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HO1.天啓の拒絶(3話)

3.東京多摩分室非常勤

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 数日後。国成くになり哲夫てつおから連絡が入った。話を聞かせて欲しいので来て欲しいとのことだ。場所は電車で一本の駅から歩いてすぐ。交通費はお支払いしますとのこと。まだそこまで経済的に困る段階ではないが、ありがたく受け取ることにした。

 指定の事務所には「文部科学省宇宙対策室 東京多摩分室」と表札が出ている。
 チャイムを鳴らすと、すぐに国成が出てきて中へ通してくれた。

「紅茶はいかがですか?」

 中には、あのシスター、浪越なみこしテータがいる。

「頂きます」

 杏は素直に頷いた。

 そういえば、あのときの彼女の翼は一体何だったのだろうか。見間違いか何かだったんだろうか……。
 と、思って浪越の顔を見ていると、彼女は杏がどんな意図で自分を見ているのか察したらしい。

「私の『翼』のことも後で説明しますね」
「あ、はい……」
「どうぞこちらへ」

 国成に促されて、杏はソファに座る。少しすると、浪越が紅茶を持ってきてくれた。それをちびちびと飲みながら、国成は説明を始める。

「聞きたいことはたくさんあると思うんですが、まず、前提からお話ししますね。この星は今、他の惑星の宇宙人から侵略を受けています」
「宇宙からの侵略!?」

 あまりにも荒唐無稽な話が、公務員の口から出て、杏は思わず腰を浮かした。

 ……そういえば、文部科学省だと言うのも、二人の自称なのだ。今時名刺の偽造なんて簡単だろうし……しまった、厚生労働省に電話して国成哲夫の実在を確認すれば良かった……。

「その星の出身が私です」

 ばさっ、と、何かを広げる音がした。見れば、浪越が、あのときハローワークで見た「翼」を広げている。ほんのり、彼女から暖かい空気が出ているような……。

「これは本当は私の『排熱器官』なんです。普通に地球人に擬態していれば使わなくても良いんですが、ああいう場で相手を制圧しようとするとやはりね」
「ぎ、擬態?」
「はい。本当の私は皆さんとは似ても似つかない怪物……というのはちょっと大袈裟だし言われると悲しいですけど、見れば地球人ではないと一目でわかる外見をしています。ですが、地球で活動するにあたってそれはあまりにも不便ですので、こうやって擬態をしています」

 国成を見ると、彼は肩を竦めた。

「あの格好でそこの窓から逆さにこちらを見てたんですよ。俺はそれで信じました」

 それは……なかなかホラーな光景だっただろう。

「私は侵略を目論む宇宙人の部下なのですが、私は上司が嫌いなので邪魔するために地球人に協力するつもりです」

「実際、協力してもらっています。情報提供始め、洗脳された被害者が、この前の職安でのことみたいになった時に取り押さえて貰っています」
「洗脳?」

 突然出てきたワードに、杏は目を瞬かせた。

「それは私からご説明します」

 浪越がするりと、国成の隣に座った。

「まず、侵略を試みている者は、地球の各地に、地球人を洗脳するデータを送信しています」

 要するに、SFなどでよく描かれる、洗脳電波の様なものを送り込んでいるらしい。

「それを、洗脳された人たち……私たちは『被害者』と呼んでいますが、被害者たちは『天啓』『使命』と呼んでいます」
「使命……!」

 杏は目を見開いた。

『だからあなたに使命を与えます』

『人類を滅ぼしなさい』

『それが、人類に対する救済になるのですから』

『我々の代行として人類を滅ぼし、救済なさい』

 夢で聞いた声がまざまざと蘇る。二人は杏をじっと見つめていた。

「そして、『救済』と称して迷惑行為に走り、社会に混乱を生む。その様子だと、神林さんも『天啓』を受けたようですね。今まで、『天啓』を受けた被害者同士が同時にそこにいることはなかった。今回が初めてのケースなんです。それも、被害者が、誰かが『天啓』を受けていることに気付いた。神林さん、あなたは彼と『天啓』について話し合いましたか?」

 国成に問われて、杏は首を横に振った。

「いいえ」
「なるほど。彼が『天啓』を受けたことは?」
「初めて会った日に、『使命』がある、と言われました。僕が『天啓』を受けたのはその夜の夢でのことです」

 杏は夢の内容をかいつまんで話した。最終的に、『天啓』を拒絶したことを告げると、今度は二人が目を丸くする番だった。

「『天啓』を拒んだのですか?」

 テータが勢い込んで聞く。

「怖かったので」
「できるんですか」

 国成が浪越に尋ねている。異星人は困惑したように首を横に振った。

「わかりません。でも、確かに『使命』と言う物に嫌な印象を持っていたら……? いえ、やはり『わからない』と答えるのが誠実でしょう」
「そうですか……しかし、神林さん、あなたは彼が……彼は柳井やないさんと言うんですが……柳井さんが『天啓』を受けていると気付くことはなかったんですよね? 彼はあなたが自分とは違う『使命』を帯びていると気付いたようでしたが」

 そうだ。自称エージェントの柳井は、確かに杏を見て、こちらが何らかの『使命』を受けていると気付いた様子だった。杏はそんなことわからなかったのに。判断力の低下だと思っていた。

