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HO8.魔法少女(7話)

1.異星人の認識

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※本章には児童虐待についての描写があります。お困りの方は児童相談所や関係各所に相談してください。
※本作での言及はあくまでも「作中ではこうなった」くらいのものです。個々のケースでは別の判断があるかと思います。
※曲芸じみた行為がありますが絶対に真似をしないでください。


 小西朝菜こにしあさなは「悪い奴」を探していた。例えば猫をいじめたり、自分より弱い人からお金を取ろうとしたり、お年寄りを蹴っ飛ばしたり、親でもないのに子供をどこかに連れて行こうとする人。そう言う連中の居場所を知ると、彼女はすぐに駆けつけて、やっつけてやるのだ。

 天から授かった力は、小さな彼女にも大きな力を与えた。背中から生えた翼で空は飛べないけれど、その間だけ、彼女の腕力はとても強くなった。

 この力で、私は「使命」を果たす。

 「人類を救済せよ」と言う、すごい使命を。

 私はきっと、アニメのように魔法少女になったんだ。

 ランドセルの中をガタゴト言わせながら、彼女は下足場を降りた。今日も寄り道してパトロールしよ!

 それから家に帰って、お隣の子にもうちょっと待ってねって伝えなくっちゃ!

◆◆◆

 神林杏かんばやしきょうは奇妙な夢を見ていた。

 渋谷のスクランブル交差点。ちょうどその真ん中にいる。

(ここは……)

 周りを行き交う人々も、自動車も、杏には目もくれず、時としてすり抜けて通り過ぎていく。時間は早朝らしく、薄暗い青の空気が周囲を満たしている。でも、いくら渋谷でも、こんな早い時間に人がこれほどいるものだろうか。

 誰も、杏がここにいることに気付いていない。そんな不思議な状況。

 似たような夢を見た覚えがある。でも、それがどんな夢だったのか、何の夢だったのか、杏は思い出せずにいた。

「どいつもこいつもわかっていない!」

 不意に、呪詛めいた声が聞こえて、彼は振り返った。そこには……不思議な姿の「誰か」がいる。四肢があると言う意味では「人間」なのだろうが、筆舌に尽くしがたい姿だ。同じ人間だとは思えない。

 でも、この人も「人間」なのだろう、と杏は思った。この人も、

 その人はゆっくりと振り返った。

「君もそう思わないかな?」
「何の話でしょうか?」

 杏は目を瞬かせて問い返す。でも、この話の着地点はわかっていた。「地球」の人類はあまりにも愚かだ。一度リセットして、やり直した方が良い。

 その、滅ぼすための使命を杏に与える。

 何故だが、そう言われる気がした。

「地球の連中はあまりにも愚かだ。見ろ、この研究の数々を! これがあれば、私たちは何でもできる! 下等な星を支配して、人手不足も人口減少も回避できるんだよ! 面倒なことは全て奴隷にやらせてしまえば良いんだ。それなのに、どいつもこいつも倫理にもとるだのなんだの言って、まるで理解する気がないんだ!」

 叩き付けるような、吐き捨てるような声だった。

 ずいぶんと勝手なことを言っている。それは杏の常識からしたら「差別」とか「人権侵害」とか言われる物で、現代日本でなら忌避されるべき思想だ。けれど、その声音の中に、杏は絞り出すような苦痛も感じ取った。

「だったら、理解しない『地球』の連中など、一度滅んでしまえば良いんだ……!」

 彼はこちらを「見た」。

「だから、君に使命を与える」

 途端、強烈なめまいに襲われて、杏はふらついた。誰も支えてくれない身体は、冷たいアスファルトの上に転がる。

「『地球』の人類を滅ぼせ」

 それが君の使命なのだから。

 空が回転するように見える、激しいめまい。スタートレイル写真のようにも見える空を見ながら彼はぼんやりと「使命」の中身を吟味する。

 その「地球」は、ここではない、どこか遠くの星なのだと言うことを、杏は直感で悟っていた。

 自分の星でないなら。

 まあ良いか、滅ぼしても。

 そんな無責任な安堵を最後に、杏の夢は途絶えた。

◆◆◆

 変な夢を見たなぁ。

 スマートフォンのアラームで目を覚ますと、杏は「停止」をタップして音を止めた。ろくに覚えていない夢の残りかすと、「変な夢だった」と言う印象を頭の片隅に追いやる。夢なんて往々にしてそんなものだし、こんな目覚めは一度や二度ではない。

 けれど……この夢はいつもの変な夢とは違うような気も、どこかではしている。何が違うのか、それは上手く説明できないのだが……。

 でも、きっと考え過ぎだろう。夢なんて、記憶の整理の一つ。毎日色んなことが起こってるんだから、そう思うような夢を見ても不思議じゃないんだ。

 そう思い込もうとしたけれど、自分の中で何かのスイッチが切り替わってるような、そんな違和感は残るままだった。

 杏の仕事は、文部科学省の非常勤職員だ。と言うと聞こえは良いが、その中身は、「侵略宇宙人の洗脳電波事件の解決」と言う、極めて荒唐無稽かつ骨の折れるものである。

 昨年末か今年の初め頃、遠い異星から洗脳電波が地球に送り込まれた。その電波を受けた地球人は、「他者を救済せねばならない」と言う使命感に駆られてしまう。そう言う思い込み自体は洗脳電波があろうがなかろうが発生しうるが、この電波は身体にも異常を来す。

