を宿しながらもそれが開花していない状態の杏は、魔法青年見習いと言っても差し支えないだろう。多分。
実際に、杏は、「天啓」の体の変化に適応し、まるでテータの様に動ける朝菜に敬意すら抱いていた。先日、五百蔵イオタに「天啓」を起動させられそうになった時は、冗談じゃないと散々抵抗したものだが、これくらい使いこなせるなら起動しても良かった……かもしれない。
(『地球』の人類を滅ぼせっていうのが起動して本当に大丈夫な保証ないけどさ)
首を横に振ってそんな考えを追い払っていると、今朝の、記憶にない夢が脳裏に蘇った。
「地球」の人類。
なぜだか、その言葉が妙に浮かんでくる。
(そういえば、どうして僕だけ『地球の人類」って言うワードだったんだろう)
他の被害者たちはみんな「誰かしらを救済せよ」という指令で、「地球の人類」なんて言う細かい指定はなかったように思える。
「ねえ、杏くんは、グレートコスモスなのに魔法使い見習いなの?」
朝菜は興味津々と言う具合に聞いて来た。どうやら、魔法少女ものにも色々とお決まりのポジションがあるらしく、魔法少女より上位の力を持ちながら、シナリオ上は魔法少女が導くべき存在、と言うのがいるらしい。大体最初は敵役だが、魔法少女たちとの交流を経て改心し、最後にはその力で魔法少女を助ける、と言う展開が存在するようだ。
「うーん、僕はグレートコスモスの自覚はあまりないんだけどね。僕も君と同じで、ある日『使命』を授かったって言うだけだから……その『使命』もよくわからなくて。そう言う時に、テータたちに出会って、力を悪用する人たちを助けてるんだよ」
グレートコスモスがどういう物かも知らないので、適当に話を合わせる。実際、使命感など欠片もない杏が「自覚がない」というのは嘘ではない。
「でも、力が目覚めなくて、僕は朝菜くんみたいに戦えないんだ」
ちょっとだけ、大昔に見たアニメのお兄さんキャラの様な言い回しをしてみる。
「悪い奴が僕の力を悪用しようとしてね。力を目覚めさせようとしたんだけど、それは敵に利用されるだけだから嫌だと言ったんだ」
「そ、そんなことがあったんだ……!」
朝菜は目を輝かせている。あの事件は、杏にとっては悪夢でしかないが、魔法少女アニメに憧れている小学生にとっては、確かにフィクションの活躍じみて聞こえるだろう。
「でも、無理矢理目覚めさせようとしてきて、そこにテータが助けに来てくれたんだよ」
まるでホラー映画のワンシーンのようだったのは黙っておく。死んだふりをして、土に埋められたテータが、泥だらけになって乱入してきた様は、ちょっとしたホラーだった。
「僕は助けてもらってばっかりなんだ」
「杏くんは……目覚めたいの?」
「……わからない。僕の力は、もしかしたら悪いことに使われてしまうかもしれなくって……僕は、この力が目覚めさせて良い物なのかわからないんだ」
「そっか……」
「朝菜くんは? その力をずいぶんと使いこなしているように見えるけど」
「そうでしょ?」
杏が覚醒することに対して消極的である様子に俯いていた朝菜だったが、彼が彼女の能力に水を向けると、ぱっと顔を輝かせた。
「最初は全然力が上手く使えなかったんだけど、『人を救いなさい』って言うコスモスの使命の為に頑張ったの! 元々、人のために何かするのは好きだし!」
「そうなんだ。優しいんだね」
「よく言われる! でも……」
朝菜はまた俯いた。
「でも……お節介だとか言われたりもするし……上手くできなかったら嫌な顔もされるし。できないこともたくさんあるんだ……」
確かにそうだ。優しさとお節介は紙一重だ。小さな親切大きなお世話と言うし。杏にもそう言う経験はたくさんある。よかれと思ってやったことが裏目に出る。それは、割り切るしかないのだろう。
「私、たくさんの人を助けたいんだ。でも、そんなの無理だよって。空気も読めないのに助けるなんてできるわけないじゃん、やって欲しいことわかってないじゃん、って言われたりもして……」
(子供って結構グサグサ言うよな……)
とはいえ、朝菜の空気が読めない……と言うか、割と思い込みが激しそうなところが、その優しさの遂行を邪魔するシーンもあるのだろう。副校長が言っていた、「教師から見れば不安の種がないでもない」というのは、恐らくこういう所と、それによって生じる人間関係の軋轢のことなのかもしれなかった。
「だから、今こうやって、戦って人を助けることができるようになって、私、本当に嬉しいんだ!」
朝菜は弾けるような笑顔で、言った。それから、声を潜めて、
「だから、お隣の子も助けてあげたいの」
