聖火の番人(キャラクター習作集)

三枝七星

文字の大きさ
上 下
1 / 2

聖火の番人

しおりを挟む
 その城には聖火番と呼ばれる職業がある。
 建国神話に於いて、王家が神から賜った火。それを絶やさぬように見張る番人、と言うのが表向きの説明であるが……その人の姿を知っている者はほとんどいない。
「もしかしたら、もういないのかもな」
 ある時、王城職員の一人がそんなことを呟いた。
「いや、そうでもないんだ。職員の数だけものを用意する、となると、必ずその聖火番の分も数に入っている」
 別の一人が首を横に振る。
「たまに、見落として一人分足りない、なんてことになるけどな。」
「本当に?」
「本当に」
 肩を竦めた。
「とは言え、どう言う仕事かは誰も知らない。詮索している暇もないしな」
 それはそうだ。王城の業務は失敗が許されない。その割りに業務量が多い。だから、王城の職員はいつも忙しく駆け回っている。
「しかし、その聖火って城の地下にあるんだろう? 聖火番もずっと地下にいるのかな?」
「いるんじゃないのか? まあずっと見張ってないといけないってことはないだろうけど。食事も湯浴みもするだろうし」
「でも一人なんだろう? 一人で回る仕事なのか?」
「さあ……本当に、聖火番のことはよく知らされていないからな……」
 知らされていないと言うことは、知らなくても良いこと、と言う意味だ。
「それに……それらしい奴を見た、と言う者もいるんだが、ちょっと目を離した隙にいなくなっているそうだ」
「……それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「その、悪いもの……悪霊とかじゃなくてか?」
「ははっ! そりゃないよ。そんなものを城の地下に置いておく理由があるのか?」
「いやわかんないけどなんとなく」
「まあ、どうなんだろうな。ただ、俺たちに知らされていないってことは、心配する必要もないと言うことだ。自分たちの仕事しようぜ」




 ドアの向こうで自分の話をされている。聖火番はその中身を聞いて苦笑した。
(私だって、まさか自分がこんな職業に就くとは思わなかったさ)
 平民の出である自分が、まさか王家の正当性を保証する神話の核心に関わる様な立場につくとは思いもしなかった。本当なら、今頃……何をしていたんだろう。

 聖火番の仕事場は、王城の地下にある。噂話レベルになっているのは、仕事場の場所も関わっている。いつの間にか姿を消している、というのは、この隠し扉のせいだろう。
 石造りの階段を、静かに降りる。辿り着いたのは地下の「聖火の間」で、その人は「聖火のランタン」と呼ばれる、巨大な炉が鎮座している。
 その中では、荒ぶる魂が暴れていた。

 王家が神から火を賜る神話のあらすじは、神に歯向かう蛮族を滅ぼした褒美として火を与えられたと言う内容だ。それは神話であるから一部は脚色されているし、語られていないこともある。
 その蛮族は呪術に長けた者たちで、自分たちを滅ぼす王家に呪いを掛けた。

 死後、自らの国に仇なす悪霊になる呪いを。
 こうやって悪霊と化して、国を滅ぼす機会を虎視眈々と窺っているのだ。

 それから王家の人間が死ぬと、皆この「聖火のランタン」に閉じ込められるのだ。荒ぶる魂。火を賜る際に受けたこの呪いによることから、この悪霊を「聖火」と隠語で呼んでいたのが、いつの間にかすっかり定着してしまった。
 「ランタン」の調整や修繕が聖火番の仕事だ。
 聖火番と呼ばれる人たちは、代々この悪霊たちを鎮めるための術式を体内に授かる。前任から後任に、連綿と受け継がれている。

 地下に悪霊がいるのではないか、と言う階上の指摘は正しい。その通りだ。けれど、それは真実の看破ではない。この程度の当てずっぽうなら、聖火番は問題視しない。
 神話で語られるように、神から賜った火は、もう人々の生活に根付いている。暖炉で燃えているその火も、原初の火から分けられたものだ。

『ヒヒヒ』
 悪霊の一体が、壁に貼り付いて笑っている。こちらを嘲笑っているようにも、自分の状態を笑うしかないと思っているようにも見える。
 それを聖火番はただ見上げて、やがてそっぽを向いた。

 他人の正確な仕事を知らない。知る暇もない、と言うのは、聖火番も同じだ。
 国を滅ぼさんとする、内側からの危機に備える。
 暇な筈がない。
「さて、新しく外つ国からもたらされた術があるようで……」
 日々、ランタンの補強や鎮魂の魔術を磨かねばならない。聖火番は、聖火の間から出た隣の部屋で、借り受けた本を開くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...