 まず、体内で結晶状の腫瘍が作られる。そこから少しずつ、筋肉などを、異星人の身体の一部と同じように作り替えてしまう。その見た目は、イソギンチャクの触手に似ている。筒状のものだ。最後には身体を突き破る。好発部位は特にない。完全に個人差だ。指先から出てくる者もいれば、背中からの者も、腕、場合によっては胸から口……と多岐に渡る。

 なお、この洗脳電波を、被害者が「天啓を受けた」と称したりすることから、当局では「天啓」と呼んでいる。

 そして、杏もその「天啓」を受け取ってしまった内の一人だ。

 ただし、彼の場合は他のケースとは異なる。

 他の被害者たちが「他者を救済せよ」と言うアバウトな「使命」を受けているのに対して、杏は「愚かな地球人を滅ぼせ。それが救済だ」と言ういやに物騒で具体的な指令なのだ。

 杏は他の被害者たちのように、使命感は覚えないのだが、どういうわけか、他の被害者たちは杏が特殊な「天啓」を受けていることを察することができるらしい。

 だから彼らは、杏にこのように問う。「あなたは何の使命を受けているのですか」と。

(今朝の夢……なんか僕の『天啓』に関わっていたような、いないような……)

 なんだかもやもやする。

 とても大事な示唆が含まれていたような気がするのに……。

(でも、覚えてない夢だしね)

 杏の「天啓」は夢の中でもたらされたが、その時のことは今もはっきりと覚えている。

 だから、きっと「天啓」絡みの夢なら覚えているだろう。杏はそんな風に楽観した。

◆◆◆

 「文部科学省宇宙対策室・東京多摩分室」と表札の出ている事務所のドアを見て、「自分の職場だ」と認識できるようになったのは、比較的最近のことだった。ノックして入る。

「おはようございます」
「おはよう」
「あら神林さんおはようございます。紅茶はいかがですか?」

 いつも通り、事務所内には、この多摩分室の室長である国成哲夫くになりてつおと、杏と同じ非常勤である浪越なみこしテータが既に出勤していた。哲夫はノーネクタイのクールビズスタイルをして、会社員然としたスタイルだが、テータの方は昔の映画に出てくる見習いシスターに似た格好をしている。

 そのテータの顔を見て、杏の心臓が跳ねた。

(え?)

 自分の反応に、戸惑う。

 確かに、テータのことは綺麗な人だとは思っているが、今の拍動は、そう言った甘酸っぱいものではない。

 問題視している渦中の人物を見つけた時の様な……そんな嫌な反応だった。

「神林さん?」

 テータは、自分を凝視する杏に不思議そうな顔を見せた。

「どうしたんだ?」

 哲夫も顔を上げる。杏が黙っているのを不審に思ったのだろう。

「あ、何でもないです。いただきます」
「今淹れますね」

 テータは上機嫌でキッチンに消えていった。杏は自分の席に荷物を置き、水筒などを取り出した。

 彼女は地球人ではない。その正体は、「天啓」をもたらした星の出身、つまりは宇宙人である。

 ただし、テータは「天啓」を送り込んできた宇宙人とは折り合いが悪く、その計画を邪魔するために単身で地球に乗り込んできた。そして地球に協力している。

 実際に、今日もこれまでに幾度も助けられたし、「天啓」を受けた被害者が暴れた時に取り押さえるのに、真っ先に飛び出したのはテータだ。先日、杏が宇宙人の手下に誘拐されたときも、哲夫と一緒に乗り込んできてくれた。杏はその時、心から嬉しく感じた。誰かが助けに来てくれる、ひいては心配してくれると言うのは、安心感と同時に幸福感ももたらすものだ。

 だから……いくら元凶の異星から来ているとしても、嫌に思う必要などないし、思う理由もない筈なのに……。

(この前、浪越さんがあんな目に遭ったのが堪えてるのかな)

 杏が誘拐された事件において、テータはこちらを敵視する地球人から暴力を受けた。結果的に無事だったのだが、杏も哲夫も彼女が死んだと思って打ちひしがれていた。それくらいの暴力を目の当たりにしたのだ。テータ本人はさほど気にした様子は見せていないが、杏の方はまだ、目の前で行われた暴力の記憶をストレスに思っているのかも知れない。

 実際、あの暴力を思い出させるものは、テータ本人だけだ。だから、彼女を見る度にどきっとしてしまう……のかもしれない。

(ちょっと腑に落ちないけど)

 そういうことにしておこう。

「はい、どうぞ」

 テータが紅茶を置いてくれる。良い香りだ。紅茶の善し悪しなんて、この分室では誰もわからない。強いて言うなら、他人が淹れてくれたお茶は嬉しい、くらいのもので。

「いただきます」

 杏は、ニコニコしているテータに、少しの胸騒ぎを感じながら、カップに口を付けた。
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