「お隣の子?」
◆◆◆
杏が朝菜の気を引いている間に、哲夫とテータはかいつまんで朝菜の状況を話した。夕花の顔はみるみるうちに青ざめる。そんな簡単に飲み込めるような話でもないだろうが、「娘に何かが寄生していること」「本当なら死んでいてもおかしくないこと」「何故か娘は適応してしまっていること」は理解できたようだ。
友藤陽助事件のきっかけになった、商業施設で内側から「天啓」に食い破られた人間の報道を持ち出したのもある。
「朝菜はどうなるんですか……? 朝菜も死んでしまうんでしょうか?」
呻くように問う夕花。
「まずは精密検査を受けて頂く必要があると思います。保護者の方の同意が必要です」
「そのあとは?」
「外科的手術で腫瘍を摘出します」
「それで、元の生活に戻れるのでしょうか? 障害が残る可能性は?」
「それは……わかりません。ただ、既に複数人に手術の実績があります。予後が全て良好な訳ではありませんが、手術できずに死亡した例はあります」
哲夫は正直に答えた。下手なごまかしよりも、事実を伝えた方が良いと思ったからだ。けれど、同時に、降って湧いたような娘への災難に、すぐに決断を迫るのも酷なことだと言うのも理解している。
男女共同参画は進んでいる。昔より、社会での女性の地位は向上しているはずだ。それは哲夫が男だから思うのもあるかもしれないが、お茶汲みだ腰掛けだと言われている時代に比べたら確実に進んでいる筈だ。その進歩した部分と、未だに旧態依然とした部分の摩擦が負担になっている部分があるのは承知している。そう言う摩擦が起こること自体が、女性の地位向上の証左であると彼は考えていた。
けれど、やはり子育てとなると母親に多くの責任と心労がのしかかっていると言うのは、わざわざ調査を紐解かずともわかる。子供に親の所在を聞くときに、最初に問われるのは母親の居場所だ。まだ会っていない朝菜の父親に対して憶測で評するようなことを哲夫はしないが、夕花は今、母親として苦しい判断を強いられているだろう。
朝菜が死ねば、自分の判断を一生悔いることになるし、世間は母親を責めがちだ。虐待を疑われることだってある。
世間のために親をしているわけではもちろんないが、それでも、判断の片隅には世間の目があるのは、間違いないだろう。
「検査はいつできるんでしょうか?」
夕花は苦しげに尋ねた。
「確認します」
哲夫は立ち上がり、上司に電話を掛けた。数コールですぐに出た。
『はい、宇対の平塚です』
宇宙対策室は略して「宇対」と呼ばれている。警察の「組対」みたいだな、と哲夫はいつもひっそりと思っていた。
「国成です。お疲れ様です」
『どうした?』
普段はメールやチャットでやりとりしているので、哲夫から平塚に電話するのは急ぎの用件なのである。逆も然りだ。
「実は……」
哲夫は事情を説明する。平塚は驚いた様に嘆息した。
『浪越くらい使いこなしてるだって? 異星人じゃないのか?』
「地球人です。恐らくですが、寄生に対して適応しているんだと思います。ただ推測でしかない。すぐに精密検査が必要になります。緊急で打診してもらえませんか」
『わかった。最寄りは?』
病院へのアクセスを考えているのだろう。いくら受け入れが可能と言われても、東京都の多摩地域から、長野県の病院に今すぐ来いと言われても困ってしまう。哲夫は大体の地域を伝える。平塚は電話を切った。
平塚からの電話を待つ間、大人たちは朝菜に簡単な説明をした。
「あなたは確かに大きな力を授かっていますが、それが予想外だったと言う話はさっきしましたよね」
「うん……」
「だから、あなたの身体には今、大きな負担が掛かっています」
「でも、どこも悪くないよ」
「それはあなたが『使命』に燃えているから。あなたは本当に強い人です、朝菜」
テータは微笑んで、少女の頭を撫でた。
「その力に適合できなくて、倒れた地球人はたくさんいます。だから、あなたもそうなる前にまずは検査を受けましょう」
「検査を受けて、どうするの?」
「もし、あなたがいずれその力に負けてしまうなら、力の源を取り出さないといけない」
「そんなの嫌!」
「朝菜! いい加減にして!」
夕花が一喝した。彼女は追い詰められていて、泣きそうだった。今この瞬間に、朝菜の身体をあの触手状のものが突き破ったっておかしくないのだ。
「あんた、死ぬかも知れないんだよ! お願いだから病院に来て!」
母親の必死の形相に、ただならぬ気配を感じたのだろう。朝菜は黙ってしまった。
「……わかった」
「朝菜くん。僕たちも付いていくから」
