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「天啓」と「天使」

2.教師の異変

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 果たして、上の許可は降りた。却下されるかと思ったが、どうやら末端の哲夫が思っているよりも事態は深刻であるらしく、体内に生成される結晶の情報提供をしたテータが宇宙人であること、利害が一致すること。これらのことから、彼女は哲夫の分室の非常勤となった。

「とりあえず、この雇用契約書にサインだけしてもらえるか? 意味があるのかはわからんが」

 テータの行きつけの店だと言う固定電話の番号に掛け(個人経営の喫茶店だった)、彼女を呼び出すと、哲夫は上司から送られてきた雇用契約書とペンを差し出した。テータはその内容を熟読すると、頷いて署名欄にサインする。「浪越テータ」と。

「住所は未記入でも?」
「構わない」

 そもそも宇宙人なのだから。例外中の例外だ。これも単純に、儀式のようなものだ。そもそも地球人ですらない者を雇用すると言うことは想定されていないのだから、こんな契約書で縛れる相手でもない。「決められた手順」というのは重要だが、時としてそれが儀式化することもある。

「指切りげんまんのようなものですか」

 テータは納得した様に頷いた。宇宙人の彼女は、人類の「外に向かう思考」、つまり「常識」や「社会通念」と言われるものを読み取ることができるらしく、それで人類に擬態しているらしい。

 擬態、と言うのが、自前の身体を変形させているのか、はたまた誰かの遺体を乗っ取っているのかは不明だが……。

 それはさておき、相手が得体の知れない宇宙人であることを除けば、哲夫が願っていた「同僚」の加入は叶った。テータは異国どころか異星だと言うのにテキパキと仕事をこなしている。

 何より、彼女の存在で助かったのは、「天啓」を与える「神」についての情報だった。

「私も詳しくないのですが」

 彼女は前置きして語った。

「まず私の星は地球を侵略して植民地にしようと目論んでいます。そのためにはまず、この星を治めている知的生命体の結束を崩す。互いに不信感を持たせて、自分たちが乗り込み、救済し信用させる、と言う手法を採ろうとしています」
「最悪だな」
「まったくです」

 哲夫のストレートな感想に気を悪くした様子も見せない。最初に申告したとおり、彼女は本当に故郷の思想を嫌っているらしい。それで邪魔するために哲夫に接触してきたのだから。

「そこで、あなたたちが『神』……アレが神ですか……まあ良いでしょう。あなた方が『神』と呼ぶ奴は、地球人の脳にデータを送信するんですね。『お前はこれからこういうことをしないといけない』と言う暗示です。行動を変容させるほどですからもうこれは汚染と呼んで差し支えないでしょう。その汚染物質が体内で結晶を作ることがある、と言うわけです。この副作用には気付いているのかいないのか……それはわかりません」
「なるほど……」
「もちろんこれも人によって合う合わないがあります。データは地域の一角に送られますから、その地域にいた人はもれなくデータに曝露しますね。ですが、上手く脳に入らないこともある。そんなに広範囲には送ってませんから、そもそもそこに居合わせない人もいる」

 東京都でもそんなに多くない。少なくとも、東京全土を覆ってしまうようなものではないのだろうが、新宿など都心の方に送られていたら居合わせる人間は多そうだ。ぽつぽつとあちこちに出ると言うことは、案外都心の方に撃ち込まれているのかもしれない。出張している人間もいるだろうし、通勤時間が長い人間だっていくらでもいる。

「それにしても、本当に馬鹿だと思いませんか?」

 テータは歪んだ笑みを浮かべた。普段は人の良さそうな、いかにも清楚なシスター見習い、みたいな顔をしているのに、地球人が「偽の天啓を送る神」と呼ぶ宇宙人のことになるとこの顔だ。相当嫌っているらしい、と言うことは、出会って数日の哲夫にもわかる。

「世界の何人かに、効果があるかもわからない洗脳データを送りつけて『救済』を目論むなんて。もっと確実な手がいくらでもあるのに」

 侵略の確実な手。それは、哲夫にもいくつか思い浮かぶ。歴史の中で繰り返し行われていたことだ。
 そんなまだるっこいことをして……「神」の目当てはなんなのだろうか?