「もしかすると」

 浪越が顎に手を当てた。

「『天啓』データそのものは神林さんの中に既に保持されている可能性はあります」

 杏は思わず胸の辺りに手を当てた。

「ですが、それが神林さんの頭を乗っ取ることはできなかった。ただ、今までの被害者、誰も『滅びが救済』なんてことは言わなかったんですよね。恐らく別パターンの『天啓』だと思います。どうして柳井さんがわかったのかは不明ですが……今までのものとパターン違いなのは間違いないです」

「あの」

 そこで、杏は口を挟んだ。

「柳井さんはどうなったんですか?」
 二人はそれを聞いて、気まずそうな顔になった。宇宙人である浪越までそんな顔をする。

「……亡くなったんですね」

 杏は察してしまった。窒息するか失血死するかのどちらかだった。失血死したのだろう。浪越は自分の手を見ていた。筒状の物を引き抜いて出血させたその手を。

「私の力が及ばず」
「浪越さんは悪くないだろ」

 意外なことに、国成がそれを庇った。そのやりとりから、杏は、二人の間に信頼関係があることを知る。

「あのまま放っておけば、柳井さんは間違いなく窒息死していたんだから」
「それは、そうですけど、やはり悔しいですね……助けたかった。あんなくだらない『天啓』なんてものから」

 浪越は低く、ともすれば憎悪とも呼べそうな感情の籠もる声で呟いた。しかし、杏の視線を感じたのか、顔を上げてはっと我に返る。

「ごめんなさい」
「いえ……」

「確かに、彼女は宇宙人だが、その惑星での『人間』だ。こうやって被害に心を痛めるし、地球の常識にも合わせられる。俺は彼女のこの言葉が演技だとは思えない。信用して大丈夫だ」

 国成が取りなすように言った。

「はい……」

 素人だが、あのとき喉を押さえて苦しんでいた柳井の姿を見てしまった杏も、恐らく同じ選択をしてしまう気がする。それに、今の「助けたかった」を演技と思えないのは、杏も同じだった。

「そうは言っても、すぐに信用するのは難しいでしょう。それは仕方ありませんが、私は神林さんに協力を仰ぐべきだと思っています」
「僕に?」
「はい。別データを受け取っているあなたは、柳井さんの様な、他の被害者から畏怖される存在です。今のところ、被害者を見極める方法は二つ。一つは、極端な他者への救済願望。しかし、これだけでは不十分です。そういう願望を持つ人は、『天啓』がなくても大勢いますから」
「では、もう一つは?」
「この洗脳データは、人体に影響して体内に結晶を作ります」

 浪越はそんな恐ろしい事実を杏に告げた。

「そして、肉体の一部をあの筒状の有機体に換えます。どんな風に出てくるかは解らないんですよ。ひとまず、早期発見できた人からは結晶を取り除いて、予後は良好と聞いています」
「……その結晶とかあのホースみたいなやつって、僕の身体にもできるんでしょうか?」
「それが、あなたをお誘いしたい理由の一つです」

 国成あとを引き取った。

「あなたには、定期的に検査を受けてもらいます。その中で結晶ができているようだったら取り除く。あなたの健康状態をモニターしたい。その上でこちらに経過記録も取らせて頂きたいんです。そして、あなたは、あなたが『天啓』を受けたことを看破できる人間、つまり『被害者』の炙り出しに協力してもらいます」
「わかりました」

 あの、柳井の異変。そして死。自分もああなるかもしれなくて、回避する手段があるなら、喜んで協力する。杏は既にそんな気分になっていた。

「その代わりと言ってはなんですが……ハローワークにいらしていた、と言うことは、失礼ですがお仕事は」
「今は有休消化中です。今月末で退職予定になってます」
「そうですか。でしたら、その後の仕事はこちらで提供できます」
「どういう意味ですか?」
「この分室の非常勤になって頂きたくて。できればすぐにでも」
「えっ」

 杏は驚いた。しかし、文部科学省と言うことは公務員。公務員の副業は禁止だった筈だ。有給休暇消化中の杏はまだ会社に籍がある。

「でも、公務員って仕事掛け持ちできないんじゃ」
「非常勤ならその規定にはあたりません。どの道、特例で話は通します」

 国成はクリップボードに挟まった書類と、ボールペンを差し出した。見れば、非常勤の雇用契約書だった。

「あなたの力が必要です」

 彼はじっと杏を見る。ちらり、と浪越の様子を窺うと、彼女もやはり真剣な目で杏を見ていた。

 侵略者と同じ星の宇宙人と、侵略された星の人間と、洗脳されかかった人間。その三人が手を組んで地球を救うのか。

 なんだか、年甲斐もなくわくわくしてしまった。そんな場合でないことは重々承知だが、悲観してシリアスぶったところで状況が変わらないなら、前向きになった方が建設的だろう。それは、自分がもしかしたら別のものに変貌してしまうかもしれない恐怖の裏返しなのかもしれない。

「わかりました」

 杏は頷いた。
 あの、拒絶した筈の『天啓』が自分の中に巣くっていることが、今後どう転ぶかはわからない。
 それでも、抗いたいと思った。自分のためにも、自分が暮らすこの星のためにも。

「よろしくお願いします」

 クリップボードを手に取った。
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