「杏くんも来てくれるの? テータも?」
「ええ、もちろんです」
テータは頷き、ちらりと夕花に目配せした。保護者は頷いた。恐らく、夕花もいつどうなるかわからない娘を一人で連れていくなんてことには、とても耐えられないだろう。
夕花は準備を始めた。もしかしたらそのまま入院になるかもしれない、と、着替えなどの準備も始めている。哲夫はスマートフォンを睨んでいる。杏とテータは、朝菜を挟んで座っていた。彼女は見るからに気落ちしていた。せっかく、人の役に立てる力を手に入れたのに、それを奪われてしまうかもしれないのだから。
哲夫の端末が鳴った。画面には平塚の名前。
「はい、多摩分室国成です」
哲夫が手帳を開いてペンを持つ。それを見ながら、朝菜は席を立った。奥の部屋の、ベランダに通じる大きな窓へ向かって行く。
「どうしたの?」
杏が尋ねると、
「外の空気を吸いに」
妙に大人びた答えが返ってきたが、アニメや小説、漫画などに出てくる言い回しだろう。杏にも覚えがある。ちょっと背伸びして、そう言う言葉を使いたくなってしまう気持ちが。なんとはなしに、彼も付いて行った。
「一人になりたいの」
これも、ドラマで聞くような言い回しだ。それが面白くなってしまって、杏はこっそりと微笑む。
「ここで待ってるから」
窓辺で見送る。朝菜が窓を開けると、外の熱気が吹き込んできた。杏は、彼女が妙な気を起こさないように注意深く見守る。彼女は、しきりに隣の部屋を気にしているようだった。
(だから、お隣の子も助けてあげたいの)
先ほど、そう言っていた彼女の言葉を思い出す。
「叩かれてるんだって、隣の子」
だから今度助けに行くんだ、と彼女は言った。杏は、すぐには無理だろうと思っていたから、あとで哲夫に共有して児相にでも話を通してもらおうと思っている。
神林杏は凡人だった。「天啓」は授かったが、それは起動せず、彼は「使命感」を持たずに、逆に「天啓」による無茶を阻止する側に回っている。
「地球の人類」を滅ぼせと言う、いやに具体的な指令を疑問に思っても、その天啓が指す「地球」が、彼の故郷である地球ではないと言うことにはまだ思い至っていない。
自分たちの母星も地球と呼ぶのだ、と説明した、浪越テータの話は、今はすぐに思い出せないところにしまい込まれている。
そんな凡人だから、小西朝菜がベランダに設えられた隣家の仕切りを乗り越えるなんてことは、一切予想できていなかったのだ。
「文部科学省の人がママと話したいって言ってる」というメッセージの威力は絶大だったらしい。本物と偽物、どちらの想定であっても、母親にとっては度肝を抜かれる連絡だったことは間違い無いだろう。
暑い時期ではあったが、保護者の許可なく家に上がり込むわけにも行かず、三人は近くのファミレスで待機した。朝菜と連絡先の交換をしたテータの端末に、母親が帰ってきた旨の連絡が入る。彼女たちは、先ほど朝菜と別れた賃貸マンションの部屋を再び訪れた。
「母の、小西夕花です」
急いで帰ってきてから、身支度をしたのだろう。朝菜の母はどこか困惑した顔で三人を迎えた、
「文部科学省の国成と申します。こちらは浪越と神林です」
「初めまして」
「よろしくお願いします」
口々に挨拶する。テータは朝菜を見て、
「朝菜、私たちはあなたの力について、お母さんに話さないといけません」
親にカミングアウトする魔法少女などそういないだろう。朝菜は戸惑ったようだった。魔法少女というワードで、夕花は身構える。
「こっちの、魔法お兄さん見習いに、あなたの力について色々教えてくれませんか?」
と、テータが指したのは当然ながら杏である。
テータは「天啓」に詳しいものとして、哲夫は責任者として、被害者の家族に説明する必要があるのだ。しかし、込み入った「天啓」の話は朝菜を置き去りにしてしまう。このお節介な魔法少女が、口を挟みたがることは想像に難くない。
そこで、杏が朝菜の相手をしようというわけだ。「天啓」を宿しながらもそれが開花していない状態の杏は、魔法青年見習いと言っても差し支えないだろう。多分。
実際に、杏は、「天啓」の体の変化に適応し、まるでテータの様に動ける朝菜に敬意すら抱いていた。先日、五百蔵イオタに「天啓」を起動させられそうになった時は、冗談じゃないと散々抵抗したものだが、これくらい使いこなせるなら起動しても良かった……かもしれない。
(『地球』の人類を滅ぼせっていうのが起動して本当に大丈夫な保証ないけどさ)
首を横に振ってそんな考えを追い払っていると、今朝の、記憶にない夢が脳裏に蘇った。
