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#37 淑女の寝起きは見てはいけない

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 前世の夢を見ていた。といってもそんなたいそうな夢じゃない。普通に社会人やってた頃の夢だ。昼間の熱のこもる部屋で溜まったゴミや洗濯物を片付けながら、そういえばしばらく実家帰ってなかったなーってぼんやりと思うだけの夢。
 ちゃんと食べてる? ってお母さんからメールが来てたような気がする。そういえばわたし、あのメールに返信したかな。

(いいにおいがする……)

 すん、とわたしは嗅覚を動かした。ベッドに寝かされている。ハーブかな、上掛けからほんのりと香るにおいを深く吸い込むと、目覚めかけだった意識が再び沈んでいくようだ。
(どうりで昔の夢なんか見るわけだ……)

 清潔なベッドに焼きたてのパンの香り。そういえば実家に久しぶりに帰ると、お母さんがいつもパンを焼いてくれたなあとわたしは思いだす。厚みのあるベーコンにふわふわのスクランブルエッグ、あとは気分でハッシュドポテトだったり夕飯のおかずの残りだったり。なかなか布団を干す機会がなくていつも湿気の臭いに包まれていたから実家の、ふかふかでおひさまのにおいがするベッドがありがたかった。ごはんが出てくるのもありがたいけど。

 窓辺に野花を思わせるピンク色の花を挿した花瓶が見える。かわいいなあなどとのんびり考えたところで、ようやくわたしはここが実家なんかではないことに気づいた。一応お母さんの名誉のために言っておくと、うちのお母さんも部屋にお花飾るの好きでしたが。

「おはようございます」
「ん……? コセムくん……?」

 読んでいたらしい本を閉じて、気分はどうかとコセムくんがわたしにたずねた。わたしはまだ少し眠っているような頭を起動させながらうなずく。
「うん、大丈夫……」
 ちょっとけだるいけど。
 かえすと、コセムくんが椅子から腰を上げた。アレクくんは? とそのまま流れで聞いて、わたしはようやく気づく。

「コセムくん!?」
「はい」

 コセムくんがくすっと笑った。会話を続ける意思は感じるのにこちらに目を合わせないのはもしかしたらアレかもしれない。女の寝起きつまりすっぴんは見てはならないという上流階級作法的な。
(いうてずっとすっぴんだしなあ……)
 まあ「ジアンナ」は美人だからすっぴんでも全然問題ないんだけどね。ためしに顔を洗って髪を整えると、やっとコセムくんとの対面を許された。なるほど、ここが彼の妥協点のようだ。

「覚えていますか? ここはあなた方と洞窟に居合わせた方の村です。アレクは彼の手伝いをしています」
 コセムくんが状況を説明してくれる。洞窟で一緒に勇者一行と遭遇した冒険者のお兄さんの家のようだ。わたしは二日ほどここで生死の境をさまよっていたらしい。
「あなたの世話をしていたのは主にこちらの母上様ですから、安心してください」
 言われてみれば着ているものが変わっている。わたしはコセムくんの気遣いに感謝し、一通り状況を理解したところで身を乗り出すようにしてたずねた。

「コセムくんは、どうして?」
「あなた方と同じですよ。あの方向音痴が、いえ勇者ユグノの転移魔法が失敗してばらばらに飛ばされてしまったようです」

 そもそもあんなふうに大人数を抱えて使う魔法ではない、とコセムくんは言う。
「彼の魔法は座標といって、定員間で移動先を共有することが前提になっています。目的地の共有ができていなかったために起こった事象というか。俺個人の感想を言えば、この程度で済んでよかったという思いですが」
「というと?」
「失敗すれば五体が吹き飛ぶかもしれないとある方から事前に聞いていましたので」
「五体」

 それはおそろしい。
 想像して、わたしは真っ青になる。コセムくんがうなずいて続けた。
「報告もありますし、ひとまず第二番聖都へ向かおうと考えました。しかし途中、この村が魔物の群に襲われていましたので」
 手伝って現在に至る、という経緯らしい。そこまで告げて、コセムくんがやにわに改まり深く頭を下げた。

「俺の力不足で、おそろしい思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
「何言ってんの死にかけてまで守ってくれたじゃん!」

 びっくりしすぎて語気の加減ができなかった。でも本当に何言ってんの? 何言っちゃってんの? って思ったのだ。
「アレクくん、すごく悲しんでたよ」
「……。俺が余計な愚痴を吐いてしまったばかりに、ご心配をおかけしてしまったようですね」
 ぐう、とおなかが鳴った。パンのにおいのせいだ。お兄さんのお母さんが朝食を用意してくれているということなので話の流れとしてはごはん食べにいきましょうかってなると思うんだけども、なぜか選択肢が登場する。

 ▽おなかすいちゃったね! 行こうよ!
 ▽アレクくんと仲直りできるようにわたしも協力するよ!

 傾向としてはどっちも話を切り上げる言葉だよね。前者は自分を道化にして、後者はコセムくんの内面に添う感じだろうか。
 コセムくんが、半ばあきらめつつもアレクくんと仲直りしたがっているっていうのは前回判明してるんだよね。わたしもアレクくんとコセムくんは一回きちんと話し合うべきだと思う。
 思うけど、男の子同士のこじれに女がでしゃばっていいものなのかな? かえって話が面倒臭くなったりしない? 大丈夫? それとも裁判みたいなノリで第三者の立ち合いを置いた方が落ち着いて話ができるのかな?

「ありがとうございます」
 微力を申し出ると、きらきらと金色の光がコセムくんの胸元をのぼっていった。


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