 テータが加入してから数日後、本部の上司から連絡があった。多摩地域のとある私立中学校に勤務する教師の様子がおかしいと。

「おかしいって?」

 スピーカーでテータにも聞かせながら、哲夫は目を瞬かせた。

『なんでも、「こんな大事にされていては社会の荒波に耐えられない。大人になってから急に試練に晒されるなんて可哀想」と主張して生徒に恫喝まがいの叱責をするようになったとか』
「それは……ストレスによる行動変容では」

 教師の長時間労働についてはだいぶ前から問題になっている。文部科学省がそれを無視して「宇宙人の洗脳だ!」と言うのもどうなのか。哲夫は控えめに主張してみたが、

『わからない。とにかく接触してみてくれ。ただ、当の教師は「未来の暴威から救っているのだ」と主張しているらしい』

 それを聞いて、テータは鼻を鳴らした。

「行ってみましょう、国成さん」
「そうだな……詳細を送ってください」



「先生を助けてください」

 上司から情報を貰った哲夫たちは、早速学校に訪問のアポイントを取った。放課後の時間帯に訪れると、話を聞いていたのか、待ち構えていた少女たちに囲まれる。皆、一様に怯えて、切羽詰まったような様な顔をしていた。

「あなたたち。文科省の人たちは先生とお話があるんですよ」

 副校長がやんわりとたしなめる。とはいえ、無碍むげにするのも気が引けたので、哲夫は挨拶はしておくことにした。

「君たちは、クラスの生徒さんたち? ああ、僕は文部科学省の国成と言います。こちらはコンサルタントの浪越です」
「よろしくどうぞ」
「シスターさんですか?」

 生徒たちはテータの服装を見て首を傾げる。

「似たようなものです」

 テータは曖昧な答えを、自信ありげな表情でくるんだ。他の宗教の信徒とでも解釈したのか、生徒たちはそれ以上尋ねなかった。それよりも、教師のことが心配で仕方ないらしい。

「先生、本当はそんなことするような人じゃないんです。絶対に何かあった筈なんです。お願いです。先生を助けてください」
「進路指導室を使いましょう」

 副校長が一行を促した。ぞろぞろと室内に入り、扉を閉める。

花島はなしま先生が変わってしまったのはここ数ヶ月のことです」

 副校長が説明する。ここ数ヶ月。他の被害者たちの行動が変容し始めた頃と一致する。しかし、これだけでは根拠薄弱だ。画像診断で結晶の存在でも確認できるのが一番良い。そうでなければ、担当局に引き継いで介入を依頼するかだ。哲夫は研究開発局の所属なので、学校教育の方には詳しくない。

「普段は優しくて、決して声を荒げたり、大きな音を立てたり、強く詰め寄る先生ではなかったのに……」

 ある時から、急にパワハラめいた詰問や、壁を叩くなどの暴力的な行動を取るようになったらしい。驚き、困惑した生徒たちの話を聞いた学年主任が問いただしたところ、

「何言ってるんですか。あの子たちは大きくなったら理不尽な社会に放り出されるんです。今から社会がどんなところなのか教えておかないと」

 極めて真面目な顔で言ったのだと言う。まだそこまで問題が大きくなっていないのは、ひとえにそれまでの花島教諭が生徒たちに慕われていたからだ。何かがあったに違いない。保護者たちからの問い合わせはあるものの、今すぐ解雇しろと言うところまでは行っていない。ただ、時間の問題ではある。今指導室に集まっている生徒たちはまだ耐えているが、すでに耐えられなくなって休みがちになっている生徒もいるからだ。

「なんとかしてください」

 生徒たちの中にはぽろぽろと泣き出す者もあった。

「あんなの先生じゃない」
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