「地球」の人類。
なぜだか、その言葉が妙に浮かんでくる。
(そういえば、どうして僕だけ『地球の人類」って言うワードだったんだろう)
他の被害者たちはみんな「誰かしらを救済せよ」という指令で、「地球の人類」なんて言う細かい指定はなかったように思える。
「ねえ、杏くんは、グレートコスモスなのに魔法使い見習いなの?」
朝菜は興味津々と言う具合に聞いて来た。どうやら、魔法少女ものにも色々とお決まりのポジションがあるらしく、魔法少女より上位の力を持ちながら、シナリオ上は魔法少女が導くべき存在、と言うのがいるらしい。大体最初は敵役だが、魔法少女たちとの交流を経て改心し、最後にはその力で魔法少女を助ける、と言う展開が存在するようだ。
「うーん、僕はグレートコスモスの自覚はあまりないんだけどね。僕も君と同じで、ある日『使命』を授かったって言うだけだから……その『使命』もよくわからなくて。そう言う時に、テータたちに出会って、力を悪用する人たちを助けてるんだよ」
グレートコスモスがどういう物かも知らないので、適当に話を合わせる。実際、使命感など欠片もない杏が「自覚がない」というのは嘘ではない。
「でも、力が目覚めなくて、僕は朝菜くんみたいに戦えないんだ」
ちょっとだけ、大昔に見たアニメのお兄さんキャラの様な言い回しをしてみる。
「悪い奴が僕の力を悪用しようとしてね。力を目覚めさせようとしたんだけど、それは敵に利用されるだけだから嫌だと言ったんだ」
「そ、そんなことがあったんだ……!」
朝菜は目を輝かせている。あの事件は、杏にとっては悪夢でしかないが、魔法少女アニメに憧れている小学生にとっては、確かにフィクションの活躍じみて聞こえるだろう。
「でも、無理矢理目覚めさせようとしてきて、そこにテータが助けに来てくれたんだよ」
まるでホラー映画のワンシーンのようだったのは黙っておく。死んだふりをして、土に埋められたテータが、泥だらけになって乱入してきた様は、ちょっとしたホラーだった。
「僕は助けてもらってばっかりなんだ」
「杏くんは……目覚めたいの?」
「……わからない。僕の力は、もしかしたら悪いことに使われてしまうかもしれなくって……僕は、この力が目覚めさせて良い物なのかわからないんだ」
「そっか……」
「朝菜くんは? その力をずいぶんと使いこなしているように見えるけど」
「そうでしょ?」
杏が覚醒することに対して消極的である様子に俯いていた朝菜だったが、彼が彼女の能力に水を向けると、ぱっと顔を輝かせた。
「最初は全然力が上手く使えなかったんだけど、『人を救いなさい』って言うコスモスの使命の為に頑張ったの! 元々、人のために何かするのは好きだし!」
「そうなんだ。優しいんだね」
「よく言われる! でも……」
朝菜はまた俯いた。
「でも……お節介だとか言われたりもするし……上手くできなかったら嫌な顔もされるし。できないこともたくさんあるんだ……」
確かにそうだ。優しさとお節介は紙一重だ。小さな親切大きなお世話と言うし。杏にもそう言う経験はたくさんある。よかれと思ってやったことが裏目に出る。それは、割り切るしかないのだろう。
「私、たくさんの人を助けたいんだ。でも、そんなの無理だよって。空気も読めないのに助けるなんてできるわけないじゃん、やって欲しいことわかってないじゃん、って言われたりもして……」
(子供って結構グサグサ言うよな……)
とはいえ、朝菜の空気が読めない……と言うか、割と思い込みが激しそうなところが、その優しさの遂行を邪魔するシーンもあるのだろう。副校長が言っていた、「教師から見れば不安の種がないでもない」というのは、恐らくこういう所と、それによって生じる人間関係の軋轢のことなのかもしれなかった。
「だから、今こうやって、戦って人を助けることができるようになって、私、本当に嬉しいんだ!」
朝菜は弾けるような笑顔で、言った。それから、声を潜めて、
「だから、お隣の子も助けてあげたいの」
「お隣の子?」
◆◆◆
杏が朝菜の気を引いている間に、哲夫とテータはかいつまんで朝菜の状況を話した。夕花の顔はみるみるうちに青ざめる。そんな簡単に飲み込めるような話でもないだろうが、「娘に何かが寄生していること」「本当なら死んでいてもおかしくないこと」「何故か娘は適応してしまっていること」は理解できたようだ。
友藤陽助事件のきっかけになった、商業施設で内側から「天啓」に食い破られた人間の報道を持ち出したのもある。
「朝菜はどうなるんですか……? 朝菜も死んでしまうんでしょうか?」
呻くように問う夕花。
