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#45 どうしよう
しおりを挟むきみが好きだ、とアレクくんの怒ったような声が言う。温厚でわたしに対してはつねに紳士な彼が、男の人の力で少しだけ乱暴に有無を言わさずわたしを抱きしめた。
かばわれたときとは違う、ねぼけたときとも違う。アレクくんの意思には自分以外の誰にも見せまいとするような強い独占欲がはっきりとあって、わたしを戸惑わせた。
こわかったしびっくりした。同時あらためて彼が今までどれほどわたしとの距離感に気を配っていたかを再確認してしまう。アレクくんなのにアレクくんじゃないみたいで、わたしは動揺してしまった。
離して、と言うのがやっとで、由来の不明な新しい涙が頬を濡らした。それでもアレクくんは解放してくれなくて、嫌? って聞いてくる。わたしが首を横に振ると今度は介抱するようにわたしを横抱きにした。そうしてまた好きだよって言って。
(ひええええ)
思いだしてわたしはベッド上で悶絶する。宿に戻ったあとは顔を洗って、でもアレクくんの前でどんな顔したらいいのかわからなくて逃げるようにベッドにこもったわけだけど、そのまま眠ってしまったらしく現在に至る。
(という夢を見ました、だったらまだよかったのに)
一連のできごとがわたしの妄想だったらどんなにかよかっただろう。それはそれで悶絶しただろうけど今よりはましだ。だって逃げ場ないじゃん。
「三回もいうし……」
たぶんわたしの行動パターンお見通しなんだよね。念入りに三回も言われたら「聞こえなかった」とも「聞き間違えた」とも言えない。おのれ勇者め。
わたしはため息まじりに肩へ手を伸ばした。しっかり記憶に残ってる。背中にまわったアレクくんの腕の強さも熱も声も息遣いも。
(どうしよう……)
だってアレクくんの意思じゃないのに。システム通りに計算されて、一定数値になったからシナリオが起動してそうなっただけ。架空の好意だ。操られてるだけ。クロスオーバーしてる乙女ゲームに言わされただけだ。
アレクくんの本心じゃない。
そうだ、本心じゃない。全部終わったらクリアされてなかったことになるフィクションで仮の感情で偽物で。
(絶対選択肢で来ると思ってたのに)
どうしよう、と声に出す。なかった、選択肢。突然ぶっこまれてきた。かわす暇もなかった。てか告白イベントってこんな中途半端なところで入ってくるものなの? もっと終盤かエンディングだと思ってた。
どうしよう。なおも呟きながらわたしは靴を履く。
衝立の向こう側からはアレクくんとコセムくんの寝息が聞こえる。紳士なコセムくんは最初わたしと同じ部屋に泊まることに抵抗を示したのだけども、野宿がベッドと屋根のある部屋になるだけなのではと言うと黙ってしまった。コセムくんはわたしを思って提案してくれたわけだから素直にうけとるべきだったかもしれないけど、もったいないじゃんね、わざわざ部屋とるの。
(アレクくんとあんなことになるってわかってたら一も二もなくくいついてたけど)
思いだしたらまたはずかしくなってきた。わたしは二人を起こさないようそっとドアノブを引いて廊下に出る。朝まであとどれくらいだろうかと、廊下、階段と進みながら考えた。宿代は人数分先払いしてあるから捕まることはないはずだ。そのままふらふらとわたしは船着き場の方へ歩いた。
魔物避けバリアとか結界があるわけじゃないので、夜になると腕に覚えのある人たちが五名くらいの一グループをつくって交替で見回って町を守っている状態だ。こうなる前はどこの店も朝まで明かりが残って音楽や酔っ払いたちの笑い声が響いていたそうだけど、今は夜闇の帳に隠れるようにして扉をかたく閉めてしまっている。
「おや、誰かと思ったら静暁の魔女の嬢ちゃんじゃねえか」
声をかけてきたのは魔物警戒見回り中らしい人たちだった。おつとめごくろうさまですと通り過ぎようとしたしな、左腕をつかまれる。一人かい、と見ればわかることをたずねられて、わたしは落ち着きなく周囲を見た。ちょっとお酒臭い。まずいパターンだ。
「コセムがいた手前大人しく引き下がったが、本当はまだ疑ってるんだぜ……」
「ひんむいて確かめてみようぜぇ」
馬鹿なことをしたと今更思っても遅い。静かな水辺で物思いをしたかっただけなのにどうしてこうなった。
大きな声を出そうとしても口を手でふさがれて、建物のかげにつれこまれてしまう。口ではわたしを疑うそぶりだけど、本当に疑ってたらわざわざわたしを刺激するような真似なんかできないはずだ。だいたいこの人たち、最初に戦ったなかにいなかったし。
こういう手合いは抵抗をすればするだけ余計興奮させるだけだ。だからって大人しく好きにさせてやる義理もない。なんとかチャンスはないものかとわたしは目を動かして、ふと月を見上げた。魔に蝕され血のように赤く変わり果てた“パンディオ”。もしもまだ彼の心がどこかに残っているなら、その人は今この地上に何を思っているのだろう。
じっと見入るうち、男たちの様子がかわった。楽しげな下卑た表情が急に真顔になり、それからおそろしいものを目にしたかのように青ざめていく。てっきりコセムくんたちが助けにきてくれたのかと思いきや、次の瞬間、ごう、と音をたてて小規模の風の渦がその場に発生した。バチバチと静電気のようなプラズマをまとうそれは赤い夜の中でもはっきりとわかるくらいまがまがしい色をしていて、わたし自身も魔物のしわざを疑うほどだった。
「静暁の魔女……ッ!」
「魔女だああああ!」
そばの廃材と一緒に風に弾き飛ばされた男たちが悲鳴をあげながら我先にと逃げていく。ぼうぜんとそれを見送って、わたしはその場に座りこんだ。
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