上 下
47 / 55

#45 どうしよう

しおりを挟む




 きみが好きだ、とアレクくんの怒ったような声が言う。温厚でわたしに対してはつねに紳士な彼が、男の人の力で少しだけ乱暴に有無を言わさずわたしを抱きしめた。
 かばわれたときとは違う、ねぼけたときとも違う。アレクくんの意思には自分以外の誰にも見せまいとするような強い独占欲がはっきりとあって、わたしを戸惑わせた。

 こわかったしびっくりした。同時あらためて彼が今までどれほどわたしとの距離感に気を配っていたかを再確認してしまう。アレクくんなのにアレクくんじゃないみたいで、わたしは動揺してしまった。
 離して、と言うのがやっとで、由来の不明な新しい涙が頬を濡らした。それでもアレクくんは解放してくれなくて、嫌? って聞いてくる。わたしが首を横に振ると今度は介抱するようにわたしを横抱きにした。そうしてまた好きだよって言って。

(ひええええ)

 思いだしてわたしはベッド上で悶絶する。宿に戻ったあとは顔を洗って、でもアレクくんの前でどんな顔したらいいのかわからなくて逃げるようにベッドにこもったわけだけど、そのまま眠ってしまったらしく現在に至る。
(という夢を見ました、だったらまだよかったのに)
 一連のできごとがわたしの妄想だったらどんなにかよかっただろう。それはそれで悶絶しただろうけど今よりはましだ。だって逃げ場ないじゃん。

「三回もいうし……」

 たぶんわたしの行動パターンお見通しなんだよね。念入りに三回も言われたら「聞こえなかった」とも「聞き間違えた」とも言えない。おのれ勇者め。
 わたしはため息まじりに肩へ手を伸ばした。しっかり記憶に残ってる。背中にまわったアレクくんの腕の強さも熱も声も息遣いも。

(どうしよう……)

 だってアレクくんの意思じゃないのに。システム通りに計算されて、一定数値になったからシナリオが起動してそうなっただけ。架空の好意だ。操られてるだけ。クロスオーバーしてる乙女ゲームに言わされただけだ。
 アレクくんの本心じゃない。
 そうだ、本心じゃない。全部終わったらクリアされてなかったことになるフィクションで仮の感情で偽物で。

(絶対選択肢で来ると思ってたのに)

 どうしよう、と声に出す。なかった、選択肢。突然ぶっこまれてきた。かわす暇もなかった。てか告白イベントってこんな中途半端なところで入ってくるものなの? もっと終盤かエンディングだと思ってた。
 どうしよう。なおも呟きながらわたしは靴を履く。

 衝立の向こう側からはアレクくんとコセムくんの寝息が聞こえる。紳士なコセムくんは最初わたしと同じ部屋に泊まることに抵抗を示したのだけども、野宿がベッドと屋根のある部屋になるだけなのではと言うと黙ってしまった。コセムくんはわたしを思って提案してくれたわけだから素直にうけとるべきだったかもしれないけど、もったいないじゃんね、わざわざ部屋とるの。
(アレクくんとあんなことになるってわかってたら一も二もなくくいついてたけど)

 思いだしたらまたはずかしくなってきた。わたしは二人を起こさないようそっとドアノブを引いて廊下に出る。朝まであとどれくらいだろうかと、廊下、階段と進みながら考えた。宿代は人数分先払いしてあるから捕まることはないはずだ。そのままふらふらとわたしは船着き場の方へ歩いた。
 魔物避けバリアとか結界があるわけじゃないので、夜になると腕に覚えのある人たちが五名くらいの一グループをつくって交替で見回って町を守っている状態だ。こうなる前はどこの店も朝まで明かりが残って音楽や酔っ払いたちの笑い声が響いていたそうだけど、今は夜闇の帳に隠れるようにして扉をかたく閉めてしまっている。

「おや、誰かと思ったら静暁の魔女の嬢ちゃんじゃねえか」

 声をかけてきたのは魔物警戒見回り中らしい人たちだった。おつとめごくろうさまですと通り過ぎようとしたしな、左腕をつかまれる。一人かい、と見ればわかることをたずねられて、わたしは落ち着きなく周囲を見た。ちょっとお酒臭い。まずいパターンだ。
「コセムがいた手前大人しく引き下がったが、本当はまだ疑ってるんだぜ……」
「ひんむいて確かめてみようぜぇ」

 馬鹿なことをしたと今更思っても遅い。静かな水辺で物思いをしたかっただけなのにどうしてこうなった。
 大きな声を出そうとしても口を手でふさがれて、建物のかげにつれこまれてしまう。口ではわたしを疑うそぶりだけど、本当に疑ってたらわざわざわたしを刺激するような真似なんかできないはずだ。だいたいこの人たち、最初に戦ったなかにいなかったし。

 こういう手合いは抵抗をすればするだけ余計興奮させるだけだ。だからって大人しく好きにさせてやる義理もない。なんとかチャンスはないものかとわたしは目を動かして、ふと月を見上げた。魔に蝕され血のように赤く変わり果てた“パンディオ”。もしもまだ彼の心がどこかに残っているなら、その人は今この地上に何を思っているのだろう。

 じっと見入るうち、男たちの様子がかわった。楽しげな下卑た表情が急に真顔になり、それからおそろしいものを目にしたかのように青ざめていく。てっきりコセムくんたちが助けにきてくれたのかと思いきや、次の瞬間、ごう、と音をたてて小規模の風の渦がその場に発生した。バチバチと静電気のようなプラズマをまとうそれは赤い夜の中でもはっきりとわかるくらいまがまがしい色をしていて、わたし自身も魔物のしわざを疑うほどだった。

「静暁の魔女……ッ!」 
「魔女だああああ!」

 そばの廃材と一緒に風に弾き飛ばされた男たちが悲鳴をあげながら我先にと逃げていく。ぼうぜんとそれを見送って、わたしはその場に座りこんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

処理中です...