「まずは精密検査を受けて頂く必要があると思います。保護者の方の同意が必要です」
「そのあとは?」
「外科的手術で腫瘍を摘出します」
「それで、元の生活に戻れるのでしょうか? 障害が残る可能性は?」
「それは……わかりません。ただ、既に複数人に手術の実績があります。予後が全て良好な訳ではありませんが、手術できずに死亡した例はあります」
哲夫は正直に答えた。下手なごまかしよりも、事実を伝えた方が良いと思ったからだ。けれど、同時に、降って湧いたような娘への災難に、すぐに決断を迫るのも酷なことだと言うのも理解している。
男女共同参画は進んでいる。昔より、社会での女性の地位は向上しているはずだ。それは哲夫が男だから思うのもあるかもしれないが、お茶汲みだ腰掛けだと言われている時代に比べたら確実に進んでいる筈だ。その進歩した部分と、未だに旧態依然とした部分の摩擦が負担になっている部分があるのは承知している。そう言う摩擦が起こること自体が、女性の地位向上の証左であると彼は考えていた。
けれど、やはり子育てとなると母親に多くの責任と心労がのしかかっていると言うのは、わざわざ調査を紐解かずともわかる。子供に親の所在を聞くときに、最初に問われるのは母親の居場所だ。まだ会っていない朝菜の父親に対して憶測で評するようなことを哲夫はしないが、夕花は今、母親として苦しい判断を強いられているだろう。
朝菜が死ねば、自分の判断を一生悔いることになるし、世間は母親を責めがちだ。虐待を疑われることだってある。
世間のために親をしているわけではもちろんないが、それでも、判断の片隅には世間の目があるのは、間違いないだろう。
「検査はいつできるんでしょうか?」
夕花は苦しげに尋ねた。
「確認します」
哲夫は立ち上がり、上司に電話を掛けた。数コールですぐに出た。
『はい、宇対の平塚です』
宇宙対策室は略して「宇対」と呼ばれている。警察の「組対」みたいだな、と哲夫はいつもひっそりと思っていた。
「国成です。お疲れ様です」
『どうした?』
普段はメールやチャットでやりとりしているので、哲夫から平塚に電話するのは急ぎの用件なのである。逆も然りだ。
「実は……」
哲夫は事情を説明する。平塚は驚いた様に嘆息した。
『浪越くらい使いこなしてるだって? 異星人じゃないのか?』
「地球人です。恐らくですが、寄生に対して適応しているんだと思います。ただ推測でしかない。すぐに精密検査が必要になります。緊急で打診してもらえませんか」
『わかった。最寄りは?』
病院へのアクセスを考えているのだろう。いくら受け入れが可能と言われても、東京都の多摩地域から、長野県の病院に今すぐ来いと言われても困ってしまう。哲夫は大体の地域を伝える。平塚は電話を切った。
平塚からの電話を待つ間、大人たちは朝菜に簡単な説明をした。
「あなたは確かに大きな力を授かっていますが、それが予想外だったと言う話はさっきしましたよね」
「うん……」
「だから、あなたの身体には今、大きな負担が掛かっています」
「でも、どこも悪くないよ」
「それはあなたが『使命』に燃えているから。あなたは本当に強い人です、朝菜」
テータは微笑んで、少女の頭を撫でた。
「その力に適合できなくて、倒れた地球人はたくさんいます。だから、あなたもそうなる前にまずは検査を受けましょう」
「検査を受けて、どうするの?」
「もし、あなたがいずれその力に負けてしまうなら、力の源を取り出さないといけない」
「そんなの嫌!」
「朝菜! いい加減にして!」
夕花が一喝した。彼女は追い詰められていて、泣きそうだった。今この瞬間に、朝菜の身体をあの触手状のものが突き破ったっておかしくないのだ。
「あんた、死ぬかも知れないんだよ! お願いだから病院に来て!」
母親の必死の形相に、ただならぬ気配を感じたのだろう。朝菜は黙ってしまった。
「……わかった」
「朝菜くん。僕たちも付いていくから」
「杏くんも来てくれるの? テータも?」
「ええ、もちろんです」
テータは頷き、ちらりと夕花に目配せした。保護者は頷いた。恐らく、夕花もいつどうなるかわからない娘を一人で連れていくなんてことには、とても耐えられないだろう。
夕花は準備を始めた。もしかしたらそのまま入院になるかもしれない、と、着替えなどの準備も始めている。哲夫はスマートフォンを睨んでいる。杏とテータは、朝菜を挟んで座っていた。彼女は見るからに気落ちしていた。せっかく、人の役に立てる力を手に入れたのに、それを奪われてしまうかもしれないのだから。
哲夫の端末が鳴った。画面には平塚の名前。
「はい、多摩分室国成です」
哲夫が手帳を開いてペンを持つ。それを見ながら、朝菜は席を立った。奥の部屋の、ベランダに通じる大きな窓へ向かって行く。
「どうしたの?」
杏が尋ねると、
「外の空気を吸いに」
妙に大人びた答えが返ってきたが、アニメや小説、漫画などに出てくる言い回しだろう。杏にも覚えがある。ちょっと背伸びして、そう言う言葉を使いたくなってしまう気持ちが。なんとはなしに、彼も付いて行った。
「一人になりたいの」
これも、ドラマで聞くような言い回しだ。それが面白くなってしまって、杏はこっそりと微笑む。
「ここで待ってるから」
窓辺で見送る。朝菜が窓を開けると、外の熱気が吹き込んできた。杏は、彼女が妙な気を起こさないように注意深く見守る。彼女は、しきりに隣の部屋を気にしているようだった。
(だから、お隣の子も助けてあげたいの)
先ほど、そう言っていた彼女の言葉を思い出す。
「叩かれてるんだって、隣の子」
だから今度助けに行くんだ、と彼女は言った。杏は、すぐには無理だろうと思っていたから、あとで哲夫に共有して児相にでも話を通してもらおうと思っている。
神林杏は凡人だった。「天啓」は授かったが、それは起動せず、彼は「使命感」を持たずに、逆に「天啓」による無茶を阻止する側に回っている。
「地球の人類」を滅ぼせと言う、いやに具体的な指令を疑問に思っても、その天啓が指す「地球」が、彼の故郷である地球ではないと言うことにはまだ思い至っていない。
自分たちの母星も地球と呼ぶのだ、と説明した、浪越テータの話は、今はすぐに思い出せないところにしまい込まれている。
そんな凡人だから、小西朝菜がベランダに設えられた隣家の仕切りを乗り越えるなんてことは、一切予想できていなかったのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
8分間のパピリオ
横田コネクタ
SF
人間の血管内に寄生する謎の有機構造体”ソレウス構造体”により、人類はその尊厳を脅かされていた。
蒲生里大学「ソレウス・キラー操縦研究会」のメンバーは、20マイクロメートルのマイクロマシーンを操りソレウス構造体を倒すことに青春を捧げるーー。
というSFです。
セルリアン
吉谷新次
SF
銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、
賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、
希少な資源を手に入れることに成功する。
しかし、突如として現れたカッツィ団という
魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、
賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。
人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。
各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、
無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。
リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、
生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。
その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、
次第に会話が弾み、意気投合する。
だが、またしても、
カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。
リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、
賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、
カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。
カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、
ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、
彼女を説得することから始まる。
また、その輸送船は、
魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、
妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。
加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、
警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。
リップルは強引な手段を使ってでも、
ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
仮想空間のなかだけでもモフモフと戯れたかった
夏男
SF
動物から嫌われる体質のヒロインがモフモフを求めて剣と魔法のVRオンラインゲームでテイマーを目指す話です。(なれるとは言っていない)
※R-15は保険です。
※小説家になろう様、カクヨム様でも同タイトルで投稿しております。
My² Gene❇︎マイジーン ~URAZMARY~
泥色の卵
SF
【お知らせ】
他サイトで完結したので、定期的に投稿していきます。
【長期連載】
1話大体3〜5分で読めます。
▼あらすじ
My² Gene 第1部
広大な銀河の中。“My Gene”という何でも願いを叶える万能遺伝子が存在するとの御伽話があった。
ある星に薄金髪で能天気な学生が暮らしていた。彼の名はサンダー・パーマー=ウラズマリー。
電撃系の遺伝子能力を操る彼は、高等部卒業試験に向けて姉のような師匠と幼馴染の力を借りて奮闘していた。
そんな中ウラズマリーは突然何者かにさらわれ、“My Gene”と彼との関係を聞かされる。
そして彼は“My Gene”を探すために銀河へと旅立つことを決意する。
これは、電撃の能力を操る青年『ウラズマリー』が、仲間と共に万能遺伝子『My Gene』を巡って織りなす壮大な物語。
異能力×スペースアドベンチャー!!
第一部「万能遺伝子と宵闇の光」【完結】
現在第二部「血を喰らう獣」も連載中です。
-------------------------------------
少年漫画風な冒険もの小説です。
しっかりと読んでいただけるような物語を目指します。
楽しんでいただけるように頑張りますのでよろしくお願いします。
少数でも誰かにハマって面白いとおもっていただけたら嬉しいです。
第一章時点では純粋な冒険物語として見ていただけたらと思います。
チート、無双、ハーレムはありません。
【おそらく楽しんでいただける方】
・少年漫画とかが好きな方
・異能力バトルが好きな方
・細かめの戦闘描写がいける方
・仲間が増えていく冒険ものが好きな方
・伏線が好きな方
・ちょっとダークなのが好きな方
章が進むと色んな種類の悪い人や死の表現がでます。苦手な方は薄目での閲覧をお願いいたします。
誤字脱字や表現おかしいところは随時更新します。
ヒューマンエラーの多いザ・ヒューマンですのでご勘弁を…
※各話の表紙を随時追加していっています
異能力×スペースアドベンチャー×少年漫画風ストーリー!!
練りに練った物語です。
文章は拙いですが、興味を持っていただいた方に楽しんでいただけただけるよう執筆がんばります。
本編 序盤は毎日21〜24時くらいまでの間
間話 毎日21〜24時くらいまでの間
(努力目標)
一章が終わるごとに調整期間をいただく場合があります。ご了承ください。
古参読者であることが自慢できるほどの作品になれるよう努力していきますのでよろしくお願いいたします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
GIGA・BITE
鵤牙之郷
SF
「鷹海市にはゾンビがいる」 2034年、海沿いののどかな町で囁かれる奇妙な都市伝説。 ごく普通の青年・綾小路 メロは、ある日ゾンビのように変貌した市民の乱闘に遭遇し、重傷を負う。そんな彼を救ったのは1人の科学者。彼はメロに人体改造を施し、【超獣】として蘇生させる。改造人間となったメロを待っていたのは、1つの町を巻き込む邪悪な陰謀だった…。
※2024年4月より他サイトにて連載、既に完結した作品を加筆・修正したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる